第56話 ママにキレられるパパ(獅子真兎極視点)
「インターポール……だと?」
オリガは眉間に皺を寄せて声のしたほうへ顔を向ける。
「この廃工場はすでに日本の警察が包囲している。おとなしく出て来い。オリガ・ゼルガノビッチ。貴様がそこにいるのはわかっている」
「ちっ、嗅ぎつけてやがったか」
「オ、オリガさん、どうしますか?」
「落ち着きなよ。あたしらはなにもしていない。ガキが喧嘩しただけだ。銃刀法の違反だけならそう長くは拘束されない」
「そ、そうですが……」
難波がわたしを見る。
「とりあえずは失敗だね。計画の練り直し……」
「難波ぁぁぁぁぁっ!!!」
そのとき廃工場内に大声が響く。
「こ、この声って……」
聞き覚えのある声を聞いたわたしはそちらへ目を向ける。と、
「あ、あれは……セ、セルゲイっ!?」
怒りに満ちた表情のパパがそこに立っていた。
「あれがセルゲイ? へぇ、なかなか良い男じゃないか」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよっ! どうしますかっ? というかあいつどうやって警察の包囲を突破して……」
「てめえそこ動くんじゃねーぞっ! ぶっ殺してやるからなっ!」
「ひぃっ! てめえら撃てっ! 撃ち殺しちまえっ!」
「馬鹿お前……っ」
オリガの言葉を遮るようにパパへ向かって銃が発砲される。
……しかしもうパパはそこにいない。
「えっ? がっ!?」
先頭に立っていた奴がぶん殴られて彼方へと吹き飛ぶ。
「い、いつの間にこんなところへ……んがっ!?」
「ごあっ!?」
銃を持った男たちがパパの手によって一瞬で殴り倒される。
すでにこの場で立っているのはパパとオリガと難波、あとはビビッて立ち尽くすだけとなっている半グレ連中だけになっていた。
「あ、あわわわ……」
難波は顔面蒼白だ。
本気になったパパはもう人間じゃない。
難波など一瞬で肉塊にしてしまうだろう。
「ロシア女、てめえはあとだ。まずは難波ぁっ!!」
「ひぃぃっ!? ど、どうかご勘弁を……んべぁっ!!?」
顔面にパパの拳が沈み込んだ難波の身体が吹き飛ぶ。それからパパは懐から拳銃を取り出す。
「俺の娘に手ぇ出した罪は重いぜ」
「あ、パパダメっ!」
すでに工場は警察に囲まれている。
相手がヤクザとは言え、ここで殺せば逮捕は確実だ。
しかしわたしの止める声も虚しく、パパは拳銃を下ろさず……。
「死んで詫びろや」
「あ……」
「そこまでだよセルゲイ」
「えっ?」
引き金が引かれようとしたそのとき、聞き覚えのある女性の声が響く。
そちらを見ると、廃工場の出入り口からママが歩いて来ていた。
「ママっ!」
「兎極、もう大丈夫だからね」
そう言ってママはニッコリ笑う。
外で包囲している警察官。その中にはママもいたのだ。
「ゆ、柚樹っ! でもこいつら兎極を……っ」
「あんたがマヌケだからこんなことになったんだろこのクソヤクザっ!」
「おごぉっ!?」
ママに股間を蹴られてパパは蹲る。
喧嘩最強のパパが唯一、頭の上がらない存在。それがママなのだ。
「さて、あんたらはとりあえず銃刀法違反で現行犯逮捕ね。余罪でも再逮捕するから覚悟しときな」
「あたしはなにも話す気は無いよ。弁護士と話すんだね」
「ふん。いつまで強気でいられるか……」
「オリガはこちらでもらいますよ」
と、そこへ金髪の外国人女性が現れる。
「あ……あの人」
「あっ! おにい気が付いた? 大丈夫?」
「う、うん……けど一体なにが……俺、縄で縛られていてそれで……」
おにいは不思議そうに周囲を見回す。
なにも覚えていないのだろう。
かつてキレたときもそうだった……。
「いたた……」
「あ、す、すぐ救急車を呼ぶからっ」」
「う、うん。あの人は確か……学校の前に停まってた車に乗ってた人……」
「そうなの?」
何者だろうかとわたしはその外国人を眺めた。
「ルカシェンコさん、これは日本で起きた事件です。インターポールのあなたにご協力いただいたことには感謝しますが……」
「わたしはそいつを追って日本へ来たのです。なんと言おうとそいつはこちらでもらって、向こうで取り調べを行います」
「……わかりました。そのようにしましょう」
ママはため息を吐いてしぶしぶといった様子で納得していた。
インターポールのルカシェンコ。それは先ほど拡声器で廃工場内に声を響き渡らせていた者の名前だった。
「警官……だったのか」
そう言うとおにいはぐったりと身体から力を抜く。
「おにいっ! だ、誰か早く救急車を呼んでっ!」
「呼んでるからもう少し辛抱して」
救急車がもうすぐ来る。それを聞いてわたしは安堵した。
「おにい、もうすぐ救急車が来るからね」
「うん……」
大ピンチだった。けどなんとかなって……。
「獅子真ぁっ!!」
「えっ?」
名を呼ばれて振り向くと、そこには拳銃を構えた天菜が立っていた。




