第54話 大ピンチの義妹(獅子真兎極視点)
「ちょ、ちょっとオリガさん?」
わたしよりも驚いた様子で難波がオリガへ声をかける。
「セルゲイが来るまで暇だろう? ちょっとした余興だよ」
「余興って……」
「おいガキ、お前、喧嘩が強いんだってな?」
「少なくともてめえくらいなら秒殺だよ」
「良い啖呵だ。ミハイル」
オリガが呼ぶとミハイルが前へ出てくる。
「このガキと喧嘩しな」
ヴォルフ……いやミハイルとわたしが?
しかしこいつはどう見ても強そうには見えない。
舐められてるのか?
そう思った。
「ミハイルに勝ったらそっちの坊主は解放してやるよ」
「ちょ、オリガさんそれは……」
「大丈夫だ」
オリガは口角を上げてニッと笑う。
「姉さんは遊び好きだからなぁ。じゃあちょっとやろうかね」
そう言って肩をすくめたヴォルフは上着を脱いで上半身を裸にする。
「俺はいいっ! 兎極を解放しろっ!」
おにいが叫ぶ。
……連中が約束を守るとは限らない。
けれどわずかでも可能性があるなら……。
「いいぜ」
わたしはミハイルを睨む。
「安心しろよ。手加減はしてやるからよ」
「舐めんな。てめえなんか片手で十分だ」
「片手か。くっくっくっ……それは無理だと思うぜぇ」
ミハイルはズボンのポケットから取り出した錠剤を口へ放り込む。と、
「!?」
標準的な身体つきだったミハイルの筋肉が盛り上がっていく。やがて面影がないほどに筋肉質となったミハイルがそこへ現れていた。
「げははは……。この薬はなぁ、人間を一時的に戦う怪物に変えることができるんだ。てめえがホッキョクグマでもねえ限り俺には勝てねーぜ」
「御託は十分だっ!」
わたしはミハイルへ向かって拳を振るう……が、
「なっ!?」
「うーん? いまなにかしたかぁ?」
拳はミハイルの腹に叩き込まれた。しかしまるで硬質なゴムの塊でも殴ったような感触で、拳は数ミリも腹の奥へ沈み込まなかった。
「こ、このっ!」
脚を蹴る。しかし同じ感触でダメージを与えられた様子は無い。
「けけ、かわいい女の子の蹴りじゃねーか」
「て、てめえ……っ」
「ずいぶんと喧嘩には自信があるようだけどよぉ。所詮は女だ。男には敵わねーってことを身体にたっぷりと教えてやるぜ」
「あぐぁっ!?」
振られた拳が顔面へ沈み込んで吹き飛ぶ。
……見えなかった。そしてなんて重たい拳だ。
これはたぶん勝てない。
一撃を食らっただけでそれを悟ることができた。
「あはははっ! 最高っ! もっとやっちゃってよっ! 骨とかバキバキに折っちゃってさっ! 最後に負け犬面へ小便でもかけてやんなよっ!」
天菜が嬉しそうに声を上げる。
あんな奴はどうだっていい。
それよりもこいつだ。あまりにも強過ぎる……。
「なんだもう終わりか? 高い薬なんだ。もう少し楽しませろよ」
「けっ……」
わたしは立ち上がってミハイルを睨み据える。
「お薬で強くなってよくそこまでイキがれるな? 女相手に薬使って喧嘩なんて恥ずかしくねーのかてめえ?」
「俺は一方的に相手を叩きのめすのが好きなんだ。特に女を殴るのは楽しいねぇ。泣き叫ぶ女を徹底的に叩くのは快感だぜぇ。けっけっけっ!」
「……サイコ野郎め」
「てめえみたいな生意気な女が泣き叫ぶ姿は特に快感を味わえそうだぜ。けっけっけっ。まずは脚の骨でも砕いてやるか? それとも腕か? 選ばせてやってもいいぜ」
「くっ……」
こちらへ歩いて来るミハイルを前に眉をひそめる。
せめておにいだけでもと思ったけど……。
「ごめん……おにい」
向かい来るミハイルを前にわたしそう呟いた。……そのとき、
「ぎゃああっ!!?」
おにいのいるほうから男の叫び声が聞こえた。




