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第37話 戦国777の悪あがき(戦国777・五貴視点)

 ―――戦国777視点―――


 ……こんなことありえない。


 感情が抑え切れず、怒りのままにあたしは立ち上がる。


「こ、こんなの不正でしょっ!」

「え……?」


 観客の全員、スタッフ、そしてハオハオという小娘が一様に呆気にとられたような表情であたしを見ていた。


「だってそうでしょっ! こ、こんな小娘が勝てるわけないじゃないっ! 無敗を続けてきたこのあたしにっ!」


 そうだありえない。戦っていたのは人間では勝てないはずの激強CPUだ。こんな学生くらいの女で勝てるはずがない。なにか不正をしたに決まっている。


「けど実際に勝ってるし……」

「てか証拠も無いのに不正扱いってひどくね?」

「戦国777さんってこんな人だったの……?」


 証拠。そう証拠だ。

 この小娘を不正扱いできるなにか証拠……。


「こ……この子はゲーム会社と組んで不正をしていたのっ!」

「えっ?」

「ハオハオが?」

「そうっ! このゲームを盛り上げるためにゲーム会社が用意した広告なのこの子はっ! わたしは決勝前にお金を渡されてヤラセをさせられそうになったけど、それを断ってプレイしたのっ! けど相手は激強のCPUを使って不正をしたっ!」

「な、なにを言ってるんスか? わたしそんなこと……」

「言い訳しないでっ! あなたが決勝前にスタッフと一緒にどこかへ行ってたのは知ってるんだからねっ!」

「そ、それは打ち合わせがあるからって……」

「認めたっ! スタッフとヤラセを話し合っていたの認めたねっ!」

「いや、そうじゃ……」

「言い訳しないでっ! みんなの中にもこの子がスタッフと一緒に会場を出て行くのを見た人がいるんじゃないのっ?」


 そう聞くと観客たちがざわめく。


「た、確か誰かと一緒に会場を出て行ったのを見たような……」

「俺も見たかも」

「そうでしょうっ!」


 観客たちが小娘の不正を疑い始めた。このままいけばこの大会自体を無かったことにでき、無敗記録は継続になる。


「せ、戦国777さん、こんな話、聞いてないですよっ」


 運営責任者が慌てたように耳打ちしてくるが知ったことではない。無敗で女優へ転身するためには、ここで負けを認めるわけにはいかないのだ。


「彼女は不正をしましたっ! けれどそれはゲーム会社にやらされていたことで、わたしは彼女を攻める気なんて……」

「あれー? こっち側でキャラを選択すると勝手に動きますよ?」

「えっ?」


 いつの間にかあたしのプレイしていた筐体前に座って男が勝手に操作をしていた。小娘と一緒にいた冴えない男だ。


「なんかこの動きって戦国777さんのプレイに似てますね? 皆さんどう思いますか?」

「言われてみれば……」

「なんか特徴のある動きなんだよな。人間っぽくないっていうか……」

「ちょっとなにやってんのっ!」


 あたしは男を突き飛ばす。


「もしかしてあたしが不正をしてたって言いたいの? だったらあの子がスタッフと一緒に会場に出て行ったのはなに? ヤラセの相談をしてたんでしょ?」

「あなたがスタッフと一緒に会場から出て行くのも見かけましたけど? たぶん俺以外の人もそれを見てると思いますよ」

「それは……その、あたしは何度も優勝してるから打ち合わせが……」

「だったらあなたがスタッフとヤラセの相談をしていた可能性もありますよね?」

「な、なんであたしがヤラセなんかっ」

「ハオハオに勝てないとあなたは考えたからです。だからあなたはスタッフを使ってハオハオが決勝戦に出られないよう部屋へ閉じ込めさせた。違いますか?」


 このガキ、なんでそんなことを知って……?

