第十五話 試験一日目、騒然とす
――翌日。
「…………朝だね」
ちゅんちゅん。
小鳥の合唱でみなもは目を覚ます。そして、部屋を見渡した。
飾り気のない質素な部屋、カーテンの隙間から心地良い朝日が差し込んでいる。
「自分で聞いといて寝るなんて……鳴神君に悪い事しちゃったなぁ」
昨夜は遅くまで勉強していた。とはいえ、響が早々に夢の国に旅立ったので一時間も続いていない。
就寝する前に心のしこりを落としておきたかったみなもは、昨日の戦闘の際に宗士郎が口にした言葉の続きを聞こうとした。しかし、戦闘の疲労と宗士郎への葛藤が祟ったのか質問したのちに直ぐ寝てしまったのだ。
「試験が終わってからでも聞けるよね……多分、ん……?」
まだ時間もあるし大丈夫かな、と思って直ぐに辺りをもう一度見渡した。寝ぼけていない生気の籠った眼で。
「私の部屋じゃない? かといって知らない部屋でもない、あれ……?」
モゾモゾ……。
布団の不自然な膨らみ。人一人が入っているかのような大きさで、なにやら蠢いている。昨夜は寝落ちしたから一人で寝ている筈であって、誰かと床に入った訳では決してない筈。
みなもは急ぎ昨夜の記憶を洗い出す。
「昨日は勉強して、鳴神君の言葉の続きを聞こうとして寝落ちした、よね? その後……んー、誰かに運ばれたような感じがしないでもない?」
結果、思い出しても良く分からない。だが、先程の疑問に記憶の何かが繋がり、みなもの中に一つの答えが導き出された。
「そう、そうだよ……! ここは鳴神君の部屋で、私はそこで寝落ちしたんだ! でもあれ? 運ばれたのに鳴神君の部屋って事はまさか……!?」
深呼吸。落ち着いてから万感の思いを胸に――、
「私ッ、鳴神君と一夜共にしちゃったのぉ~~~~~~っ!?!?!?」
叫んだ。めっちゃ叫んだ。みなもは顔面をトマトみたく赤く染めて身悶えた。
――同時刻、客間の一室にて。
「うぉう!?」
突然聞えた絶叫に宗士郎は意識を覚醒させた。被っていた布団を思いっ切りめくって、周囲の状況を把握した。
「今の声は桜庭!?」
こんな早朝から叫ぶとは、何かあったに違いない。宗士郎は寝間着のまま、みなもが寝ている筈の自室へと急行。その手に形見の刀『雨音』を持って。
「おい! 何かあったのか!?」
「鳴神君!? あれ!? じゃあこの膨らみって…………」
自室の襖を開けてみると、みなもが目元に涙をためていた。そのまま宗士郎の顔を一目見るなり、被っていた布団を引っぺがした。
「うにゅぅぅ…………すぴ~」
「和心ちゃんだったんだ……良かったぁ、私、鳴神君に貞操奪われてなくて」
「は?」
丸まって気持ち良さそうに寝息を立てる和心。
布団の膨らみが宗士郎ではなく和心だとわかると、みなもはホッと胸を撫で下ろした。
「いや何一人で自己完結してるんだ。俺が桜庭の貞操を奪っただぁ?」
「あ、いやそのね! 私の勘違いだったの! だから問題ないよ!」
「問題ない訳あるか! 誰かに聞かれたらどう説明を――っ!?」
ゾゾゾッ!
