第29話 難波に落とし前をつけさせるパパ(難波・兎極パパ視点)
―――難波組組長視点―――
「……なんだてめえ、昨日からずいぶんへこんでやがるじゃねぇか。例の件はうまくいかなかったのか?」
部屋にやってきた幸隆を前に俺はタバコの煙を吐いてそう聞く。
「ああまあ……」
「やっぱりか。けどそんなことでへこむようなたまじゃねぇだろてめえは? 今日は学校まで休みやがってよ。他になんかあったんじゃねぇのか?」
「な、なにもねーよ。それよりも例の件、バレてたんだよ。五貴に。うちが御子柴建設の依頼で逸見建設の不祥事を探っていることがさ」
「バレてやがった?」
どこから話がもれた? いや、もれていたとしてもなんでこいつのダチが知っているんだ?
「おめえ、うっかりそのダチに話しちまったんじゃねぇのか?」
「ダチじゃねーしそんなマヌケなことしねーよ」
「なら誰がそのガキに話をバラしやがったんだ?」
「知らねーよ。御子柴建設の重役に知り合いでもいるんじゃねーの?」
そうだとしてもガキに話すとは思えないが……。
「それよりもどうすんだ親父? 逸見建設の不祥事はよ?」
「別におめえの探りがうまくいくだなんて最初から期待はしてねぇよ。逸見で働いてる社員を借金漬けにして会社の不祥事を探らせてる。けど出てこねぇんだよなぁ。ムカつくくれぇ健全な企業だぜ」
「じゃあどうすんだ? 諦めるのか?」
「いや、不祥事が無いんだったら脅迫できるネタを作ればいいのよ」
「脅迫できるネタって?」
「逸見の娘を拉致ってヌードでも撮ってやりゃいい。そんで画像をネットに流されたくなければレジャーランドの建設から下りろって脅すんだよ」
逸見はひとり娘を溺愛していると聞く。
娘のためなら仕事のひとつくらいは下りるだろう。
「エグイ事しやがるなぁ」
「そうやって俺はここまで上がってきたのよ。へっへ」
任侠だ極道だなんて言う古臭い野郎もいるが、ヤクザなんて所詮はクズの成れ果てだ。汚く生きてなんぼじゃねぇかと俺は笑った。
「おやっさん」
「うん?」
と、そこへ若頭の水木がやってくる。
「例の逸見建設の不祥事を探らせている件なんですが……」
「おう。あの野郎なんか見つけてきやがったか?」
「ええまあ……あるにはあったんですけど」
「おお」
ようやくか。
これで逸見建設を例のレジャーランド建設から降ろして、御子柴建設に仕事が回るはず。そして謝礼はたんまりだ。
思惑がうまくいきそうだと、俺は口角を上げて笑う。
「で、どんな不祥事が見つかったんだ? 建設基準法違反でもやらかしてたか?」
「い、いえその……」
なぜか水木はその不祥事を言おうとせずに口篭る。
「おいどうした? その不祥事ってのは一体……」
「く、組長」
そこへ別の組員が青い顔をしてやって来る。
「なんだどうした?」
「お、お客さんが……」
「客? 誰だ?」
「そ、それが……」
真っ青な表情で組員が振り返る。廊下を通って姿を現したのは、縦にも横にもでかい熊のような男であった。
「よお、難波ぁ」
「あ、あんたは……」
銀髪の白人。しかし達者な日本語を話すこの男は……。
「ほ、北極会の……セルゲイ・ストロホフ、さん」
北極会。所属する構成員は1万人以上とも言われている日本最大の極道組織。この男はウクライナ出身でありながらその組織の頂点に立つ日本一の極道だ。
「な、なんであんたがここに?」
「てめえに話があるからに決まってんだろうが」
「俺に……? どのような?」
「逸見建設のことでだよ」
「!?」
心臓が跳ね上がる。
なぜ北極会の会長がそのことを……?
