第十二話 予想外の苦戦
再び、宗士郎達の戦闘シーンに戻ります!
「くそっ……斬っても斬ってもキリがないな」
狼型の魔物に突き立てた刃を引き抜き、宗士郎は面倒くさげにぼやいた。
異能を行使する為の力は問題ない。ただ、刃を振るう腕や踏み込みに使用する足腰等々、身体の節々が闘氣法全力使用によって悲鳴を上げている。その為、危険度A程度の敵相手に疲労するなど普段ならば有り得ないが、現状は芳しくない。
金髪ちょろぎヘアー、もとい金髪縦ロールの涼月 カンナの独断専行は共闘の和を一時乱すも、複数の敵を一息に屠っている。
これで少しは共闘した甲斐もあるというものだ、と思っていたのも束の間。こちらの戦力は、数では劣るものの彼我の戦力差はほぼ見られない筈なのだが、一方的にこちらだけが消耗している。
まだまだ余力を残している響とみなもが膠着状態を打ち破ろうと奮戦しているとはいえ、こちらだけが一方的に消耗するなど有り得ない。
「何か変な力を持つ個体でもいるのか……? だとしてもっ!」
正面に立ち塞がるものが何であろうと――、
「斬り捨てるだけだ!」
鈍くなった身体に発破を掛け、地面を蹴る。その勢いを刀身へと乗せ、手近にいた危険度Cのダイアーウルフ二匹の首を刈り取っていく。
「あいつが消耗してるってんなら、俺がなんとかしねえとな!」
「響君!?」
獅子奮迅の勢いで次々と獲物を貪っていく宗士郎に感化され、響が戦闘開始直後に纏っていた『戦闘服』の黒いズボンのポケットから大量のスーパーボールを取り出す。
敵の攻撃を神敵拒絶の光盾で防いでいたみなもが、響が取り出した物を見るなり目を丸くした。
「名付けて――『ボンバーストライク』! これでお前達もあの世逝きよォ!」
「えっ……まさか! そんな事しちゃダメ~!?」
みなもの制止の声虚しく、響は手に持った大量のスーパーボールをボーリングをするかのように、地面へと放り投げた。ボールはすぐには爆発せず、敵の真っ只中に侵入した途端――!
チュドォォォォオオン!!!
――キャイ~ン!? キャインキャインッ!?
直径22mmの小ささで爆裂したスーパーボールは、その見た目から予想もできぬ程の威力を見せ、ダイアーウルフ共は犬のような悲鳴を上げて痛手を負っている。
膠着状態を破るには正に打って付けの一手ともいえるが、爆砕した様々な瓦礫が爆風によって戦場を飛び交っていた。
「ちょっと危ないよ! 危うく死人が出る所だったよ!?」
この事態に宗士郎は気にした様子はない。否、気にする程の余裕がないようにも見受けられる。その点を考慮してか、みなもが響に手厳しく注意した。
「ごめんごめん! 悪気はない! 全くもって!」
「もう! 本当に反省してる?」
「してるよ、みなもちゃん……! あっ――」
みなもに詰め寄られ、身振り手振りしながら弁解した瞬間、ポケットに入っていた残りのスーパーボールがポロっと落ち、面白い具合にコロコロと戦地に転がっていく。
「あら? 何かし――ラァアアアア!?」
そして、金髪縦ロールのカンナの足元へと当たった刹那、響は不覚にも爆破のトリガーを引いてしまい、戦場で宗士郎に次いで二番目に暴れていたカンナが絶叫を上げて爆裂した。
「あっ、やべ……ついやっちまったよ!」
「どうするの!? やばいやばいよ!? あれって高威力の手動式爆弾でしょ! しかも『戦闘服』も来ていないじゃ死んだも同然……!?」
人相手には重症じゃ済まない程の高火力の爆弾で、とんだオーバーキルを!? とみなもが目を見開く。響やみなもはおろか、魔物共も何故か動きを止めている中、砂塵の中から出てきたのは…………、
「イタタタ、ですわ……なんですの一体?」
「馬鹿な……! 死んでない……だと!?」
