第九話 理想は理想でしかない
狙撃手を制圧した帰り道。
みなもを狙った狙撃手から重要な情報を得た宗士郎は、一先ず得た情報を芹香に提供する事にした。携帯端末で芹香の番号に電話を掛ける。
すると、一度のコール音ですぐに繋がった。
「俺だ、調子はどう――」
『ヒャッハーっすぅ!!! 汚物は消毒っすよぉ~!!! 鉛玉を相手の額にシュゥーー! 超エキサイティンッす!!! あっ、そこちゃんとカバーリングするっすよぉ!』
「…………」
ダダン! ダンダン! カチカチカチ!!!
激しく何度もキーワードを叩く音。
素早く何度もマウスをクリックする音。
そして、世紀末覇者のようなセリフを吐く、テンション高めの芹香の声が、携帯端末のスピーカーから爆音で流れてきた。期せずして耳がキーンとなった宗士郎は、顔をしかめて無言になる。
どうやら頼んでいた件は、進んでいないようだ。進捗を確認するまでもない。小学生の頃、響に無理やり付き合わされたFPSが宗士郎の脳裏をかすめた。真剣な声音で引き受けてくれた後輩は、何処に行ってしまったのだろうか。
「お前、ゲームしてるだろ。切ってもいいか」
『あはははっす! 冗談っすよ、冗談。本気にしたっすか? うぉほぅ!? 危ないっすぅ!』
「やはり切る」
『待つっす待つっす!? 冗談っすよ! ちゃんと調べてるっす!』
「本当か? さっきから音が鳴り止まないんだが、切ってもいいよな」
今もなお、断続的に聞こえてくる銃声と爆裂音に、芹香の発言は信じるに値しない。情報を伝える暇もない程熱中しているようなので、最早電話をする必要性を感じなくなった宗士郎は、通話を切ろうとする。
『ストォォォォップ!!! オーケー、話を聞こうじゃないかっす!?』
「はあ、最初からそうしてくれると助かるんだが」
『ちょっとゲームしてただけっすよ。自衛隊に口出ししているおバカさんが見つかったっすよ』
「それは、国家公安委員会の……嶽内 健五郎の事か?」
タン…………。
その名前を出した途端、キーボードを叩く音が一度止まる。かと思うと、キーボードを叩く音が再開した。
『もう目星がついたんっすか?』
「今日、桜庭を襲った奴から訊き出した」
『そう、っすか……。余程、なるっち先輩達の邪魔をしたいらしいっすね』
「邪魔? 何のだ?」
と尋ねると、宗士郎の携帯端末のアドレスに音声ファイルが送付される。アドレスは芹香の物だ。これを聞けという事なのだろう。
宗士郎は、送られてきた音声ファイルを再生した。
『――あのガキ! 総理の目の前で恥をかかせおって! 何故、総理の言う事がわからんのかッ!? 鳴神 宗士郎が悪知恵を働かなければ、異界の門への通行条件を出さずに済んだものを! お前達が日本を離れたら、誰が総理を御守りするというんだ!? ん……何? くく、成程。それは名案だな。奴等が、証拠集めをしているのなら、期限まで邪魔をしてやればいいのだ! オイ、その手の者に依頼するぞ! 可能ならば、ボイスレコーダーの破壊もな! ハハハハハッ!!!』
プッ! ツーツーツー…………。
そこで、音声ファイルの再生が終了する。流れた醜悪な声と最低な内容に、宗士郎はギリッと奥歯を噛み締める。話の流れから、声の主が嶽内 健五郎である事は察しが付くが、この内容は…………。
『これは、嶽内が部下と電話した時のデータっす。余りにも屑過ぎて、反吐が出そうっす』
「……ああ、そうだな。目の前にいたら、思わず八つ裂きにしてる」
芹香も同様に、かなり不愉快な思いを抱いたらしい。
以前の異界行き交渉の場――それも、機嫌を窺うべき総理の前で、宗士郎に恥をかかされた事が後を引いているようだ。
