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第185話 おにいの世話はわたしがする

「な、難波豪十郎っ! またしても邪魔をっ! 瑠奈っ! そのジジイも……」

「させるかっ!」


 父さんが銃を撃つ。

 銃弾はオリガの持つコントロール装置に直撃し、オリガの手を離れて地面を転がった。


「こ、この……くっ」


 父さんに銃を向けられたオリガは、両手を上げて降伏の意思を示す。

 そして瑠奈の目には光が戻り、目の前の俺を不思議そうに眺めていた。


「ど、どうしてだ?」


 俺の背後で四宮が声を上げる。


「どうしてって?」

「君がわたしを庇った理由だ。瑠奈の一撃を受ければ君は恐らく死んでいた。なぜ命を賭して私を守ったのかと聞いている」

「あなたが俺を産んでくれた母親だからです」

「そ、そんな理由で自分の命を捨てるのか?」

「目の前で自分の母が殺されかけたんです。男なら身体が勝手に動きますよ」

「わ、わからない」


 四宮は頭を抱えて蹲る。


「わたしは自分の身体を使って君を産み出しただけの他人だ。君に対して恩を売った覚えもない。むしろ敵だ。殺そうとした。君がわたしを救う理由など微塵も無い」

「それでもあなたが俺の母であることには違いない」

「うう……」


 四宮は科学だけを信じ、極めて合理的に生きてきたのだろう。

 合理性を欠いた俺の行動に困惑するのは無理も無いことだった。


「春桜……」


 父さんはそんな四宮を見下ろし、それからふたたび手を取って握った。


 ずっと死んだと思っていた母さんの手を父さんが握っている。

 それがなんだか嬉しくなった俺は、自然と表情が綻んで笑顔となった。


「五貴……」


 四宮が俺をじっと見る。

 その表情はどこか悲しそうであった。


「士郎っ!」


 と、そこへルカシェンコさんが警官隊とともに駆け込んで来る。


「港の周辺にいたプーリアと後宗連合の連中は逮捕したっ。お前は……」


 倉庫内を見回したルカシェンコさんは目を見開く。


 ボスのナバロフは倒れ、オリガもすでになにもできない。

 敵の超人間もすべてが倒されて鎮圧されていた。


「……ふっ、なにがあったかはわからんが、終わっているみたいだな」

「ええ……」


 やや複雑な表情で父さんは頷く。


 プーリアの一味である四宮も逮捕される。きっと罪は軽くないだろう。

 それを考えると心穏やかではいられないのだと思った。


「申し訳ありませんが、博士を逮捕させるわけにはいきません」

「えっ?」


 不意に瑠奈が四宮を抱える。


「また会いましょう。五貴」

「あっ」


 そして高く跳躍し、倉庫の天井を突き破って消えてしまった。


「ちっ、逃がすかっ! 追えっ!」


 ルカシェンコさんの指示で警官隊が外へと走る。


 きっと捕まることは無いだろう。

 しかし俺はなぜかホッとしていた。


「う……」


 すべて終わって安心したのか、身体のダメージを強く感じた俺はその場に膝をつく。


「おにいっ」

「五貴君っ」

「五貴っ」


 兎極と朱里夏さん、父さんや母さんが不安気に声を上げて俺のほうへと駆けて来る。


「だ、大丈夫。いつものこと……だから」


 しかし力の使用で受けた身体の痛みに耐え切れず、俺はそのまま倒れて意識を失った。



 ……



 ……母さんがプーリアに誘拐された事件から数日が経つ。

 ナバロフとオリガは逮捕されてロシアへ送還。プーリアはロシア政府との繋がりが深いので、収監してもまたすぐに出て来るかもしれないとルカシェンコさんは嘆いていたが、しかしそうはさせないと意気込んでもいた。


