第154話 おにいを助けに来たのは……
裸のまま俺は庭へと転がる。
タオルを持っていたので、それを腰に巻きつつ地面に膝をつく。
「あいつ……あんなに強かったのか?」
異様に頑丈な身体。そして俺をここまで殴り飛ばしたパワー。
こんなに強いとは想像していなかった。
「ごめんなさい五貴君。あなたを傷つけるなんて本当はしたくないの」
そう言いながら工藤がこちらへ歩いて来る。
右手で覇緒ちゃんの腕を掴んで、引きずるようにしながら……。
「覇緒ちゃんっ!」
「おとなしくしなさい」
左手にナイフを持った工藤がその切っ先を覇緒ちゃんへ向ける。
「せ、先輩……」
「覇緒ちゃんを離せっ! 覇緒ちゃんは関係無いだろっ!」
「五貴君、あたしが善人に見えるかしら? あたしは悪人よ。こうなったのは悪人の側に仲間を放置したあなたの落ち度」
「くっ……」
覇緒ちゃんを逃がしてから殴りかかるべきだった。
これは奴の強さを見誤った俺のミスだ。
「ど、どうした? なにかすごい音が……あっ!?」
そこへ覇緒ちゃんのパパとママが慌てた様子で走って来る。
「覇緒っ! な、なんだお前はっ!? 警察を……」
「呼んでも構わないけど、来る前にあんたの娘は死ぬわよ」
「くっ、なにが目的だっ! 金かっ!」
「違うわ。五貴君をもらいに来たのよ」
「五貴君を……」
覇緒ちゃんのパパが俺へと視線を移す。
「お前の言う通りにする。だから覇緒ちゃんを解放しろ」
選択の余地など無い。
なんの目的で連れて行かれるかはわからないが、今は覇緒ちゃんを助けることが最優先だ。
「ふぅん」
しかし工藤は覇緒ちゃんを離さない。
なにやら不愉快そうに表情を歪めた。
「気に入らないわね」
「なんだと?」
「気に入らないのよ。あたしの五貴君が、こんなメスのために行動するなんてね。本当に気に入らない。ムカつくわ」
「お前が気に入らないとかはどうでもいい。俺はお前の言う通りにするんだから、早く覇緒ちゃんを離せ」
「嫌よ」
「なっ……」
なにを思ったか、工藤はナイフを覇緒ちゃんの首筋へと近づける。
「このメス、殺しちゃおうかしら?」
「やめろっ! 俺はお前に従うって言ってるんだぞっ!」
「別に、このメスを使わなくたって五貴君を無理やり捕まえることはできるわ。五貴君に群がるメスはみんな殺してあげるの。そしてあたしだけの五貴君にしてあげるんだから」
「こ、こいつ……っ」
あまりに身勝手で極悪な奴。
怒りが湧くも、覇緒ちゃんの無事を考えると迂闊に動くことは……。
「ふふっ、こんなメスは死んだらいいのよっ!」
「覇緒ちゃんっ!」
俺が駆け出そうとした。そのとき、
「はっ!? がっ!?」
ナイフを持つ工藤の手になにかがぶつかる。
落ちたナイフとともに、地面には野球のボールが転がった。
今だ。
誰の仕業かはわからない。
しかしこれをチャンスと見た俺は駆け出した勢いのまま近づき、
「げはぁあっ!!?」
怒りを込めた拳で工藤の腹を突き上げる。
例の異常な力を発揮した俺は骨が軋むのも厭わず、思い切り殴った。
「覇緒ちゃんっ」
蹲る工藤から覇緒ちゃんを引き離して腕へと抱く。
無事に助けることができた。
工藤を倒したことよりも、まずはそのことに安心した。
「久我島先輩っ」
「大丈夫。もう大丈夫だから」
胸に抱きつく覇緒ちゃんの頭を撫でる。
足元にはさっきのボールがあった。
一体、誰がボールを……?
それを考える俺の前で、工藤がふらりと立ち上がる。
「く、くく……これが五貴君の持つ力なのね。パワーアップしたあたしにこれほどのダメージを与えられるなんて、想像以上だわ」
「パワーアップ?」
鍛えたということか?
しかしそうではないような気もする。
「けど、あたしのパワーアップはここからが本領発揮よ」
「なに……?」
なにやら周囲から足音が聞こえる。
仲間がいたのか?
そう思った俺の目に映ったのは奇妙なものであった。
「な、なんだ?」
現れたのは、工藤とまったく同じ姿の男。
それが複数わらわらと集まって来たのだ。
「こ、これは……一体?」
「ここにいるのは全部あたし」
「どういうことだ?」
「言葉通りよ」
全員が声をそろえてそう言う。
「あたしたちは全員でひとり。全員の意識はひとりのあたしという存在に統一されている。これがあたしのパワーアップよ」
「……っ」
なにがどうなっているのかはわからない。
わかっているのは、ここにいる全員を倒さなければいけないということだ。
「ふふふ、知っているわよ。あなたの力はあなたの身体に相当の負担をかけるってね。これだけの人数を相手にして身体が持つかしら?」
「くっ……それでもっ!」
やるしかない。
俺は集まって来る複数の工藤を前に覚悟を決める。
「先輩……」
「大丈夫。覇緒ちゃんだけは無事に逃がすから」
「ダ、ダメですそんなのっ! 先輩も一緒に逃げなきゃ……」
そうできたらいい。しかしそれは難しそうだ。
「さあ、みんなで五貴君を捕まえなさいっ!」
その声とともに工藤たちが一斉に襲い掛かって来た。……そのとき、
「ぎゃっ!?」
ひとりの工藤が吹っ飛ぶ。
なにが起きたのか?
不意の出来事に困惑する俺の前に現れたのは、スーツ姿の男性。
久我島士郎。俺の父さんだった。




