第八話 狙われたみなも
「桜庭、和心を頼んだ」
その日の後日、学園での授業が終わった宗士郎は学生鞄を手に取ると、誰よりも先に席を立つ。みなもの顔を直視せず、和心の護衛を任せる旨を伝え、そのまま一目散に教室の外へ向かう。
みなもに話しかけ辛いというのもあるが、それとは別に先日のスタンピードについて確認したい事があったからだ。
「あ、うん…………」
宗士郎の背中にみなもの小さく消沈した声がぶつかる。
「っ」
クラスの喧騒に混じってもその声が鮮明に聞こえたのは、それ程みなもの事を気に掛けているからだろうか。みなもの為とはいえ、少し胸が痛んだ。
宗士郎は後々これがみなもの為になる筈だ、と胸の痛みを忘れるように、胸を強く握って自分に言い聞かせた。そして、用事を済ませるべく懐から携帯端末を取り出す。
「直接、話が聞きたいからな……っと」
教室を出た宗士郎は先日のスタンピード現場での疑問を払拭する為、タタタタッと携帯端末に指を走らせ、二人のある人物にメールを送信する。メールで待ち合わせ場所を指定したので、すぐにそちらへ向かった。
指定した場所は修練場の外に位置する自販機スペースだ。走って待ち合わせ場所に到着すると、既に呼び出した一人が缶ジュース片手に待っていた。
「やほやほっす! お久しぶりっすね~なるっち先輩!」
「急に呼び出して悪かったな」
相変わらずの独特のテンションで出迎えてくれたのは、グレーの汚れたタンクトップを着た、一年の芹香だった。先程まで何処かに籠って作業していたのだろう、頭部に付けた作業用ゴーグルとタンクトップが油で汚れている。
「いえいえっす……! これから告白されるんだと思えば、そこが火の中、水の中でもぉ!」
「いや、しねえよ!? 第一、そんな心中するようなラブシーンがあってたまるかっ」
メールには、「修練場の外に来てくれ。話がある」とだけ書いた筈なのだが、どこに勘違いする要素があったのか。宗士郎は自販機でおしるこのボタンを押して取ると、一瞬浮かんだ疑問を消す為に缶を開け、一気に呷った。
「あの文面なら、勘違いされてもおかしくないっすよ?」
「そう、なのか……? まあ、勘違いされなくて良かった。話はまだ待ってくれ」
「あ、はい。凛センセーを呼び出したんっすよね? さっき先輩の携帯端末にハッキングしたんで知ってます」
「こ、こいつ……! さらっと物凄い事言いだしやがった!?」
「お待たせしました、宗士郎君」
当然のように人様の個人情報を覗いた芹香に、宗士郎は恐れ慄いていると背後から声を掛けられる。
後ろを振り向くと、そこには授業終わりの凛が立っていた。
「おや? 菅野さん。あなたも宗士郎君に呼ばれたクチですか?」
「凛センセーこんちわっす! そうっすよ!」
「呼び出してごめん。二人に聞きたい事があってさ」
「いえ、別に構いませんよ。それで話とは?」
「実は、数日前のスタンピード現象の時、気になる事があったんだ」
「ああ……先日はお疲れ様でした」
スタンピードの話題を出すと、凛に労いの言葉を掛けられる。宗士郎は労いの礼を言いつつ、本題へと入った。
「ありがとう。それでその時、自衛隊が感覚武装で武力介入してきたんだけど……何か理由知ってる?」
「なっ――戦闘行為をしていたのですか!?」
「その様子だと知らなかったのか……出動してた隊員も事情を知らなかったよ」
凛は自衛隊に属しながら教鞭を執っている少し特殊な立場の教師だ。所属している彼女なら、もしや……と宗士郎は考えていたが、反応からするに何も知らされていないらしい。
感覚武装は芹香が開発者して、凛が自衛隊に下ろした物だ。剣・銃型の二種類で、中に|エネルギー源の感覚結晶が内蔵されており、特徴は非異能力者でも扱えるという点だ。
牧原 静流の起こした事件の後、芹香の許可を得て戦力向上の理由で自衛隊に支給されたが、未だ実戦で使用できる許可は下りていないのだ。
「対魔物の武器を手に入れたとはいえ、練度がそう高くない危険な状態で出動させるとは考えにくいですね…………」
「俺もそう思う。自衛隊とは別の意思が介入してるのかもしれない」
「と言うと?」
