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第49話 パパが語るヴォルフの事情

「パパっ!」


 銀髪の大柄な男をそう呼んだ兎極が校門へと駆けて行く。


「パパ……って」


 兎極のお父さん。

 初めて会ったが、ものすごく強そうな雰囲気であった。


「おお兎極ちゃんっ! 会いたかったぞーっ!」


 駆け寄った兎極を軽々と抱き上げる。


「パパっ、もう子供じゃないんだからっ」

「パパにとって兎極ちゃんはいつまでもかわいい子供だよ」

「もうっ、降ろしてっ」

「はいはい」


 娘に叱られた兎極パパは……セルゲイさんは兎極を地面へと降ろす。


「あ、パパ、ここへ来たのってスミノロフ君のことでしょ?」

「ああ。お前に伝え忘れてなぁ。直接、言いに来たんだ」

「電話でよかったんじゃない?」

「パパに会いたいだろうと思ってな」

「ママに怒られるよ?」

「マ、ママには内緒だ。いや本当に。絶対だぞ?」

「わかってる」


 話す2人を見て仲の良さが伝わってくる。


 母さんはセルゲイさんを嫌っているようだが、兎極のほうは悪く思っていないらしく、普通の親子と変わらない雰囲気で会話をしていた。


「セルゲイ、さん。ひさしぶり、です」

「おお、ヴォルフ。本当にひさしぶりだなぁ。向こうには滅多に帰らねぇから、前に会ったのはお前が5つくらいのときか? 大きくなったなぁ」

「はい」


 ……3人が集まり、俺はなんとなく疎外感を感じる。


 あの3人は血の繋がりがある。けど俺は部外者だ。ここは先に帰ったほうが……。


「おにいっ」

「あ、え……っ」


 ひとり帰ろうとした俺の腕を兎極が引いてセルゲイさんの前に連れて来る。


「パパは会うの初めてだよね。わたしのおにい」

「お、おにい? お前が……」


 セルゲイさんが俺を高い位置から見下ろす。


 目の前に来るとますますでかく見える。こんなにでっかい腕でぶん殴られたら、クマでも空の彼方まで飛んで行くんじゃないかと思えた。


「お前がぁっ!」

「ひぃっ!?」


 なにか知らんがものすごい圧を込めた声をかけられてビビる。


 俺なんかした? いや、確かに元嫁の再婚相手の息子なんてどちらかと言えば気に入らない存在なのかもしれないけど……。


「パパっ! おにいを怖がらせちゃダメっ!」

「お……ううん」


 兎極の声を聞いてセルゲイさんの俺を睨む目が緩む。


「ほらあいさつするのっ」

「あ、ああえっと……俺はセルゲイ・ストロホフ。兎極の父親だ」

「あ、はい。兎極、さんから伺っております。俺、いや、僕はえっと、兎極さんとは以前まで義理の兄妹だった久我島五貴と申します」

「ああうん」

「はい」

「握手っ!」


 言われて俺たちは握手する。


 でかい手。握り合うと言うより、俺の手が一方的に握られる形となっていた。


「うん? お前……」

「えっ?」


 セルゲイさんの目がふたたび俺をじっと眺める。しかし今度は凄むような感じではなく、確かめるような視線で俺を見下ろしていた。


「パパっ!」

「あ、いや、そうじゃねぇよ。なんか知り合いに似てたような気がしてよ」

「そうなの? あ、それよりもスミノロフ君のこと。詳しく説明してよ」

「詳しくって……」

「転校して来るには変な時期だし、パパを頼ってスミノロフ君を日本へ来させるってことはなんかあるんじゃないかと思って」

「お前は鋭いな。まあ、電話で話せるようなことでもないからな。直接ここへ来たのはそういう理由もある」

「じゃあ……」

「近くに車が止めてある。そこで話そう」

「うん」


 と、セルゲイさんと2人が歩いて行く。


 俺はこのまま帰っても……。


「おにいも一緒だよ」

「えっ? あ、うん……」


 俺が聞くような話ではないような……。


 しかし兎極に引かれて俺も黒塗りの高級車へ連れ込まれてしまった。


「それでどういうことなの?」


 車のシートへ座った兎極がさっそく質問をする。


「ああ。率直に言うとな、ヴォルフは命を狙われてるんだ」

「い、命を……」


 いきなりそんな話を聞かされて俺はゾッとする。


「命をって誰に?」


 しかし兎極は冷静だ。

 恐れる様子も無く質問を続けた。


「ロシアンマフィアだ。どうやらボスの息子をヴォルフが殺したってことになってるらしくてな」

「ぼ、僕、やってない、ですっ」

「わかってる。ヴォルフと殺されたその息子は親友でな。遊ぶ約束をして待ち合わせの場所に行ったら親友は殺されていたらしい」

「嵌められたってこと?」

「たぶんな。俺のいとこ……ヴォルフの父親が地元の警察に訴えたところによると、次期ボスの座を狙う組織のナンバー2に狙われたんじゃないかって言われたそうだ」

「それで日本へ逃がしたってこと?」

「警察の勧めで海外へ逃がすのがもっとも安全だってな。だから俺を頼ってヴォルフは日本へ来たってわけだ」

「なるほどね」


 ……なんだか日常とはかけ離れた話だ。俺のような一般人が聞いていいような話じゃないような気がしてきた。


「ロシアンマフィアが日本まで追って来る可能性はあるの?」

「向こうの警察も動きを警戒してるって話だからな。まさか日本までは追って来て殺すなんてことはねーと思うが……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 話を聞いていて違和感を覚えた俺は溜まらず口を挟む。


「そのロシアンマフィアが日本まで追って来て兎極が巻き込まれたりする可能性はないんですか? こんなこと言うのもひどいかもしれないですけど、ヴォルフは学校なんか行かないでどこかに隠れていたほうがいいと思いますよ」


 そう。命を狙われているのに呑気に学校へ通うなんておかしい。俺が感じた違和感はそれだった。


「あー俺もそれは考えたよ。けどたぶん来ねー連中を待って、学生をいつまでも遊ばせてもおけねえだろ? それにこいつが兎極と同じ高校に通いたいって言ってな」

「でももしロシアンマフィアが来たら……」

「一応、うちの連中を学校の周辺で警戒させとくよ」

「けど……」


 もしも兎極が巻き込まれたら。


 ヴォルフには申し訳ないが、俺はとにかく兎極が心配だった。


「大丈夫だよおにい」

「兎極……けど」

「心配してくれてありがとう。けどパパも大丈夫って言ってるし平気だよ」

「うん……」


 兎極のパパは荒事のプロだ。その人が大丈夫というのだからそうなのだろう。俺みたいな素人が口を出すことではない。……けど、


 兎極にもしものことがあったら。


 大丈夫だ、平気だと言われても、俺はやっぱり兎極が危険な目に遭わないか心配でしかたなかった。

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