第125話 攫われた野々原さんを追う
俺は兎極に助け起こされて立ち上がる。
「と、兎極、どうしてここに?」
「外に出たらおにいが車にしがみついて行ったから、慌てて追って来たんだよ。どうしたの?」
「野々原さんがあの車に乗ってる連中に攫われたんだっ! 急いで追わないとっ!」
「の、野々原さんがっ!? わかったっ! 早く追おうっ!」
「ああっ!」
しかし相手は車だ。
すでにずいぶんと先に行ってしまい、追いつくのは困難に思えた……。
「どうしたの?」
「あ、朱里夏さんっ!」
そこへバイクに乗った朱里夏が現れる。
「なんでてめえがいるんだよっ!」
「あたしはいつでも五貴君の側にいるの。それでどうしたの?」
「あ、あの車っ! あの車に野々原さんが攫われたんですっ!」
「わかった。追いかける」
「あっ!」
追いかけると言って朱里夏はバイクで行ってしまう。
「あ、相手は銃を持っているんですっ! ひとりじゃあぶないですよっ!」
「人質がいるんだからなっ! 考え無しに突っ込むなよっ!」
俺たちの言ったことを理解したのか、朱里夏はこちらへ向かって親指を立てた。
「おにいっ! あいつに任せてたら野々原さんが殺されるかもしれないっ! 急いで追いつかないとっ!」
「う、うん」
あの人は荒っぽいから無茶をしそうだ。
しかし追いかける手段が……。
「あ、タクシーっ!」
兎極が手を上げてタクシーを止める。
「早くおにいっ!」
「う、うん」
止まったタクシーに乗り込み、俺たちは朱里夏とワゴン車を追った。
……
……前を走るバイクが止まり、俺たちはタクシーを降りて朱里夏のもとへ走る。
「ワ、ワゴン車は?」
「その駐車場に入って行った」
朱里夏が指差したのはマンションの地下駐車場だ。
「追ってるのがバレたら面倒なことになると思ったからここで停まった」
「ふん。馬鹿なりに考えてるじゃねーか。少しは成長したな」
「お前とは違う」
「ああ?」
「それよりも早く追わないとっ!」
部屋に入られると面倒だ。
俺たちは駆け出して地下駐車場へ向かう。
「あっ」
地下駐車場へ入ると、カーテンを担いだ男たちがエレベーターホールへ向かっているところだった。
「どうするのおにい?」
「俺が奴らの注意を引く。その隙に2人で野々原さんを……」
そう2人へ告げて俺は男たちへと向かう。
「待てっ!」
「ああ?」
清掃業者の格好をした男たちがこちらを振り向く。
しかしひとりだけ背広の男が混じっていた。
「てめえはさっきのガキか」
男たちが拳銃を向けてくる。
「お前たちはなんだ? なんで野々原さんを攫う?」
「お前には関係無い。さっきも言ったやろ」
関西弁?
もしかしてこいつら……。
「仁共会の人間か?」
「……どうやらただのガキじゃないみたいやな」
背広の男も銃を抜いて俺へ銃口を向ける。
「あんたのやっていることはもう仁共会の会長も知っていることだろう? こんなことまでして、どうなるかわかっているのか?」
「……北極会の人間か?」
「違う。とにかく野々原さんは返してもらうぞ」
「俺ももう戻れんとこまで来た。こうなったらとことん行くしかないんや。セルゲイを殺せば全部がチャラになる。セルゲイを殺すにはこいつが必要なんや」
「野々原さんは普通の人だっ! 極道の事情に巻き込むなっ!」
「ふん。ガキがなま言いよって。処理が面倒やけど、お前には死んでもらうで」
男が持つ銃の銃の引き金に力が入ったように見えた……そのとき、
「ぐあっ!?」
飛んで来たなにかが男の手から銃を弾き落とす。
「うあっ!?」
「がっ!?」
「あがっ!?」
他の男3人の手からも銃が弾き落とされた。
「兎極っ!」
兎極のパチンコ玉だ。そして、
「こ、この……あぐぁっ!?」
反対側から飛び掛かった朱里夏が男を殴り倒す。
兎極も飛び込んで来て男たちをなぎ倒した。
「はあ……。あ、野々原さんっ!」
側に落ちているカーテンの束を開く。
中には気を失った野々原さんがいた。
「野々原さんっ!」