 スタッフの誰かが裏切った? いやでも、証拠なんて無いはずだ。


「変な言いがかりはつけないでくれる? 閉じ込められていた? そうだった証拠なんてあるの?」

「施設の監視カメラを確認すればわかると思いますが?」

「か、仮に本当だったとして、あたしが関わっているなんて証拠はあるの?」

「ありませんね」

「じゃあ……」

「けど警察を呼んで監視カメラの映像を確認してもらえば閉じ込めの事実があったことははっきりします。そうなれば誰の指示でそれが行われたか、スタッフを含めてあなたも事情聴取をされますよ。あなたが指示していたのならば、スタッフは警察にそう話すでしょう。自分が逮捕されるリスクを負ってまであなたを庇うと思いますか?」

「う……ぐっ」


 口止めはした。しかし警察沙汰になって逮捕されてまであたしを庇う義理なんて無い。警察を呼ばれるのだけは絶対にまずかった。


 どうする? どうする……。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


 と、そこへ運営責任者が慌てて割って入る。


「大会はハオハオさんの優勝ですっ! 不明な点は後日にお問い合わせくださいっ! そ、それでは今大会をこれにて終了させていただきますっ!」


 早口でそれだけ言って運営責任者はステージの奥へ引っ込む。

 ……その後、あたしはスタッフルームへと呼ばれて行った。


「す、すいませんでしたっ!」


 扉を開けてスタッフルームへ入ると、ガキ2人に土下座をしている運営責任者の姿があった。


「ヤラセはありましたっ! 閉じ込めの事実もありますっ! しかし警察沙汰だけは勘弁してくださいっ! お願いしますっ!」


 必死に頭を下げる運営責任者。

 その姿を前にして、あたしは自分の思惑がすべて崩れ去ったのを自覚した。



 ―――久我島五貴視点―――



 大会が終わり、俺たちは会場のドームから外へと出る。


「トロフィーもらったっスー」

「よかったね」


 優勝トロフィーをかかげて大喜びの覇緒ちゃん。


 まさかあんな重いペナルティをかけられて勝ってしまうとは。

 すごいを超えて恐ろしいまでの強さであった。


「けど不得意なキャラでよく勝てたね?」


 俺だったら得意なキャラ以外の動かし方なんてほとんどわからなくて、プレイに混乱してしまいそうだが。


「キャラの動かし方は全部、頭に入ってるっスから」

「えっ? そうなの?」

「うっす。戦う相手の動きがわからないと勝てないっスからね。全部のキャラをプレイして使い方や立ち回りはすべて把握してるんス」

「す、すごいね」


 俺には真似できない。完全にプロのやり込みである。


「あ、あの久我島先輩その……ありがとうございましたっス」

「えっ? なにが?」

「閉じ込められたてたのを助けてくれたことっスよ」

「ああ。でも探しただけだし、お礼を言われるほどのことじゃ……」

「ほどのことっスよっ!」


 と、覇緒ちゃんは俺へと迫る。


「閉じ込められてすごく怖かったっス! だから久我島先輩が助けに来てくれたのがすごく嬉しくて……。優勝できたのも久我島先輩のおかげですし」

「ま、まあそうだね。あのままだったら優勝できなかったかもしれないしね」

「はい。けど優勝したときよりも、久我島先輩が助けに来てくれたときのほうが嬉しかったです」

「そ、そう?」


 なんか覇緒ちゃん、少し大人っぽい雰囲気になっているような……。


 艶っぽい表情で見上げられて少しドキドキしてしまう。


「それにわたしの濡れ衣を晴らしてくれましたし……」

「う、うん」

「けど、どうして戦国777さんがCPUを使ってるってわかったっスか? もしかして勘だけでステージに上って確かめたとか……?」

「まあ半分は勘だね。間近で見てたんだけど、なんか操作と動きがあってないような気がしてさ。キャラクターの動きもなんか妙だったし、もしかしたらって」

「そうだったんスね」


 ぶっちゃけ違ってたらどうしようかと、ステージへ上ってからは心臓ドキドキだったのだが。


「覇緒ちゃんをヤラセ扱いしたり閉じ込めたり、あの人たちひどかったからさ。きっとプレイもまともにしてないんじゃないかって、勘でも確証はそれなりにしてたよ。まあ、その事実をあの場で完全に証明することはできなかったけど……」


