第115話 仁共会の鳴海を頼る工藤
―――工藤竜三郎視点―――
「な、なんだってっ? どういうことだ兄弟っ?」
鳴海から電話をもらった俺は、聞いた内容に驚いて慌てて聞き返す。
「殺し屋の野郎が急に仕事を断ってきやがったんや」
「1億じゃ足りねーってことか?」
「いや、金の問題じゃないらしい。とにかくセルゲイ始末は受けられないってな」
一体なぜセルゲイの始末を受けられないのか?
理由は不明だが、とにかく事態はまずい方向へ逆戻ったということだ。
「きょ、兄弟、どうしたらいい? 他に雇える殺し屋はいないのか?」
「留置所まで入ってやれる凄腕は奴くらいや。他にはいない」
「じゃあどうしたら……っ!」
「落ち着け兄弟」
「これが落ち着いていられるかっ!」
セルゲイが出てきてしまう。
出てきたら終わりだ。
俺はもう海外へガラをかわすことを考えていた。
「始末はできないが、セルゲイの動きを封じる方法はある」
「な、なんだそれは?」
「娘を誘拐するんや」
「む、娘?」
「そうや。セルゲイにはかわいがってる娘がおるんやろ? 娘を誘拐して、下手に動けば殺すって脅せば身動き取れんくなるやろ」
「た、確かにそれはそうだが……」
「なんや? なんかできない理由があるんか?」
「ああ。セルゲイの娘は異様に喧嘩が強くてな。野郎を100人使っても、誘拐なんてできるかわからねぇ」
半グレ50人をひとりでボコボコにしたとかいう話も聞いたことがある。あれを捕まえるのは至難だ。
「竜三郎、セルゲイの娘なら俺が捕まえて来てやる」
と、兄貴が横でそう言う。
「俺の強さは知ってるだろう。ガキのひとりくらい俺に任せろ」
「兄貴……」
兄貴は強い。
いくらあの小娘でも、兄貴には敵わないかも……。
「どうなんや? 誘拐できるか?」
「と、とりあえずやってみる。あとはどこかに誘き出せたらいいんだが……。できるだけ人のいない場所に」
逃げられない場所へ誘き出して捕らえる。人のいないような場所ならば銃も使えるし、捕まえることができる可能性も固まるのだが……。
しかし誘き出すにも、なにかうまい方法が必要だ。
「それはこっちでなんとかしてやる。うまく誘き出せたら連絡するわ」
「ああ。頼んだぜ兄弟」
どうやって誘き出すのかはわからない。
しかし兄弟ならうまくやってくれるだろうと、連絡を待つことにした。
―――鳴海達夫視点―――
「……さて」
工藤との通話を切った俺は考える。
セルゲイの娘をうまく誘き出す方法は……。
机に足を載せ、スマホに送られてきたセルゲイの娘の写真を見ながら俺が考えていると、
「鳴海」
「えっ? ああ、お嬢」
ノックもせずに俺の部屋に入って来たのは会長の娘、大島仁魅だ。
俺は机から脚を下ろして立ち上がる。
「どうしたんですか? なにかご用でも?」
「買い物しとったら喉が渇いてな。そんであんたの事務所が近くにあるのを思い出して寄っただけや」
「喫茶店やないんですから。それにいくら会長の娘でもお嬢は堅気さんや。ヤクザの事務所に出入りするもんやないですよ」
「ええやろ別に。男が固いこと言うなや」
そう言ってお嬢は部屋の冷蔵庫から缶ジュースをひとつ取って飲む。
「それで、なんやまぁた悪だくみしとるのか鳴海?」
「なんの話ですか?」
「わっるい顔しとるでぇ。おとうちゃんに黙って奈良の組をひとつ潰したときもそんな顔をしとったで」
「悪いことをしたつもりはないですよ。あの連中はうちに対して反抗的でしたからね。潰したほうが会のためだったんです」
「けどおとうちゃんは話し合って傘下に加えたかったらしいやん」
「俺は無理と判断しました。あれ以上、放って置けばうちに死人が出ましたよ」
「ふん。まぁたおんなじようなことがあるようやな……うん?」
お嬢が机に置かれた俺のスマホを手に取る。
「この女……獅子真兎極やないか」
「お知り合いで?」
「顔を知っとるだけや。なんや? こいつ殺すんか?」
「そない物騒なこと……」
「なら誘拐でもするんか?」
「……」
「なるほど。うち知っとるで。この女、ごっつい喧嘩強いらしいやん。そんなの誘拐なんてできるんか?」
「さあて、どうでしょうねぇ……」
「うちが手伝ったろか?」
「えっ?」
「うちはこいつと一応、顔見知りや。なんか手伝えるかもしれんで」
「……」
お嬢を使って誘き出すか?
しかしお嬢を使ってもしも会長に知られたら……。
「おとうちゃんには黙っといたる。その代わり貸しひとつやで」
「……でかい貸しになりそうですね」
他に方法が思いつかない以上しかたがない。
時間もあまり無いことだし、お嬢を使うことにした。