「う、う~ん……えっ? あ……く、久我島君っ!」
「うわっ!?」
不意に野々原さんが俺へと抱きつく。
「わ、わたし、いきなり誰かになにか吸わされて……そ、それで……」
「もう大丈夫だよ。悪い奴らは倒したから」
「えっ?」
倒れている男たちを見て野々原さんはホッと息をつく。
「あ、ありがとう。久我島君……」
「いや、俺だけじゃないよ。兎極と朱里夏さんも野々原さんを助けるためにここへ来たんだ」
「あ……2人もありがとう」
「あたしに礼はいらないよ。五貴君が助けるって言うから手伝っただけ」
「お礼よりも野々原さん、そろそろおにいから離れてくれる?」
「えっ? あ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てた様子で野々原さんが離れる。
大きいおっぱいに押されて実は俺も動揺していた。
野々原さんは美人だし、それもしかたなし……。
「おにい、なんか顔赤いよ? もしかしてエッチなこと考えてたんじゃ……」
「そ、そんなことないよっ!」
「そうなの五貴君? でもそれはダメ。五貴君の初めてはあたしがもらうの」
「ああ? てめえは引っ込んでろクソガキっ!」
「お前もこの場で殴り倒してやってもいいよ」
睨み合う2人。
俺はいつも通りそのあいだに入る。
「待った待った。2人が喧嘩してどうするんだよ?」
「おにいっ、だってこいつが……」
「楓っ!」
と、そこへ男性が駆け込んで来る。
黒いスーツを纏ったその男性。
以前に空港で会った、野々原さんのお父さん、徳岡育光さんだった。
「お、お父さん? どうしてここに?」
「お前にあげた時計から、助けを求める信号が出ていてな。久我島君たちにあげた時計からも信号が出ていたから追って来たんだ」
「信号? あ、そっか。お父さんやっぱり……」
俺も念のため時計で徳岡さんを呼んだが、野々原さんも奴らに気絶させられる寸前に時計で徳岡さんに助けを求めていたようである。
「君たちが助けてくれたのか。ありがとう」
「いえ、前に俺たちも助けてもらいましたし。あのときはありがとうございました」
「うん。うん? そいつは……」
倒れているヤクザのひとりを徳岡さんが見下ろす。
「仁共会の鳴海か」
「知ってる奴ですか?」
「ああ。たぶん、楓を人質にして俺に……」
徳岡さんはその先を口にしなかったが、俺にはなんとなくわかった。
兎極の予想通りならば徳岡さんは恐らく裏社会の人間だ。
仁共会の人間となにかトラブルがあって、娘の野々原さんが狙われたのだと思った。
「楓、すまない。俺のせいだ。俺のせいでお前は……」
「えっ? お父さん……?」
俺は徳岡さんになんと声をかけていいのかわからない。
ただ悲しそうに俯く徳岡を見ていることしかできなかった。
「て言うかさ、模試はいいの?」
「えっ?」
朱里夏に言われて俺と兎極は顔を見合わせ、ほぼ同時に腕時計を確認する。
「も、もうすぐ昼休憩が終わるっ! 早く戻らないとっ!」
「け、けどおにいっ! タクシーはもう行っちゃったし、どうすれば……」
「私は車で来たから送ってあげたいけど、すぐそこで事故があったみたいで今は道が混んでいるんだ。間に合うかどうか……」
「事故が……。なんとか混んでいる道を避けて戻れないかな……?」
俺は考え、それからすぐに朱里夏を見た。
「朱里夏さんのバイクならっ!」
「うん? うん。1人だけなら乗っけて行ける。ちなみに女はうしろに乗せない」
「おにい行ってっ!」
「けど、兎極と野々原さんは……」
「わたしはいいからっ! おにいは大島に負けるわけにはいかないでしょっ!」
「わたしも大丈夫っ! だから久我島君だけ模試の会場へ戻ってっ!」
「わ、わかった。あ、こいつらは……」
「ママに連絡するから大丈夫っ! おにいは早くっ!」
「うんっ!」
俺は朱里夏とともに地下駐車場を出て、バイクに跨る。
それから法定速度など無視しているだろうスピードで模試の会場へと戻った。