ほとんど無傷のカンナお嬢様だった。多少、彼女の顔や女学院の制服が黒く煤けているが、目立った外傷が一切見られない。自分の異能の威力を一番知っている響が、あまりの衝撃に大袈裟に仰け反った。
「ほう、やはり存在自体がギャグ方面の奴はいくらやられても死ぬ事はないのか。これも一種の才能だな」
と、そんな響の元へ一時休憩を取りに来た宗士郎が、ご無体な言葉を吐く。
「お前って、俺にもたまに冷たいけど他人にもめっぽう冷たいよな」
「いつもの事だろ? それに……何で一方的に消耗してるか、さっきのでわかった」
「さっきのって、涼月さんの誤爆の事?」
見当違いな認識をしているみなもの言葉に対して、返事の代わりに宗士郎は周りの個体よりも一際大きいダイアーウルフに視線を向けた。
大きな個体の影から幾つもの影の手が飛び出しており、爆弾の衝撃から他の個体を守護している。そして、ひとたび影の手を引っ込めると影の内側から複数のダイアーウルフが出現した。
「あんな奴、見たことないぞ……! 名付けるなら、『シャドーウルフ』!」
「俺達が一方的に消耗したのもあいつが他の仲間を守り、戦力を増強・補強をしていたからだ」
「ならあの大きいのを倒せば、この戦い……勝ったも同然だね!」
戦線を維持している個体、言うなれば『統率個体』を討伐すれば、この戦闘はあっという間に片が付くだろう。
「後、もうひと踏ん張りだ……行くぞ!」
「おう!」
「うん!」
「ですわ!」
外野からお嬢様の声が聞えたが、この際気にしない事にしよう。スタンドプレーをする奴は、今この場で注意しても直らない筈だ。
宗士郎は走り出すと同時に『概閃斬』を前方へと見舞った。
不可視の刃は地面と水平に駆け、前方に存在したダイアーウルフ三体をいとも容易く刈り取る。が、シャドーウルフが影から即座に戦力を補強していく。
「チッ、戦力補強が早いな……!」
「任せて! 神敵拒絶ッ!」
苦々しく呟いた宗士郎を見て、みなもが真上に掲げた右手を真下へと振り下ろす。瞬間、上空から面積30㎡程の光盾がシャドーウルフ、ダイアーウルフ共々叩き潰す。
威力もさることながら、攻撃範囲も広い為、魔物共を討伐できたと思われた。
「――ワォオオオオオン!!!」
「嘘!?」
……にも関わらず、シャドーウルフは影から生えた手で他の仲間も守り抜いていた。流石に倒せると思っていたみなもが、異能の力をほんの少し緩めそうになる。
「気を緩めるな! 畳みかけるぞ! ぜぇああ!」
「わかってらぁ! オラァ!」
「了解ですわ~! オーッホッホッホッホ!!!」
宗士郎の声で持ち直し、みなもは光盾の維持に努めた。光盾の対応に追われている今ならば、攻撃を当てる事が可能と判断した宗士郎は、裂帛の気合と共に再度『概閃斬』を放つ。続けて、響が懐から取り出した爆弾を投げつけ、カンナが光弾をシャドーウルフへと連射する。
それらの攻撃が魔物を捉えた瞬間、カッ! と煌めき爆発。爆風と砂塵が周囲へと渦巻き、周辺の建物を倒壊させた。
「頼むっ、終わってくれよ~!」
響が願掛けするかのように両手を擦り合わせる。
確かに、流石に終わって欲しい所だ。身体の疲労が既にピークに来ている。念の為、ほんの少しでも体力を回復させようと、呼吸で生命エネルギーを練り上げ、自然回復速度を上昇させておく。
砂塵が辺りに立ち込める中、ついにそのベールが剥がれた。
ビュン!!!
鞭がしなるような音が鳴った。……その次の瞬間――!
「がぁあ!?」
「カハッ!?」
「ギャン!?」
立ち込める砂塵を切り拓き、複数の黒い触手が空を翔けた。そして、響やみなも、カンナの腹部を的確に捉え、抉るように薙ぎ払った。突然過ぎる敵の反撃に、皆は血反吐を吐いて、それぞれ建物へと吹き飛んだ。
「響、桜庭! ――ぐぅっ!?」
ビュンビュンビュンビュン!!!
