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異能学園の斬滅者 ~創刀の剣士は平穏を守らんとす~(旧クオリアン・チルドレン)  作者: お芋ぷりん
第二章 停滞へのカウントダウン編

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第十話 戦場のダブルブッキング

 




 魔物の討伐に参加すると、自衛隊員達は傷付いた身体を引きずるようにして、撤退を始めている頃だった。とうに体力も尽き果て、気力だけで戦っていた彼等の横顔は悲愴感と自分達への怒りで埋め尽くされている。


 自衛隊員達が無事に撤退出来ているのは、ひとえに柚子葉の働きが大きい。口にしていた通り、撤退を促しつつ時間稼ぎに徹してくれていた。


「よくやった柚子葉! 後は俺達に任せて、お前は和心達の護衛を頼む!」

「わかった!」


 柚子葉が宗士郎の顔を見るなり満足気に微笑み、楓達の元へと走っていく。


 残っている魔物は危険度Aが四体に、危険度Bが十体程度。周りを巻き込む危険性がある柚子葉の異能では、この戦火は当然ともいえる。時間稼ぎしていた事もあって、数を残したのかもしれないが。


「マッハタイガーとジャイアントバードは俺がやる! 後は任せたぞ!」

「合点承知だ、宗士郎!」


 宗士郎は虎型の魔物と大怪鳥を標的に選ぶ。どちらも危険度A故に強く、動きが速い。響とみなもは敵のスピードに付いていく事はできないだろう。


 ならば当然、この中で最速の宗士郎が行くしかない。宗士郎は芹香の開発した『戦闘服』が内包された指輪に念じる。瞬間、蒼炎に彩られた黒基調の軍服が身を包んだ。


「お前達の相手は……俺だッ」


 刀を正眼に構え、同時に濃密な殺気を二体の魔物にぶつける。すると、宗士郎を敵とみなしたのか、濁った二種類の眼光が身体を射貫く。マッハタイガーは虎視眈々と、宗士郎の周囲をのそのそと歩き回り始め、同じくジャイアントバードも頭上を旋回し始めている。


「(闘氣法全力使用の代償が残ってる今、奴等と同等かそれ以下の速さしか引き出せない。早々に決着を付けないと不味いな)」


 空を警戒しつつ、宗士郎はジリジリとマッハタイガーとの間合い詰めていく。そして、互いの間合いが重なり合った瞬間、


「ガァアアア!!!」

「っ――ぜぇえあああ!」


 一瞬にして間合いを詰めたマッハタイガーが前足の鋭利な爪を振りかざす。宗士郎は余裕をもって、引っ搔き攻撃を回避すると、懐へと肉薄し斬り上げた。


「ッ! ガルルルッ……!」


 軽やかな身のこなしで身体を捻じって、宗士郎の斬り上げを回避したマッハタイガーが唸り声のような吐息を漏らす。


「そう簡単にはいかない――なッ!」


 次の瞬間、巨大な翼を折り畳んで急降下してきたジャイアントバードの槍のようなクチバシが宗士郎の身体を抉りに来た。


 当然警戒していた宗士郎は、気合を込めてクチバシを刀身で受け流す。今の一連の攻撃は、どこか整然としていた。


「まさか連携か……? 厄介だな……!」


 ただでさえ闘氣法の代償で身体が重い中、このまま消耗するのは不味いと考えた宗士郎は、刀を右手で握り、腰を後方へと落として刀背に左手を添える。その流れで、切先を空で素早く旋回する大怪鳥へと狙いを定める。


「……鳴神(めいしん)(りゅう)剣術(けんじゅつ)奥伝(おくでん)――連貫(つらぬき)ッ!」


 一瞬の集中の後、腰を捻じると同時に刀を持つ宗士郎の手が三度ブレる。瞬間、ビュビュビュッという空気を裂く音と共に見えない刺突が空を駆ける。


「ギャォオオオ!?!?!?」


 その直後、断末魔の叫びを響かせ、ジャイアントバードの頭部と両翼が風船が割れるように弾け飛んだ。空を駆ける自由の象徴を失い、命までも失った大怪鳥の図体は重力に従って、地面へと落下した。


