第192話 わたしだけのおにい
兎極と結婚の約束をした日からしばらく経つ。
あの日から兎極はますます俺の側にいたがるようになり、ほとんどうちに住んでいるような状態だ。今も俺の部屋で俺の腕を抱きながら話をしていた。
「でさ、パパったら極道やめて喧嘩修業の旅に出るって言いだしたらしくてね。沼倉さんが焦っちゃって、考え直すようわたしに説得してほしいって言ってきてさ」
「そりゃセルゲイさんほどの人が引退なんてなったらなぁ……」
セルゲイさんは極道の頂点に立つ人だ。
引退なんてことになれば極道界隈は騒がしくなるだろうし、そりゃ沼倉さんも焦って当然である。
「うん。いろいろ大変なことになるだろうね。けどなんかママは嬉しそうなんだよね。最近はちょくちょく電話でパパと話したりもしてるみたいだし」
「そうなんだ」
引退となればセルゲイさんは堅気だ。
もしかしたらふたたび結婚ってこともあるのかな?
「うちはじいちゃんがずっと家にいるから幸ちゃんと水木がビビってるんだよね。若い連中は良い意味で緊張感持って仕事するようになったから、いいんだけど」
なぜか朱里香さんもますます俺の側にいるようになった。俺が寝るまでうちにいるし、起きたらもういるので毎日のように会っていた。
「なんでてめえはいっつもいるんだよっ! 帰れよなっ!」
「夜中と五貴君が学校に行ってるあいだは帰ってる」
「しばらく来んなっ! おにいと2人っきりですることとかあんだよっ!」
「エッチならあたしも参加する」
「なんでだよっ!」
「あたしも五貴君としたい。する。デカチチだけなのはずるい」
「ずるいとかじゃねーよっ! 結局、ホテルじゃできなかったし、早くその……おにいと関係を持ちたいと言うか……」
そう言いながら兎極はチラチラと俺へ視線を送る。
気持ちは俺も同じだが、そう焦らなくてもいいだろうとも思う。
俺たちにはまだまだたくさん時間があるのだから。
「あたしも早く五貴君と……あ、それはともかくそういやさ あのあと天菜はどうなったんだろね?」
「えっ? さあ……どうなったんでしょう?」
瑠奈に蹴られてどこか空の彼方へ飛んで行ってしまった。
普通の人間ならば生きていないだろうが、超人間の身体ならば恐らくまだ生きているだろう。
「恐らくどこかで生きているでしょう」
と、そこへお盆に乗せたお茶を持って瑠奈が部屋へ入って来る。
「かなりの力で蹴り飛ばしましたし、兎極から受けたダメージもありましたので無事では無いと思います。しかし超人間は普通の人間よりも頑丈にできています。死んではいないでしょう」
持って来たお茶を俺たちの前に置きながら瑠奈はそう言う。
同じ超人間であり、四宮の記憶も持っている瑠奈が言うのだ。やはり天菜はどこかで生きているのだろう。生きていればいずれまた兎極を狙って来る。それが心配だった。
「いつかまた兎極の前に現れるでしょうね」
「はっ、そしたらまた返り討ちにしてやるよ。それよりもお前、いつまでおにいの家にいるんだよ?」
「博士の指示があるまではいます。しかし安心してください。五貴と兎極の行為を邪魔したりはしません。博士への報告のため観察はさせてもらいますが」
「それが邪魔なんだよっ!」
確かに観察はされたくない。しかも母親に報告されるとか……。
「なぜですか? 生殖行為は食事や睡眠と同じで生物が行う普通のことです。観察を嫌がる理由は無いと思いますが?」
「おめえはもうちょっと人間を勉強しろっ!」
兎極にそう言われるも、意味がわからないという顔で瑠奈は首を傾げた。
「あたしは観察じゃなくて参加だけどね」
「てめえは死ねっ! このっ! このっ!」
兎極に首を絞められるも、朱里香さんは平然とお茶を飲んでいた。
と、そのときインターホンが鳴る。
瑠奈がそれに応対してしばらくすると、
「ちょっとどういうことっスかっ!」
部屋に飛び込んできた覇緒ちゃんに胸ぐらを掴まれる。