宗士郎の背筋に悪寒が走る。こういう時の嫌な予感というものは、良く当たるというもので。宗士郎は錆びれたブリキのおもちゃのように後ろを振り向いた。
「フフ、おはよ。気持ちの良い朝ね……しろう……?」
案の定、昨夜鳴神家に泊まった楓が背後に。
良い笑顔だ……。まるで寒い中苦労して初日の出を拝んだような晴れ晴れとした良い笑顔だ。ただ目が笑っていない。楓の視界に収まるのは、上気して乱れたみなもの姿と寝息を立てる和心の姿。その上、先程の勘違いを必ず招くみなもの絶叫。
「は、はは……」
あ、これ言い訳できない状況だ……と、宗士郎は苦笑いを浮かべると即座に遁走。
その後、宗士郎がどうなったかは…………押して然るべしだろう。
「――なあ」
「な、なに鳴神君」
「俺のこの姿見て少しは申し訳ないとか思わないか?」
「………………ごめんっ」
朝食、皆でテーブルを囲んで柚子葉が作った朝ご飯を突っつきながら、宗士郎はみなもに同情を誘う視線を送っていた。
同情を誘うのは視線だけでなく、宗士郎の顔もだが。
楓から逃走した後、鬼神のような楓に捕まり、弁解の余地すらなくタコ殴りにされた。勿論、抵抗する訳にもいかず一方的に殴られた。その結果、宗士郎の顔には無数の青タンが生まれる事に。
「全く、そういう事なら先に説明してくれるかしら」
「聞く耳すら持たなかった人がそれ言います?」
楓がホッとしたような、少し怒っているかような顔をする。タコ殴りの後、駆け付けたみなもの説明により〝宗士郎が女の子二人を襲った疑惑〟は無事に晴れた。
「で、マイスイートハニーこと和心ちゃんの方は寝ぼけて宗士郎の部屋に転がり込んだわけね」
「それをみなもちゃんが勘違いした、と」
「本当にごめん、鳴神君」
寝ぼけながら手に持ったスプーンでご飯を口に運ぶ和心を見て、響と柚子葉が推測でものを言うと、みなもは箸を止めて再び宗士郎へと頭を下げた。
「過ぎた事だ、気にするな。それよりも今日の事だが、念の為に俺が和心を学園まで連れていく。疑似空間転移を繰り返せば、上手く気付かれずにいけるだろ」
「わかってるわ。私達はみなもの異能で守りを固めつつ、学園に向かう感じでいいんでしょ?」
「ああ。全員臨戦態勢でな」
道中に襲われる危険性を考えての動きだ。みなもの神敵拒絶があれば、ライフルの弾すら軽く弾くだろう。魔人族の襲撃も常に戦いへと入る心構えさえできていれば、なんとかなる。
「じゃあ、俺達は先に行く。何かあったら連絡くれ」
「うん、気を付けてねお兄ちゃん」
「ああ」
寝ぼけながらも食べ終わった和心を脇に連れ、宗士郎は刀剣召喚で早速手近な所に刀を創生し、転移。
宗士郎を見送ると、みなもと響が頬杖をついて言葉を漏らした。
「相変わらず、見慣れない技だよね」
「これは慣れる方がおかしい。さあて、俺達も行こうぜ~」
「――っと。学園長、外から失礼しますね」
「うわぁ!? なんだ鳴神君か、試験前に何の用かね?」
転移を繰り返す事、八回。
空間を超えて跳ぶ事で脳が揺さぶられて気持ち悪くなりつつも、学園長室へと着いた。移動中に妙な気配を感じなかったので、魔人族の敵に姿が露見した可能性はないだろう。
手短に訳を説明し、宗吉に和心を匿って欲しい事を伝える。
「成程。試験中は和心君が教室にいる訳にもいかないしね……何で楓がここの隠し通路を知ってるのか甚だ疑問だけど、了解したよ」
「お世話になるのでございます!」
「じゃあ俺はこれで」
和心は礼儀正しくお辞儀するのを見届けると、宗士郎は自分の教室の天井付近に刀を創生して転移した。
シュン! ダン!
