第176話 朱里夏VS超人間クロ
シロは動かなくなり、勝敗が明らかとなる。
「ちっ」
兎極の勝利。
それがわかったミハイルは表情を歪めて舌を打つ。
「と、兎極っ! 大丈夫かっ?」
「大丈夫。へへ、わたし強くなったでしょ?」
「ああ。けど、俺がもっと強ければ……」
兎極を戦わせることも無かっただろう。
そう考えると手放しで喜べはしなかった。
「ううん。わたしはおにいを守りたいの。だから……」
「おいおいつまんねー盛り合いはそこまでにしろよ。こっちにはまだ俺とこいつがいるんだぜ? 勝った気になるのははえーんじゃねぇか?」
「……っ」
仲間がひとりやられたというのに、ミハイルはまだ余裕の表情だ。
あのクロという超人間も相当に強いのだろう。しかしミハイルにはまだなにか切り札があるんじゃないかと、それが不安だった。
「ひっひっひ……じゃあ今度はあたしだ」
不気味に笑いながら黒髪のクロという超人間が前へ出て来る。
「あたしはあいつとは違う。舐めてかかって来ないほうがいいよ」
「はっ、てめえもあたしが畳んでやるよ」
そう言って前へ出ようとする兎極だが、
「待て。今度はあたしがやる」
兎極を押し退けて朱里夏さんが前へと出た。
「引っ込んでろ。てめえじゃ勝てねーよ」
「あたしはお前より強い。強くなった。邪魔だから下がってろ」
「ああん? だったらてめえから先に……はっ!?」
睨み合う兎極と朱里夏さんへクロが獣のような仕草で飛び掛かる。
「邪魔だデカチチっ!」
兎極を突き飛ばした朱里夏さんが、襲い掛かって来るクロの両手首を掴む。
「あ、あれはっ!」
クロの爪がまるで刃物のように鋭く伸び、朱里夏さんの顔面に迫っていた。
「ひひひひひっ! 殺す殺す殺すっ! 切り刻んでミンチにしてあげるよっ!」
「されてたまるか」
手首を掴んだまま、朱里夏さんはクロを投げ飛ばす。
投げ飛ばされたクロは窓から出て庭へと転がった。
朱里夏さんは同じように窓から飛び出し、俺たちはあとを追う。
「あっ!」
庭へ出るとそこにはひとりで佇む朱里夏さんの姿があった。
「あいつは……」
どこにも姿は見えない。
もしかして逃げたのか……?
「あっ! あそこやっ!」
「えっ?」
大島が叫びながら朱里夏さんの背後を指差す。
そこにはわずかに盛り上がる地面が見え……。
「朱里夏さんっ!」
地面からクロが飛び出し、鋭い爪が朱里夏さんの首筋へと向かう。が、
「がはっ!?」
やや屈んだ朱里夏さんは後方へと跳び上がり、襲い掛かるクロの顔面に頭突きを食らわす。そして怯んだクロの長い爪を両手で掴み、
「んぎゃっ!?」
一気にすべて剥がし取ってしまう。
「爪切りの手間を省いてやったぞ」
剥ぎ取った10本の爪を投げ捨てながら、朱里夏さんは地面に膝をつくクロを見下ろして言う。
「ひ、ひひ……まさかあんたみたいなガキがここまでやるとはね」
「ガキじゃない。20歳の大人だ。大人の怖さを教えてやる」
外見からはまったく大人らしさが無い。
しかし朱里夏さんは普通の大人よりも怖い人だった。
「だったらあたしはあんたにあたしら超人間の怖さを教えてやるよ」
「どうなろうとお前じゃあたしには……なっ!?」
ふらりと立ち上がるクロ。
その身体がみるみると大きく、筋骨隆々となっていく。
やがて元の少女らしい身体など見る影もない大きな身体となった。
「あたしはシロや瑠奈よりもあとに作られた新型の超人間だ。新型は肉体を強化させてのパワーアップが可能。これであんたは死んだね。ひっひっひ」
「ふん。子供の考えだな」
「なんだと?」
「デカければ強いなんて子供の発想。喧嘩はそんなに単純じゃない」
「これはもう喧嘩じゃないんだよクソガキ。あたしがお前を一方的に殺すだけのショーなのさっ!」
巨大な身体となったクロが動く。
速い。
大きな身体からは想像もできない、驚異的なスピードで迫ったクロの拳が朱里香さんを殴り飛ばす。
「ひゃははっ! どうだっ!」
倒れたまま朱里夏さんは動かない。
まさか死んでしまったんじゃ……。
「1発で終わりか? 偉そうなことに言ったわりには呆気ないねぇ」
「こ、こいつはもうダメやっ! 撃てっ! 撃つんやっ!」
「へ、へいっ!」
大島の指示で組員たちがクロへ向かって一斉に銃をぶっ放す。しかし、
「えっ?」
銃弾は確実に当たった。
しかしクロは痛みに呻くも血を流すことも無い。
「ひひひっ、そんなものは通じない。痒い程度だね」
「バ、、バケモノや……」
大島の言う通りあれはバケモノだ。
「しゅ、朱里夏さんっ!」
倒れている朱里夏さんへ俺が駆け寄ろうとしたとき、
「……なんかした?」
むくりと朱里夏さんは起き上がる。
額から血を流しているが、表情は笑っていた。
「まだ生きていたか。頑丈な奴だな」
「あたしの頑丈さは並みじゃない。来い」
「頑丈なら殴り続けてミンチにしてやればいいだけだっ!」
ふたたびクロが朱里夏さんを殴り飛ばす。
「ぎゃははっ! どう……ぐあっ!?」
朱里夏さんはさっきと同じように地面へ倒れた。
しかしなぜかクロのほうが呻きを上げ、殴った拳からは血が流れていた。
「こ、これは……っ」
「あたしの身体がお前の拳よりも頑丈だったってだけ」
「そ、そんな馬鹿なことがあるかっ! あたしの拳は戦車でも貫くんだぞっ!」
「あたしは戦車より頑丈」
「ふ、ふざけるなっ!」
声を上げたクロが朱里夏さんを蹴ろうとするが、
「ぐぎゃっ!?」
向かって来る脚の脛へ朱里夏さんが頭突きをする。
遠目から見ても脚は完全に折れ、クロはその場に膝をつく。
「ば、馬鹿なぁぁぁっ!!! このあたしがこんなクソガキにっ!!」
「ガキじゃない。あたしは……色気ムンムンの魅力的な大人だ」
「がはっ!?」
頭に朱里夏さんの拳骨を食らったクロは、地面へと顔面を叩きつけられる。そのまま動かなくなり、勝敗は決した。