それは……と、宗士郎が口にする前に、
「総理の大成さんか、その部下が無断で動いたか……この二つっすよね?」
「何の理由かはわからないけどな」
話を先読みした芹香が、言おうとしていた事を口にしてくれる。相変わらず頼もしい、と心の中で思いつつ、宗士郎は頷きを返す。
自衛隊の最高指揮権は内閣総理大臣にある。禁止されていた戦闘行為を行ったとするならば、大成総理が動いたか、または総理の名を出して強制的に動かした可能性がある。
異界行き交渉の際に、総理として、先人としての格を見せた大成 元康が、そのような暴挙を行うとは考えにくい。
「そこで、りかっちに頼みたいのが――」
「オーケー、総理周りの有力者への探りっすね」
「いや何故わかる。正直、怖すぎるんだが」
勘の良いというか、頭の回転が速いというか。
宗士郎は、自分の頼み事をいとも容易く看破した芹香が恐ろしい。既に自ら自作した超薄型のノートPCを出して、やる気満々というのは伝わってくるが、デメリットがない訳ではない。
「良いのですか? バレたら退学どころか少年院に叩き込まれますよ」
「自信があるので。幾つものサーバーを経由して痕跡を消します。もしもバレた場合は、どこぞの犯罪集団の所為にしますので」
「損な役ばかりですまない、頼む」
いつも「~っす」とおちゃらける芹香が珍しく本気モードだ。ちょっと意外だ……と、宗士郎は思いつつも、これから危ない橋を渡らせる芹香に足を向けて寝られない。
「とりあえず、調べて欲しいのは〝自衛隊が何故戦闘介入したのか〟だ。期限は――」
「三日、いや一日でいいっす。というか、凛センセーは止めないんっすね」
「隊員の仲間が無駄死にするのを見たくはありませんから」
そう言って、俯いた凛がギリギリと握り拳を作っている事から、今回の件はかなり気になっている様だ。自衛隊が誰か関係のない任務によって命を散らすのは許し難いのだろう。
「それじゃあ、頼むりかっち。俺は『異界』に行く為の証拠探しに行く」
「学園長から聞きました。助力が必要ならいつでも」
「なるべく頼るような事にならないよう、気を付けるよ」
凛の申し出は本当に嬉しいが、大人の力を借りると今後も甘えてしまう未来が見える。そんな事態に陥らない為にも、宗士郎は拳を強く握った。そうして手に持っていた空き缶をゴミ箱へ捨てると、いよいよ街へと向かおうとする。
「それと――」
と、そこで凛の声が背中に投げ掛けられた。
「……今後、『異界』に行くつもりなら、仲間との軋轢は今の内に取り去っておく事です」
「…………わかってる」
その言葉が何を指しているのか、宗士郎は瞬時に理解した。やはり、クラスメイトだけではなく、教師である凛の耳にも情報が入っているようだ。
宗士郎は振り返らず返事を返すと、そのまま闘氣法で身体強化を行い、一足飛びにその場を離れた。
「(ああ、わかってるさ。どんなに嫌われようとも……それが仲間の為になるなら、俺は幾らでも泥をかぶってみせるさ――――)」
学園を離れて数分。
闘氣法・『索氣』でみなもと和心の反応を察知し、宗士郎は屋根やら電柱の天辺などを足場に隣町へと飛んだ。その際、街に異変がないのを確認しながら、みなも達の動向を逐一観察する。
「何でわざわざ隣町まで…………柚子葉や楓さんまで居るじゃないか」
闘氣で強化した視力で、アーケード街の天蓋近くからみなも達を捉える。既に多くのシャッターが下りているこの商店街で何をしようというのか。おそらく、聴力を強化した所で、何も聞こえないだろう。
「――それにしても、和心ちゃんが街を周りたい、なんて驚いちゃったよ!」
「そうね。しかも、なるべく歴史を感じる場所が良いなんて。変わってるわ」
「私は帰る前に、もう少しこの世界を堪能したいのでございますよ!!!」
「…………」
成程、プチ旅行みたいなものか。
やけに元気の良い和心の声だけが、宗士郎の耳に届いた。口の動きから、柚子葉と楓も喋っているようだが、やはり聞こえない。盛り上がっている彼女達とは一変して、後ろを歩いているみなもは一人輪から外れている。
「完全に空気だな。落ち込んでるのも……俺の所為なんだよな」
