第十四話 今後の方針
今回も話中心となってます!
「――ハッ!?」
目覚めるとそこは、馴染み深い自室の天井だった。
「俺の……家? そういえば俺は……」
意識がハッキリしてくると、徐々に思考は加速する。
魔物の討伐をしたのち、青蘭女学院の生徒にイタイ二つ名で辱められたのだった。今でも思い出す、あの背筋がむず痒くなるような体験。
「『斬滅の刀使い』…………っ~!? 思い出しただけで鳥肌が立つっ」
いつ自分の活躍が他校へと知れ渡ってしまったのか……。
噂される事はまだ良いが、厨二くさい二つ名まで付けられている事に内心かなり驚いた。よくもまあ、そんな二つ名を恥ずかしげもなく連呼できるものだと思う程に。
「にしても……少し眠ったおかげか、身体が少し軽くなったか」
意識が途切れる前は指先一つすら動かせなかった身体が、今では普通に動けるレベルにまで回復している。妙な辱めを受けた甲斐が少しでもあったというものだ。
身体を少々解してから自室の襖を開けて外に出ると、リビングの方はまだ灯りが付いていた。携帯端末で時刻を確認すると、午後八時過ぎ。別れた柚子葉達も宗士郎が倒れてから合流し、家に帰ってきているのだろう。
宗士郎は歩いて、少し離れたリビングへの襖を開けた。
「――それでさ聞いてくれよ~! 宗士郎の奴がさ、なんと『斬滅の刀使い』とかいうイタ~イ二つ名で呼ばれてたんだよ!」
「う、うん……みなもちゃんから話は聞いたよ」
襖の奥では、響が帰ってきていた柚子葉達に宗士郎の二つ名の話題を語っていた。饒舌な様子で気分が良く、そして馬鹿笑いしている。聞かされている柚子葉達に至っては、少し引き気味に何度も頷いている。
しかし、その楽しげな話題も長くは続かない。
「その時の宗士郎ときたら、もう最高でさ? あの顔を見せてやりたかっ……た?」
饒舌そのものだった響の口が、開かれた襖――そこに立っていた宗士郎の顔を見て固まる。
「よう、顔を見せてやったぞ。お前が見せたかった顔はこんな顔か? ん?」
「あっ、よよよよ、よう宗士郎!? 起きたのか!? いや~無事で何よりだ!」
両手の指をボキボキッと鳴らし、眉尻をグイッと持ち上げて怒りの形相を浮かべると、先程までの態度が嘘のように変化し、近寄ってきた響は笑いながら肩を叩いてきた。
「うわぁ、態度が急変したよ」
「どうしようもない屑野郎という事は以前から知ってるけど、これは酷いわね」
「響様の人となりが如実に現れている現場でございますね…………」
みなもが驚愕し、楓が蔑むような顔を浮かべ、和心は何故か感心の意を示している。柚子葉は関わらぬが吉と判断したのか、キッチンにて何やら作業を行っている。
「はぁ……もう良い」
流石に響に愛想笑いを浮かべられるのは、友達としても仲間としても好ましくはない。それに、話しておく事もあったので、すぐに話題を変えた。
「楓さん。魔物討伐に向かう前、何で俺が安否の確認をしたか、今説明する」
自宅の玄関前にいた楓の抱いた疑問。後回しすればする程、皆の危険が増す事になる。唐突過ぎる切り出しに、皆が何の話だ? と首を傾げる中、楓が真面目な顔になる。
「丁度良かったわ、私も避難所のシェルターで和心に起きた事について聞いて欲しかったのよ」
「和心……魔人族か? それなら先にそっちの話を……」
話す順番を譲ろうとすると、楓は右手を前へ押し出してこちらに譲ってくれる。宗士郎は頷くと、椅子に座ってから口を開いた。
「何の話かと思ってるだろうけど、今から話す事は皆にも関係ある事だ。和心を除いてな」
「そうなのか? 心当たりがないんだけどな」
「当たり前だ。というよりも、皆心当たりがない……という方が正しい」
「はい、お茶。どういう事なの?」
柚子葉がキッチンから全員の分のお茶を運んでくると、柚子葉は会話の輪に加わる。宗士郎は妹に礼を言うと話を続けた。
「結論から言えば、俺達はある人物の恨みを俺が買ってしまった事で、刺客に狙われている」
「はぁ!?」
