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第45話 義妹のママ

「ふう……ふう……」


 体育の時間、男子はマラソン、女子はソフトボールということで、俺はふうふう言いながら校庭を走っていた。


 身体はそれなりに鍛えているので、運動はできるほうだ。しかしマラソンは好きじゃなかった。


「はあ、疲れた……」


 決められた距離をようやくと走り終えた俺は校庭に座り込む。


「なぁ久我島」


 と、そのときクラスメイトの男子から声をかけられる。


「お前さ、獅子真と付き合ってるの?」

「えっ? いや、付き合ってはいないけど」

「あ、やっぱそうなのかー。そうだよなー。あんなかわいい子と久我島じゃ……あ、いや、別にお前だからってわけじゃなくてだな、普通の男が付き合えるレベルじゃないって意味な。あれはもう芸能人クラスだしさ」

「う、うん」


 それは俺もわかるから不快には感じない。兎極のかわいさは俺みたいな凡人が並んで歩いていいレベルではない。俺なんかではなく、もっとふさわしい男が兎極には……。


「でもあの子、お前にべったりだよな?」

「まあ、幼馴染みたいなものだからね」

「あ、だからお前のことおにいって呼ぶんだな。あーでもただの幼馴染だって、あんなかわいい子と仲良くできるなんてうらやましいよ。確か工藤とも幼馴染なんだろ? 性格はあれだけど、工藤も美人だからなー。美人2人と幼馴染なんてうらやましい」

「……」


 女子たち中でハンドボールをする天菜の姿を見つけて眺める。


 クロを捕まえて俺を脅し、兎極にやられてから天菜はおとなしい。さすがに懲りたのだと思いたいが、あいつの性格を考えるとこのままずっとなにもしてこないとは思えなかった。


「やっぱかわいいよなぁ、獅子真」

「えっ? あ……うん」


 投げられたボールを豪快にかっ飛ばす兎極の姿が目に入る。


 ……眩しいな。


 兎極は昔も今も本当に綺麗でかわいい。あの眩しいような美しさの前では、俺の存在など霞んで消えてしまうような気がした。


 ……放課後、俺はいつも通り兎極と一緒に下校をする。


「明日の日曜日、楽しみだねおにい」

「うん」


 明日は兎極と少し遠出をする。

 なにやらあちこち連れて行ってくれるそうだ。


「明日は全部わたしに任せてね。お金とかおにいは出さなくていいから」

「えっ? いや、そういうわけには……」

「いいから、ね?」

「あ……うん」


 強い眼差しで言われて俺は納得した。


 ……次の日になり、出掛ける準備を終えた俺は家の外に出る。


「家の前で待っていればいいって言ってたけど……」


 なんで駅じゃないんだろうと思いながら俺が待っていると、1台の車が家の前に止まった。


「おにい」

「えっ? 兎極?」


 車の後部座席が開いて兎極が降りてきた。


「今日は車でお出掛けだよ」

「車で? あ、運転してるのってもしかして」

「そ、あたし」


 運転席の扉が開いてショートカットのグラマラスな美女が降りてくる。


 獅子真柚樹ししまゆずき。兎極の母親であり、俺の元義母でもある女性だ。


「母さ……あ、いや、柚樹さん。ひさしぶり」

「ふふ、気にしないで母さんと呼んで。あたしは今でも五貴を自分の息子だと思ってるんだからね」

「う、うん」


 実の母親は俺が2歳のときに亡くなった。物心ついたときには実の母がいなかったため、血の繋がりはないが、俺にとっての母さんは柚樹さんなのだ。


「この家も懐かしいねぇ。もう5年振りかぁ」

「その、帰って来る気はないの?」

「んー……」


 俺の問いを聞いた母さんは目を瞑って上を向く。


 離婚の原因は母さんの転勤だ。戻って来たならもしかして……。


「可能性はゼロじゃないって感じかなぁ」


 母さんは苦笑いしながら言う。


「大人の愛は複雑だからねぇ。別れた原因が無くなったからといって、あっさり元サヤってわけにもいかないのよ」

「そっか……」


 俺はまだ子供だけど、大人の愛が複雑というのはわからなくもないことだった。


「それじゃあ行きましょうか」

「どこへ行くの?」

「それはついてからのお楽しみだよっ。さ、早く車乗ってっ」


 と、兎極に腕を引かれて後部座席に乗り込み、母さんも乗って車は発車した。


 どこへ行くのかな?


 そんなことを考えながら、俺は変わる景色を窓から眺めた。


「父さんとはもう会ったの?」

「ええ。同じ職場だから嫌でも……あーいや、彼が嫌いって意味じゃないからね。元夫婦が同じ職場だといろいろ気まずいってだけで」

「あ、うん。わかってるよ。父さんと母さんは仲良かったしね」


 離婚するまで本当に仲が良かった。だから別れるなんて話を聞いてもすぐには信じられなかった。


「また結婚すればいいのに。ね、おにい」

「そうだね」


 そうなってくれたらと俺も思うけど。


「そんな簡単にくっついたり離れたりできないの。子供の恋愛じゃないんだからね」

「子供みたいな理由で別れたくせに」

「うっ……。そ、それよりも兎極、あんたあいつと連絡を取り合ったりしてないでしょうね?」

「あいつって?」

「あのクソヤクザ男のこと」


 ヤクザ男……とは、たぶん兎極のパパのことだろう。


「パパのことそんな風に言っちゃかわいそうだよ?」

「うるさい。あのヤクザ、このあいだはあたしの知らないところで勝手に兎極と会ってたりして……。今度そんなことしたら逮捕状を持って事務所にガサ入って逮捕してやるから」


 娘に会ったことを理由に逮捕とか怖すぎる罰である……。


「いいじゃんわたしのパパなんだし。パパやさしいよ」

「やさしくてもなんでもあいつはヤクザなのっ。ああ、あんなのに懐いちゃってさっ。こんなことならあんたが物心つく前にあいつと別れとくんだったっ」


 嘆くように母さんは声を上げる。


 母さんは大学を卒業してキャリア警官になり、それから自分を会社の社長だと言う兎極のパパに出会って結婚をしたそうだが、実はヤクザだと知って離婚したのだ。


「いい兎極? あいつはヤクザなんだから関わっちゃダメなの。あんたは将来あたしと同じキャリア警察官になるんだからね」

「わたし警察官になんてならないよ。興味無いし」

「じゃああんた将来なにになるの? 特になりたいものないんでしょう? だったらとりあえずママと同じキャリアを目指しなさい。間違いは無いから」

「なりたいものならあるよ」

「えっ? そうなの?」

「うんっ」


 と、兎極が俺の腕をギュッと抱く。


「おにいのお嫁さんっ」

「と、兎極っ?」


 突然の告白に驚いた俺の心臓が跳ね上がる。


「お、お嫁さん? 五貴の?」

「そう。きゃーっ! 言っちゃったっ!」


 恥ずかしそうに両手で頬を押さえる兎極。


 ……本気だろうか?

 兎極と俺が結婚だなんて……。


「あんたたち昔から仲良かったけどそんなにだったなんて……。けど結婚を考えるのはまだ早いでしょ? その前に将来の仕事を考えなさい」

「まあ将来のことも考えていいけど……。結婚もしていいでしょ?」

「将来のこともちゃんと考えるならね」

「わかった。おにい、結婚していいって」

「そ、そう」


 嬉しそうに言う兎極に、俺は曖昧な返事しか返すことができなかった。

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