 ――鳴神流剣術奥伝『連貫』。


 鳴神流の奥伝の技で、闘氣法で強化した刺突による連続攻撃だ。闘氣法による強化と冴え渡る剣捌きを前提に初めて成立し得る。


「グゥルルル!!!」

「後はお前だけだ」


 討伐したジャイアントバードに目も暮れず、刀を虚空へと仕舞った宗士郎は、続けて新たに二刀の小太刀を引き抜き、即座に投擲。


 危険を察知したマッハタイガーが、再び軽やかな動作で飛来する小太刀を躱す。


「ガァアアア!!!」


 余裕綽々といった様子で躱したのち、地を蹴って投擲後の無防備な宗士郎へと跳び掛かるマッハタイガー。その顔付きは、勝利を確信したものになる――筈だった。


「!? ガァ! ガァルァアアア!?」


 自らの身体が金縛りにでもあったように、動かなくなるまでは……。


 マッハタイガーの体躯は未だ宗士郎へと到達しておらず、また地を蹴った場所から一歩も動いていなかった。


 何故か…………?


「鳴神流奥義――縛蔭(ばくいん)


 怪虎の影には先程躱された小太刀。影に突き刺さった小太刀には闘氣が込められており、影を地面に縫い留める事で動きを封じていたのだ。数秒という短時間の猶予しか作り出せないが、マッハタイガーにとってそれは致命的なものとなる。


「秘剣――概閃斬ッ!」


 間髪入れずに虚空から居合い抜きの要領で引き抜いた刀で、感覚拡張(クオリス)を用いた不可視の刃を抜き放つ。不可視の斬撃を前に、マッハタイガーの首は成す術なく宙を舞った。


「よしっ……はぁっ、はぁっ……」

「宗士郎、大丈夫か!」

「心配するなっ……魔物は?」

「ちょっと手こずってる。あと五、六体だ」


 不意に襲ってきた疲労により宗士郎が地面に膝をつくと、少し離れた位置で戦っていた響が声を投げ掛けてくる。呼吸を整え、刀を杖にして立ち上がると宗士郎は辺りを見渡す。


 既に自衛隊は撤退できている。後は、負傷した隊員の治癒を行っている和心とその護衛の柚子葉と楓、それに危険度Aの魔物を相手取っているみなもだけだ。


 立ち上がっても未だフラフラする。あの時はなりふり構っていられなかった。後悔はしていないが、少し使い過ぎた、と宗士郎は闘氣法の過度な使用を悔いる。


「まだ余力はある、このまま一気に殲滅する……!」


 まだまだ潤沢にあるクオリアを消費し、宗士郎が虚空から再び獲物を手に取る。


 ――と、その時だ。


「お下がりください! これでも喰らえですわ~!!!」


 キュキュンキュン!!!


 力強くも涼しい声が戦場を駆け巡った。重なるようにして、砲撃音が木霊する。


「えっ――きゃあっ!?」


 宗士郎が視線を巡らせれば、みなもが(しのぎ)を削っていた危険度Aの魔物や他の個体が幾つかの光弾によって横っ飛びに吹っ飛んでいた。巻き添えに衝撃波を浴びたみなもも異能でガードする間もなく、魔物と同じく吹っ飛ぶ。