「おわァ!? そ、宗士郎ゥ!?」
上手い具合に教室の机に着地すると、目の前には仰天する亮が。周囲のクラスメイトも何事かと目を丸くして、勉強する手を止めている。
「心臓が止まるかと思った……! 宗士郎君、脅かさないでよ」
「すまないな、和人。ちょっと理由があってな、学園長室から直接跳んできた」
「直接、跳んできた……?」
亮の隣の席に座っていた和人が声を掛けてくる。それを適当に流して、宗士郎は自分の席についた。
「それよりも勉強しなくていいのか?」
「俺は元々頭が良いから問題なしだぁ。心配なのは響の方だぜ、あいつはどうしたんだ?」
「後から遅れて来る。桜庭も同じくな」
「心配だなぁ、後数分で試験だよ? それに顔どうしたの?」
「これは……名誉の負傷だ、うん」
やはり顔面の事も指摘される。女の子の殴られてこうなった、などといえる訳がない。
試験が始まるまでの時間、宗士郎は闘氣法で身体の自然回復力を向上させて、傷を少しずつ癒す時間へと当てた。
「――回答を始めてください」
監督の男性教師が開始の声をあげると、宗士郎達は一斉に裏面の答案用紙をひっくり返した。
シャーペンの芯が紙に走る音がそこかしこから聞こえる。
「(どうやら無事みたいだな)」
あの後、響とみなもが開始二分前に教室へと入ってきて試験の用意を始めた。二人の身体に怪我はなく何も報告がなかったので、宗士郎は安心して答案に向かっていた。
「なんだ、あれ……?」
試験開始から十分経った頃。
窓際に座っていた男子生徒が試験中にも関わらず、言葉を漏らした。その声に釣られ、他の窓際生徒も窓の外――校庭を見下ろした。
「今は試験中ですよ? 何事ですか」
「いや、でも先生。外にいっぱい大人がいるんだけど?」
「あれ? 私のお母さんまでいる。今日って何かありましたっけ?」
「え? 私は何も聞いてませんが……」
教師は窓の外を確認すると困惑顔になった。教師も知らない大人数の大人達の訪問に、教室が騒然とし出す。
すると、既に回答を終えた亮が声を掛けてきた。
「オイ、宗士郎。学園長室に行ってたんだろ、何か聞いてねぇのか?」
「何も聞いてないが……先生、学園長に確認の連絡を」
「……わかりました。皆さん、席についていてください」
宗士郎が男性教師に口添えすると、すぐに教室の外に出て連絡を取り出す。
「え~皆さん、急ですが『授業参観』をする事になりました」
電話し出して一分もしない内に男性教師が戻ってきて、そう口にした。
「え!? 試験なのに授業参観ってどういう事だよ!」
「それに今、父ちゃん達は仕事中だったはずだぞ! ちゃんと説明してくれよ!」
教師の口にした言葉に、このクラス……否、他クラスまでもが騒ぎ出す。最早、試験をするような状況ではない。皆、親の前で試験など受けたくないのだろう。
「それと鳴神君、学園長が変わってくれと」
「俺、ですか?」
教師の携帯端末を受け取り、電話へと出る。
「もしもし、和心に何かありましたか?」
『突然すまない、要件だけ手短に言うよ。嶽内 健五郎氏が以前から授業参観を割り込んでいたようで、試験を中止にしてくれと言われてね』
「はぁ? 何でそこで奴が出てくるんですか。明らかに管轄外でしょうに」
『理由はわからない。だが、以前菅野君から話を聞いて何か起こるかもしれないから、こうして君に教えた訳だ』
宗吉から芹香の名前が出てくるという事は、嶽内健五郎の所業を知ったのか。
聞く限り、予定に無理矢理ねじ込まれた感じだ。
「(何が目的だ? 権力を振りかざして、わざわざこの学園に干渉してきた目的は……)」
『それじゃあ私は諸々の対応があるから失礼するよ』
「和心を頼みます」
そうして電話を切った所で、教室の騒がしさが一段と増した。
「オイ、宗士郎! 大変だぜ! 外に魔物がぁ!?」
「なに!?」
焦った亮に言われ、宗士郎は携帯端末を教師へと返却すると窓際から外を眺めた。
校庭一面に広がるのは保護者の大人に、それを囲むようにして存在する無数の魔物。
その数、ざっと二百体以上。危険度Sの魔物こそいないが、数分もしない内に人間は蹂躙されると思われる。
「このタイミングで、何でこんなに魔物が……!?」
「鳴神君!? 一時間前に私のお父さん達も学園に来るってメールが!?」
「どうしようどうすれば!?」
「私も、おばあちゃんが……!?」
