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第183話 決死の覚悟で瑠奈と戦うおにい

 瑠奈は足を止めて俺を見る。

 その目は冷たいが、どこか悲しみのようなものを感じた。


「君から死にたいか?」

「四宮……いや、母さん。本当にそれがあなたにできるのか?」

「できないと思うかね?」

「俺は……あなたにも母の愛情があると思っている」

「そんなものはないよ」

「だったらどうして調べ終わったあとに俺を始末しなかった? 用済みになったなら殺せばよかったじゃないか」

「……殺す必要があのときはなかっただけさ。まだ使える可能性もあったしね」

「なら瑠奈に俺を殺すよう命令しろ。できるなら」

「……」


 余裕の笑顔でいた四宮の表情がやや歪む。

 なにを考えているのか、ただ黙って俺を睨んでいた。


「や、やめろ五貴っ、春桜はお前のことをなんとも思っていないんだっ」

「父さん、この人は間違い無く俺の母さんだ。俺を産んでくれた母さんなんだ。俺は自分の母さんを信じたい。人の心が無いただの悪人だとは思いたくないんだ」

「五貴……」


 ほんのわずかでも俺に愛情があると信じたい。

 俺への愛情があれば、馬鹿なことをやめるよう説得することだってできるはずだ。


「瑠奈」


 四宮の低い声を聞いた瑠奈が俺を見る。


 ダメか?


 このまま殺されるかもしれない。

 だが最後の最後まで、俺は四宮の中にある母の愛情に期待しようと思った。


「そいつを……」

「ダメっ!」


 そのとき、俺の前へ兎極が立つ。


「おにいを殺させないっ! おにいはわたしが守るっ!」

「兎極っ! ダメだっ!」

「いやっ!」


 前へ出ようとするも、兎極がそれを防ぐ。


 絶対に俺を瑠奈の前へ出さない。

 そんな強い意志を小さな背中から感じた。


「ふっ、だったら君からだ。瑠奈」

「……」


 瑠奈が動く。


 兎極があぶない。

 それがわかった俺の中にあの力が沸いてきて……。


「どけ、兎極」

「あ……」


 俺の雰囲気が変わったことを察したのだろう。

 呆然とした表情の兎極を持ち上げてどかした俺は、瑠奈の前へと立った。


「ほう。力を使った状態になったか。けど瑠奈はその力を常に使っている状態なんだ。君のように身体を壊すことも無くね。つまり君が勝てる可能性はゼロだ」

「……」


 きっとそうだろうとは思っていた。けど、


「勝てるか負けるかで喧嘩なんてしねぇ。やるかやらねぇかだ。こいつと喧嘩する必要があんなら俺はやるだけだ」

「おにいダメっ! し、死んじゃうよっ!」


 兎極の手が縋るように俺の身体を掴むが、


「兎極、ここで死ぬならここが俺の死に場所だ。あいつと刺し違えてでも、俺はお前を守る。愛するお前を守れないようじゃ、俺は男でいられない」

「お、おにい……」


 俺の言葉を聞いた兎極は、泣きそうな表情で掴んでいる手を身体から離す。


 瑠奈のほうが圧倒的に強いのはわかっている。

 それでもこれはやらないといけない喧嘩なのだ。


「来い瑠奈。俺の喧嘩を教えてやる」

「……」

「来ないなら俺からいくぞっ!」


 俺は遠慮無く瑠奈の顔面をぶん殴る。

 吹っ飛んだ瑠奈は倉庫に置かれているコンテナにぶつかって地面へ倒れた。


「どうした? そんなものじゃないだろう?」

「……」


 無言で立ち上がる瑠奈。

 俺の拳からは血が噴き出していた。


「やめておいたほうがいい。知っての通り瑠奈の身体は頑丈だ。殴れば殴るほど、君の身体が壊れていくだけだよ」

「それがどうした? これは喧嘩だ。てめえの拳が砕けようがなんだろうが、目の前に喧嘩相手がいるんならやるだけだよ」

「っ」


 やや顔をしかめる四宮を横目に見たあと、俺はふたたび瑠奈と向かい合う。


「……」


 しかし瑠奈は攻撃をしてこない。

 四宮の命令が無いからだろう。


「俺を殺すよう瑠奈に命令しないのか?」

「そんなことをしなくても、瑠奈に攻撃を続ければ君はいずれ死ぬ。瑠奈の耐久力を試すには丁度良い」

「だったら息子の死に様をそこで見ているんだな。母さん」


 俺は瑠奈に攻撃を繰り返す。

 そのたびに身体のどこかから血が噴き出し、肉体が壊れていくのがわかった。


「はあ……はあ……」


 攻撃している俺の身体はボロボロになっていく。

 しかし攻撃を受けている瑠奈は無傷でそこに立っていた。


「お、おにいもうダメっ! 死んじゃうよっ!」

「五貴君、もう……もうそれ以上は……」


 背後から兎極と朱里夏さんの泣きそうな声が聞こえてくるも、俺はやめるつもりなどない。ここで死んだとしても、瑠奈を仕留めるつもりだった。


「……」

「瑠奈、俺の言葉はもうお前には届かないとわかってる。けど、最後に聞いてくれ。俺はお前のことを妹のように思った。血を分けた兄妹だと」

「……」

「お前だけを死なせはしない。俺も一緒に死んでやる。瑠奈っ!」


 拳を握りしめ、渾身の一撃を瑠奈へ向かって振るった。……が、


「えっ?」


 俺の拳を瑠奈が避けた。

 今まですべてを受けてきたというのに……。


「な、なぜ……?」


 俺より先に疑問を口にしたのは四宮だった。


「私は瑠奈になにも命じていない。それなのに勝手に避けるなどありえない……」


 四宮の様子からして明らかにありえないことが起こった。

 しかしその理由はわからない。


「瑠奈……」


 俺は瑠奈の顔へ目をやる。

 彼女の目からは涙がツーっと流れていた。

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