悪知恵というのは、おそらくボイスレコーダーの事だろう。宗士郎が大成総理の揚げ足を取らなければ、許可を得るどころか最低限の条件すら引き出す事が出来なかったのだから。
ただ、その一方で嶽内が己の目的と行動が一致していない事に気付く様子はなさそうだ。
「で、このうじ虫はどうやって自衛隊を動かしたんだ?」
宗士郎は話題を始めへと戻す。すると芹香は、事の顛末を綴ったレポートのデータを転送してくれた。
『大成総理の名前で脅して動かしてたみたいっすよ。〝――嫌と言うなら国家反逆罪が待ってる〟とかなんとか。今はそんな罪なんてないのに……バカっすね~』
「ないと分かっていても、可能性を捨て切れないのが人ってもんだ。おそらく、高階級の人達しか、聞かされてないんだろうさ」
レポートを見て、宗士郎は怒りを通り越して呆れ果てていた。
現在の日本には、『国家反逆罪』など存在しないのだ。代わりに存在するとすれば、『異能悪用罪』という異能を犯罪に利用する罪なのだが、今はまあ良いだろう。
『これらのデータは、凛センセーに送っても構わないっすよね?』
「ああ。引き続き、嶽内の動向調査の方も頼む」
『了解っす! あ! それと――』
そこで、芹香の声が途切れる。何か悩んでいるようだが……。
「どうした?」
『あっいえ、別に何でもないっす。もう一つ気になる情報があったんすけど、まだ裏が取れてなくて……』
「りかっちが気になるなら、別に話してくれても構わないぞ」
宗士郎は芹香が情報収集能力に全幅の信頼を寄せている。多少憶測が入っていようと、その大半が真実であるのならば、話す動機にはなるだろう。
だが、彼女は完璧主義のようで、
『いや、やめとくっす。そんな情報だと、却って邪魔になるっすから』
芹香は情報を口にするのを拒んだ。そこまで言うのなら仕方ない、と宗士郎は聞き出すのをやめ、礼を口にする。
「そうか? わかった。調べてくれてありがとな」
「はいっす、これくらいは朝飯前っすよ」
「じゃあ――」
そこで、宗士郎と芹香との通話は終了した。
周囲は暗く、されど近場だけは明るく照らすパソコンの画面を前にして。用が済んだ芹香が、ゲーミングチェアにギシッともたれ、伏見がちに口を開いた。
「これは関係ないっすよね……。〝嶽内 健五郎が数日前から人が変わったように振る舞うようになった〟なんて――――…………」
「面倒事が増えたな……わざわざ俺達の邪魔をしてくるとは、余程暇らしいな」
通話が終わった後、宗士郎は急ぎ自宅へと戻っていた。
今頃、狙撃手が依頼に失敗したという事が嶽内へと伝わっている頃だろう。であるならば、引き続き邪魔が入る可能性がない訳ではない。宗士郎は、一足先に帰したみなも達の安否が気になって仕方がなかった。
「皆、無事だといいが……ん?」
自宅に着くまで後十秒も掛からないといった所で、玄関前で一人の女性が仁王立ちしているのが見えた。
「おかえりなさい、士郎」
「楓さん……! どうしてここに?」
「士郎があそこまで怒るなんて、久々だもの。だから何かあると思って、今日も泊まりに来たのよ」
玄関前で立っていたのは楓だった。両手を組んで、どことなく不満そうな面立ちをしている。アーケード街での事で無視されたのが、気に食わなかったのかもしれない。
宗士郎は先手を打たれるよりも前に口を開く。
「帰ってくるまで何もなかった?」
「??? ……何のことよ」
「いや、何もなかったなら良いんだ。何もなかったなら……」
「士郎っ、何か隠してるなら――」
ウ~ウ~ウ~ウ~ッ!!!
