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第40話 義妹の飼ってる猫

 そして試合終了。

 結果は3対0でうちの学校が勝った。


「か、勝っちゃったよ」


 試合後、先輩が唖然とした様子でベンチのみんなを見回す。


「いや俺たちが勝ったってより、久我島がやべーよ」

「お前、本当に野球は小学校までだったのか?」

「はい……」


 どうせ負けるから今日だけという約束だった。

 勝っちゃったけどどうなるんだろうと、俺はそれを気にしていた。


「つ、次の試合も来てくれるか?」

「えっ? いやー……」


 今日だけだから来たけど、正直、こんな暑い中でもう運動なんかしたくない。野球にも興味は無いし、断ろうかな……。


「次の試合もやるよねおにい?」

「あっ」


 いつの間にか俺の隣にいた兎極にそう言われて俺は迷う。


「そうしたほうがお前は嬉しいか?」

「うん。けどおにいが嫌だって言うなら、無理にとは言わないけど」

「……」


 兎極はずっとスタンドで応援してくれていた。

 俺が野球の試合で活躍して兎極が喜んでくれるなら……。


「わかりました。次も助っ人に来ます」

「おおっ! てかできれば正式な部員になってほしいんだけど……」

「すみません。それは……」


 俺は野球をやるのが好きなわけではない。

 さすがに部に入るつもりは無かった。



 ……


 …………


 ……………………



 それから助っ人に行くたび試合には勝ち、気が付けば次に勝てば甲子園というところまで進んでしまう。

 どうせ負けるからと覇気の無かった部員たちも、勝ち上がっていくごとにやる気を出して練習に励んでいる様子だった。


「まさかこんな勝ち上がっちゃうなんて……」


 試合後、俺は球場をあとにして兎極と一緒に帰路へつく。


「だから言ったでしょ? おにいが助っ人したら甲子園優勝しちゃうって」

「いやだって俺、野球は小学校までしかやってないんだぞ?」


 やってるのはトレーニングだけだ。小学校でやめてから野球はまったくやっていなかったのに……。


「おにいは野球の天才だから」

「そ、そうかな?」

「うん。リトルリーグでも大活躍だったでしょ」

「まあ……」


 確かに野球はうまかった。

 しかしやはり小学生のときだし、あのときの経験だけで今も通用するなんて思っていなかった。


「本当に野球続けなくていいの? すごく上手なのに」

「好きでやってたわけじゃないからね」


 俺は家でゲームをやっていたりするのが好きなのだ。スポーツが嫌いとは言わないが、真剣になってやるような気は起きなかった。


「プロになれるかもしれないのに」

「そこまでうまくは……。興味も無いし」

「ま、おにいが将来なにになっても、わたしはいいけどね」


 と、兎極はそう言って俺の腕をぎゅっと抱く。


「と、兎極……」


 大きくて柔らかい胸に腕が挟まれるこの心地良い感覚。なんどかされているがどうしても慣れることができず、胸が高鳴って緊張をしてしまう……。


「あっ」

「えっ?」


 兎極が正面を見つめて声を上げる。視線の先にいたのは真っ黒い猫だった。


「クロだ」

「ああ」


 クロとは兎極が飼っている猫だ。

 俺も何度か会ったことはある。


 こちらへ近づいてきたクロを兎極は抱き上げる。


「大きくなったな」


 こっちへ引っ越してくる前に兎極の家で会ったときはまだ大人になりかけな感じの大きさだった。今はもうすっかり大人の猫だ。


「おにいに会いたかったって」

「俺のことなんか覚えてないだろ?」


 そう言いながら俺はクロの背を軽く撫でる。


 この猫は兎極がどこかで拾って来て飼い始めたらしい。

 なんでも、子猫なのに大人の猫3匹と喧嘩して追い払っているのを見て気に入ったからとかで拾ったそうだ。


「あ、また顔に怪我してー」

「ん?」


 見ると、クロの額にはちっちゃな切り傷があった。

 他にも古傷のあとがちらほら見られた。


「よく怪我するのか?」

「喧嘩ばっかりするからね。飼い主はこんなにおしとやかなのに」

「ははは……」


 まあ基本的にはおしとやかでおとなしいか……。


「にゃー」

「なに? お腹空いたの? じゃあおうち帰ってご飯にしようか」

「にゃー」


 兎極の言うことを理解しているのか、クロは嬉しそうな声で鳴いた。


「えへへ。こんなにかわいいのに喧嘩強いなんて不思議だね」

「そうだな」


 こんなにかわいいのに喧嘩が強い。それはもちろんクロのことなのだが、兎極も同じだなと俺は思った。

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