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第187話 復活のA

 ―――工藤純也視点―――


 天菜の頭を鞄へ詰め込んだあたしは、なけなしの金で飛行機に乗ってロシアへと飛ぶ。そして以前にいた四宮春桜の研究所へと戻って来た。


「警察は……いないみたいね」


 研究所にももちろん捜査の手は及んだだろう。

 しかしそんなのは形だけだ。ロシア警察と懇ろのプーリア関連の施設なら、それほど厳しくは捜査されない。


 ……とは言え、真面目な警官もいる。

 研究所内は厳しく捜査されたあとがあり、ほとんどなにも残っていなかった。


「なんにもないわよ。どうするの?」


 あたしは鞄へ詰め込んだ天菜の頭へ声をかける。


「そこ。四宮が座っていたイスの下を調べて」

「イスの下?」


 よくわからないが、言われた通りイスの下を調べてみる。


「なにもないけど?」

「床を壊して。慎重にね」

「?」


 言われた通り、慎重に叩いて壊してみる。……と、


「あっ」


 なにやら1~10の番号が並んだボタンが出てきた。


「2589543って入力して」


 天菜の言う通り番号を入力する。と、


「なっ……?」


 目の前の床が横へスライドして金属製の扉が出てくる。それが重い音を立てて開くと、下へ降りる階段が現れた。


「な、なによこれ?」

「警察に捜査されたときのために用意してた四宮の秘密研究所の入り口」

「なんであんたがそれを知ってるの?」

「四宮は自分が死んでも研究だけは残したかったの。だからいろんな方法で研究を残してるらしくて、わたしにこれを教えたのもそのひとつってやつ」

「そうなの? けどあんたに秘密研究所の場所なんて教えてもしょうがないと思うけど?」


 四宮のような優れた科学の知識が天菜にあるとは思えない。


「その理由は秘密研究所に行けばわかる」


 そう言われたあたしは天菜の頭を抱えて階段を下り、秘密研究所へと向かう。


「あっ」


 そして階段の下にある部屋の扉を開く。

 目に見えたのは、こじんまりした研究室であった。


 かつて上の研究所にあったようなものがいろいろとある。

 しかしなにに使うのか自分にはさっぱりわからなかった。


「それで、次はどうするのよ?」

「そこ……黒い棚の一番下の引き出しを開けて」


 そう言われて黒い棚に近づいたあたしは、一番下の引き出しを開く。


「これは……」


 チップだ。

 改造された天菜の頭に刺し込むチップがひとつだけあった。


「それ、あたしの頭に刺し込んで」

「あんたの頭、半壊してるけど、大丈夫なの?」

「さあ。けど、うまくいけばおもしろいことになる」


 首だけで天菜はくっくっくっと低く笑う。


 不気味に思いつつ、あたしは天菜の頭からチップを抜き出し、引き出しにあったチップを代わりに刺し込んだ。


「……よし。これならなんとかなる」

「なんのチップなの?」

「四宮の研究に関する知識が入ったチップ。これがあればわたしは四宮と同じ知識を使って復活ができる」

「どうやって?」

「そこの水槽を見て。なにか入ってるでしょ?」

「うん?」


 言われて円柱形の水槽へ目をやる。

 中には微小な生き物のようなものが入っていた。


「それは超人間の胎児。まだ一番最初の段階だから性別も無い。これを使ってわたしは復活する」


 ……なにやらとんでもないことを考えていそうだ。

 しかしここまで付き合ったのだ。最後まで手伝ってやろうと思った。


 ……それから3日経つ。

 水槽の中にあった胎児だったものはあっという間に育ち、今では十代の少女にまで成長していた。


「これって……」


 そしてその見た目は天菜そのものだった。


「天菜、もしかしてあんた……」

「そう。これにわたしの意識を移す」


 そんなことが可能なのだろうか?

 しかし四宮の研究知識を持った天菜が自信たっぷりに言っているのだ。想像できないほど奇天烈なことだが、可能なのだろうと思った。


「それじゃあそこにあたしの頭をセットして」

「わかったわ」


 水槽と繋がっているケースの中へ天菜の頭をセットする。

 そして言われた通り、配線を頭へ繋いだ。


「準備はOK? それならスイッチを入れて」


 配線は間違い無く繋いだ。

 それを確認したあたしは手元のスイッチを入れる。


 と、目の前のモニターに数字やら文字やらが滝のように流れる。


 うまくいっているのだろうか?

 さっぱりわからなかった。


「あっ」


 やがてモニターに映っていた数字と文字の流れが止まって消える。

 そして水槽が自動で排水され、覆っていたガラスが開く。


「せ、成功したの?」


 しかし聞いても頭のほうは反応しない。代わりに……。


「……ああ、成功したよ」

「えっ?」


 水槽の中にいた超人間のほうが答えた。


「あ、天菜なの?」

「そうだよ。意識の移行は成功した。あたしは超人間に生まれ変わったんだ」


 そう言って天菜はニヤリと笑う。


 この邪悪な笑みは間違いない。

 こんな悪辣な笑みは、天菜にしかできないだろう。


「はあ……。それはよかった。それで? これからどうするの? 四宮のあとを継いで超人間の量産でもする?」

「くだらない」


 四宮の目的を天菜は一考もせず一蹴する。


「わたしがこの身体を手に入れた理由はひとつ。わかってるでしょ?」

「獅子真兎極への復讐。つけられた傷が顔にあったころならわかるわ。けど、新しい綺麗な身体を手に入れたんならもういいんじゃない?」


 もはや復讐など忘れてもいいと思うが。


「冗談じゃない。わたしはあの女を殺す。絶対に」

「どうしてそこまで恨むのよ?」

「どうして? ……ああ。理由なんてもうどうだっていい」

「ど、どうだっていいって……」

「理由はあった。けど理由なんてもうどうでもいい。わたしの中にあるのはあいつへの純粋な恨みだけ。これを解消するのがわたしの目的。あいつを殺せたら、わたしはもう死んだっていい。くく……あーはっはっはっはっ!!!」


 天菜は楽しそうに笑う。

 しかしそれはまともな人間の笑い声ではない。ネジが完全にはずれてしまった人間の、狂った笑い声であった。


 この女は壊れている。

 身体は新品になっても、中身は修復不可能なほどに壊れているようだった。

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