響が椅子から立ち上がって素っ頓狂な声を上げた。
驚くのも無理はない。女子陣も信じられない様子でお茶の入った湯飲みを握り締めている。響を手で制して座らせると、再び口を開く。
「俺が隣町のアーケード街で散策していた柚子葉達の前に現れたのは、それが理由だ」
「え、じゃあ鳴神君がアーケード街の天井ぶっ壊したのもそれが理由なの!?」
「そういう事、みたいね」
みなもが納得したように声を上げ、楓が深刻そうな面持ちで頷いた。
「俺が恨みを買った人物は、異界行きの交渉の場にいた重役の一人だ。顔と名前は調べてもらったから知ってるが、知る必要はない」
「私達が信用ならないってこと……?」
「そういう訳じゃない、柚子葉。そいつは自分が手を汚す事を避け、誰かの手を借りて俺達に報復する腰抜け野郎だから、知る必要はないってだけだ」
「なんだ、そうなんだ……ホッ」
柚子葉が胸をなでおろす。先程の言い方は確かにそう取られても仕方がないだろう。
「これが楓さんが気になってた事だ。恐らく思い当たってるかもしれないが、自衛隊を動かしている屑と今回の重役は同一人物だ」
「ゆるっせない……! 自分は手を汚さず、自衛隊の人達を危険に晒すなんて!」
「おおっ!? よくわからんけど、確かにその屑野郎許せんな! うん!」
「落ち着けお前ら。とりあえず当面は気を付けろって事だ。お仕置きした刺客の話によると、二週間は入院する程の怪我をさせられるからな」
「え、うそぉ!?」
怒りのオーラを身に纏っていたみなもと響だが、宗士郎の言葉を耳に入れた瞬間、その怒りがみるみる弱くなる。そして、ガタガタと震え出した。
この様子を見れば、刺客が狙撃手だったと話すに話せない。宗士郎は明確に事を伝えなくて良かったと安心する。
「俺の話は終わり。次は楓さんの番だ。教えてくれ、和心に何があったのかを」
「ええ。和心、いいわね?」
「……はい、でございます」
自分の話題に転換すると、和心は俯いて静かに返事をした。彼女が今、何を思っているのかはわからないが、宗士郎はどんな話でも和心の助けになる事だけは心に決めている。そんな決意を察したのか、和心はゆっくりと話を切り出した。
「実は今日……私攫われてしまいまして……魔人族と思われる人物に」
控えめに笑う和心の言葉に、楓と柚子葉以外の皆に緊張が走る。
「目的は?」
「神天狐の娘である私の奪取、のようです。魔人族の主に献上する為に」
「魔人族の……って事はまさか……!」
宗士郎が戦慄する中、楓が口を開く。
「そうよ……魔神カイザル。敵が口を滑らしたおかげなんだけどね」
楓が呆れたように肩を竦めた。情報が手に入るとは思わなかったのだろう。
「えっとさ、和心ちゃんがカイザルに狙われてるって事はわかったんだけど、何で和心ちゃんが必要なんだ? 前に聞いた宗士郎の話によると、カイザルは凄っげえ強いんだろ?」
確かに響の言う通りだ。
対峙した宗士郎と柚子葉だけがわかる感覚――絶対に勝てないと本能で感じた相手だ。そんなカイザルが何故、和心を必要とするのか理解が及ばない。
「それに神天狐って、何なのかな? 鳴神君以外は知らない感じだし」
「端的に言えば、私のお母さんが神天狐であり、その娘の私は神天狐の血を引いているのです。神天狐は神の使徒である神獣、それ故に人知を超越した力の行使が可能でございます」
みなも達が感心したように目を丸くする。最低限の情報が揃ったので、宗士郎は口を開いた。
「そして、何らかの理由で和心のお母さんを手に入れるのを断念して、神天狐の血を引く和心を狙ったって感じか。……これ以上の推測は止めておこう、カイザルが和心を求める理由は俺達が考えるには情報が足りなさ過ぎる」
宗士郎の言葉に皆が頷いた。長話になるのが目に見えているし、もしカイザルが本気で和心を狙っているのならば、部下など使わずに自ら赴く筈だからだ。つまり、猶予はまだ幾分かあるという事だ。
今は和心を狙った魔人族の対処を考えなければならない。
「それで、その魔人族について他に何かわかった事はあるのか?」