 戦国777が閉じ込めに関与していたかどうかは勘だ。しかしスタッフにより閉じ込められたのは事実だし、指示はしていなかったとしても知ってはいたと思う。


 警察を呼んで監視カメラの映像を確認してもらえばすべて証明できただろう。しかし運営責任者に土下座をされ、閉じ込められた覇緒ちゃん本人が警察沙汰にはしないと言って許したのだから俺が言えることはなにもなかった。


「先輩……。あの、本当にありがとうございましたっスっ!」

「いや、俺は自分にできることをしただけだから」


 そう言った俺の顔を覇緒ちゃんを上目遣いで眺めてくる。


「あ、あの先輩、それでその、優勝したご褒美なんスけど……」

「ご褒美? ああ。うん。俺でプレゼントできるものなら」

「じゃあ……」


 なにをする気なのか? 覇緒ちゃんは俺の手を取って自分の頭に乗せる。


「頭をなでなでしてもらってもいいですか?」

「えっ? もしかしてほしいご褒美って……」

「はい。撫でてほしいんです」


 そんなことをするだけでいいのだろうか?


 そう思いつつ俺は覇緒ちゃんの頭を撫でる。


「えへへ。先輩に撫でてもらってる」

「本当にこんなことでいいの?」

「はい。先輩……」

「お、おお……」


 頭を撫でられながら覇緒ちゃんが俺の身体に密着してくる。


「は、覇緒ちゃん? ち、ちち近いよ?」


 大きな胸に押されて心臓がバクバクと高鳴る。


「しばらくこのままで……」

「う、うん……」


 こんなことで覇緒ちゃんが喜んでくれるなら……。


「――おにいっ!」

「わあっ!?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえて、別の意味で心臓がバクっと高鳴る。


「と、兎極?」


 振り返ると、眉間に皺を寄せた兎極がこちらを睨んでいた。


「な、なんでここに?」


 覇緒ちゃんとゲームの大会に出掛けることは、家にいた父さんくらいしか知らないはずだが……。


「家に行ったらおにいがいないから、お父さんに聞いたらここだって聞いて飛んで来たの。って、それよりもそれどういうことっ!」


 兎極の指差す先では覇緒ちゃんが俺に寄り添っていた。


「なんで覇緒とそんなにくっついてんのっ!」

「いやこれは……」

「わたしと先輩が仲良しだからっス!」

「ひゃあっ!?」


 不意に抱かれた腕が覇緒ちゃんの大きな谷間に挟まれる。


「お、おおお前っ! わたしのおにいになんてことをっ! このーっ!」

「ふぁあっ!?」


 反対側の腕を兎極の大きな谷間が挟む。


 な、なぜこんな良い目……じゃなくて、こんなことに?


「おにいはわたしの男なんだから離しなさいよっ! てかあんた、男はイケメンにしか興味ないんでしょっ!」

「久我島先輩は心がイケメンっスから。姉御のおかげで知れたんスよ」

「うるさいっ! 離せぇーっ! お前はおにい近づくなーっ!」

「嫌っス! わたしも久我島先輩と仲良くなるっス!」

「うがあああっ! わたしのおにいと仲良くなるなーっ!」


 兎極は俺を引いて歩くも、覇緒ちゃんも俺の腕を離さない。


 美少女2人が俺を挟んで歩いて行く。

 その光景は周囲から見て奇異に思えただろう。


 俺自身もこんなにかわいい2人が、こんな平凡な男を取り合っていることが不思議でしかたなかった。

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