仲間の心配をする間もなく、あらゆる角度から別々に緩急を付けた変幻自在の触手攻撃が、宗士郎を襲う。それも一本や二本ではなく、四本もの触手がだ。
鳴神流継承者として、ありとあらゆる敵と戦ってきた宗士郎だったが、刀でギリギリ受け流すのが精一杯だ。
砂塵が晴れた向こうでは、シャドーウルフが影から触手を振るっている。触手の結界に視界を阻まれながらも、他の個体が肉片となっている事だけはわかった。
「(流石に不味い……! 皆がどうなってるかも心配だが、それ以上に気を抜くと俺がやられる……!?)」
触手による攻撃は速くなり、回転率の上がった攻撃は徐々に宗士郎の守りを剥がしていく。防ぎきれなかった触手が、腕や太股、側腹部を叩いた。
と、そんな時――。
「――救援に来ましたー!!! 大丈夫ですか~!」
「見て! あそこに他校の殿方が!?」
カンナの言っていた青蘭女学院の援軍なのだろうか。
複数の女子が大声を上げていた。その一人が攻め立てられる宗士郎を見て叫び、仲間達と宗士郎の元へ駆け寄ってくる。
「来るなッ!!!」
「え?」
咄嗟に言葉が出た。
彼女達が心配だからか、それとも邪魔だからなのか。ほぼ反射的に歯の奥から出た声に、宗士郎自身を驚きつつも攻撃を防ぐ手を止めない。
しかし、その攻撃が突然緩んだ。いや、止んだのだ。
新たな気配に反応したシャドーウルフが、手負いの宗士郎をそっちのけで狙いを変え、攻撃の矛先を救援に来た彼女達に向けた。
「嫌ぁあああー!?」
「みんな、逃げ……!」
逃げようとしても、時はすでに遅し。
迫る触手に青蘭女学院の生徒達は一斉に悲鳴を上げ――、
「――がぁああああああッッッ!!!」
間一髪の所で、闘氣法で瞬時に身体能力を引き上げた宗士郎が、触手と彼女達の合間に入った。刀の腹で触手攻撃を受け止め、弾き返す。
「あのっ……」
「青蘭女学院の人だな、救援助かる。あっちで倒れてる仲間達の怪我を見てやってくれ」
「は、はい。皆さん、行きましょう」
後ろから生徒の一人がおずおずと言葉を振り絞る。
宗士郎は見向きもせず答えると、彼女達は響達の容態を確かめに行った。
「ガルルルッ」
「……ある意味、牧原の時以上に面倒な敵だな。消耗を気にしてる場合じゃなくなった」
こちらの動向を窺っているのか、シャドーウルフは触手を影に引っ込める。群れを成す事で、危険度がA以上にまで上昇していると見受けられるが、仲間を補充しない所を見るに打ち止めらしい。
「そっちが複数の触手なら、俺は二刀流だ」
宗士郎は全力使用に近い出力で闘氣法による強化を行うと、獲物を虚空へと消し、刀剣召喚で脇差ほどの長さの刀を新たに二本創生して柄を握った。
身体が悲鳴を上げる中、宗士郎は地面を踏み砕き突進。
攻勢に出た宗士郎に反応して、シャドーウルフが再び複数の触手を唸らせる。その尽くをイメージ力によって更に切断力を引き上げた二刀の刃で斬り伏せる。
「はぁあああ!」
疾風のように駆け、迫る触手を両断。そのまま敵の懐に肉薄し、右手の刃を振りかざした。
即座に触手による迎撃が頭部を狙う……が、寸前の所で下に屈んで躱すとその流れで回転し、左真横から二刀の刃で斬り付けた。
「ギャンッ!?」
「捉えたぞ…………! ぉおおおおーッ!!!」
袈裟斬り、逆袈裟と続け、左右に薙ぎ、体重を移した後、腰を捻って左右から斬り上げると手首を返して再び袈裟斬りへと転じる。
その剣舞は俊烈にして華麗。
淀みない連続剣技に、狼型のシャドーウルフは後手へと回り、むざむざと傷を作っていく。
「……凄い……」
