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第186話 おにいを知るために来た瑠奈

「る、瑠奈っ!」


 驚きに声を上げる俺を、瑠奈は無表情で見下ろす。


「て、てめえっ!」

「なにしに来た?」


 突然、現れた瑠奈に兎極と朱里夏さんは警戒感を現す。


 だがまさか俺たちに危害を加えに来たなんてことはないだろう。


 それがわかっていた俺は特に警戒をしなかった。


「ど、どうしたんだ一体? 四宮は?」

「ドクターはいろいろと考えたいことがあるって、何人かの超人間を連れて旅に出ました。たぶん人類滅亡とかはしばらくやらないと思います」

「そうか」


 だがまたいつか人類滅亡を計画するかも。

 そうならないことを祈るしかなかった。


「それを伝えに来てくれたのか?」

「いいえ。五貴の世話をするようにと、瑠奈は博士に言われて来ました」

「俺の世話を?」

「はい。世話をして一緒に暮らすことで五貴を理解できるはず。理解できたらそれを自分に教えてほしいと博士に命令を受けました」

「なんでそんなことを……」

「博士は今だ、人類を滅亡させてすべてを超人間に入れ替えるという計画を諦めてはいません。しかし迷っておられます」

「迷っている?」

「博士は人間への情などまったく信じておりませんでした。しかし五貴と出会ったことでそれが自分の中にもあると気付いた。人類を滅亡させることは、自分を後悔させるのでは? そのように迷っておられます」

