第三話 何気ない日常
「一度に五十本出してもまだ余裕があるか。『戦闘服』を着てないにしても、確かにクオリアの量と質は上がっているみたいだな」
朝日が未だ昇っていない時間帯から実家の道場にて、日課の鍛錬を行っていた宗士郎は異能――刀剣召喚の具合を確かめていた。
秀虎と別れた後、自宅に戻った宗士郎達は和心の神力が回復してから直ぐに気配の探索を行った。だが、変死体から漂ってきた邪悪な気配は感じなかったと和心は言う。
蜂自体が気配の本体であると判断しても良いのか迷ったが、狙いが和心で仇なすというのであれば、できる限り護衛して守ってやれば良いだけの事。
楓達と相談した結果、最低でも一人が護衛につく事に。普段通りに過ごし、再び姿を現すまで待つしかないとの決断に至った。
現在はみなもが和心の側でぐーすかと寝ている事だろう。
「まあ普段は一振りしか使わないけど。強度、斬れ味共に問題なし……と。アリスティアに感謝しないとな」
「――アリスティアって誰だ?」
「おおぅ!? 響か!? 珍しいなこの時間に来るなんて……」
――私響さん、今あなたの後ろにいるの………………。
普段この時間に響が来ない事と集中していた所為もあり、メリーさんの如く現れた響に宗士郎は不意を突かれ飛び退く。おまけにクオリアの質と量を向上させてくれた神族であるアリスティアの名前を聞かれてしまった。
一緒に住んでいる訳でもない響が早朝に道場に来るなど、小学生以来の話なので宗士郎の気が緩んでいた結果なのだが。
「まあな、身体も最近なまり気味だし、ここで身体を動かそうと……って、話をすり替えるなァ! アリスティアって誰だよ! 浮気か!?」
「誰があんな奴なんかと!? あんな奴より楓さんの方がよっぽど素敵――っだ!?」
何故か天井より出現した大きめのたらいが宗士郎の脳天に激突。
身体強化してる訳でもなく、痛みに備えていた訳でもなかった宗士郎は突然発生した痛みに両手で頭を抱えて悶絶する。
「お、おい……大丈夫か?」
「……痛っ、……ああ、大丈夫だ。そんな事よりこれは浮気じゃない! あんな駄目神となんて冗談じゃ――――ッ!?」
ガン!!! ガァアアン!!! ガァアアアン!!!
ダメ押しに三つのたらいが。
〝宗士郎の頭を私色に塗り替えてやったわ! アハハハハハ!!!〟
と、ここにいない筈の神様の高らかな笑い声が宗士郎の脳内に反響する。
「あの野郎ォ…………」
「……なんかごめん?」
余程暇なのか、当の女神様は下界の宗士郎にちょっかいをかけてきた。怒りの漫符が宗士郎の頭に浮かび上がる。合計四つのたらいを受けた宗士郎を不憫に思った響が謝ってくれたが、どこか空しい。
「いや、いい。それよりも珍しいな。久々に朝から鍛錬か?」
「むしろリハビリだな。俺も肋骨と左腕折れてたし」
「そういえばそうだったか。怪我と言えば、亮も重傷だったろ?」
「左目失明と右脚骨折だっけ? 怪我の経過が気になるなら、久々の学園で聞いてみたらいいじゃん」
「それもそうだな。俺はもう上がるけど、リハビリも無理のない程度でやれよ」
「おう!」
元気よく返事した響が軽めに身体を動かし始める。無理のない動きをしている事を確認した後、宗士郎は異能を解いて早めに上がった。
「「いただきます」」
久々に響が柚子葉の手料理を食べたいとの事で、柚子葉が作った料理をいつもの面子プラス響でテーブルを囲んで食べる。喜々として料理を平らげる響とは裏腹に、みなもの表情は少し曇り気味だ。いつもはしっかりとセットしている綺麗な藤色の髪も寝癖がついたようにぐしゃぐしゃだ。
「みなもちゃん、眠れなかったの? コーヒー淹れようか?」
朝食を作る前からテーブルに座っていたみなも。当然、柚子葉の目にも止まり今まで黙っていたようだが、気になってついに疑問をぶつけた。そんな優しい柚子葉の気遣いに、
「ううん、気にしないで……ただちょっと寝辛かっただけだから」
みなもは弱々しい笑顔を返した。鳴神家に居候し出してからはというものの、ここでの暮らしに不満はないようだった。居候だからと毎朝早起きし、柚子葉の手伝いをしていた頃の元気なみなもとは大違いだった。
「暑かったら冷房入れてもいいんだよ?」
「そこまでじゃないから大丈夫。ありがと、柚子葉ちゃん」
いつもの元気が微塵もない、と流石に宗士郎と響も思った。昨日からみなもと一緒に寝ている和心が今日も元気にご飯を平らげているのを見ると余計そう思った。
「(急にここまでぐったりとするか普通? 魔人族の狙いが和心だとわかって、昨日は桜庭が護衛として寝たらしいけど。和心が元気で、桜庭が元気じゃない…………という事は)」
