第52話 おにいに頼み込んでくる元親友
いつもは登校の途中にある横断歩道の前で会う兎極が今日は来ない。
先に行ったのかな。
俺と会わないためだろう。
やはりまだ怒っているようだ。
当然か。
あいつの想いを考えれば、俺のしたことは本当にひどい。顔も見たくなくなって当たり前であった。
謝らないと。けど……。
ただごめんと謝るだけじゃきっと足りない。傷ついた兎極の心を癒してやるには、あいつがかけてほしい言葉を言ってやらないと……。
ん?
学校の前まで来ると、校舎の近くに停まっている車が目に入る。別に珍しくもない。車なんて停まっていても別に不思議はないが……。
「あの運転手……外国人?」
金髪の白人女性が運転席に座っている。
それでも別におかしいことはない。しかし、
もしかしてあれってヴォルフを狙ってるロシアンマフィアじゃ……。
……いや、考え過ぎか?
外国人なんて珍しくはない。
たまたま学校の近くに停まっているだけかもしれないし……。
「五貴」
「えっ? あ、ヴォルフ」
うしろからヴォルフに声をかけられる。
「立ち止まって、どうかした?」
「あ、いや……」
そうこうしているうちに車は発車してしまう。
やっぱりたまたま停まっていただけかな?
たぶんそうだろうと考えた俺は、ヴォルフとともに教室へ向かった。
……教室へ入ると兎極の姿を見かける。しかしこちらへ来て声をかけてくることはなく、自分の席に座って窓の外を眺めていた。
「おい五貴」
「えっ? あ、幸隆……」
兎極を見ていた俺に声をかけてきたのは幸隆だ。
「なんだよ?」
「そう怖い顔で睨むなよ。あんときのことは謝るからさ」
「謝るのは俺にじゃないだろ?」
「あの子に謝れって言うなら謝ってもいいよ」
「……いや、お前は覇緒ちゃんに近づくな」
覇緒ちゃんだって馬鹿じゃないし、もう幸隆の言葉に惑わされたりはしないだろう。しかし万が一を考えて、幸隆を覇緒ちゃんに近づかせないほうがいい。
「わかったよ。それでさ、仲直りしようぜ」
「は? 今さらなに言ってんだよ? だいたい俺はお前を映えさせるためのライトなんだろ? 仲直りもなにもないんじゃないか?」
「あれはお前、頭に血が上ってつい思ってもいないことを言っちゃっただけだよ。お前は俺の友達だって。いや親友だよ。な?」
「なに考えてるんだ?」
「なにも悪いことは考えてねーよ。ただ俺も天菜からはひどい目に遭わされててさー。お前よくあいつと長いあいだ付き合ってたなって見直したんだよ」
「けどお前あいつのこと好きなんだろ?」
「いや、別れようと思ってるよ。けどあいつ別れるなんて言ったら暴れそうじゃん? だからどうやったら円満に別れられるかお前に相談しようと思ってさ」
「知るかよそんなの」
「そんなこと言わないでさー……っと、天菜が来たみたいだな。お前が俺に怒ってるのはわかるけど、仲直りしたいってのはマジだからさ。考えといてくれよな」
と、そう言い残して幸隆は自分の席へと戻る。
なにが仲直りだよ。
あいつと中学のころみたいな関係に戻るのは無理だ。仲直りしたいというのも、天菜と別れるために俺をうまく利用しようとでも考えているだけだろう。……とはいえ、あいつはヤクザの息子だ。頼みを聞いてやらなければなにかしら面倒な報復をしてくる恐れもある。なかなか無下にもできないだろう。
もしかしたら兎極に手を出してくるかもしれないし……。
それを考えてしまったら頼みを聞いてやったほうが安全だと思った。
……それから午前の授業を終えて昼休みとなるが、兎極はこちらへ来ることなくその場で弁当を食べ始める。
「今日は兎極、一緒、食べないですか?」
「ああうん……今日は、ね」
ヴォルフに問われて俺は曖昧な答えを返す。
「もしかして、僕、のせいですか?」
「えっ?」
「僕が、兎極さん、仲良くなりたい。2人きりで話したい頼んだから……」
「い、いやそうじゃないよ。大丈夫だから。うん。じゃあ、食堂行こうか?」
そう俺が言って席から立ち上がると、
「五貴」
「あ、幸隆」
「頼むよ。相談に乗ってくれないか?」
「……わかったよ」
「そうか? あ、じゃあそうだな……一緒に来てくれるか?」
「今からか?」
「学校終わったら部活あるし、無いときは天菜に付き合わされるからな。昼休みくらいしかゆっくり話せないんだ。悪いけど頼むよ」
「しかたないな。ごめんヴォルフ。俺、幸隆と用があるから、食堂にはひとりで行ってくれるかな?」
「あ、はい。わかり、ました」
ヴォルフの返事を聞いた俺は、教室を出て行く幸隆について行った。