誰かが静かに呟いた。
それは青蘭女学院生徒の一人で、宗士郎の剣の冴えに、ほうと見惚れたように息を漏らす。
「――そりゃそうさ、あいつはっ……学園最強の剣士だからな……!」
「もう立って大丈夫なのですか!?」
素直な感想に答えた響が瓦礫の中から立ち上がる。『戦闘服』を着ていた甲斐あって、多少の痛みはあれど、大した怪我には繋がらなかった。響は青蘭の女生徒に礼を言うと、近場に吹っ飛んでいたみなもを抱え起こした。
「うっ……響君? ハッ、戦いはどうなったの!?」
既に青蘭の女生徒に手当てされていたみなもが、勢いよく周りを見渡した。
「まだ終わってない。宗士郎が二刀流で敵を屠ってるよ」
「そう、なんだ……私達、足手纏いになってるのかな」
「う~ん、ないとも言い切れないのが痛いな~ははは」
響は苦笑すると、みなもの服に付いた土埃を手で払った。
「ただ言えるのは、宗士郎も万能じゃないってことかな。一人で敵をぶっ殺せるなら、最初から俺に助けを求めてないって」
「だ、だよね! それに鳴神君、今日は妙に疲れた顔してたし!」
みなもが足手纏いかもしれない現実から目を背けるように空元気を出した。
「――ギャウゥゥン!?」
その時、シャドーウルフが悲鳴を上げた。見たところ、宗士郎の一撃が急所に入っている。
敵はバックステップで宗士郎から距離を取ると、苦悶に顔面を歪めた。数々の裂傷が体力を奪い、大量に流血している。退いた動きが最初よりも格段に鈍く遅くなっていた。
「トドメだ…………鳴神流二刀剣術奥伝――」
宗士郎が両手に刀を持った腕を内側へと折り畳み、交差させる。ギギギギと引き絞るかのように力を溜める。
「――!? ガァアアアアアア!!!」
宗士郎が纏う剣気に命の危険を感じたのか、攻撃が繰り出される前にシャドーウルフは影から十本もの触手を出して、宗士郎へと襲い掛かった。
「――刻撃」
技名を口に出した刹那、幾千もの剣閃が前方の空間へと奔った。折り畳まれた腕は疾うに開かれており、いつ攻撃したのかもわからない速度に外野は皆瞠目した。
シャドーウルフの触手は、どういう訳か空中で静止しており、佇まいを正した宗士郎が刃に付着した血を払うかのように両手に持った二刀を振り払う。すると、遅れて剣風が巻き起こり、シャドーウルフを構成する全てが刹那の内に細切れとなった。
「……やったか…………っ」
眼前に散らばっていく肉片を瞳に収めると、宗士郎は崩れるように後ろへと倒れ込んだ。
「おい宗士郎! 無事か!」
「鳴神君!」
「あんまり大きな声で叫ばないでくれっ……身体に響く」
すると、事の成り行きを見守っていた仲間達が宗士郎を心配して駆け寄ってきた。身体中が悲鳴を上げ、重度の筋肉痛にも似た鈍い痛みが瞬時に襲ってくるので、指一本も動かせずに口を開いた。
しかし、みなもがそんな事はお構いなしに宗士郎の身体を揺する。
「大丈夫! ねえ大丈夫っ、鳴神君!?」
「揺するな、いやホントに。見た目以上に身体がボロボロなんだよっ……」
「あ、ごめん」
「響、宗吉さんに電話してくれ…………討伐完了報告に街の損害具合なんかも頼む」
「ああ…………」
響に後の事は任せ、宗士郎は黒天に咲く星々を眺めながら大きく息を吐いた。
見た事もない個体が現れ、苦戦を強いられる宗士郎達。影から仲間を出し、しまいには触手を複数出す。正に変幻自在の攻撃に宗士郎は二刀流に転じて、シャドーウルフを討伐したのだった。
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