みなもの元気がない理由…………それは――
「鳴神様! 昨日は楽しい夢を見たのでございます! 並み居る魔物を私がばったばったと倒したのです! あれは爽快でございました!」
ほっぺにご飯粒を付けた和心が手に箸を持って、夢の実演をするかのように身振り手振りで説明する。
その時、宗士郎達は和心の話を聞いてから思った。
「「「和心(ちゃん)が原因だな(だね)」」」
和心と一緒に寝ていたみなもが元気がなく、和心は気分上々。それと今の和心の言葉を総合するに、夢で格闘していた和心が現実でもみなもの身体相手に格闘していたようだ。
和心に悪気はない。だからこそ、みなもも「和心の所為で眠れなかった」などと口が裂けても言えなかったのだろう。
「桜庭、今日のから揚げやるよ」
「え?」
「みなもちゃん、俺からもど~ぞ!」
「ええ!?」
「大変だったね……っ、はいみなもちゃん特盛」
「急に何!? 皆どうしたの!?」
宗士郎、響、柚子葉からせめてもの情けでみなもの皿にから揚げ、茶碗にははみ出る程に盛られたご飯をそれぞれ差し出された。突然の施しにみなもはご飯が増えた事を喜びながらも困惑した。
「そうだ、お兄ちゃん。護衛の話だけどどうする? 和心ちゃんと常に一緒にいるのは難しいんじゃない?」
「いや、無視しないで!?」
「そうだな。休むわけにもいかんし、いっその事和心を学園に連れてくるか。授業の時も一緒にいられるように」
「だから無視しないでってばあ!?」
「宗吉さんに事情を言えば、教室に置くくらいなんて事ない筈だよな!」
「…………だからっ、無視……しないでってばぁ~~」
「「「あ、ごめん」」」
みなもの追求を逃れる為、無視していた宗士郎達は口を揃えて謝った。何度も無視を喰らったみなもは塩味のする(涙が混入した)ご飯を口に運びながら泣いていた。
「もういいよっ、別に。それより護衛の話でしょ? 和心ちゃんの護衛をするなら、私達のクラスが一番最適だよね」
「だな。一度和心を見た事あるし、カタラの魔物から学園を守る為に立ち上がった女の子だから印象は良いだろ」
「姿は人間のままの方がいいかもね。私だけ学年が違うから心配だよ……」
「って事で、和心。今日から俺達と学園に行く……」
「――ダメでございます!!!」
護衛の話を和心に大声で一蹴される。口に含んでいた白米が正面にいた響の顔にべちゃべちゃと付着する。仕方なく、宗士郎は別の方法を提示した。
「じゃあ、毎日一人休んで護衛を…………」
「私もその〝授業〟というものを受けてみたいでございます!!!」
「あ、そっちね…………」
自分の所為で宗士郎達が傷つく可能性を憂いたのかと、宗士郎達は思ったが単なる好奇心だったようだ。和心のくりっとした目が満天の星々のように煌めく。怒声にも似た声で否定されたので、てっきり怒っているものかと宗士郎は勘違いしていた。これが幼さ故の好奇心というものか。
「――で、和心君を連れてきたと…………」
「構いませんよね、宗吉さん?」
登校時刻となり、学園に向かった宗士郎は学園長室へと赴いた。もちろん、和心同伴でだ。響達とは教室前で別れ、宗士郎と和心の二人で宗吉に訳を説明した。
「ヴェリーウェルカムだとも! 私のハート(心)にサジェスチョンした(問うてみた)所、そうした方がよりグッド! とのリゾルーション(結論)に達したよ!」
「いや、なんですかそれ…………新しい言葉を覚えたての高校生が〝このカッコイイ横文字使ってみた卍〟って感じの話し方は。宗吉さんは財閥のトップでしょうが」
「ノンノン! 宗士郎ボーイ! GA・KU・E・N・TYOU!!! リピートアフターミー? GA・KU・E・N・TY――――ッ!?」
――パラパラッ
「和心、教室に行くぞー。時間の無駄だからな」
エセ外国人のような喋り方に嫌気が差した宗士郎は愛刀『雨音』で宗吉の前髪を切り揃えて差し上げた。そのまま扉へと踵を返す。
「待って!? 宗士郎くぅん!!? 冗談ッ、ただのちょっとしたジョークだよぉ! やだなぁ、本気にしちゃった?」
「俺達は最初から学園長室にいなかった。そうだよな、和心」
「はいでございます!」
宗吉の必死な呼び止めに宗士郎は振り返らず、今日の事はなかった事にする戦法に出る。それに和心も快く乗ってくれる。
「わかった! 許可しよう! なんなら高級和菓子も付けちゃう! ただし、和心君は人間の姿でいる事が条件!」
「…………ありがとうございます! 良かったな和心」
「授業楽しみございます!」
先程からの冷たい接し方から一変して、途端に笑顔になる宗士郎。ようやく普通の学園長に戻ったようだ。欲しかった許可も下りたので、宗士郎達は学園長室から離れようとする。