「みなもちゃん!?」


 吹っ飛ばされたみなもを見て、響が叫ぶ。


 空に躍り出されるみなもをその目で捉えていた宗士郎は、重い身体に鞭を打って闘氣法で身体強化を図る。落下地点に当たりを付け、宗士郎は地面を踏み砕いて跳躍した。


「っと……! 無事か桜庭!」

「な、鳴神君……! ありがと――ってええ!? こ、これって、所謂……っ!」


 空中でみなもを身体を抱く様にキャッチする事に成功する。


 しかし何故だろうか。


 腕に収まっているみなもがお礼を言った次の瞬間、頬を紅潮させていた。何を恥ずかしがる必要があるのか、と思いつつ、宗士郎は自由落下に従って地面へと降り立った。


「どうした?」

「鳴神君、離してくれると……助かる、かな?」


 みなもが、宗士郎の腕で抱かれるような姿勢のまま俯き、離して欲しいと呟く。


「ん? 遠慮するな、結構もろに喰らったろ」

「いや、そうじゃなくて……この態勢が、何とも恥ずかしい、とでも申しましょうか……」

「???」


 全くもって意味が分からない。何が恥ずかしいのか、宗士郎には理解不能だった。


「みなもちゃん無事か!」

「――おーっほっほっほっほ! ご無事ですの!?」

「んん?」


 と、そこで心配する幼馴染の声と()()()()調()()()が背中へと伝わった瞬間、宗士郎は頬を歪ませて小首を傾げた。


「えと……響はわかる。あと一人は誰だ」

「私もわからない……誰?」


 顔を見合わせた宗士郎とみなもは、ここが戦場という事も忘れて呆ける。宗士郎がみなもを抱えたまま、後ろを振り向くとそこには――。


「良かった~! なんとか無事――ごぶるぁ!?」

「ンまぁ~~! 大丈夫ですの!? お怪我はなくて!!?」

「あ、うん」


 宗士郎達の眼前にいたのは、駆けよってきた響を突き飛ばし、髪をかき上げている金髪縦ロールの少女だった。何やら高級そうな制服を着用しているが、翠玲学園の生徒ではないようだ。


 みなもは金髪縦ロールのあまりの迫力に、コクリと頷いた。半ば反射的に。目の前のあなたの所為で、死にかけた、などとみなもは一切口にしなかった。


「いやお前誰だよ!?」

「ンま! 礼儀のなってない殿方ですこと! (わたくし)は、青蘭(せいらん)女学院二年の涼月 カンナですわ! 以後お見知りおきを」


 突き飛ばされた響が怒りの形相で名を尋ねると、これまた如何にもお嬢様? のような口調で所属と名前を語ってくれた。『青蘭女学院』は宗士郎の住む街の隣に位置する異能力者の為の学び舎で、翠玲学園を含め関東地方を代表する二大学校の一つである。


「で、その青蘭の人が何でこんな所に?」

「私は市の要請を受け、ここに馳せ参じましたの。普段はこのような招集はないので、遅くなってしまいましたが。のちに、他の仲間も駆け付ける予定ですわ!」

「おいおい、マジか……」

「どうしたの鳴神君?」


 宗士郎はカンナと名乗る金髪縦ロールの話を聞くと、おもむろに溜息を吐く。みなもと響が怪訝そうな顔でこちらを見てくる。


「通常、魔物の発生源には特別な事がない限り、一つの勢力しか存在しちゃ駄目だ。ここで言う勢力は学園の事で、二つの勢力が集結する事は原則として禁止になっている」

「どうしてだ? 別に戦力が増えていいじゃんか」


 響が疑問を発する。


「チームワークの取れてない勢力同士が戦場に立って、何も起こらないと思うか? 現に、桜庭を巻き込まれていた。さっきのは、涼月の異能だろ?」

「いかにもっ、ですわ! 私の異能――星光の射手スターライト・ガンナーの力で奴等を吹き飛ばして差し上げましたの! さっきのは、そこの彼女が避けれなかったのが悪いですわ!」

「な、こんな風にフレンドリーファイアが生じるリスクが高まる訳だ」


 宗士郎がやつれた顔付きで説明すると、響とみなもは目の前の金髪縦ロールを見て、激しく同意した。


「つまり何だ? これは偶発的に起きた――」

「ダブルブッキング……?」

「そういう事だな」


 もっとも、偶然に起きたようにも思えないが……。宗士郎は、どこか作為的なものを感じていた。


「とはいえ、他校の生徒が来たからといって、はいどうぞと退くわけにもいかない。後数体、俺達で片づけるぞ――っ!?」


 そうして、宗士郎が涼月の光弾で吹き飛んだ魔物に目を向けた瞬間だった。


 ワォオオオオオオオン!!!


 突然、狼型の魔物が遠吠えを上げ、天へとその咆哮を轟かせた。


「なんだなんだ……! ただの雄叫びか?」

「何を馬鹿なことをおっしゃってますの! 御覧なさい!」


 脅かすなよ、と響が胸をなでおろすと、カンナが響を罵倒し、天を指差した。


 宗士郎達が天を仰げば、いつの間にか夜の帳が降りていた。そして、辺りを照らす月光に混じり、複数の影が走る。


 その影は、徐々にこちらへと接近してきており、小さな影だったソレは姿を視認できる距離になると巨大な影となって地面へと降り立った。


 ワォオオオオオン!!!

 ワォオオオオオオオン!!!