「うぉ!? お前等落ち着け!」
錯乱した様子のみなも、蘭子、幸子などの女子達に肩を揺すられる。肩を掴む手を剥がして宥めると、一部を除いてクラスメイト全員の視線が宗士郎に集中した。
宗士郎は一瞬たじろぐと、胸に浮かんだ言葉を口にした。
「うっ……いいかお前等。今慌ててたら、助かる命も助からないだろうが! 俺達に守る武器がある、なら焦ってないで眼前の敵を殲滅しろッ!」
その一声で彼等の眼から迷いが消え、代わり誰かを守らんとする闘志が宿った。続々と教室を抜けて、階下へと走っていった。
「先生、後は頼む! 桜庭、行くぞ!」
「え、行くってそっち窓なんだけどまさか!?」
「そのまさかだ!」
宗士郎は教室で自分の事を待っていたみなもの身体を担ぐと、そのまま窓の外へと跳んだ。
「んあ? 皆いない……何でだ?」
「君が試験中に居眠りしていたからですよ、沢渡君。君も外に行って魔物を倒してきなさい」
「は、はあ……了解っす」
「いやぁあああああああ~~!?」
「喋ってると口噛むぞ! 桜庭、地面に降り立ったら障壁を張れ! いいな!?」
みなもの涙と絶叫が顔に当たる空気圧で上へ昇る。宗士郎は闘氣法で身体能力を強化し、重力に従って保護者達の真下に落下していく。途中、『瞬歩』で形成した闘気の足場で落下速度を落とし、地面へと降り立った。
「今だ、やれ桜庭!」
「っ――神敵拒絶ッ!!!」
みなもが地面に手を付いて、異能を発現させる。
瞬く間に光の障壁がその場にいた保護者達を包み込み、ドーム型の簡易シェルターを作り上げた。
「よし! 桜庭はこのまま障壁を維持してろ。外の魔物は俺達がなんとかする」
「え、鳴神君!?」
周囲を素早く確認した所、幸いにも負傷者は見られなかったので、宗士郎はみなもを置いて疑似空間転移で障壁の外へ。続けて虚空から刀を引き抜き、地面を蹴った。
置いて行かれたみなもはというと、少し落ち込みつつも誰かを守れる嬉しさに頬を緩ませていた。
「あっ……また置いて行かれちゃった。でも仕方ないかな? みんなを守れるなら」
「――みなもちゅわぁ~ん!!!」
と、そこでみなもの名前を呼ぶ誰かが大人達の壁をかき分けてすっ飛び、みなもの腰へとしがみ付いた。
「お、お父さん!?」
「会いたかったよぉ~みなもちゅわーん! はぁ~! スリスリスリ!」
公衆の面前で女の子の尻に顔を埋めているのは、みなもの父親だった。魔物の脅威から遠ざけられた喜びと安心感で一杯だった他の保護者の方々が汚物を見るような目で、みなもの父親を見ていた。
「いやぁみなもちゅわぁんに逢えて嬉しいなぁ! かれこれ一週間以上も顔を合わせてないなんて、お父さんっ、耐えられません!!?」
「ちょっ……とぉ!? 恥ずかしいからやめてってば! 障壁の維持が……!?」
荒ぶるみなもの父親の所為で集中が乱れ、障壁が消えかかっている。宗士郎や後から到着した他生徒達がいるからといっても危険過ぎる。
みなもが父親を引きはがそうとした瞬間、
「あびゃ!?」
「何やってるのよ、アナタは。みなもの邪魔をしちゃダメよ」
変態の脳天に手刀が振り下ろされて沈んだ。
「お母さん!」
「いいのよ。みなもは自分のやるべき事を頑張りなさい」
「うん!」
手刀を見舞ったのはみなもの母親。彼女はみなもの頭を撫でると、「お騒がせしました」と周囲に頭を下げた。邪魔者(父親)がいなくなって平静を取り戻したみなもは、消えかかっていた障壁の維持を再開した。
「――始まったわねぇん」
翠玲学園屋上にて。
茶髪の女性が校庭を見下ろして不敵に笑った。
「……アルバラス様、我々は如何しましょう?」
「そうねぇん……魔物が減ったら補充するだけでいいわよぉ」
「ハッ」
茶髪の女性――アルバラスの後ろに控える屈強な男達が一斉に直立不動となる。アルバラスは微笑むと、体内で飼っていた蜂十数匹を学園中に解き放つ。
「フフフ……じっくりと、ねっとりと。確実に追い詰めて、ペロリと頂くわよぉ」
舌なめずりし紅潮すると、アルバラスは校庭で剣を振るう一人の男に目を向けるのだった。
何事もなく始まった定期試験だが、唐突な授業参観並びに魔物襲来により試験どころではなくなってしまった。予想外の事態に、宗士郎達は試験を放棄して魔物殲滅へと当たる。
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