第61話 怪物の伝説(工藤天菜視点)
3人で走ってファミレスから離れる。
河川敷まで来ると朱里夏が足を止めたのでわたしたちもそこで止まった。
「もういいでしょ」
「そ、そうですね……はあ、はあ」
「うっす……はあ、はあ」
あれだけ走ったのにこの女だけは息ひとつ乱さずシレっとしている。
本当に化け物みたいな女だ。
「で、あんたは? 朱里夏さんの舎弟かなにか?」
「えっ? あ、わたしは……そうです。工藤天菜って言います」
一緒に逃げて来た由香里という女に向かって自己紹介をする。
この女はどうやら昔つるんでいた朱里夏の仲間らしいが……。
「あたしは阿東由香里だ。朱里夏さんとは昔、暴走族のチームで……」
「そんなことより由香里、あんたなんであんなのと一緒にいたの? チームは? 他の連中はどうしたの?」
「あーいや……その」
まずそうな表情で由香里は朱里夏から目を逸らす。
「チームは解散しまして……」
「解散? どうして?」
「その、うちって朱里夏さんのワンマンチームだったんで、朱里夏さんいないとどうにもならなくて……。他のチームに飲み込まれることになっちまいまして……」
「チームの連中は?」
「就職したり、男を見つけて結婚したりで、みんないなくなりました。残ったのはあたしだけですね」
「ふーん」
それを聞いて怒るでも悲しむでもない。
なんとも思わないような無の表情で朱里夏は由香里の話を聞いていた。
「しゅ、朱里夏さんが年少を出る日はわかっていたんですけど、チームも無くなってどんな顔をして会ったらいいかわからなくて……」
「言い訳はいいよ。それであんたどうすんの?」
「どうするって……?」
「あの変なデカい女のところへ戻る?」
「いや……その」
そのデカ女の手足をバキバキに折り曲げた女と一緒に逃げてしまったのに、どのツラを下げて戻れるというのか。これはまったくの愚問であった。
「あたしもそろそろ就職でもしようかと思っててその……」
「へー」
それを聞いた朱里夏は興味無さそうな反応を返した。。
「そ、そのあの……朱里夏姉さん、さっき思い切り殴られてましたけど大丈夫なんですか?」
デカ女の拳を顔面へモロに食らっていた。
あんなのを食らったら吹っ飛んで気を失いそうなものだが……。
「別に。あたし頑丈だから」
「そ、そうですか」
確かに怪我ひとつない。
本当になんともなさそうだった。
「朱里夏さんは本当に頑丈なんだよ。昔、他のチームに囲まれて金属バットで滅多打ちにされたけど傷ひとつなかったし、そのあとトラックに轢かれたけどやっぱり無傷だったしさ」
「へ、へえ……」
それが本当ならこの女は人間ではないのかもしれない……。
「それってもしかして27人を殺しかけたとかいう……」
「ああいや、それとは違う。27人を殺しかけたのは、ある組織に命を狙われたときでな。その返しで組織のアジトにひとりで乗り込んで、襲い掛かってきた奴らを全員ぶちのめしたんだ。そのうちの27人が死にかけるほど痛めつけられたんだよ」
「け、けどさすがに殺しはしなかったんですね」
こんな怪物でも最低限の良識はあるってことか。
「殺しはな。死んだほうがマシだったかもしれないけど」
「えっ?」
「目玉抉られたり、指を潰されたり、腕を引き千切られた奴とかもいてよ」
「め、目玉を抉るっ?」
「ああ。人数差もあるし普通なら正当防衛になりそうなところを、年少で5年も食らったんだ。あまりにもやることが残忍過ぎるって」
わたしは朱里夏へと目をやる。
ぬぼーっとした表情で川を眺めていてなにを考えているかわからない。
この女は自分が思っていた以上にヤバい女かもしれないとゾッとした。
「捕まるときも警官50人くらいに囲まれて、最後は麻酔銃を撃たれて捕まったくらい朱里夏さんはヤバい人なんだよ」
「も、猛獣みたいですね」
「ああ。けど、先に命を狙われたときにうちらの仲間がひとり殺されててな。朱里夏さんそれでブチ切れて敵のアジトにひとりで突っ込んで行ったんだ。敵にしたら怖い人だけど、仲間想いの良い人だよ」
「そうなんですか」
身勝手に暴れ回るタイプかと思いきや、そうでもないのか。
「まあ、すげーことやらかしたけど、あたしらのあいだじゃ、あの事件は伝説だよ。このあたりの悪い奴は朱里夏さんの名前を聞いただけで震えたね」
「は、はあ……」
幸隆が恐れるわけだ。
この女はただ喧嘩が強いだけではない。敵に対しては恐ろしく残忍でもあり、扱いを間違えれて矛先をこちらへ向かしてしまう可能性もあった。
しかしこの女なら確実に獅子真をやれる。
ファミレスの件や由香里の話を聞いてわたしはそれが確信できた。
あとはこの化け物をどう獅子真にぶつけるかだが……。
以前のようなことにならないために、五貴の対策も考える必要はある。しかしまずはぶつける方法を考えなければならなかった。
やっぱり獅子真が北極会会長の娘ってのを利用するしかないか。
この女は北極会を潰したがっている。
獅子真が北極会会長の娘だと知れば、容易にぶつけることができそうだ。
「あ、あの朱里夏姉さん」
「なに?」
川を眺めながら朱里夏は答える。
「朱里夏姉さんは北極会を潰したいんですよね? わたし、北極会の会長の娘を知っているんですよ。まずそいつを潰しませんか?」
「どうして?」
「えっ? ど、どうしてって……」
「そいつは会長の娘ってだけで北極会とは関係無いじゃん。そんな奴を潰したってなんの返しにもならないし、北極会自体へのダメージにはならないし、しのぎも奪えない。金にもならない」
「ま、まあ……そうですけど」
気に入らない奴に噛みつくだけの馬鹿かと思いきや、意外と考えを持って行動をしているようだ。
これは少し面倒くさそうだと、わたしは心の中で舌を打つ。
なにかこいつと獅子真をぶつけるうまい方法はないものか?
わたしはぬぼーっと川を眺める朱里夏のうしろ姿を見つめながら考える。
「あれ……ひさしぶりにやりたいなぁ」
「は?」
不意に朱里夏が妙なことを呟く。
あれ? なんだあれって?
「あれっすか? いや、でもすぐには難しいっすよ」
「じゃあその辺の男を捕まえてやる」
「い、いやそれはまずいっすよ。また捕まりますよ。朱里夏さん、もう成人なんすから、捕まったらガキのときより罰は厳しいっすよ」
「むー……けどやりたい。なんとかしろ」
「なんとかって言われても……」
由香里がチラとこちらへ目をやる。
「なあ、あんた、どこかに性欲が溜まりまくってる男たちがいる場所知らない?」
「せ、性欲っ? な、なんでですか?」
「朱里夏さんはな……」
「えっ?」
由香里が理由を聞かされて驚く。
この怪物にそんな変な趣味があったなんて……。
「放って置くとその辺の男に見境なく襲い掛かるからなこの人。どんな男でもいいから、性欲溜まってる連中いないかな?」
「そんなこと言われても……あ」
性欲が溜まっている男たち。
そんな連中にわたしは心当たりがあった。