 後宗連合はセルゲイさんがカタをつけたらしい。

 どうカタをつけたのか詳しくは聞かなかったけど……。


 四宮を連れてあの場から去った瑠奈は行方不明だ。

 研究所にも帰っておらず、行方は完全にわからないとのこと。


 人類の滅亡を企む危険な科学者だ。

 全力で捜索をしているが、消息は一切、掴めないらしい。


 しかしいずれまた会えるような、そんな気はしていた。


「いたた……」


 しばらく入院して、ようやく病院から帰って来た俺は自室のイスへと座る。


 ここのところはいろいろとあって、自室でこうしてゆっくりできるのはひさしぶりかもしれない。


「おにい大丈夫?」


 病院まで迎えに来てくれた兎極が心配そうに俺を見つめる。


「大丈夫だよ。いつものことだし」


 しかし今回はだいぶ堪えた。

 まだ痛みは引かず、動くのがやっとというところだ。


「身体は大事なんだし、自重しなきゃダメだよ五貴君」


 同じく迎えに来てくれた朱里夏さんが労わりの言葉をかけてくれる。


 2人も超人間と戦って傷を負ったりで大変だったのに、俺ばかり心配をかけて申し訳ない。


「ありがとうございます。まあでももう動けるんで……いたた」

「ダメだよ五貴君。ちゃんと治るまではあたしがお世話をしてあげるから」

「お、お世話って……」

「ご飯を食べさせてあげたり、お風呂へ入れてあげたり、着替えを手伝ったり、あとは夜のお世話もしてあげるからね」

「夜のお世話?」

「お姉さんに全部、任せていいからね。全快するころには立派な男の子に……」

「なに勝手なこと言ってやがんだっ!」


 朱里夏さんの頭へ兎極の肘が雷のように落ちる。


「痛い。なにすんだデカチチ」

「うるせえっ! おにいの世話はあたしがするんだっ! てめえはあのでけえじいさんと山にでも籠ってろっ!」

「じいちゃんもう出て行かないって」

「えっ? そうなんですか?」


 糸の切れたタコみたいなおじいさんなので、またどこかへふらりと出て行ってしまったんじゃないかと思っていた。


「五貴君のことが気に入ったから、成長を近くで見ていたいって。だから婿にしてうちへ連れて来いってうるさいの。だからうち来て」

「いやあの、そもそも俺まだ結婚できる年齢じゃ……」

「事実婚でいいから」

「そういう問題でも……」


 豪十郎さんに気に入られたのは喜んでいいやら、ちょっと怖いような……。


「だから勝手なこと言ってんじゃねーってのっ! おにいはてめえの世話にはならねーし、てめえと結婚もしねえっ! あたしと結婚すんだからなっ! ね、おにいっ?」

「う、うん」


 そうはっきり聞かれると少し照れ臭い。

 しかし俺は確かにそのつもりだし、迷うことなく肯定した。


「ほらっ! おにいもこう言ってるっ! てめえが入る隙は無いのっ!」

「じゃああたしとも結婚しよう。それでいいから」

「なに重婚しようとしてんだっ! 違法だろっ!」

「あたしが法律なんか気にするわけないじゃん。まあでも、法律が気になるんなら、じいちゃんに頼んで総理大臣を締め上げてもらって法律を変えるから大丈夫。何度かやったことあるって言ってたし」

「相変わらずめちゃくちゃだなてめえのじいさんっ!」

「愛は法では縛れない」

「なに格好良い感じに言ってんだっ! 単に無法なだけだろっ!」


 ギャンギャンと2人は言い争う。


 殴り合いを始めようとしないだけ、初めよりはマシな関係になった。

 しかし仲良くは決してならないような気がした。


「とにかく、おにいの世話はあたしがするからてめえは帰れっ!」

「じゃあ夜の世話だけする」

「てめえはそれがしたいだけだろっ!」

「じいちゃんに早くひ孫の顔を見せたいし」

「なに孕もうとまでしてんだっ! てめえなんか出禁だっ!」

「愛は出禁にできない」

「うるせえっ! このっ! だったら叩き出してやるっ!」

「やってみろ」


 2人が部屋の真ん中で睨み合う。


 結局、始まってしまった。

 これは止めなければと俺が声をかけようとした。そのとき、


「世話なら瑠奈がします」

「へっ?」


 窓から素早く誰かが入って来る。

 それはあのとき倉庫から四宮を連れて去った瑠奈であった。

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