第十七話 それは激しい子煩悩の嵐のようで
閑話や幕間劇に近い話です。物語としては、第十六話の続きになります。
試験日一日目にして、魔物襲来による敵の殲滅終了後の夜。
学園長である宗吉の考えにより、急な授業参観にも関わらず訪れた生徒達の保護者を学園で保護する事になった。夜の時間帯は朝昼と比べて魔物の出現率が低いとされていたが、ここ最近の事を考えると彼等をそれぞれの家に帰すのは危険と判断した為だ。
また、家で親の帰りを待つ人がいる者が居た為、それに関しては宗吉に懇願されて、宗士郎が一人ずつ『疑似空間転移』を繰り返して家へと送り届けた。
クオリアの消費よりも絶対的なイメージ力を要するので、極限集中による疲労と不快感に苛まれる事にはなったが。
その後、今後の動きをどうするべきかについて学園長や教師の凛と話し合った結果、不測の事態に備えて今季の『定期試験』は中止に。
残りの試験期間はカタラや牧原 静流が引き起こした事件に鑑みて、生徒親共々学園で過ごす事となった。
何が起こるかわからないのならば、手元で守った方がいい。幸い、宿泊施設は合宿等の用途の為に学園に存在しているし、食糧などの備蓄も完備されている。
保護者達や生徒達からの多少の反対はあったものの、宗吉が騒動後の『手当金保障』の言葉でねじ伏せてしまった。
流石は学園長にして、二条院グループを治める総帥である。
――といった諸々の経緯もあって、今は学園の食堂で仲間達との食事を堪能しているという訳だ。
「宗士郎、まだ『戦闘服』着用してるのかよぉ。折角の飯が不味くなるぜぇ」
「まあ、そう堅い事言うなよ。即座に対応できるようにしてるんだからさ」
亮が手に持ったスプーンを突き付けてくる。
彼の言う通り、宗士郎は食事の場でも臨戦態勢を崩していなかった。とはいえ、〝腹が減っては戦は出来ぬ〟とも言うので、その素晴らしい格言に従い、最低限の食事は先程済ませた。
「というか宗士郎よう。お前も他のクラスの家族を送ったりしてんだから、疲れてるだろ? ちょっとは羽を休めたらどうなんよ」
「休んでるよ、十分にな。そういう響も休んだ方がいいぞ。権田橋先輩と居て疲れたろ?」
「オメーのせいだろうがぁ!? 身体目当ての男子が居たという事実に戦闘中ずっと震えたんだからよぉ!!」
それはお前の勘違いから始まった事だろう、とは言わないでおく。
実際問題、権田橋 陸斗は決してホモでもゲイでも何でもない。ただ、多少熱血系が入っている脳筋の先輩なだけだ。響が勘違いしなければ、ただの感じの良い先輩で終わった筈なのだから。
「あの肌に張り付いた、服の上からでもわかるゴツイ筋肉……っ、あの変な言動といい奴は魔人族が差し向けた最大の刺客に違いない……!」
「そこはマジ共感するぜぇ」
「響達がそこまで言うなんて、どんな人だろうな~? 僕も一度会ってみた――」
「「悪い事は言わないからやめておけ」」
話を聞いた和人が好奇心に駆られるが、筋肉ダルマの最大の被害者である響と亮がピシャリと言い切る。
真顔だった。ついでに鳥肌も凄く立っている。
「男子の方で、かなり気になる話題が浮かんでるわね……」
「一体何の話をしてるか、気になって仕方ないねー」
と、宗士郎達の会話を小耳に挟んだ楓と柚子葉も話題が話題なだけに好奇心に駆られていた。
現在は仲の良い男子と女子のグループに分かれて、食事と話に花を咲かせている。初めは家族の方も交えて……となっていたが、娘達に遠慮してどこか違う場所で食事を取っている。
「……ちゃっかり一緒にいますけど、二人共今までどこにいたの?」
みなもが食後のデザートを頬張りながら、男子の方を見ている楓と柚子葉を見た。
「確かに! 二条院先輩を見かけなかったし!」
「私……も」
続いて同席している蘭子と幸子も頷く。疑問を投げ掛けた三人の方へ振り返り、楓はカップに注がれた紅茶を啜りつつ答えた。
