第50話 難波組とロシアンマフィア(難波組長・オリガ・幸隆視点)
―――難波熊五郎視点―――
……その日、難波組の屋敷には珍しい客が来ていた。
「これはオリガさん。遠いところようこそおいでなさった」
葉巻を吸いながら入って来たベリーショートの金髪ロシア人女性を、俺は立ち上がって部屋へ迎え入れる。
「ふん。これがジャパンマフィアのボスが住んでる家かい。まるでウサギ小屋だね」
「はは、こいつは手厳しい。それと、俺たちはマフィアじゃなくてヤクザですよ」
「どっちでもいいさ。どっちもクズの集団には変わらないよ」
と、オリガは座布団へ腰を下ろす。
この女はオリガ・ゼルガノビッチ。ロシアンマフィア、プーリアのナンバー2で、今回の大仕事を協力して行う言わばビジネスパートナーってやつだ。
「それで、大丈夫なんだろうね?」
「ええ。間違い無くご期待に添えるのでご安心を」
これが成功すれば難波組は日本でもっとも大きなヤクザ組織になる。しかし、しくじれば組は潰れるだろう。なにがあろうと失敗はできなかった。
「そちらのほうはどうですか?」
「ふぅー……すでに動いている。数日で目的は達成できるだろうさ」
「さすが仕事が早いですな。これなら1週間もあれば……」
「ああ」
1週間ほどで最初の目的が達成される。
すでに根回しはしてあるし、あとはなし崩しで成功するだろう。
「親父」
と、そこへ幸隆がやってくる。
「おう幸隆。客人だ。あいさつしな」
「こ、こんにちは」
明らかに堅気ではない雰囲気の女を前にあいさつする幸隆の表情は硬かった。
「こちらはロシアの巨大マフィア組織のナンバー2、オリガさんだ」
「ロ、ロシアンマフィアの……」
「ガキが聞くような話はないよ。向こうに行ってな」
「いえオリガさん。こいつは例の件に使えますよ。通っている学校が同じなので」
「……」
オリガの目が幸隆を見上げる。
「ガキに期待なんかしないけど、役に立ったら小遣いくらいはやるよ」
「えっ? って、なんの話……」
「約束のものは運ばせておいた。それじゃあたしは帰るよ」
「は、はい。おい水木、しっかりお見送りしろよ」
「へい」
若頭の水木にオリガの見送りを任せ、2人が出て行ったのを見計らって俺は幸隆のほうへ向き直る。
「親父、一体なんの話だったんだ?」
「ああ……」
俺は幸隆に計画を話す。
「……そ、そんなことを。親父、ずいぶん思い切ったな」
「俺も極道よ。勝負に出るときは出るんだよ」
「けど親父のことだ。その勝負は分の良い賭けなんだろ?」
「まあな」
プーリアはあのロシアで最大のマフィア組織だ。構成員は2万人近くいるらしく、道具もちょっとした軍隊並みに揃っている。
こんな大組織と組んでいるのだ。負ける勝負ではない。
「おめえの将来にも関わるんだ。しっかりやれよ」
「俺はヤクザには……いやでも、そこまででかくなるんだったら悪くねーな。わかった。成功したら親父のあと継ぐぜ」
「成功は決まってるんだよ。頼んだぞ。前みたいにしくじるな」
「わかってるよ」
そう言って幸隆はニヤリと笑った。
――――難波幸隆視点――――
こいつはすごい計画だ。
成功すれば親父は日本一のヤクザ。そしてそのあとを俺が継ぐ。悪くない。
「ふっふっふっ、そうなれば日本中の女を抱き放題かもな」
「なにが?」
自室へ戻ると、そこには天菜がいた。
「あ、天菜っ? お前いつ来たんだよっ?」
「ついさつき。それで、日本中の女を抱き放題ってどういうこと?」
「い、いやそれは……」
「言いなさいよ。理由によってはぶん殴る」
と、胸ぐらを掴まれる。
天菜と付き合い始めたのは、こんな美女と五貴なんかが付き合っているなんて気に入らなかったからだ。こんなに怖い女だと知っていれば、たぶん付き合うなんて考えなかっただろう。
「い、いや浮気とかそういうんじゃねーよ。そうなったらいいなみたいな……おごぉっ」
腹に拳の一撃を食らう。
「そんなこと考えるのは十分に浮気だから。てか、日本中の女を抱くだなんてずいぶん大きく出た考えじゃない。自信過剰もいいとこ」
「す、すまん……」
女のくせになんて力をしてやがる……。
獅子真はこれ以上だなんて信じられない。五貴はよくこいつやら獅子真やら怖い女と付き合えるものだと、ムカつくが感心してしまう。
「それで、あんたがそんな大それた考えをしたことには理由があるんでしょ? 話して」
「いや、お前には関係……」
「話して」
腹を拳でグリリと押される。
「わ、わかったよ……」
俺はしかたなく、親父から聞いてことを話す。
「……へーなるほどね。おもしろそうじゃん」
「けどお前には関係ないことだからさ……」
「あたしも協力してあげる」
「えっ? いやでも……」
「あんた前に1回しくじったんでしょ? あんただけじゃまたしくじるかもよ?」
「うっ……」
まあそれもそうなんだが……。
「協力させなさい? わかった?」
「わ、わかったよ」
女のこいつがいたほうが都合が良いこともあるかもしれない。
しかたなく俺は天菜の協力を受け入れる。
「くく、おもしろくなってきた」
天菜は表情を邪悪に歪ませる。
「なにを考えてるんだ?」
「決まってるでしょ」
「ああうん……」
怖い女だ。
力が強いことを除いても、この女の性根は邪悪で怖いと思えた。
――――オリガ・ゼルガノビッチ視点―――
難波の屋敷を出たあたしは車の後部座席へ乗って新しい葉巻を口に咥え、部下の男に火をつけさせる。
「うまくいきますかね?」
「なにがだい?」
煙を吐いて部下に問い返す。
「難波組です。こっちの都合良く動いてくれますかね?」
「ふん。難波のボスは目先にぶら下がったニンジンしか見えてない。そのニンジンが毒入りとも知らないでね」
「それじゃあ、うちが日本の裏を支配するのも楽にいきそうですね」
「日本じゃマフィアをヤクザって言うらしい。まあそれもみんないなくなる。全部うちがもらうからねぇ。ふふふっ」
難波組を利用して北極会と戦争をさせ、そのあいだにうちが奴らのしのぎを奪う。それが終わったら戦争で疲弊したヤクザ連中叩き潰す。完璧だ。
「けど北極会のセルゲイは、銃を持った人間100人をたったひとりで全員を殴り殺したことがある怪物らしいですよ。そんなの難波組じゃ相手にならないんじゃないんですかね?」
「馬鹿。そんなの単なる噂に決まってるだろう」
「そ、そうですよね。そんなことできたら人間じゃないですし……」
「まあたいした男とは聞いてるけどね」
日本で育ったウクライナの男と聞いた。
一体どういう男なのか? 興味はあった。