楓が安堵する宗士郎に訳を問いただした刹那、突如として街の電柱上部に横付けされているスピーカーからサイレンが鳴り響く。続けて、避難勧告のメッセージが街中に響き渡り始めた。
『横須賀町二丁目にて、危険度Aの魔物四体! 危険度Bの魔物二十体程度出現! 警報を発令します! 避難誘導に従って、地域住民は速やかに避難してください! また付近にいる異能力者は魔物の討伐を要請します! 繰り返します――』
絶え間なく鳴り響くサイレン音を聞きながら、宗士郎は楓の眼を見た。
「楓さん、話は後だ。柚子葉、桜庭……それと和心も呼んできてくれ」
「……わかったわ。後で、話を聞かせてもらうわよ!」
言葉に従って、楓が玄関のドアを勢いよく開けて、彼女達の名を呼びに行った。その間に、宗士郎は近所に住む響にも魔物討伐の為、現地集合を促すメールを送信した。
「今は夕方……。一日の中で、比較的に魔物が大人しくなる時間帯の筈。何でまた、こう立て続けに面倒事がやって来るんだ……?」
「士郎! 連れてきたわ!」
以前、柚子葉が夜にミノタウロスと遭遇した話と状況が酷似している事に、宗士郎は少々疑問を抱くが、答えを出すよりも先に楓が出てきた。
「夕飯を作る途中だったのに~」
「出番ですか!? 出番でございますね!?」
「少し疲れてたのに、何でまた魔物が……あっ」
楓の背後から続々と、柚子葉や和心、そしてみなもが姿を現す。異能を使用し続けて、お疲れ気味のみなもが、宗士郎を見て息を漏らした。
「桜庭……」
「鳴神君…………」
ジッと互いが互いの瞳を見つめ合う。言いたい事があるというのに、今の気まずい関係が宗士郎達の意思を強く縛る。
「ほ~ら! 緊急事態なんだから熱っぽい視線を送らないの!」
「いだっ!?」
「あいた!?」
だが、そんな止まった空気を楓がぶち壊した。やや、おふざけ成分ありで。それが、嫉妬によるものなのか、ただ単に腹が立ったからなのかは分からない。楓は年長者として、この場を取り仕切る。
「色々積もる話もあるでしょうけど、全ては事が終わってからにしなさい。いい?」
「……ああ、今は魔物の討伐が第一だ」
「そうですね、住民達を守らないと……!」
宗士郎とみなもがそれぞれ別の理由を掲げ、気合を振り絞る。そんな二人を見て、楓達は溜息を吐きつつ現場へと急行した。
魔物が出現した横須賀町の被害はそれ程ではない。ただ、死人が数人出ているだけだった。理性の欠片も持たない魔物が、人だけを襲うなど到底ありえない話だったが、現に死傷者も大勢出ている。
「うぉおおお!!!」
「よくも仲間をォオオオ!!!」
現場に着いた宗士郎達は、目の前で繰り広げられる惨劇とまたもや戦闘に介入していた自衛隊員等を暫く眺めていた。否、眺める他なかったのだ。
「……酷い……」
「何で逃げないの……っ!? あのままだと、あの人達死んじゃうよっ」
瞳が映す惨状を見て、柚子葉とみなもが口元を手で覆った。
死人は三名。いずれも自衛隊員だった。残った隊員達は、仲間を殺された怒りと恨みを糧に、慣れない武器で一心不乱に魔物を攻め立てている。
「引くに引けないんだ……仲間を殺された恨みと糞どうでもいい誰かさんのプライドの所為でなッ」
自衛隊員が嶽内に脅され、仕方なく命令に従っている事を聞いていた宗士郎は、いくら散ったのが他人であっても激しい怒りを覚えずにはいられなかった。
「それってどういう事なの、お兄ちゃん?」
「……今は詳しく教えられないが、国の上層部の一人が自衛隊を脅してる。あくまでも命令だから、それに逆らう事はもとより、引く事もできないっ……!」
「そ、そんな事ってっ……」
宗士郎が嶽内の名前を伏せて訳を話すと、血の気が引いた顔の柚子葉とみなもは、まるで孤軍奮闘の覚悟で戦う自衛隊員を見て震えた。
「今確認したけど、地域住民達は全員無事みたいよ。彼等は任務を全うしていたわ」
「……そうか」
楓が市の避難所に連絡し、状況を伝えてくれる。
嶽内の個人的な感情によって引き起こされたこの事態は、すぐさま鎮圧しなければならない。面識のない彼等の亡骸を遠目に見て、宗士郎は異能を発現させ、虚空より一振りの刀を引き抜いた。
「和心、怪我人の治癒は可能か?」
「お任せください。全身全霊にて、勇敢な彼等を治してみせます」
「頼んだ。楓さんは和心の護衛。柚子葉は、魔物の始末と自衛隊の撤退を促してくれ」
「了解よ」
