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第60話 怪物の片鱗(工藤天菜視点)

「朱里夏さんっ!」


 わたしは外へ出た朱里夏を呼び止める。


「うん? あんたは?」


 振り返った朱里夏がわたしを見つめる。


 まるで強そうには見えない。

 大人びた小学生みたいな外見だ。


「わたしは幸隆の恋人で天菜って言います。あの、わたしを姉さんの妹分にしてくれませんか?」

「あたしの妹分に? いいよ」

「えっ?」


 意外にあっさり受け入れられて呆気にとられる。


「じゃあついて来なよ」

「あ、はい」


 歩く朱里夏について行く。


 ……


 朱里夏についてやってきたのはファミレスだ。


「ご飯ですか?」

「うん。お腹が減ったからね」


 どこへ行くのかと思えば腹ごしらえか。


「年少に入る前このファミレスによく仲間と溜まっててね。懐かしい」

「そうですか」


 どうでもいい話だ。


 しかしこの女、本当に喧嘩が強いのか?

 外見からはまったく想像ができないし、かつて強かったとしても今がそうとは限らない。


 妹分になるのは先走ってしまったか。

 獅子真を早く潰したいからと焦ってしまったことを少し後悔した。


 それから中に入って食事をする。


 よく食う女だ。

 普通の5倍くらいは食べている。


 というかこいつ金持ってるのか?


 金を払わされるんじゃないと心配になった。


「ん?」

「えっ?」


 そのとき朱里夏の目が店の入り口へと向く。

 なにやらガラの悪そうな女たちが10人ほどどやどやと入って来た。


 その中のひとりにやたらでかい女がいる。

 動物園にいたらゴリラと間違えそうなゴリマッチョ女だ。


「なんですかね? 女の半グレかなにか……」


 わたしの言葉を聞いているのかいないのか、朱里夏はイスから立ち上がるとその女たちのほうへ歩いて行った。


「うん? え……」


 朱里夏が近づくと、女のひとりがギョッとしたような表情で目を見開く。年齢は20歳くらいのチンピラ風な女だ。


「ま、まさか……朱里夏、さん?」

「由香里、ひさしぶり」


 どうやら知り合いのようだが。


「出てきたんスね……」

「うん。あんたあたしが出て来るとき、チームの全員を連れて迎えに来るって言ってたじゃん。なんで来なかったの?」

「いや、それは……その」

「おい」


 と、そのときゴリマッチョ女が低い声を吐いて朱里夏を見下ろす。


 2メートルは身長があるんじゃないか?

 あまりにでか過ぎて本当に女かどうか疑わしかった。


「由香里、てめえの知り合いかこのガキ?」

「え、ええ。昔この辺りをシメていた難波朱里夏さんです」

「昔?」


 昔という言葉がなにか引っ掛かったのか、そう一言呟いた朱里夏の雰囲気が変わった気がした。


「難波朱里夏? ……ああ、そういえばそんなガキが昔にこの辺でイキがってたとか聞いたことあるな。くくっ……すげーつえーなんて噂だったからどんな奴かと思ってたら、まさかこんなオタクみてーな女だったとはよぉ。しかもなんだよこいつ? 昨日まで幼稚園に通ってたんじゃねーのか?」


 それに関してはわたしも同意見だ。

 朱里夏はどう見ても強そうには見えない。子供のような外見だし、むしろ絶対に弱いと思うのだが……。


「あたしは坂東静香だ。この辺りはチョロいから今はあたしが仕切らせてもらってるぜ。だからてめえの居場所はねーんだ。帰ってホモ見て股でも擦ってやがれオタク女が。がははっ!」

「ば、坂東さん……」


 坂東の仲間も一緒に笑う。しかし由香里という女だけは真っ青な表情だった。


「ねえ」

「ああ? げえっ!?」


 いつの間にか掴んだ坂東の人差し指を、朱里夏は関節の反対へと折り曲げる。


「いぎゃあああっ!!? て、てめえなにしやがるっ!!」


 坂東は反対側の腕を振り上げ、その拳が朱里夏の顔面を打つ。……が、


「えっ? あ、れ……んぎゃああっ!!?」


 殴った坂東のほうが叫びを上げ、その拳からは血が噴き出していた。


 あの剛腕に殴られたのに平然としている。

 というかなんだあの女? おかしいくらいに頑丈だ。


「ねえ、由香里なにこれ? これ殺していいの?」

「い、いや、殺しはまずいっス! 落ち着いてくださいっ!」


 表情から怒りは微塵も感じない。

 しかし異様な怖さを今の朱里夏からは感じた。


「そう? じゃあ半殺しね」

「うぎゃああっ! あぎゃああっ!!」


 坂東の腕や脚を掴んだ朱里夏は、まるでマネキンでも解体するように関節とは逆方向に折り曲げていく。店中に坂東の叫びが響き渡り、慌てた店員の様子からして警察が来るのも時間の問題だと思われた。


「じゃあ次はあんたら」

「えっ? ちょ……いやああっ!!」


 由香里を除いた坂東の取り巻きたちが必死の形相で店外へ逃げ出して行く。


「待て」

「朱里夏姉さんまずいですっ!」


 わたしは慌てて朱里夏に声をかける。


 このまま放って置けば朱里夏は刑務所行きだ。

 それは構わないが、その前にやってもらうことがあるのだ。


「警察が来ますよっ! 早く逃げましょうっ!」

「そ、そうッス! 早くっ!」

「……警察は困るね。わかった」


 不服そうな朱里夏を連れ、わたしは由香里とともに店外へ出る。


 こいつはとんでもない化け物だ。

 こいつを獅子真にぶつければ……。


 わたしは自分の目論見通りになることを予想し、心の中で笑った。

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