第39話 投打に優れた二刀流なおにい
「うん。思ったより衰えてないな」
リトルリーグではピッチャーをやっていた。
筋トレは今でも続けているおかげか、投げるボールの速さに衰えを感じなかった。
「おいなんだよあれ……?」
「フェンス際からホームまでほぼまっすぐにボールが飛んで行ったぞ……」
「プロでも見たことねーよあんなの……」
なにやら観客席からどよめきが聞こえる。
なにかあったのかな?
俺は普通にプレイしただけだが、ブランクがあるのでなにかやらかしてしまったのではないかと心配になった。
「ちょ、ちょっと久我島君っ」
「はい?」
投手をやっている先輩がこちらへと駆け寄って来る。
「君、野球は小学校までなんだよな? 中学では全然やってなかったの?」
「はい。まったく」
「ほ、本当に?」
「ボールに触れてさえいませんよ」
まあリトルリーグで一緒だった同級生には野球部へ入るよう勧められたけど、断って野球とは無縁の中学生活を送っていた。
「そ、そうなのか……」
「戻らなくて大丈夫ですか?」
「あ、いやその……ピ、ピッチャーやってみないか?」
「俺がですか?」
「うん。頼むよ」
「いいですけど……」
ピッチャーは疲れるのであまり気は進まない。しかし先輩に頼まれて嫌とは言いづらいので、しかたなく俺はマウンドへ向かう。
「懐かしいな」
ピッチャーとしてマウンドに立つのは小学生以来だ。背負っているランナーは1、2塁とピンチだが、まあやれるだけやろう。
試合が再開され、俺はボールを握って振りかぶり……。
ズバァァァン!
投げたボールはキャッチャーミットに収まる。
それから打者を三振に取って相手の攻撃を終わらせた。
あれ?
甲子園出場校と聞いたから打たれると思ったが掠りもしない。弱小校が相手だから手加減をしてるのだろうか?
「お、お前すげーな」
ベンチへ戻るとキャッチャーの先輩が驚いたような表情で俺を見ていた。
「そうですか? まっすぐに投げてるだけですけど?」
「いやそうだけどよ、何キロ出てんだよ。手が痛くてもう……」
ミットをはずした先輩は手をぶんぶんと振る。
「てかコントロールもすげーな。寸分違わず同じコースに飛んできたぞ」
「変なとこへ投げないように思い切りは投げないようにしてますので」
「あ、あれで全力じゃないのかよ? おい誰かキャッチャー変わってくれよ……。こんなの受け続けたら俺の手が持たねーよ」
「す、すいません」
そういえばリトルリーグのときも、俺が投げると手を痛めるからってみんなが交代でキャッチャーをやっていたな……。
もう少し力を抑えて投げようと思った。
さて次は攻撃だ。
俺は助っ人なので打順は9番で最後。この回はみんな三振で終了した。
そして0対0で3回の裏。俺の打順が回ってくる。
バットを握るのもひさしぶりだ。
ブンと素振りをしてからバッターボックスへと入る。
先輩から聞いたところによると、相手野球部のエースはプロ入りがほぼ確実と言われている人らしい。しかし今投げているのは控えのピッチャーだ。地区大会の初戦でエースを投げさせる必要は無いということだろう。
相手ピッチャーが振りかぶり、投げたボールが飛んでくる。
カキン!
振ったバットにボールは当たり、そして……。
「うおおおっ! は、入ったーっ!」
打ったボールはスタンドへ入り、ベンチから歓声が上がる。
「あ、入っちゃった」
まさか打てるとは。
打てそうだったから打ち返したが、まさかそのままスタンドへインしてしまうとは。手加減されていたとはいえ、ホームランになるとは思わなかった。
俺はバットを置いて塁を回る。
マウンドのピッチャーはなんだか呆然としている様子だった。
やがてホームに戻って来て1点が入る。
「やったやった! 1点入ったぞ!」
「すげーなお前!」
先輩や同級生に賞賛される。
打てそうだから打っただけなので、こんなに褒められては照れ臭い。
「も、もしかしたら勝てちゃうかも」
「いやでも、エースが出てくるかもしれないし……」
エースか。まあなんだっていい。俺はやれるだけのことをやるだけだ。
試合は1対0で進み、ふたたび俺の打順が回ってくる。
「うん?」
相手のピッチャーが変わるみたいだ。
変わってマウンドに立ったのは、背番号1の人だった。
「つ、ついにエースが出てきたぞ」
「あの人がエースですか」
「ああ。プロにも注目されているすげー奴だ」
ベンチの前から投球練習を眺める。
「す、すげー球だ。まるでプロだぜ……」
「あんなのカスる気もしねーんだけど……」
「そうですか?」
「えっ?」
俺にはそれほどすごい球には見えなかった。
バッターボックスへと入ってバットを構える。
それからピッチャーが振りかぶり、投げられた球が飛んできて……。
カキン!
「あ」
縦ににグイっと曲がった変化球。
はずれてるかな? いやでも……。
打てそうだったのでバットを振る。と、
「うわあああっ! また入ったーっ!」
「マジかよっ!」
またホームランになってしまった。