「なっ!? ここに来て新手かよ……!」

「みたい、だな……!」


 遠吠えを上げた狼型の魔物に傍に、数十体のお仲間が集まっている。仲間の集結を喜ぶように遠吠えを上げ、狼型の魔物達は一斉にこちらを睨んだ。


 カンナが肩を竦め、こちらへと視線を向ける。


「どうやら、あなた方だけで処理できる様子ではなさそうですの。ここは共闘戦線といきませんこと?」

「有り難い。他にも仲間がいるんだが、今は負傷者の手当てでこの場にいないからな」


 宗士郎はその申し出を素直に受け入れた。


 正直、闘氣法全力使用の弊害で身体の消耗が激しい。その上、自衛隊員達の治療を行う為か、この場に和心や柚子葉、楓の姿が見られない。そして奇妙な事に、宗士郎達以外の学園の生徒は未だ一人も現場へと出揃っていなかった。


「それが良いかも。所で、鳴神君」

「なんだ」


 共闘に賛成の意を示したみなもが、宗士郎の胸板を軽く小突いた。


「そろそろ降ろしてくれないかな……? 私、お姫様抱っこなんて初めてだから恥ずかしいよぉ……! しかもずっと人前でなんてっ」

「さっきのはそういう事か!?」


 ここが戦場であるが故に、『お姫様抱っこ』などというポーズを取っていた事すら念頭になかった宗士郎は、慌ててみなもを優しく下ろした。すると、外野の金髪縦ロールから素直な疑問が飛んでくる。


「何を恥ずかしがる必要がありますの? お姫様抱っこなど、乙女なら一度は夢見る事ではございませんこと?」

「た、たしかに……ちょっとは憧れちゃうけど、今はまだその時じゃないというか……! 人前で恥ずかしいからと言うか……!?」

「あら、人前でなければ構いませんの?」

「ち、ちがっ……!? そんな意味じゃなくて!」


 みなもが今日初めて会ったカンナに揚げ足を取られ、挙句の果てに〝顎クイ〟で辱められる。戦場に広がる桃色空間。会話の節々で、宗士郎は羞恥に埋もれながらも何故か悲しく思った。


「いい加減にしろっ、ここは戦場だぞ」


 魔物を前にして、よくもそんなにふざけられるものだ、と宗士郎は弛んでいる空気を引き締めようとする。


「良いじゃないか宗士郎! 百合展開、見ていて微笑ましい! というかっ! さっきのお姫様抱っこが自然過ぎて全く気が付かなかったんですけども!? 宗士郎羨ましいぞ!」


 そう言って響が背中のバシバシと叩いてくる。別にそんな意見は聞いていない。宗士郎のイライラが徐々に溜まっていく。


「叩くな叩くな! 無駄口も叩くな!」

「宗士郎……ノリいいな!」

「うるっせぇええええッ!!!」

「ゲバァ!?」


 ふざける響を渾身の一撃で伸す。わざとらしい悲鳴を上げ、地面へと転がった響を見て、女子陣はようやく高まったテンションを収めてくれた。


「ガルルルッ」

「ほら、相手さんもお約束のように待ってんだから構えろよ」

「う、うん……ほらっ、響君起きて!」

「オッシャア! バッチ来ーい!」


 みなもが急いで昏倒した響を叩き起こすと、即座に復活した響が奮起する。少しふざけている節も見られなくもないが、やる気は十分のようだ。おそらく心配ない。一番心配なのは…………、


「よし! いく―ー」

「――行きますわよぉ~~~~!!! (わたくし)星光の射手スターライト・ガンナーが火を噴きますわ~!」


 キュゥゥイン……! キュキュンキュンキュンキュン!


 宗士郎が開戦の口火を切ろうとした瞬間、視界の端で閃光が煌めいた。


「おーっほっほっほっほ! おーっほっほっほっほっ!」


 次々と吐き出される光弾。被弾する狼型の魔物達。


 光弾の発生地点では、金髪縦ロールのカンナが手の甲を口に当て、顔を仰向かせて高笑いを上げていた。典型的な『話聞かない系のお嬢様』の仕草そのものだった。


 みなもと響が啞然とする中、あまりの勝手ぶりに耐えかねた宗士郎はギリギリと奥歯を噛み締めて叫んだ。


「――共闘持ちかけたんなら……っ! 足並み揃えるのが常識だろうがァァァァ!!?」





闘氣法全力使用の弊害もあり、危険度Aの魔物相手に辛勝した宗士郎は、さらに出現した魔物と対峙する事なる。その際、援軍としてきた青蘭女学院の生徒、涼月 カンナと共闘する事になるが、そのカンナのお嬢様気性が宗士郎達に更なる困難を招く…………。



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