それを見兼ねて、和心達が気を使ったのだろう。みなもを元気付けようとしている。みなもが落ち込む原因を作った宗士郎は、またもや胸がチクリと痛んだ。
「っ…………まあ、怪しげな輩はいなさそうだし、今日の所は帰るか……ん?」
宗士郎が帰ろうとした時、視界の端で一瞬何かがキラリと光った。
その方向を注視してみると、視線の先にはビルのトイレの窓際に黒づくめの男が。その手に持っているのは――
「っ!? 狙撃銃、だと……! いったい誰を――」
目に飛び込んできたサイレンサー付き狙撃銃に、宗士郎は瞠目した。
強化した視力が捉えたのは、やや長めの光学照準器のレンズ。立射状態で構えている事から、狙撃が命中した後、すぐに撤退する為だと思われる。
宗士郎と狙撃手までの距離は優に五百メートル以上は離れている。誰を狙っているのか、レンズ越しに弾道予測するのは不可能と思われたが、
「あれは……桜庭の写真、か……?」
強化した目で狙撃手周りを素早く観察。すると狙撃手が標的を確かめる為か、上着ポケットから写真を取り出していた。
これ幸いとばかりに、宗士郎は視力を五倍以上も強化し写真を覗き込むと、そこには盗撮されたであろう、みなもの姿が映っていた。
「カタラが修練場に現れた時に、桜庭を狙ってきた輩の残党か……? なんにしても狙いが桜庭だとわかった以上、放っておく訳にはいかな――ッ!!?」
ドゥンッ!!!
宗士郎が行動を起こすよりも前に、悲劇を告げる弾丸が発射された。
この距離での狙撃銃の弾速では、みなもに弾が到達するまで一秒にも満たない。
「(やらせるかよっ!)」
その事を知ってか知らずか、宗士郎は刹那の内に、闘氣法で全身体・知覚能力を爆発的に引き上げた。その刹那、宗士郎の動きは周囲の人間が持つ、現象を捉える知覚を遥かに凌駕し、ただ一人の思考だけが加速する世界へと突入。
思考を巡らせ、銃弾の脅威を取り除くに相応しい最適解を導き出す。その際、強化した思考に脳が耐えられず、ゆっくりと鼻血が垂れる。
「っ――!!!」
こんなものは、仲間に降りかかるあらゆる悪徳を滅する為の代償に過ぎない。鼻血をビッと指で拭った宗士郎は一瞬の内に天蓋を砕き、空中へと舞い降りた。
――この間、僅か0.04秒。
天蓋が破壊された衝撃で硝子が、雪のように降り注ぐ。しかし、それを認識できる者はいない。
空中で体勢を整えた宗士郎は、続けて闘氣法・『瞬歩』で空中に固定した闘氣の足場を形成。それを足掛かりに、空気を切り裂いてみなもを撃ち抜かんとする弾丸の真正面に向かって、音を置き去りにして跳躍する。
「ハァッ!!!」
そして、刀剣召喚で虚空から刀を手にし、飛来してきた弾丸を両断した。
ガシャァァァン!!!
「え、何!?」
「皆様、危ない!」
遅れてやってきた音と共に硝子の破片が和心達へと降り注ぐ。周囲の人は、和心が張った結界によって保護された。
弾丸を斬り裂いた宗士郎はズザザザザッと勢い良く地面に着地し、背後を見るとポカンとした仲間達がこちらを見ていた。
「鳴神君……?」
「士郎、この騒ぎ……貴方がやったの?」
「……桜庭、今すぐ神敵拒絶の障壁を張れ。そして、今すぐ皆とこの場を離れろ」
「え?」
楓の問いかけに宗士郎は、みなもに忠告を残した。そのまま狙撃手のいた場所に刀を創生し、疑似空間転移でその場から消えるように移動した。
「何だったのよ、もう……」
楓が消えた宗士郎を見て、溜息を吐く。その後、彼女達は宗士郎の言葉に従い、障壁を張りながら帰路についた。
「――何!? この俺がミスっただと……!」
アーケード街から少し離れたビル三階。
古びたトイレの窓際から引き金を引いた狙撃手は静かに戦慄していた。
「間違いなく当たる筈だった……! この程度の距離は外す筈がねえ!」
この男、金さえ積まれれば、殺しや誘拐、どんな仕事でも引き受ける人間の屑。今回もスーツを着た、ある男から依頼を受けていた。
男は光学照準器を覗き込み、ターゲットの状態を確認する。
「チッ、逃げられたか……! それにしても何で、天井がぶっ壊れてんだ?」
「――俺が破壊したからだよ、糞野郎」
