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第173話 自宅へ帰って来れたおにい

 皆とともに俺は自宅へと帰り、一息つく。


 ふたたび自分の家に帰って来ることができた。

 言い知れない感動……と言っては大袈裟かもしれないが、とにかく嬉しかった。


「じいちゃんに会ったんだ?」


 攫われてからのことをみんなに話すと、朱里夏さんはやはり豪十郎さんのことが気にかかったようで俺へ聞いてきた。


「はい。豪十郎さんがいなかったらあそこから逃げられていたかどうか……」

「気にしないでいいよ。じいちゃんは五貴君を助けに行ったわけじゃなくて、自分が喧嘩したかっただろうしさ」

「ま、まあそれはそうでしょうね……」


 実際、俺を助けに来たわけではないだろう。

 結果的に助けてもらう形にはなったが。


「と言うか、豪十郎さんいつの間にロシアへ行ったんでしょう? そもそもパスポートなんて持ってるようには見えませんけど」

「泳いで行ったんじゃない? そっちのほうが飛行機より速いしね」

「泳いでっ!? しかも飛行機より速いんですかっ?」

「うん。どこでも走って泳いで行っちゃうの。世界中の人間がみんなじいちゃんくらい強かったら、航空業界も自動車業界もやっていけないね」


 世界中がみんなあの人くらい強かったら、地球が持たないと思う。


「本当に人間かよ? てめえのじじい?」

「たぶん……」


 兎極に問われた朱里夏さんは自信なさげにそう答えた。


「それより五貴、四宮春桜に聞いた話を聞かせてやったらどうだ? まああたしは非現実的であまり信用なら無いけどね」

「あ、はい」


 ルカシェンコさんにはすでに話したが、考えてみれば確かに非現実的だ。あの人が本当にあんなことを実現しようとしているのかは疑問だった。


「五貴。春桜からなにを聞いたんだ?」


 父さんはやや不安そうな表情で聞いてくる。


「あ、うん。その……」


 四宮春桜から聞いた話を俺は父さんやみんな話す。

 しかし聞いたみんなきょとんとし、どこか信用し切れないという様子であった。


「ねえ五貴、それ本当のことなの?」


 母さんは不思議そうな表情で俺へ聞いてくる。


「う、うん。俺はそう聞いたけど……」

「けどそんな……人類を滅ぼして別の人類へ置き換えるだなんて。なんて言うか、現実的じゃないわね。映画みたいな話で」

「あたしも同感だ。そんなこととてもできるとは思えないね」


 母さんもルカシェンコさんも四宮春桜の計画には懐疑的だ。


 それもそうだろう。

 たったひとりの科学者が人類を滅ぼすなんて、あまりに非現実的な話だ。懐疑的になるもの当然だった。


「……いや、春桜は本気だろう。放って置けば恐らく実現もする」


 しかし父さんだけは、俺の話を聞いて神妙な面持ちとなっていた。


「春桜は天才だ。天才だけど、邪悪でもある。あれは人間の命なんてなんとも思っていないし、やれるなら五貴が聞いた通りのことをするだろう」

「けど士郎さん……」

「柚樹さんも見たでしょう? 春桜の作った人造人間……超人間とやらを。あんなものが大量に作られたら本当に人類は滅亡するかもしれない……」


 父さんの話を聞いて母さんも神妙な面持ちで黙り込む。


 瑠奈のような超人間が何百何千といれば本当に人類が滅亡するかもしれない。あの強さを目の当たりにしたら、四宮春桜の計画も非現実的とは言い切れなかった。


「本当だとしたら止めなきゃいけないけど、どうしたら……」

「簡単だよ」


 母さんの疑問にルカシェンコさんは簡単と答える。


「ロシア軍で奴の研究所を襲撃する。それで終わりだ」

「た、確かに……それは簡単ね」


 なんとも過激な方法だが、それが最善とも言えた。


「いや、それくらいは春桜もわかっているはずだ。恐らく、すでにロシアの軍隊……いや、もしかしたら世界各国の軍隊に超人間を潜り込ませているかもしれない」

「それは……あり得るね。プーリアが素性を隠して闇オークションで人造人間を売っているという情報は掴んでいる。買ってるのはほとんど反社の裏組織だけど、もしかしたら軍関係者も買ってる可能性はある」