「難波てめえ、レジャーランドの建設を下ろさせるために逸見建設の不祥事を探りまわってるそうじゃねぇか? 御子柴建設に依頼されてよぉ」
「それは……その……まあはい。しかしそれがなにか?」
「それがなにかじゃねぇぞてめえっ!」
ドンとテーブルを叩かれる。
「逸見建設とはうちが懇意にしてんだよっ! てめえんとこが探り回んのはうちに喧嘩売ってるってことになんだぞコラっ!」
「そ、そそそそんな滅相も無いっ! うちが北極会に喧嘩を売るだなんて……っ! そ、その、北極会が逸見建設と懇意だなんて知らなかったことでして……」
水木が口篭っていた理由が理解できた。
逸見建設の不祥事とは、極道組織北極会との繋がりだったのだ。
しかしこのネタは使えない。むしろこちらにとって不都合であった。
「知らねーで済むと思ってんのかてめえっ! この落とし前どうつける気だコラっ! ああおいっ!」
「ど、どどどうって……その」
「てめえもよぉ、極道の端くれならけじめのつけ方くれぇわかってんだろ?」
と、セルゲイは懐からドスを抜いてテーブルへ置く。
「指詰めろ。今回はそれで勘弁してやる」
「ゆ、指っ!? そんな今どき指詰めなんて……」
「ならうちと戦争するか?」
「そ、それは……」
「指か戦争か選べ。俺はそんなに気が長くはねぇぞ」
「うう……」
震える手でドスを掴む。
「お、親父……」
「くっ……」
北極会と戦争になれば間違いなく組は潰される。そして俺は殺されて、死体は道路にされるか、ミンチにされて海か湖にでも撒かれるだろう。選択の余地などあるはずも無かった。
「うぐうっ……」
ドスの刃を小指にグッと沈み込ませ、そして……
「があああああっ!!!」
切り落とす。
「う、うう……」
落ちた指を震える手で摘まみ上げてセルゲイへ差し出した。
「こ、これでどうか勘弁を……」
「指の1本くれぇで女みてぇな声上げやがって。まあ今回はこの指で勘弁してやるがよぉ。難波、てめえずいぶんアコギに稼いでるそうじゃねぇか。いいかげんにしねぇと指じゃ済まなくなるぜ」
「き、肝に命じます……」
セルゲイは白いハンカチで指を包んで懐にしまい、それから立ち上がって部屋を出て行った。
―――セルゲイ・ストロホフ視点―――
難波組の屋敷から出た俺は、若頭の沼倉克己に後部座席の扉を開けさせて車に乗り込む。
「克己、難波組のしのぎをきっちり調べとけよ」
「へい」
難波は極道の風上にも置けないクズ野郎だ。
今回は指だけで済ませたが、いずれ潰しとく必要があるだろう。
「おやっさん、お嬢さんに今回のことを話しておいたほうがよろしいのでは?」
「わかってるよ」
と、俺はスマホを取り出して娘の兎極に電話をかける。
「パパ?」
「おお兎極ちゃん、パパだぞーっ。元気にしてかいっ?」
娘の声を聞いた瞬間、俺は天にも昇るような嬉しい心地になる。
「元気かって、それ昨日も聞いてたじゃん?」
「パパはかわいいお前の健康を常に気にかけているんだよぉ。お前にもしもことがあったらパパ死んじゃうからっ! お腹掻っ捌いて自殺しちゃうからっ!」
孫は目に入れても痛くないというが、それは娘も同様だ。俺は娘のためなら迷うことなく自分の腹を掻っ捌ける。それほどに娘の兎極を溺愛していた。
「なに言ってんのもー。それでなんの用なの?」
「かわいいかわいい兎極ちゃんの声を聞きたかったのっ!」
「切るね」
「ごめんごめんうそうそっ! いや、嘘じゃないよっ! 兎極ちゃんの声を聞くだけでパパはしあわせ過ぎて天国にカチコミかけちゃうからっ!」
「だから用はー?」
「あ、うん。えっと、側に柚樹……ママはいない?」
こうして娘と連絡を取り合っていることは元妻の柚樹には秘密だ。もしもバレたらどうなるか……。たぶん殺される。
「うん。今は家じゃないし」
「ならよかった……。ああ、逸見建設の件だけどね。パパのほうで難波に厳しーく言ってけじめ取らせたから。もう後輩の子は大丈夫だからね」
「そっか。あ、おにい、その問題違うよー」
「おにい? と、兎極ちゃん? 側に誰かいるの?」
「うん。今おにいの家で一緒に勉強してるの。おにいのことは話した事あるでしょ?」
確か柚樹が再婚して離婚した男の連れ子だったか。同じ高校に入学したとは聞いたが、年頃になったことでまさか男女の関係になってたりとかは……。
「う、うん。前のお兄ちゃんと一緒なんだね。その……2人っきりなの?」
「そうだよ」
「そ、そう。その、パパは信じてるけど間違いはないようにねっ」
「間違いって……ああ。それはわかんないかも」
「と、兎極ちゃんそれって……」
「わたしおにいのこと大好きだから。パパよりもね。それじゃ」
「えっ? ちょっと兎極ちゃんそれってどういう意味? 兎極ちゃんっ! 恋人を作るなんてパパはまだ許さないからねっ! 兎極ちゃんっ!」
スマホに向かって叫ぶも、すでに電話は切られていた。
「どうしました? お嬢さんとなにか……?」
「な、なんでもねぇよ」
そう克己に行って俺は懐から煙草の箱を取り出す。
「いいんですか? お嬢さんが嫌がるからって煙草はおやめになったのでは?」
「ん? んんん……ああクソっ!」
煙草の箱を投げ捨てて俺は車のシートに背を預ける。
……久我島五貴とか言ったか。俺のかわいい兎極ちゃんを虜にしやがるとは。
一体どんな野郎なのか? 一度、会う必要がありそうだ。
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