第44話 飛び道具を駆使する義妹(獅子真兎極視点)
近づいてくる半グレ連中を睨み据える。
「う……っ」
「ぐっ……」
前回、一瞬で倒されたことを身体が覚えているのだろう。
わたしの睨みに怯んだのか、半グレ連中は足を止めていた。
「なにビビってんのっ! そいつはなにもできないんだからビビることないでしょっ!」
クソ女の上げた声に、半グレ連中はふたたび動き出すが……。
「……いや、ビビって正解だぜ。この喧嘩はあたしの勝ちだからな」
「はあ? あんた状況わかってんの? それとも猫は見捨てるとか……」
「家族を見捨てるわけねーだろ」
と、わたしは鞄からじゃらりとパチンコ玉を掴んで取り出し、
ビッ!
「ぎゃっ!?」
「えっ?」
クロを掴んでいた男が額を押さえて仰向けに倒れる。
その瞬間、わたしは猛ダッシュをし、男の手から離れたクロを抱きかかえた。
「あ、あんた一体なにを……」
「これだよ」
ビッ! ビッ! ビッ!
「うぎゃ!?」
「あがっ!?」
「おぐぁっ!?」
半グレたちがバタバタと倒れていく。
「な、なにっ? なんなのこれっ?」
「パチンコ玉だよ」
「パ、パチンコ玉?」
「そう。パチンコ玉をこうやって親指で……」
ビッ!
「んぎゃあっ!」
「弾いて飛ばしたんだ」
倒れた半グレの額からコツンとパチンコ玉が落ちて転がる。
「そ、そんな映画とか漫画みたいな芸当……っ」
「やれるんだよ。練習したからな」
「う、ぐう……っ」
わたしは右手でジャラジャラとパチンコ玉を弄びながら半グレ連中を見据える。
連中の表情は完全にビビッていて、もはや喧嘩をする顔ではなかった。
「だいぶ手加減して撃ってんだ。本気出せば……穴ぐらいは空くぜ?」
「ひっ……」
半グレ連中があとずさる。そして……。
「うわあああっ!!」
一斉に逃げ出して行った。
「ちょ、ちょっとあんたたちっ! わたしを置いて……ひっ」
わたしはひどく冷めた目でクソ女を睨む。
「てめえは本当に救えねぇよ。真性のクズだ。あと底抜けの馬鹿だ」
「は、はあ? ば、馬鹿じゃないしっ!」
「馬鹿だよ。大抵の奴は一度でもあたしと喧嘩をしたら二度やろうとはしねーんだ。何度も喧嘩を仕掛けてくるのはてめえみたいな学習能力ねー馬鹿だけだよ」
「はっ! わたしはあんたなんかに屈したくないだけっ! あんたを潰すまで、絶対に諦めないっ! 絶対にわたしの前に泣き顔を晒せて……あがっ!?」
パチンコ玉を額にぶつけられた天菜は仰向けに倒れた。
「たいした奴だよ。馬鹿も極めれば才能だな」
こいつはクソザコだ。恐れるに値しないゴミ。
しかしこの執念深さは恐ろしい。馬鹿だが、よく言えば良い根性をしている。
執念深く食いついて離れないこいつが、いつか牙を深く突き刺してわたしの喉を食い破るのではないか? そんな恐怖がわずかにあった。
「こいついつになったら諦めてくれるんだろうなぁ」
天菜の服を剥いでドラム缶の焚火にくべて燃やし、身体にヤリマンとか馬鹿という落書き書いてやりながらながらわたしはそう思った。
……
それから覇緒に連絡し、クロは助けたことを球場のおにいへ伝えさせた。……しかしすでに逆転不可能な状態になっており、試合には負けてしまったようだった。
「なんか久我島、ぜんぜんダメだったね」
「具合悪かったのかな? けどプロとかそういうレベルじゃないと思うわー」
球場へ戻ったわたしが試合後のおにいと合流して一緒に帰り道を歩いていると、応援に来ていた女子生徒たちのそんな声が聞こえた。
「ごめんねおにい。わたしがもっと早く気付いてれば……」
天菜の指示でおにいは投げればデッドボールか暴投。打てばすべて三振にさせられ試合も完敗してしまった。とはいえここまでおにいのおかげで勝ち上がってきたので、チームメイトから悪く言われるということはなかったようだ。
「クロが無事でよかったよ」
「えっ?」
おにいの手がわたしの腕の中で眠るクロの背を撫でる。
「部員のみんなには悪いけど、試合なんてどうでもよかったんだ。クロさえ無事ならそれでよかった」
「けど、試合に勝ってたら甲子園に行って将来の野球選手として注目されたかもしれないよ? あ、でも、もうスカウトにおにいがすごく野球が上手ってことは知られてるだろうし、今日は調子が悪かったってことでもしかしたら……」
「俺は野球選手になる気なんてないよ。最初から興味はないし」
「そ、そうなの? けど来年は甲子園へ行けるかもよ?」
「もう野球はやらない。助っ人は今日で最後にするって顧問の先生と先輩たちに言ってきたから」
「やっぱり野球に興味無いから?」
「それもあるけど……」
「えっ?」
他にもなにか理由があるのだろうか?
「野球が上手にできすぎるからってのもあってね」
「じょ、上手にできすぎるから……って、どういうこと?」
上手にできるなら続けたほうがいいとわたしは思うけど……。
「野球が好きで努力をしている人はたくさんいるんだ。俺みたいな野球に興味の無い人間が活躍してたら野球が好きな人たちにとって失礼だし迷惑になるよ」
「あ……」
おにいらしい考え方。
けどやっぱりわたしはもったいないと思った。
「でも、兎極が俺に野球を続けてほしいって言うなら続けることも考えようかな」
「……うん。わたしは続けたほうがいいと思う。けど、無理にとは言わないよ。おにいがしたいようにするのが一番だから」
強要はしたくない。おにいは野球を続けたほうがいいとは思うけど、強要することで辛い思いはさせたくなかった。
「ねえ、おにいが好きなことってなに?」
「えっ? あ、うーん……なんだろうな? 今はまだわからないかも」
「そっか」
と、わたしはおにいと腕へギュッと抱きつく。
「兎極?」
「おにいがなにを好きになってどういう人生を歩んで行くのかはわからないけど、その……わたしはずっと側にいるからね」
「えっ? そ、それって……」
おにいがなにになっても構わない。
なにになっても、わたしはおにいの側にいると決めている。
「野球選手の奥さんも悪くなかったけど」
「お、奥さんって……」
「ふふ、ずっと一緒だからね、おにい」
「う、うん」
やや戸惑うような表情を見せるおにい。
そんな表情を見ながら、わたしはおにいの腕を抱いて歩くのだった。