宗士郎の指示で、みなもを残して楓と和心は役割を果たしに行ったが、何故か残っていた柚子葉はそっと宗士郎へと近付き、
「――時間を稼ぐから、頑張ってねお兄ちゃん……!」
耳打ちで言いたい事だけ伝えて、戦火に飛び込んでいった。
「(こんな状況で、俺が桜庭に話があるのが何でわかったんだ? 末恐ろしい妹だな)」
今からしようと考えていた事を勘付かれていたようだ。宗士郎は、周囲に誰もいなくなったのを確認するとみなもへと声を掛けた。
「桜庭……前は、その……悪かった」
「え?」
「スタンピードの時の事だ。信念だ云々言っておきながら、俺は今自分の信念を曲げようとしてる。なんでかはわからないが、今俺は他人の事で確かに怒っている」
『家族も他人も守る』……そんな信念を持っていたみなもは、あの時それすらも忘れていた。信念を曲げてでも、仲間の形をした敵を攻撃したくなかったのは、みなもの優しさ故だろう。
宗士郎の内に眠る『大切な人を守る』という過去に誓った決意……、他人等どうなろうと知った事ではない。であるのに、今胸の中に湧くこの感情は何なのか…………。
「それは間違った気持ちじゃないよ」
「俺の信念を曲げているのにか?」
「うん。確かに前は酷いこと言われた。けどそれは、酷く現実的で、自分の力が及ぶ範囲で鳴神君が私を守ろうとした結果なんじゃないかな」
「…………」
理想はただの夢物語であると認識している。他人の目からすれば、冷徹な人と断じられても仕方がない事も理解している。現実を理解していて、なお理想を追い求める――そんな、夢見がちな現実主義者は矛盾しているのではないか?
目の前の少女は、それの体現者のようなものだ。だからこそ、仲間である以前に自分の信念とは合わない彼女の事が気になっているのかもしれない。
「だからかな……私の考えとは相容れないのは。自分と違う信念を持つ私を怒ったのは、そういう事なんだよね?」
「そういう訳じゃない……っ」
みなもはどこか勘違いをしている。何も信念が気に入らないという理由で考えを矯正しようと考えている訳ではない。その考えは、いつか身を滅ぼすと伝えたいだけなのだ。それもこれも……、
「お、俺はただ……単純に仲間の事が――」
心配なだけだ、と宗士郎が口にしようとすると、
「おい宗士郎!? またみなもちゃんを苛めてるのか! そんな事はこの響様が断じて許さんぞ!!!」
遅れてやってきた、何ともやかましい奴が宗士郎達の会話に割り込んできた。
「ひ、響くん……!? これは違うの! 鳴神君は何も悪くないよ!」
「そうなのか? てっきり、また宗士郎がやらかしたのかと思ったぞ」
いきなり割り込んできて、その言い草はないだろう。自分が蒔いた種がここまで親友を変えるのか、と宗士郎は嘆息しながら、正眼に響の顔を見た。
「お前が怒るのも無理ないと思う。だけど今は、力を貸してくれ……相棒」
「別にあれくらいなら、お前一人で十分だろ?」
真面目に話をしている場合ではなかったと思い、宗士郎は響に頭を下げる。だが、そんな考えに反して、響はもっともな事を口にする。
「お前の力が必要なんだっ」
「お願い、響君!」
「そこまで言われたら、仕方ないな! やるぞ宗士郎!」
和心に気を配りつつ、嶽内の刺客にも気を配らなければならない今、どうしても人手が足りない。宗士郎が同じ低い姿勢で頼み、みなもが詰め寄ると響はついに折れてくれた。
宗士郎はゆっくりと頭を上げる。
「響……お前」
「か、勘違いしないでよね!? 別にアンタの為にやってるんじゃないんだからっ!」
「オエッ」
「果てしなくキモイよ響君」
「お前等、俺に辛辣過ぎない!?」
そのツンデレネタは、もう聞き飽きた。男のツンデレなんぞ、誰が喜ぶのか理解できない。折角感心したというのに、その気持ちを返して欲しい。宗士郎は思わず口元を抑えていた。
「…………冗談だ。行くぞ響、桜庭!」
「うんっ」
「ちょっと待て!? 今の間はなんだ!? いや置いて行くなよ~!?」
響の面倒な絡みを避けるべく、もとい自衛隊員を助けるべく。宗士郎は、みなもと共に戦列へと加わった。
嶽内 健五郎の思惑によって出動した自衛隊の数人は魔物によって命を落としてしまっていた。
そんな彼等を見て、宗士郎は他人の為に怒っている自分に気付く。宗士郎とみなも、相容れない信念を持つ者は互いを理解し合う事はないのだろうか…………。
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