「あ……四宮春桜は政府に戦闘人間を売っていると言っていました」

「やっぱりか。じゃあロシア軍は使えないね。使うなんて話になれば、買われた戦闘人間が政府や軍の重要人物を殺す。売ったのはそれが目的だろう」


 軍隊を使っての制圧はできない。

 なら、四宮春桜の目的を止める方法はひとつしかなかった。


「四宮春桜を説得してやめさせるしかないかもしれませんね……」


 超人間すべてと戦って倒すなんて不可能だ。

 超人間の開発者である四宮春桜を説得してやめさせるしかないと俺は考えた。


「うん。しかし春桜が人の言うことを聞くとは思えないが……」


 父さんの言う通り、あの人が誰かの説得を聞くとは思えない。けど方法がそれしかないのならば、やるしかなかった。


「あ、そういえばセルゲイさんと大島は?」


 2人も俺のことは気になっているだろうし、無事を伝えたいのだが。


「あ、パパなら大阪に残ってるよ。あの戦闘人間の2人を相手できるのはパパくらいだしね。パパが大阪にいないと大島が殺されるかもしれないし」

「そうだな」


 大島が殺されれば関西の極道は荒れて一気に後宗連合の傘下へと飲み込まれるだろう。セルゲイさんが大島から離れられないのは当然だった。


「俺が手を貸してやれればいいんだが……」

「警官の士郎さんがヤクザの喧嘩に手を貸すわけにはいかないでしょ。東京のわたしたちが大阪の抗争に関わるわけにもいかないし。セルゲイの逮捕って名目なら動けないことも無いけど」

「ええ。大阪府警の動きはどうなんですか?」

「後宗連合と仁共会の動きを警戒してるわ。けど今のところ大きな動きは無いみたい。北極会の構成員も大勢、大阪に入ってるから後宗連合も動きが取れないみたいね」

「けどずっと動かないってことは無いでしょう。どうにかして後宗連合を大阪から追い出したいところですけど……」


 父さんと母さんは動けない。

 後宗連合を大阪から追い出すのは、セルゲイさんに任せるしかなさそうか。


「プーリアも日本から追い出さなきゃいけないし、長い戦いになりそうね」

「後宗連合が潰れれば奴らも日本から出て行きますよ」

「だといいんだけど。うん?」


 そのとき母さんのスマホが鳴る。


「ごめん。仕事の電話」


 と、母さんは立ち上がって部屋を出て行く。


「じいちゃんがいれば後宗連合もプーリアもすぐに潰せたのにね」

「じゃあてめえが頼んで潰してもらえよ」

「誰かに頼まれて動く人じゃないし。気が向いたら潰してくれるかもね」

「そういえばおにい、豪十郎じいさんとナバロフの喧嘩はどうなったの? 豪十郎じいさんがナバロフを殺してたらプーリアがそのまま潰れるかも」

「それならよかったんだけど……」

「どうなったの?」

「警察と軍隊が出動してナバロフが逃げたらしい。豪十郎さんのほうはどこ行ったかわかんないとか……」


 まああの人のことだから警察に捕まったりはしてないだろうけど……。


「きゃーっ!」

「えっ?」


 台所から母さんの悲鳴。

 慌てて立ち上がった俺たちは急いで台所へ向かう。


「あっ!」


 駆け付けるもすでに台所からは母さんの姿が消えている。


「か、母さんは……」


 バババババババ!


「この音は……っ」


 俺たちは庭へと出る。

 見上げた先にあったのは、ヘリコプターだった。


「ママっ!」


 そこから垂れ下がった縄梯子には以前、大阪で会った白人の超人間が掴まっており、その小脇には母さんが抱えられていた。

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