第25話 覇緒を心配するおにい
「おにい、今日はどうする? ヨネカフェ? それともまた映画行く? おうちでお勉強でもいいよ」」
「う、うーん……」
今日も下校後は兎極と一緒だ。と言うか、一緒じゃない日が無い。下校後はこうして必ず一緒だし、休みの日も一緒に過ごしている。一緒にいないのは夜くらいだ。
「けどお前、俺とばかり遊んだり勉強してていいのか? たまには女の子の友達と一緒に遊んだり勉強したりとか……」
「わたし友達いないよ。いつも一緒なんだからわかるでしょ?」
「ま、まあ……そうだな」
確かに女の子と話している姿は滅多に無い。あるのは野々原さんとあいさつし合ったり軽く雑談するくらいだ。それも必ず俺を交えてのものだが。
「あ、覇緒ちゃんと遊んだら? 仲良いだろ?」
「仲良くないよ。あいつが勝手に絡んできてるだけ」
「あの子は昔からお前に懐いてるけどな」
小さいころから姉御姉御と兎極のあとをついて回っていたのを覚えている。
「もう少しやさしくしてやったら……」
「あいつの話はもういいよ。とりあえずヨネカフェ行こ」
「う、うん」
兎極と覇緒ちゃんは仲が悪いわけではない。しかし姉御と言われて過剰に懐かれるのを兎極は嫌がっているようだった。
……駅前のヨネカフェの前にやって来る。と、
「あっ」
出入り口から出てきた覇緒ちゃん……と幸隆にばったり出くわす。
「お、なんだ五貴と獅子真さんか」
「お、おう」
天菜と別れたあの日の夜から幸隆とは関係が悪い。今となっては天菜のことなどどうでもいいのだが、こいつが俺から恋人を奪ったという事実が消えたわけではないので元通り仲良くするのは難しかった。
「姉御、また久我島先輩とデートっすか?」
「まあね。あんたは?」
「わ、わたしはその……難波先輩と……」
「俺たちもデートをしていたんだ」
「はわーっ!?」
幸隆の言葉を聞いてか覇緒ちゃんは真っ赤になった顔を両手で覆う。
「お前が覇緒ちゃんと?」
普通なら天菜と付き合っているのに他の女の子とデートだなんて変だなと思うところだが、こいつは中学のころから女癖が悪い。だから天菜以外の女の子と遊んでいても不思議に思うことは無いのだが。
「ああ。天菜には言わないでくれよな。もめるからさ」
「……」
こいつは遊びで覇緒ちゃんに近づいただけだ。こんな奴と一緒にいたらきっと心を傷つけられてしまう。下手をすれば肉体関係を持ってしまい、余計に傷ついてしまうことだってありえた。
「覇緒ちゃん……その」
幸隆と一緒にいちゃいけない。君は遊ばれているだけだから。
そう喉まで言葉は出かかったが、
「わたし難波先輩とデートできてすごくしあわせっす……ですっ! もうなんか天にも昇る気持ちって言うか……」
「あ……」
今の覇緒ちゃんに俺の言葉は届かない。
幸隆の隣に立って嬉しそうな表情を見せる彼女の様子から直感的にそう思う。
「じゃあ俺たちは行くから」
俺たちの脇を通って幸隆は覇緒ちゃんを連れて去って行く……。
「ゆ、幸隆っ!」
俺はその背に向かって声を上げる。
「覇緒ちゃんを傷つけたら許さないからなっ!」
「お前に言われるまでもないよ」
そう軽い感じで言いながら、幸隆はひらひらと手を振って行ってしまった。
「だ、大丈夫かな覇緒ちゃん? あのままホテルに連れ込まれたりなんてことは……」
「あれでもお嬢様だよ。好きな男とデートできて舞い上がっていても、簡単に股を開くほどいいかげんな育ちはしてないって」
「そうかな?」
「あいつわたしのこと姉御って呼ぶくせに、喧嘩とか暴力的なことは絶対にしなかったでしょ? あんな感じでもガチガチのお嬢様体質なんだよ、あいつ。エッチなことは結婚してからーとかよく言ってたし、そこら辺のバカ女みたいにすぐ股を開いたりはしないから大丈夫だよ」
「そ、そうなんだ」
避けているわりに舎弟のことはよく理解している姉御である。
「んー……でも難波かぁ」
「幸隆がどうかしたか?」
「うん。パパがさ、逸見建設の社長と知り合いなんだよね」
「逸見建設の社長って覇緒ちゃんのお父さんと? そのことと幸隆になにか関係があるのか?」
「ライバル企業の御子柴建設が、難波組に逸見建設の不祥事を探らせているらしいって、このあいだパパが電話で言っててさ。難波の息子が覇緒に近づいて不祥事を聞き出そうとするかもしれないから気にかけてやったほうがいいかもって」
「えっ? ちょ、ちょっと待てっ。難波組? 組ってもしかしてヤクザか?」
「そうだよ。あれ? もしかして知らなかった? 難波組の組長は難波幸隆の父親だよ。つまりあいつはヤクザ一家の若様だね」
「え、ええ……」
金持ちなのは知っていたがまさかヤクザだったとは。あいつの家で遊ぶことを提案すると、いつもダメだと言われていたのはこれが理由だったのか。
「難波組は薬物を売り捌いたり、企業の不祥事をコソコソ探って脅迫したりしてアコギに稼いでるドぐされのヤクザ組織だよ。パパがそのうち潰してやるって言ってたからそう長くはないんじゃないかな」
「そ、そう……」
なんだか裏社会の一端を見てしまったようで肝が震えた。
「あ、じゃあもしかして幸隆は父親の命令で覇緒ちゃんに近づいて不祥事を探る気なのかな?」
「うん。たぶん」
「だ、だったらすぐにそれを覇緒ちゃんに教えてあげないとっ!」
「けど確証が無いからねぇ。単に遊ばれてるだけの可能性もあるし」
それはそれでダメだが、ヤクザの思惑に恋心を利用されるなんてかわいそうだ。なんとか助けてあげないと……。
「まあでも、不祥事が無ければいいだけだし、放って置いたらいいんじゃない?」
「えっ? い、いやでも……」
「不祥事があるならそれは逸見建設が悪いじゃん? 無ければ難波もヤラセてくれない女にいつまでも付き合っていないだろうし、勝手に離れるよ」
「そうかもしれないけど、利用されていると知ったら覇緒ちゃんは傷つくよ」
「かもね。まあでもまだ中学生だし、心の傷も人生の糧にできるんじゃない?」
……まあそういう考え方もできるが。
「一応、パパには話しておくよ。パパのほうで難波組と話をつければそれで解決するかもしれないしね」
「うん……」
兎極の言う通り覇緒ちゃんはまだ中学生だ。心が傷ついても人生の糧にできる若さがあるから大丈夫かもしれないし、問題のほうは兎極のお父さんが解決してくれるかもしれない。けど……。
やっぱり……このまま放っては置けない。
覇緒ちゃんに話して幸隆とは関わらないように言うか。それとも……。