「……途中までは私達も魔物をブチ殺してたんだけど、怪しい人影を見かけたからソイツを追っかけてたのよ」
「それも黒いフードを深く被った輩をね」
「確かにそれは怪しい」
楓も柚子葉も初めは学年別で集まって前線に立っていたが、楓が見つけた妙な人物を追跡する為に柚子葉に応援を頼んだのだ。前線から離脱した柚子葉の穴は教師の凛がカバーした。
「それで……どうでしたか?」
「途中で追跡を振り切られたわ。柚子葉の速さを振り切るなんて、かなりの手練れよ」
「ぶふっぅ!? ……柚子葉ちゃんより速い人なんているんだ」
楓が口惜しく呟くと、モンブランを頬張っていたみなもが驚きから口内の物を噴き出した。ぐちゃぐちゃになった固形物は正面の楓の顔面へ……。
「あっ」
やばい、といった青ざめた表情を浮かべる。そんなみなもの反応に対して楓は無言で万物掌握の時間逆進のトリガーを引いた。
すると、みるみる時間は巻き戻り、楓の顔に付着していたモンブランだった何かは楓の顔を離れて浮遊。
「え、なに――ぶべっへ!?」
「「!?」」
そして、数秒前のみなもの口――もとい、今は口が開かれていない顔へとダイブした。巻き戻す際、時間加速も併用したので、みなもが噴き出した時のより数倍速い勢いでモンブランは爆散した。
まるで某海外アニメ『ト〇とジ〇リー』のパイ投げシーンのようだ。
「みなも。顔洗っていらっしゃい? それで許してあげるわ」
「ペロッ、ふぁい……」
怒気を孕ませた形相で楓が言葉を紡ぐと、みなもは顔に付いたモンブランの残骸を舐めてから席を立った。
「ひぃいい! ひぃいい! 怒らせたら不味い人だよこの人!?」
「がくがくっ……こ、これで許して下さいお願いします」
震え上がる蘭子、歯をガチガチと鳴らしながら自分のデザートを差し出す幸子。
「……何もそこまで怖がらなくても」
「それは無理な相談かも、周りの人もドン引きだよ」
「私、そこまで怖いかしら……?」
釈然としない様子の楓の肩に手を置いて、柚子葉が顔を振って答えた。
「何やってるんだ、あの人……」
隣で起きている惨事に男子陣も楓とみなもの絡みを見て、盛大に引いていた。
「大方、桜庭がまたドジ踏んだんだろ」
「――桜庭、ね……成程。で、君はマイエンジェルの何なんだい?」
「それは――って、んん?」
会話に何か妙なものが紛れ込んだような……? と宗士郎は質問に答えようとして止めた。そして素早く辺りを見渡す。
「なあ今、なんか喋ったか?」
「? いや何も」
響達に聞いても、小首を傾げるだけ。今の変な質問はなんだったのだろうか。
「そういえば、和心ちゃんはどこ行ったんだ」
「今日の所は音沙汰もなかったから、学園長とボードゲーム中――」
「聞いているのか!? オマエだよオマエ!! マイエンジェルこと、みなもちゅわんの! 何なんだと聞いている!!!」
「っ!?」
またもや聞えてきた、否食堂中に響き渡った声に宗士郎は今度こそ、誰が発したものなのかを把握した。背後に音もなく立っていた男性の方に向き直る。
「アンタは確か……桜庭の母親と一緒にいた人だったよな?」
「はっはっは、その通り。俺は桜庭 淳之介、みなもの父だ」
警戒しながら尋ねると、途端に爽やかになったおじさまに毒気を抜かれる。見た目は優しい爽やかなパパさんタイプだが、先程の怒声は一体…………。
「桜庭の父親だってかぁ……!?」
「へえー! 良いお父さんって感じだな!」
先程の怒声など本当に存在したのか、という程の爽やかさに、亮と響には何故か好印象に映ったようだ。どこか腑に落ちないが、宗士郎はひとまず自分の名前を名乗った。
「俺は鳴神 宗士郎です。知っての通り、娘さんを家で預かってます」
「はっはっはっ、そうかいそうかい。鳴神君、そうか君があの家の……娘が世話になってるね」
