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第42話 様子がおかしいおにい(獅子真兎極視点)

 大会当日、わたしはおにいと一緒に球場へやって来る。


「がんばってね」

「うん……」

「?」


 なにかおにいの元気が無いような気がする。どうかしのだろうか?


「元気ないね? どうかしたの?」

「あ、いや……別に」

「そう? あ、そういえばクロまだ帰って来ないんだ。もともと野良猫だから外に出て帰って来ないのはそんなに珍しくないんだけど、今回は帰って来ない日が長くてさ。どこかで事故に遭ったりしてるんじゃないかって心配で……」

「そ、そっか。……うん。大丈夫。必ず無事に帰って来るよ」

「……なんかおにい、わたしに隠し事してない?」

「えっ? いや、な、なにも……」

「あ、久我島せんぱーいっ! 姉御ーっ!」


 と、そこへ覇緒ちゃんが手を振りながらやって来る。


「応援に来たっすよっ! がんばってくださいっすっ!」

「う、うん。ありがとう」

「あ、あの、久我島君……」

「えっ? あ、野々原さん」


 声をかけられて振り返ると、俯き加減に俺を見上げる野々原さんの姿があった。


「あ、もしかして野々原さんも……」

「うん。応援に来たの。がんばってね」

「あ、ありがとう。うん……」


 2人を前におにいは作ったようなぎこちない笑顔を浮かべる。


「あ、俺、球場のロッカーに行くからここで……」

「うっすーっ! スタンドで応援してるっスよーっ!」


 手を振っておにいは走って行ってしまう。


 やっぱりなんか隠しているような気がする。

 なんだろう? わたしに言えないこと?


 まさかわたし以外に好きな女が……。


 いやそれは無い。おにいが好きなのはわたし。他の誰かを好きになるなんてありえない。けどもしも他の女を好きになったら……。


「ううん。絶対にありえないから」


 じゃあ隠し事ってなんだろう? おにいがわたしに隠しそうなこと……。


 おにいのあの元気が無い表情。なにか嫌な予感がする。


「あのクソ女がなにか……」


 だとしても、あのクソ女がおにいになにをしたのかはわからない。わたしには言えないような、なにかひどいことをおにいに……。


「獅子真さん? どうかした?」

「あ、いや別に……」

「ひとりごとぶつぶつ言って、らしくないっスよー。あ、わたしたちが応援に来たから不機嫌になってるんスねー。久我島先輩をひとり占めしたいからー」

「そんなんじゃないよ。ほら行こう」


 ヘラヘラ笑っている覇緒と、不思議そうな表情の野々原さんとスタンドへ向かう。


 考えてもわからない。とりあえず観客席に行こうと、わたしは球場のほうへ歩いた。



 ……



 空いている場所を探して観客席に座る。


 ものすごい数の生徒が応援に来ている。うちの高校は昔から弱小野球部らしいので、こんなに大勢が応援に来るのなんて初めてのことだろう。


「きゃーっ! 久我島君がんばってーっ!」

「プロのスカウトも来てるよーっ! ホームラン打ってねーっ!」


 ……ミーハーな女がきゃんきゃん喚いているのをうしろから眺める。


 ちょっと前まではおにいのことなんて目にも入っていなかっただろうに、野球がうまいと知ってプロになる可能性がわかった途端にこれだ。


 だけどどんなにおにいへ黄色い声援を送っても無駄。

 おにいが好きなのはわたし。これが変わることは絶対に無いんだから。


「久我島先輩人気者っスねー」

「野球の大会で活躍するようになってから気にする女の子が増えたみたいだね。わ、わたしは別にそういう理由で久我島君の応援に来たわけじゃないからねっ」

「わたしもっスー」

「……」


 しかしこの2人に対してだけは少し危機感がある。


 なんたって美人だ。

 油断をしていてはおにいを奪われかねない。


 やがて試合が始まり、おにいがマウンドへ上がる。


「久我島せんぱーいっ! がんばってくださいっスーっ!」

「が、がんばれーっ!」


 2人が声援を送る。わたしも負けじと、


「おにいがんばってーっ!」


 大声で声援を送る。すると、おにいの顔がチラとこちらを向いた。


 ……やっぱりなにか元気が無いような様子だ。


「平気かな……」


 わたしは不安な心地でマウンドのおにいを見守っていた。


「あっ!」


 初球に投げたヘロヘロの遅い球がクイと外へ曲がって、バッターの尻へと当たる。球が遅いので痛くは無さそうだが、デッドボールになってしまった。


 一塁へ歩くバッターへ頭を下げるおにい。

 その背を見つめながら、わたしは首を傾げる。


 そして次のバッターにもヘロヘロ球でデッドボール。


 相手高校の観客席からはブーイングが起こり、おにいは申し訳なさそうに背中を丸めて頭を下げていた。


「久我島先輩どうしたんすかね? いつもはデッドボールなんてしないのに」

「具合でも悪いのかな……」


 そんな2人の声を耳にしながらわたしはマウンドのおにいを見つめる。


 おにいの投げる球は針の穴を通すほどのコントロールだ。

 デッドボールなんてありえない。というかあの尻に当たった変化球。わざと痛みの少ない部分へ向かって投げているような……。


 これはなにかある。


 デッドボールを投げなければいけなかった理由がなにかあるはずと、わたしはほぼ確信していた。


 けど一体どういう理由が……?


 誰かに脅されてるとか? 誰が? なんのために……?


 おにいを脅しそうな人間と言えばあのクソ女か、もしくは彼氏の難波か。それか竜青団の連中か、藤岡たちかもしれないが……。


 もしも脅してプレイに指示を出しているとしたら、観客席のどこかでおにいを見ている奴がいるはず。


「ん? あれ……」

「えっ?」


 野々原さんがスタンドの一点を見つめる。

 そこには見覚えのあるようなうしろ姿があった。


「あれ……蛭田かも」

「蛭田って……」


 落ち武者ハゲにしてやったあのクソ女の取り巻きだ。


「あいつスポーツは吐き気がするほど嫌いとか言ってたのに。もしかして誰かの応援に……? いや、そういうことする奴じゃないと思うし……」

「……ちょっと行って来る」

「えっ? 獅子真さん?」


 席から立ち上がったわたしは蛭田とかいうハゲ女がいるところへ向かう。


「おい」

「えっ? ひええっ!?」


 わたしが背後から声をかけると、落ち武者ハゲ女は悲鳴のような声を上げた。

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