「……」


 四宮はやはり人類滅亡という計画を諦めていなかった。

 しかし諦めさせる可能性を生み出すことはできたようだ。


「五貴を理解することで、迷いの答えが見つかるかもしれない。博士はそのように考えて瑠奈をあなたのもとへ寄こしたのです」

「そうだったのか」


 俺の行動次第で人類が滅亡するかもしれない。

 なんだかものすごく責任重大な立場になってしまった。


「そういうわけで今後、五貴の世話は瑠奈がします。炊事洗濯掃除防犯なんでも可能ですのですべてお任せください。お望みなら夜のお世話も……」


 そんなことを真顔で言われて、俺は戸惑ってしまう。


 夜のお世話とはもちろん、朱里夏さんが言っていた意味と同じわけで……。


「だ、か、らっ! おにいの世話はあたしがするから、てめえらはいいんだよっ!」

「そういうわけにはいきません。博士の命令ですから」

「知らねーよてめえの事情なんてっ! だいたいてめえはあたしらの敵だったんだっ! しかたなかったのかもしれねーけど、そう簡単に信じておにいの側に置けるかよっ!」


 ……兎極がそう言うのも当然だ。

 瑠奈は俺たちを殺そうとしたこともあるのだから。


「それはそう。五貴君があぶない」

「てめえが言うなっ! てめえだっておにいとあたしを殺そうとしてただろっ!」

「あれは五貴君を知る前のこと。五貴君を知った今のあたしは愛の奴隷。五貴君のために生きる五貴君を愛するひとりの女なの」

「都合の良いこと言いやがってっ!」


 声を荒げた兎極の手刀が朱里夏さんの頭へポコンと落ちる。


 朱里夏さんも以前は俺たちの敵だった。

 なら瑠奈もいずれは仲良く……いや、兎極と朱里夏さんは今でも仲悪いけど。


「なんと言われようと瑠奈は五貴の世話をします。出て行きません」

「こ、この……」

「あなたと五貴は恋人同士なのですか?」

「えっ? いや、それはその……まだあんまりはっきりとは……」

「あなたと五貴が良い仲ならば、それを邪魔する気はありません。瑠奈はあくまで五貴の世話をするだけですから。なので世話をしたいなら、あなたも一緒にすればいいです」

「ん? あ、まあ……そうか。そういうことなら」


 仲を邪魔するつもりは無いと言われて、兎極は納得したようだった。


「じゃああたしも」

「てめえはダメだ」

「夜のお世話も一緒にすればいい」

「ダメだ」」

「ひとり占めは良くない」

「普通はひとり占めなんだよ。恋愛ってのは」

「愛も仲良く分け合うのが平等というもの」

「いちいち屁理屈こねるな」

「嫌だ。あたし五貴君から離れない」


 朱里夏さんが俺の服をぎゅっと掴む。


 これは本当に離れてくれそうになかった。


 ピンポーン


「あ、誰か来た」


 誰かなと出てみると、


「久我島君っ!」

「先輩っ!」

「の、野々原さん? 覇緒ちゃん?」


 やって来たのは野々原さんと覇緒ちゃんであった。


「今日 退院するって聞いて急いで来たっす。あ、これパパとママからお土産っす」

「あ、ありがとう」


 なんか高級そうなお菓子をもらう。


「わたしも退院って聞いて……。あ、これわたしもお土産」


 野々原さんからもお菓子をもらった。


「2人ともありがとう。俺はこの通り元気だから」

「無理はダメっス。完全回復するまではわたしが面倒を見てあげるっス。も、もしよければ夜のほうもちょっとだけなら……」

「わ、わたしもできるだけお世話するよっ。五貴君にはいろいろとお世話になったし、お返ししないとっ。五貴君にならちょっとエッチなお世話も……」

「い、いや、そんな……あのその」


 赤くなってもじもじする2人を前に俺はしどろもどろとなって困り果てる。


「もーっ! なんなんだよどいつもこいつもおにいにたかって来やがってっ! おにいはあたしが好きなのっ! 揃いも揃ってあたしのおにいにエロいことしようとすんなっ!」

「まだわからないっスからね。姉御には負けないっス」

「わ、わたしも負けないよ」

「まあ五貴君が本当に好きなのはあたしだけどね」

「5人でお世話をするのですか? まあ瑠奈は構いませんけども」


 図らずも集まってしまった5人の女の子。

 これからどうなってしまうのか少し不安であった。


「んあーっ! もうお前ら帰れーっ!」


 兎極が怒りに叫ぶ。


 なにはともあれ、平和な日常が戻って来て俺の気持ちは穏やかであった。



 ―――工藤純也視点―――



 ……オリジナルは警察に捕まって収監されてしまった。しかしこんなときのために、コピーを1体、別の場所へ忍ばせていたのだ。


「天菜からの救難信号が出ていたのはこの辺りね」


 ひとり獅子真兎極を殺しに行った天菜。

 それからどうなったのかは知らないが、救難信号を発しているということは恐らく返り討ちにあったのだろう。


 北極会本部。

 その庭へ忍び込んだあたしは、出ている救難信号を頼りに庭の中をこっそりと探る。


「この辺かしら?」


 茂みに囲まれた場所から救難信号の反応がある。

 そこを掻き分けて中を探ると、


「あっ」


 なにかが落ちているのを見つける。

 それは半壊した天菜の頭部だった。


「よ……ようやく来たの? お、遅いじゃない」

「こっちだって本体が警察に捕まったりで大変だったのよ。それよりもあんたそれ……もしかして自爆したの?」


 身体が無いことからそうだと思った。


「ああ。あのクソ女を道連れにしてやろうと思ったけど、失敗してこの様だよ。くくくっ、まったくしぶとい奴」

「しぶといのはあんたのほうよ。自爆しても生きてるなんて本当に悪運が強いこと」

「執念だよ。あの女を殺したいっていう執念がわたしを死なせてくれないのさ」

「たいしたものだわ。けど、それじゃもうその執念を成就させることなんてできそうもないわね」


 残っているのは半壊の頭ひとつだ。

 これではどうしようもない。


「四宮に修理させる」

「残念ね。プーリアは目的が失敗してボスもオリガも逮捕されたわ。四宮は行方不明だし、あんたの修理は難しいわね」

「そう。けど問題無い。わたしを四宮の研究所へ連れて行ってくれればなんとかなる」

「悪いけどあたし、科学の知識なんて無いから修理はできないわよ。四宮は助手も雇っていなかったし、研究所に行っても無駄よ」

「助手ならここにいる」

「ここにいるって……」


 一体どういうことなのか?

 あたしには天菜の言っていることがわからなかった。


「とにかく研究所に連れて行け。連れて行けばわかる」

「……わかったわ」


 日本にいてもどうしようもない。

 とりあえずは天菜をロシアの研究所へ連れて行き、身の振り方はそれから考えることにした。

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