第47話 イケメン転校生の頼みにおにいはもやもや
「おにい、なんか今日さ、転校生が来るらしいよ」
次の日、登校して俺がイスに座るのと同時に兎極はそんなことを言う。
「転校生? こんな時期に?」
入学式からまだ2ヶ月くらいだ。転校生が来るには早すぎる気がする。
「男? 女?」
「わかんない。どっちでもいいし」
まあ俺もどっちだっていいけど。
「なんか外国の人らしいよー」
と、そこへ野々原さんがやって来る。
「外国の人? 珍しいね。どこの国の人なんだろう?」
「んーそれはわかんないけど、金髪で青い目のイケメンだって女子たちがきゃーきゃー騒いでたよ」
「ふーん」
イケメンか。そりゃ女子は大喜びだろうな。
「あ、けど、わたしはイケメンとか興味無いからねっ。わたしは久我島君のほうがその……」
「俺がどうかした?」
「……なんでもない」
「?」
野々原さんは顔を赤くして俯いてしまう。
「野々原さん? えっ? どうか……」
「おにいっ」
「えっ?」
「いいから。もうすぐホームルーム始まるよ」
「うん」
と、丁度、予鈴が鳴って2人とも自分の席へ戻って行く。
やがて教師が教室へ入って来る。
「みんな知ってるかもしれないが、このクラスに転校生が来る。入って来て」
「はい」
先生の呼びかけで金髪の男子が返事をして教室へ入って来る。と、
「きゃーっ!」
教室中に黄色い声が湧く。
イケメンの金髪碧眼。そして俺より頭ひとつ分は高いだろう長身体型。これはもう女子が湧くのは当然であった。
「こらー静かにしろー。それじゃあ自己紹介して」
「はい。ヴォルフ・スミノロフ、です。前、通ってた学校、ロシアありました。けど、出身、ウクライナ、です」
片言の日本語でスミノロフ君はあいさつをする。
ウクライナか。それじゃあ兎極のお父さんと故郷は同じだな。
「うん?」
スミノロフ君は窓際の奥を見つめている。そこにいるのは……。
「うん。それじゃあ席は……」
「先生、僕、まだ日本語少し不安、です。ロシア語、ウクライナ語……を、話せる人、側にいると安心、です」
「ロシア語かウクライナ語? 話せる生徒なんて……あ、獅子真」
「はい?」
「お前、ロシア語かウクライナ語は話せるか?」
「まあ……少しだけなら」
「それじゃあすまんが、わからないことを隣でスミノロフ君に教えてやってくれ」
「はあ、わかりました」
兎極が了解すると、隣に座っていた生徒が他へ移動し、開いた席へスミノロフ君が座る。
「よろしく」
「うん」
イケメンと美少女。その2人が横に並ぶとまるで絵画のようであった。
……やがて午前の授業が終わって昼休みとなり、俺の席へ兎極がやって来る。
「おにい、お昼行こ」
「うん」
弁当箱を持った兎極といつも通り中庭へ行こうとすると、
「兎極さん」
そこへスミノロフ君が声をかけてくる。
「うん? なに?」
「あの、セルゲイさん、に、僕のこと、聞いてる、思うですけど……」
「セルゲイ?」
って、誰のことだろう?
「セルゲイって……パパのこと? なんでスミノロフ君がパパを知ってるの?」
「セルゲイさん、僕の、父のいとこです。兎極さん、はとこ」
「えっ? そうなの?」
「はい。セルゲイさん、兎極さん、へ、伝えてくれる、言ったですけど」
「あーパパったら忘れてるんだ。しょうがないんだから」
どうやら親戚のようだ。確かに少し似ているような気がしなくもない。どちらも顔立ちが整って綺麗なところとか……。
並んでいる2人を前にして、ふっと俺の頭へ嫌な想像が過ぎる。
「どうしたのおにい? なんかぼーっとしちゃって?」
「い、いや、なんでもないよ。えっと、俺たちは中庭で弁当を食べるんだけど、スミノロフ君は食堂とか購買の場所はわかる?」
「いえ……その、僕も、2人と、一緒、食べたいです」
「あ、そう。じゃあとりあえず購買に行こうか」
「はい」
そういうことで俺たちはスミノロフ君と一緒に購買へ向かった。
……それから中庭へ行き、俺と兎極は弁当を食べる。
「そのお弁当、兎極さんが?」
「うん。私が作ったの」
「おいしそうですね」
「あんたには作ってあげないよ。大好きなおにいにだから作ってきてるの」
「大好き? 2人、恋人ですか?」
「えっ? い、いや俺たちはそんなんじゃ……」
「ほぼそんな感じ」
「と、兎極……」
「……そう、ですか」
答えをどう捉えたのか、スミノロフ君は俺たちを見て微笑んだ。
「あ、飲み物、買うの忘れました。五貴、さん、一緒、買いに行って、もらう、いいですか?」
「ああうん。じゃあちょっと飲み物買って来るから」
「うん」
兎極をベンチに残して俺はスミノロフ君と飲み物を買いに行く。
「……五貴さん」
「えっ?」
声をかけられて立ち止まる。
「どうしたの?」
「あ、はい。その……僕、あの、兎極さんの、こと」
「兎極のこと?」
「はい……あの、父、見せてもらった写真見て、ずっと好きで……」
「えっ? と、兎極のことが……好き、なの?」
「はい」
どうやら会ったのは初めてでも、彼のお父さんが持っていた写真を見せてもらっていて顔は知っていたようだ。それで……。
「五貴さん、兎極さん、恋人違うですよね?」
「ま、まあ……」
「じゃあその……僕、兎極さん、仲良くなる、協力、してほしいです」
「きょ、協力って……」
「兎極さんと2人きり、なって、お話とかしたいですっ。そしたらもっと、仲良くなれますっ。お願いしますっ」
手を掴まれジッと目を見つめられる。
スミノロフ君は真剣だ。真剣に兎極のことが好きなんだ。
「お、俺は……その」
兎極とスミノロフ君は並ぶと絵になる。つまりお似合いだ。俺なんかと一緒にいるよりも、兎極とスミノロフ君は正しくカップルに見えた。だから……。
「……わかった」
いつか裏切られて傷つくよりも、可能性を断ってしまったほうがいい。そもそも俺なんか凡庸な男に兎極は相応しくないのだから……。
「あ、ありがとう、五貴さん、五貴。今日から友達。僕のこと、ヴォルフ呼んで」
「あ、ああ。……ヴォルフ」
これでいいんだ。
心のもやもやを無視して、俺はヴォルフに向かって笑顔を作った。