みなもの父親がスッと握手を求めてきたので、宗士郎は素直に握手に応じる。
「(なんだ……割と普通の、それも良いお父さんじゃないか。桜庭を修練場に運んだ時とは大違いだな。きっとさっきの怒声も勘違いに違いない)」
ニコニコと笑いながら握手する淳之介を見て、宗士郎はそう思った。
すると、淳之介が宗士郎の方に近寄り、そのまま気さくに肩を叩かれる…………と思ったら。
「(うちの娘に手ぇ出したらぶっ殺すぞキサマァ……!)」
ドスの利いた声で思いっ切り恫喝された。
「(大事な大事なみなもが心配で仕方なく、学園長が安全だと太鼓判を押すキサマの家に預けたが、俺の目の黒いうちはマイエンジェルに触れられると思うなよ小僧ゥ……!)」
その見た目からは想像もできない口汚さだが、愛する娘の身を案じるからこその態度なのだろう。宗士郎にも愛すべき妹がいるので理解はできる。この程度の子煩悩はまだ許容範囲だ。
ただ、みなもの身体には触れる機会が多くあった……とは、口が裂けても言えないが。
宗士郎は周りには聞かれないように、間近の淳之介に合わせて小声で囁いた。
「(その事は重々承知しています、お父さん)」
「誰が〝お父さん〟だコラぁあああああああああ!?」
「お父さん!? 鳴神君に何してるの!!」
「あーいや、何でもないよーみなも。ただ、娘がお世話になってるお友達と友好を深めているだけさ」
騒ぎを聞きつけたみなもが宗士郎と父親との間に割って入ってきた。
「(何故だ。害ではない事を証明するべく、かなり丁寧な感じ態度で接した筈なんだが……)」
娘相手だとケタ違いなほど声音が違う桜庭家の大黒柱、淳之介。
恐らく、娘であるみなもには〝娘を愛する優しい父親〟であっても〝娘の近くにいる異性の輩を目の敵にする父親〟として知られたくはないのだろう。訝しむ娘に貼り付けた爽やかな笑顔を一切崩す事なく、本性を隠して乗り切ろうとしている。
よく、今まで本性がバレなかったものだ。
響達や楓達、周囲の生徒達が話の行く末をハラハラと見守る中、みなもが口を尖らせてから話を続けた。
「もし鳴神君に変な事したら、私絶対にお父さんの事嫌いになるからね?」
「なぁに安心しなさい。変な事はしない、男同士で積もる話をするだけさ」
「…………信頼してるからね、お父さん」
爽やかマスクを付けたままの様子に、まだ不安そうな顔をしていたみなもだったが、宗士郎の肩を一方的に組んでニコニコする父親を見て、楓達の元へ帰ってしまう。
「良いの? 父親止めなくて。見ていて不安なのだけど」
「良いの楓さん。ちょっと早とちりする事もあるけど、尊敬できるお父さんなんです」
「(あれでちょっと!? みなもはお父さんの暗黒面を知らないようね……)」
雲行きが怪しくなってきたので、楓が淳之介を置いてきたみなもに話し掛ける。みなもは父親である淳之介を本当に尊敬している様子。楓達は溜息を吐いて、宗士郎に不安の目を向けた。
「ふふっ、変な事はしないさ…………変な事は絶対に、ね?」
「(動じるな俺。相手のペースに呑まれるな)」
不敵な笑みを浮かべて、明らかに不穏な事を考えている淳之介を前にして、宗士郎は心の中で一旦深呼吸をする。
いくら自分に明確な敵意を向けているとはいえ、害がない事を証明出来れば何事もなく終わる…………筈。迂闊な事を言えば、そこでジ・エンドだ。
「……とりあえず金玉潰しとくか」
「桜庭さぁん!? 桜庭さあああああああん!?」
いくら闘氣法で身体強化できるといっても限度がある。流石に男の尊厳だけは、万能の闘氣法でも守れない。
不穏極まる発言に、魔物を幾度となく葬った宗士郎は戦慄した。
「こ、この人やべえ!!」
「一片の曇りもない屑野郎ゥ!?」
「親バカだっ……ここに重度の親バカがいるよ!?」
何の躊躇いもない淳之介の言葉は響達にも聞えたようで、まるで戯画のような形相でショックを受けている。