「ど、どういうことって……?」
「婚約っスよっ! 姉御との婚約っ!」
「ど、どうしてそれを?」
言い回っているわけじゃないので、知っている人間はここにいる俺たちとあとは天菜くらいのものなのだが……。
「あ、わたしが覇緒に教えたの」
兎極はニッコリ笑ってそう言う。
「ちゃんと教えておにいを諦めさせなきゃダメでしょ?」
「いやまあ……」
「わたしは認めないっスっ!」
「そう言われても……」
「今からでも婚約を解消するっスーっ!」
「あうう……」
グラグラ揺らされながら俺は呻いた。
「そうだよ久我島君っ!」
今度は野々原さんが部屋に入って来て声を上げる。
「し、獅子真さんは良い人だけど、婚約とかはまだ早いと思うんだよねっ! もっとじっくり考えてからのほうがいいよっ!」
「そ、そう言われても……」
確かに早いというのはその通りだと思う。しかしどれだけあとになろうとも、俺の気持ちは変わらない。兎極と人生を共にしたいという俺の気持ちは間違い無く本物だから……。
「じゃあわかった。5Pしよう。これで解決」
「いやなにが解決だよっ! てめえは黙ってろっ!」
「あたしは黙らない。五貴君と繋がるその日まで」
「そんな日は来ねーよっ!」
「来る。なんなら今からでも……」
「コラ馬鹿っ! 服を脱ごうとするなっ! やめろっ!」
「ふふふ、あたしは本気になれば10秒で全裸になって、5秒で五貴君も全裸にして合体まで持っていける。止められるかな?」
「絶対にさせるかっ!」
そしていつもの取っ組み合いが始まる。
「ちょ、朱里香さん俺の服を脱がそうとしないでっ!」
「こ、こうなったら既成事実を作ってしまうっスっ! 久我島先輩っ!」
「覇緒ちゃんっ!?」
覇緒ちゃんにまで脱がされそうになってしまう。
「わ、わたしだってたまには勇気出すよっ! 脱いで久我島君っ!」
「な、なんで野々原さんまでっ!?」
もうめちゃくちゃである。
「こらお前らおにいを脱がそうとするなっ! 瑠奈っ! こいつら追い払えっ!」
「けど食事や睡眠は大勢でしたりするじゃないですか? 性交も大勢でしたらいいんじゃないでしょうか? なぜ兎極は嫌がるのですか?」
「ああもうっ!」
兎極は必死な様子で朱里香さんを抑える。
その間、俺は覇緒ちゃんと野々原さんに脱がされそうになっていた。
「さあ久我島先輩、観念するっス」
「諦めて久我島君っ」
「あうう……」
このままでは本当にすべて脱がされてしまう。
逃げ出そうと俺が扉へ向かおうとしたとき、
「――なかなか楽しそうなことしてるじゃん」
「えっ?」
ガシャアアン!
声とともに部屋の窓ガラスが割れる。
そして中へ入って来たのは……。
「あ、天菜っ!」
突如、現れた天菜がこちらを見てニヤリと笑う。
「てめえ……」
「くくっ」
表情をガラリと怒りへ変えた兎極が天菜を睨む。
やはり生きていた。
そしてま兎極を殺しに来たのだろう。
「戻って来た。あんたを殺すためにね」
「上等だコラっ!」
お互いが拳を固める。
瞬間、拳がお互いの顔面へ向かった。
この2人がわかり合うことは決して無いだろう。
どちらかが生きている限り喧嘩は続く。
俺にはやさしい兎極。
しかし敵には情け容赦のない一撃を見舞う。
そんなやさしくも強さのある女の子と俺は生きていく。
今はまだ守られている俺だけど、いつかは兎極を守れるくらいに強くなろう。作られた力なんかではない。俺自身の努力で得た力で……。
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お読みいただきありがとうございます。
今回で最終回となります。1話から最終話までで50万字ほどとなりましたが、ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました。よろしければ評価をよろしくお願いいたします。