「私達が異能を使った時は驚いてたし、動きも遅かったから魔人族自体は弱いと思う。ただ、気になる事があって……」
「何だ?」
柚子葉の煮え切らない態度に宗士郎は優しく問いかけた。
「敵が魔法を使えるのは、まだ良いんだけど……魔人族が人の身体に入ってたっていうか……その」
「カイザルの手下が人間の身体を乗っ取っていたかもしれないって事よ」
言語化するのに手間取っていた柚子葉に、楓が情報を付け加える。
「憑依って事か?」
「いえ、違うと思うわ。逃げる時に、蜂になってたし」
「蜂って事は、変死体の時の奴と同一人物なのか。という事は、本体の姿を直接見た訳じゃないのか……厄介だな」
その魔人族の能力云々は置いておいて、本体がどんな風貌なのか判らないのが厄介極まる。
「今後どうするつもりなの、士郎?」
「そうだな……」
考えなければならないのは、何も和心の問題だけではない。異界行きの証拠探しの期限まで、残り一週間と数時間。明日が試験で、残り一週間のうちの三日間は試験期間なのだ。つまり、残り四日以内で和心と皆を守りながら魔人族からカイザルが危険だという情報を聞き出さねばならない。
試験は午前九時から始まり、午後三時まで拘束される。試験を放棄する事も考えるが、恐らく教師である凛が許してはくれないだろう。
「明日から三日間は試験。試験の間、和心には学園長室で待機してもらう。いざとなれば、試験を放棄してでも和心を守る。その後は、その魔人族を何としてでも捕縛する感じかな」
「そうね、それが良いと思うわ。あの部屋には隠し通路もあるし、逃げる時は楽な筈よ」
「なにそれ、初耳なんだが?」
「隠し通路だもの」
なら、何で楓さんは知っている!? という疑問は、宗士郎の内に秘めておく。
「皆もそれで良いかしら?」
「うん、いいよ」
「了解でございます!」
楓の確認に柚子葉と和心が返事する。が、残りの二人は何故か押し黙っている。
「おいお前等、なに黙ってる。方針に疑問があるなら、なんとか言え――」
「試験なんてっ嫌じゃああああああああ!!?」
「!?」
「今思えば、試験勉強全くできてないじゃんわたし~~~~!?」
押し黙っていたかと思えば、突然ムンクの叫びのように慟哭する響とみなも。
確かに、静かに勉強できるような時間はあまりなかった気もする。何せ、この短期間で色んな事が起こり過ぎた。
「なんだ、試験勉強の話かよ。じゃあ、方針に異議はないんだな?」
「異議ありィィィィィィ!!! 何でお前はそんなに冷静なんだよ!? お前もどちらかと言うと、『勉強断固として断る組』だろうが!」
「そっちかよ。てか、失礼な。俺は勉強は嫌いだが、勉強できない訳じゃないんだぞ?」
「え、嘘!? 鳴神君も仲間だと思ってたのに!」
こいつら二人はなんて失礼な奴なんだ…………。
宗士郎はそう思いつつ、溜息を吐く。
「俺は闘氣法を使って脳の強化――つまり活性化させる事で、一度見たものを完全に記憶する事ができるからな。毎晩少しずつ記憶したから何の問題もない」
「ひ、ひひ卑怯者め!?」
「それって映像記憶!? 卑怯だよ鳴神君!?」
「自分の力だぞ? どこに〝試験勉強に闘氣法を使ってはならない〟ていう規則があるんだよ」
闘氣法はあらゆる面で際限なく有効である。脳の演算能力を高める事も当然可能なのだ。
「柚子葉ちゃん達もなんとか言ってよ!?」
「う~ん……私も少し使ってるから、なんとも言えないな~」
「少しズルしようが、キチンと記憶してるなら問題ないでしょ」
「味方が誰もいないよ~っ」
みなもの目元が少しばかり潤む。
こればっかりは、普段から勉強してなかった二人が悪い。俺が言うのもなんだけど、と宗士郎はお茶を啜る。
「ともかく話を終わりだ。勉強するなら、今日だけは付き合ってやるから」
「こ、心の友よぉおおお!」
「キモイからくっつくな!?」
抱きつく響を押し退け、退避。本当に態度がころころ変わる奴だ。素直に感謝の気持ちを伝えられるのは、響の美徳ではあるが。
