第179話 最悪の敵が現れてピンチのパパ達。しかし……
―――セルゲイ・ストロホフ視点―――
「ふん。ひとり増えただけでなにが変わるっていうんだい?」
オリガは余裕の表情でそう言う。
それはそうだ。
相手はバケモノ30体。それに対してこっちは人間2人だ。負けるだなんて微塵も思っちゃいないのだろう。
「舐めるなよオリガ」
「うん?」
「俺たちはひとりでも最強だ。なら2人ならどうなる? 無敵だ。俺たちが2人揃えば、敵なんかいねーんだよ」
俺たちは無敵。
2人でやった喧嘩で負けたことはない。
「懐かしいなセルゲイ。高校のときも2人でこうして囲まれたことがあった」
「あんときはもっと多かったぜ。まあ、半分以上は俺が倒したけどな」
「ボスは俺が倒したんだ。お前が倒したのは雑魚ばっかだったろ」
「馬鹿野郎お前、ボスのあの野郎は俺がとどめを刺してやったんだよ。お前がやりそこねて襲い掛かって来たからよぉ」
「それは別の喧嘩だろ。俺が言ってる喧嘩は……」
「ちょっと2人ともっ! そんな話をしてる場合じゃないでしょっ!」
柚樹に一喝されてハッとする。
「そ、そうだったな。おい士郎、昔話はあとだ」
「そうだな。続きは居酒屋ででもするか」
俺と士郎は柚樹を背にして立ち、戦闘人間に向かう。
「姫を守る王子様が2人か。そしてあたしは悪い魔女かね。気に入らないね。まあいい。現実は悪い魔女が負けるとは限らないよ。やれっ!」
オリガの命令で一斉に戦闘人間が襲い掛かって来る。
俺たちは拳を固め、バケモノどもへ立ち向かった。そして……。
「……ぜえ、はあ……ぐっ、うう」
「はあ……はあ……平気か士郎?」
「あ、ああ。はあ……お前は?」
「見ての通りだ」
20体は倒した。
しかし俺も士郎も満身創痍だ。これ以上、倒すのはだいぶきつい。
「まさか戦闘人間を20体も倒しちまうとはねぇ。たいしたもんだよ。いや本当に。お前らは本物の怪物だ」
オリガの表情にもはや余裕は無い。
額に汗を滲ませながら戦いを眺めていた。
「けどもう限界だろう? それはあたしから見てもわかるよ」
「ちっ……」
ムカつくがその通りだ。
このまま戦い続けても勝てるかどうかわからない。もしも負ければ柚樹も……。
「おいセルゲイ、柚樹さんを連れて逃げろ」
「お前はどうするんだ?」
「ふっ、あとから追いつくさ」
士郎はそう言うが、それが嘘だと俺にはわかる。
いざとなったらこいつは俺たちを逃がしてここで死ぬ気だ。
「いや、残るのは俺だ。柚樹はお前が連れて逃げろ」
「俺はフラれたんだ。格好くらいつけさせろよ」
「馬鹿野郎。五貴はどうするんだ? もうガキのころとは違ぇ。お前には家族がいるんだぞ」
「それはお前だって同じだろうが」
「俺は極道だ。家族ができても極道をやめられなかった馬鹿な男よ。そんな馬鹿な男が父親としてできるのは、娘のところへ母親を無事に帰してやることだ。それすらできなきゃ俺はもう兎極の父親じゃいられねぇ」
極道の俺じゃあどうがんばっても柚樹や兎極の側にはいてやれない。けど士郎なら側にいてやれる。俺がここで死んでも、俺の家族は士郎が守ってくれるだろう。
「残るのは俺だっ! 柚樹と兎極を頼んだぜ士郎っ!」
「セルゲイっ!」
駈け出す俺。
……そのとき、異様な存在感を側に感じて足を止めた。
「な、なんだ?」
なにかものすごい存在が側にいる。
それが敵なのか味方なのかはわからない。わかっていることは、それが敵ならば絶体絶命ということだ。
「長引いているようだな」
「ボ、ボス」
オリガが慌てた様子で倉庫の出入り口へ目をやる。
そこに立っていたのは、異様な存在感を放つ金髪オールバックの男だった。
「ナバロフ・クレバノフ……っ」
写真で見たプーリアのボス。
こいつは確か、豪十郎じいさんと引き分けたこともあるとかいう奴だったか。
この男はヤバい。
やらなくても、圧倒的な強さをヒシヒシと感じた。
「すいませんボス。思ったよりも手強い奴らで……」
「言い訳はいい。面倒だ。俺が始末しよう」
ナバロフがこちらへと歩いて来る。
こいつには勝てない。
しかしだからと言って、ただ殺されるわけにもいかない。
「どうするセルゲイ?」
「どうするもこうするもねぇ。お前は柚樹を連れて全力で逃げろ。俺は全力でこいつらを止める」
しかし一体、何秒あの男を止められるか。
もはや絶望的な状況だった。
「――追って来たぜぇ」
「えっ?」
不意に倉庫の天井が破壊されて、何者かが落ちて来る。そして降り立ったのは、もうひとりの圧倒的な存在であった。
その男が現れた瞬間、ナバロフの表情に歪みが生じた。
「ご、豪十郎のおやっさんっ!」
「ううん? おお、セルゲイ坊やじゃねぇか。ガキがこんなところへ遊びに来ちゃいけねーなぁ。がははっ」
「ガキ扱いはやめろって……。いや、それよりも俺たちを助けに来てくれたのか?」
「助けに? ちげーよ。オイラはオイラの喧嘩をしに来ただけだ」
そう言って豪十郎のおやっさんはナバロフのほうへ視線をやる。
「豪十郎……っ。邪魔ばかりしてくれやがって」
「オイラはてめえとの決着をつけてーだけだ。ナバロフ。オイラが邪魔だと思うなら、ここで決着をつけようや」
「黙れ。老いぼれの相手なんぞうんざりだ。戦闘人間どもっ! そのじじいを墓場に案内してやれっ!」
ナバロフの命令を聞いた戦闘人間たちが豪十郎じいさんへ目を向ける。
「おもちゃなんぞでオイラを殺せると思うか?」
「黙れ。老いぼれの相手にはおもちゃで十分だ」
戦闘人間が一斉に豪十郎じいさんへ襲い掛かる。
「ふん」
「なっ!?」
一瞬の出来事だ。
豪十郎じいさんへ襲い掛かった10人の戦闘人間が瞬く間に吹き飛ばされて、ピクリとも動かなくなってしまう。
「オイラ相手におもちゃは舐め過ぎだぜナバロフ。耄碌したんじゃねーのか? がははははっ!」
「ほ、本物のバケモノだぜこのじいさん……」
俺と士郎が苦労して20体を倒したというのに、このじいさんは一瞬で10体を倒しちまった。
まさに怪物。
難波豪十郎は俺たちと次元の違う本物の怪物であった。
「ちっ、役立たずどもめ」
ナバロフはジャケットを脱ぎ捨てて豪十郎じいさんと対峙する。
「ここで片付けてやるぞ豪十郎」
「ああ。終わりにしようぜナバロフ」
向かい合う両雄。
そして本物のバケモノ同士のぶつかり合いが始まった。