「っ!? お前、だれ――ぐぁ!?」
現状を確認し終えた瞬間、背後から聞こえた低い声に後ろを振り向くと男は呻き声を上げた。疑似空間転移してきた宗士郎が、男の髪を引っ掴んだからだ。
「お前が狙った女の子の仲間だよ。何であいつを狙った?」
「テ、テメェ……異能力者かっ。離しやがれッ――ごふ!?」
「余計な事は喋るな、こっちの質問にだけ答えろ」
宗士郎は髪を握り締めたまま、男の腹部を殴打した。もちろん、闘氣法で強化した拳でだ。男の口から胃液が少しだけ吐き出される。
「俺は怒ってるんだよ、仲間に手を出したお前も……お前に命令した屑にもな」
「!?」
「図星か、大方金でも積まれたんだろ。命令したのは誰だ?」
「し、知らんっ……俺はプロだ、雇用主の名前を出す訳な――」
ヒュンッと空気を裂く音と共に、男の首筋に刀の刃を添えた。
「言え」
言外に、言わなければ殺す、という意味も込めて宗士郎は、首筋に押し込む刀に力を入れる。次の瞬間、男は狙撃銃を地面へと手放した。
「……くっ、降参だ! 命あっての物種だっつうのに、死ぬのは割に合わねえ!」
「それでいい」
「俺は高級車から降りたスーツを着た男に、三百万積まれて依頼された。依頼内容は、この写真の中の誰かを一日毎に、病院送りにする事だった……痛っ!!」
首筋に迫る死の感覚に、男はだらだらと冷たい汗を流しながら、上着ポケットから複数枚の写真を取り出す。そこには、宗士郎の親しい人物達が映されていた。
それを見た瞬間、宗士郎は男の髪を握る力を強めると同時に、自分の中の怒りが膨れ上がっていくのを感じた。
「その依頼主の素性は?」
「待て待て、話を急くな。頼んできたのはスーツの男だが、直接の依頼主はそいつじゃねえよ」
「なに?」
「車のドアが開いた時に少し見えたんだが、ありゃ確か国家公安委員会のお偉いさんだったはずだぜ? 確か名前は――」
「嶽内、健五郎……」
「そう、ソイツだ!」
『異界』に行く為の交渉の際、大成総理の自ら株を上げようと胡麻すっていた腰巾着の名前が、宗士郎の脳裏にチラついた。
「嘘じゃないだろうな? 嘘だったとしら、地の果てまで追い詰めてでもお前のナニをちょん切る」
「う、嘘じゃねえよ!? 物騒過ぎるぞ!」
「お前が言うな」
そう言って宗士郎は、首筋に当てていた刀を虚空へと消す。男は助かったと肩の力を抜くが、それも束の間。宗士郎はそのまま和式トイレのドアを開け、男の足を掴んで逆さに持つ。
「おま、な、なにを……! 俺は金で雇われただけなんだ!? 情報吐いたんだから見逃してくれよ!?」
「誰がいつ見逃すと言った? 俺の大切な仲間に手を出したんだ。多少の落とし前は付けさせてもらう」
真剣一歩手前程に切れ味を調節し、宗士郎は細剣のような細い刀を数本創生して空中に待機させる。そして、ズボンの上から男の身体を丁度、便器の上くらいの位置に、複数の刀で壁に縫い付けた。続けて、下を向いている男の真下に小刀を設置する。
「くせぇ!? お前、マジふざけんなよ!?」
「身体を動かすと、そのまま便器ダイブする事になるぞ。死の恐怖を便器の上で味わいながら、後悔してろ」
宗士郎は男の商売道具である狙撃銃を斬り刻んで使えなくし、トイレのドアを閉めた。そのまま、男の暴言を無視するように窓辺から帰宅した。
「チクショウ、やっぱ割に合わなさ過ぎる……お~い、誰か助けてくれ~~!?」
シンと静まり返ったトイレの個室で、狙撃手の悲痛な声が響き渡るのだった。
誰かの思惑によって狙われたみなも。幸い、その場に居合わせた宗士郎がその窮地からみなもを守る事に成功するが、狙撃手に依頼したのは、国家公安委員会の嶽内 健五郎なる者だった。
嶽内の目的は何なのか…………、宗士郎は和心とみなもの二つの問題に板挟みにされる。
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それと、後で活動報告等でもお知らせしますが、個人的な事情により、執筆活動と投稿を一週間お休みさせて頂きます。読者の皆様には、ご迷惑をお掛けしますが、一週間後の7月9日をお待ちください。