「じゃあ遅くなったけど、夜ご飯にするね!」
「そういえば、色々あって何も食べてなかったわね」
「私もお手伝いするのでございます!」
柚子葉がエプロンを付けてキッチンへと立つと、素早く準備し始める。
宗士郎が目覚めるのを待っていたので、皆はまだ夕飯を済ませていなかったのだった。その後、柚子葉が急ピッチで作ってくれた料理を皆で平らげ、各自それぞれの時間を過ごした。
そして、皆が寝静まった頃…………。
宗士郎、響、みなもは宗士郎の自室にて試験勉強をしていた。
「鳴神君、ここの計算わかる?」
「ああ、ここは――」
既に時計の針は、午前零時を指している。
響は開始してから三十分で、寝落ちしている。何度叩き起こしても、起きる気配は一向にないので、放っておく事にした。
「よし、桜庭はもう終わりでいいだろ。解らない部分が少しで助かった」
「うん。まあ、八十点は余裕で取れるくらいだけどね」
それぐらいの点数が取れれば、成績はまあまあ良い方だろう。そのレベルで、はしゃいでいた事を響が知るとショック死しそうだ。
「…………」
「…………」
しばらく無言が続いた。
勉強という話題があったので、今までは普通に話せていたが、今思えば関係は未だギクシャクしているのだった。
このまま無言が続くのなら、みなもを彼女の部屋に戻した方がいいだろう。
「なあ桜庭、今日はもう寝――」
「ねえ……鳴神君」
と、思ったのだが、みなもに手を引かれてしまった。
仕方なく、上げた腰を下ろして、何だ? と問いかける。
「昨日は響君の邪魔が入ったけど、あの時なんて言おうとしたの?」
「……あの時って、戦場での事か」
みなもがコクリと頷いた。
「俺はただ、仲間の桜庭を心配してるだけだ。そう言おうとしたんだよ。俺が桜庭を怒ったのは、そういう事だ」
「そう、なんだね…………」
眠いからか、口から素直な自分の気持ちが漏れ出た。
案外意地になっていたのかもしれない。確かに情けない所は見せられたし、ガッカリもした。だが、一度口にした言葉は簡単には変えられない。だからこそ、気まずい関係になってしまったのかもしれない。
――本当の事を話そう。
宗士郎はそう思った。
わかってくれるまで何度も話そうと。考えを押し付ける気も彼女の考えを矯正するつもりはない。あのままでは、みなもは近い内に後悔する事になっていた事を話せば、彼女もきっとわかってくれる。
自分の理想は理解してくれないかもしれないが、〝仲間の事が心配〟。
その一点だけは、伝えたい。
「桜庭。あの時、なんで怒ったのか教える。聞いてくれないか?」
「………………」
意を決して宗士郎は話し掛けた。ただし、みなもの顔は見ずに。
みなもが無言なのは、少し考えているからだろう。宗士郎はみなもの答えを今か今かと待ち続けた。
――数分後。
「なあ桜庭。もう一度言う、話を聞いてくれないか?」
「………………」
無。
無言である。流石に返事が遅すぎる。宗士郎はもしやと思って、隣にいるみなもの顔を覗き込んだ。
「スー……スー……」
「……なんだ、寝てるのか」
みなもは寝息を立てて寝ていた。余りに無防備過ぎないか、とも思ったが、自分の所為で様々な葛藤があったのだろう。加えて、昨晩の戦闘でも頑張っていたのだから仕方ない。
自分の心の内を曝け出そうと考えていた宗士郎は、嘆息して自らの布団を取り出して敷いた。みなもを抱き上げて、そこに寝かせると、宗士郎は響を担いで別室に布団を二組敷いて寝転がる。
「ままならないもんだな……はぁ」
その呟きは夜の静けさに溶けてなくなるのだった。
集まって今後の方針を定めた宗士郎。
異界行きの証拠を提出する期限まで残り一週間弱。和心を狙う魔人族や嶽内健五郎の刺客にも注意しなければならない。だが、現実はそう待ってはくれない。宗士郎達には、面倒な定期試験が待っているのだった。
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