「そこで動揺するとは……まさか、君もしかして……娘に触れたね?」
「いえいえ滅相もない…………」
「まあ触った触ってないにもかかわらず、潰すんだけどね」
「理不尽過ぎる……!」
「俺は一ヵ月も会えてないというのに、君は毎日毎日みなもと顔を会わせ、食卓を囲み、共にお風呂に入っているなんて……! なんっっっって羨ましいッ!」
「え? いや流石に風呂は別々ですけど」
そこだけは否定したかった。というか、妄想力逞し過ぎるだろこの人! と、宗士郎は盛大に心の中でツッコんだ。
だが、その否定も虚しく淳之介は吠えた。
「うるさい! ともかく、みなもに逢えない苦しみとイライラを全て怒りのパワーに変換してキサマの金玉を粉砕してくれるわ!!!」
「落ち着け!? この親バカ腹黒親父がぁああああ!!!」
余りに荒唐無稽な思考に、宗士郎は相手がみなもの父親だという事も忘れて叫んだ。
それと同時に淳之介が助走をつけて跳躍。空中で身を翻し、ライダーキックの構えを取った!
「死ねぇえええい! 我が愛娘に群がるハエがぁあああッ!!!」
「くっ!」
そのままの勢いで淳之介のキックが宗士郎の股間へと迫る。
避けるよりもこの度が行き過ぎた親バカ精神を叩き壊してやる、と宗士郎が拳に力を入れた…………その瞬間。
ガァン!
「――へぶらッ!?」
「え?」
突如として淳之介の身体が金属音と共に真横に吹っ飛ぶ。
そして、食堂の壁に勢い良くめり込んでピクリともせずに沈黙した。
「ごめんね~うちの夫が迷惑かけちゃって。確かさっきも会ったわね。私は桜庭 美千留。いつも娘が世話になってます」
いつの間にか、先程の淳之介がいた場所に立っていた女性が謝罪と挨拶を。その手には黒光りするフライパンが握られていた。
「あ、はい。こちらこそ、お世話になってます。鳴神 宗士郎です」
みなもの母親だけあって、かなりの美人だ。その上、まだ二十歳前後と言われても思わず信じてしまう程に若作りである。
「君が鳴神君かぁー、娘から聞いていた通り、良い男ねー」
「は、はあ」
お前、母親に何を吹き込んだ? という視線をみなもに向けると、みなもはそっと目を背けた。
「今度、機会があったらうちにおいで。おもてなしするから」
「それは、どうも…………」
「じゃあ私は夫を連れていくわね。皆さん、お騒がせしましたー!」
そう言って、淳之介を引き摺って食堂を後にする美千留。桜庭夫婦が食堂からいなくなると、辺りはシンと静まり返った。
「何だったんだ? 一体……」
その空気の中、宗士郎は椅子に座って嘆息した。ある意味、魔物との戦闘よりも疲労が溜まった。
「鳴神君、ごめんね? お父さんが迷惑かけて。あんな事言ってたけど、ホントは優しいんだよ?」
「そ、そうなのか」
男の子以外には、とは口にしなかったみなも。
みなもの残念娘成分は父親から引き継がれたものだろう、と淳之介との邂逅と今までのみなもを比較してそう思った。そして、父親のダークサイドも未だ知らないままなのか、とも思った。
「お前の両親、癖が強過ぎないか……?」
宗士郎が再び嘆息すると、仲間達が自分の元へとやってきて――。
「宗士郎、苦労が増えるな。頑張れよ」
「お兄ちゃん、気を強く持ってね?」
「波乱の幕開けね、士郎」
同情と面白がっている視線を送られる。他にも亮や蘭子など、他の仲間達や他生徒からも同情の視線が注がれた宗士郎は床を蹴るようにして椅子から立ち上がると、
「他人事みたいに言うなぁああああああ!!?」
――魂の叫びを食堂中に響き渡らせたのだった。
みなもの父親淳之介はみなもを溺愛する親バカだった。彼によって、安らかな休息とは程遠いものになってしまう。
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