「ゴホンッ……時に、宗士郎君。例の証拠集めの進捗はどうだい?」
すると、宗吉が『異界』行きの条件の証拠は集まったのかと聞いてくる。既に集まったなどという答えは鼻から期待していないだろうが、一応の確認といった所か。
「まだ何も。でも、証拠になり得そうなものに心当たりができた所です」
「そうかね。期間は二週間。まだ一週間以上もあるけど、出来るだけ早く証拠が得られるといいね」
「俺も切実にそう思います。じゃあ学園長、俺達はこれで…………あ、そうだ学園長」
「うん? どうかしたかい?」
「…………ん、高級和菓子を」
「え?」
「何だ嘘だったのか~がっかりだなあ。今度はツルッぱげにしようかな~」
「――はいッどうぞおおおおッ!!!」
改めて教室へと向かおうとした宗士郎が思い出したかのように、わざとらしく声を上げた。どうやら高級和菓子の事もなかった事にしようとしている様なので、ハゲになるか高級和菓子を差し出すかと脅しを入れると、宗吉は番長のパシリの如く、ズザザザザッと物凄い勢いでスライドしながら両手を掲げて和菓子を献上してくれた。
やはりハゲになるのは嫌らしい。
そのまま、礼を言うと宗士郎と和心は学園長室の扉を開け、教室へと向かった。
「鳴神様ぁあああああ助けてくださいぃぃぃぃ!?」
「だぁめ、離さない! 鳴神君、この子異種族の子よね。確か、学園を一緒に守ってくれた…………」
宗士郎の教室へと着くと、早速和心がクラスの女子連中に揉みくちゃにされた。さながら、新しいオモチャを見つけた子供のように。大勢の女子の中から、和心の尻尾にすりすりと気持ちよさそうに顔を擦り付けていた蘭子が宗士郎に疑問を投げ掛ける。
「ああ、俺の家族だ。優しくしてやれよ? あと、この和菓子やるよ。学園長から貰った高級和菓子だそうだ。皆で分けてくれ」
「ええ!? いいの!? みんなー! 学園長からの差し入れもらったよ~!」
「太っ腹!」
「流石は我等の学園長先生だ~!!!」
イエ~イ! とクラスの女子は和心をおしくらまんじゅう状態で叫び喜ぶ。その際、和心が震える目で宗士郎に助けを求めるが、関わったが最後、激怒した女子連中に捲し立てられるのは理解していたので宗士郎は気付かないフリを敢行した。
「相変わらずだなぁ、ウチの女子は」
「だね。ちょっと羨まし……くもないか。ちょっと怖い」
「亮、和人」
自分の席に着くと、宗士郎の元に亮と和人が目の前の惨状に苦笑いしながら近寄ってきた。
「久しぶりだな、宗士郎。もう良いのかぁ?」
「ああ。かれこれ二週間ぶり、毎日見舞いに来てくれてありがとな。そっちの怪我はどうだ?」
「足はもう大丈夫だ。最新医療はすげえよなぁ、足はあっという間に治るし。でもこの左目は流石に…………な」
そう言って亮は眼帯が付けられた左目に手をやる。怪我の事がなければ、厨二病発症者としか見えないが、今の姿はとても痛々しい。せめて、翠玲学園唯一の回復系異能力者の雛璃がいれば、話は別だったろう。
「まぁ、名誉の勲章とでも思っとくぜ」
「それよりもやっと戦線復帰だね、宗士郎君。はいこれ、休んでた時のノート」
「助かる。響や桜庭はどうにも信用できなくてな。それで、二人は今何してるんだ?」
「ああ、それなら…………」
数本のノートを受け取り、先に教室に着いている筈の響達がは話に加わってこないのが気になり、宗士郎は二人に尋ねる。和人が視線を向けた方向に宗士郎も顔を向けた。
「ううむ……さっぱりわからん。『異界史』と『魔物史』は自信あるんだけどな~」
「逆に私はそっちの方が自信ないよぉ。途中転入だし、転入してから色んな事があったから勉強もままならなかったし。はあ、不幸だよ…………」
机と机を合わせ、うんうんと唸る二人。響は感覚派で勉強の類はてんで駄目。みなもは前の学校とは授業進行速度が違ったのか、常に新しい内容が取り入れられる『異界史』と『魔物史』が天敵らしい。苦手科目と得意科目なハッキリと分かれている様はまるで凸凹コンビだ。
「あの調子だよ」
和人が勉強に苦悩する二人を見て肩を竦める。
「案の定だな。まあ仕方ないと言えば仕方ないか」
「元春はぁ勉強すらできねえってのに、情けねえ奴等だ」
「んだとぉ!?」
「情けないとは聞き捨てならないよ!」
凸凹コンビが両手をバン! と机を叩きつけ立ち上がる。反天の影響で身体に甚大な損傷を負った元春は宗士郎が退院した後も未だ入院中だ。耳ざとい二人が筆記用具を放り捨て、亮へと詰め寄る。
「響君はともかく、私まで情けないなんて許さないよ!」
「え、俺は情けなくてもいいのか…………!?」
「ふん、一つでも赤点取りそうなぁ奴がよく言う」
「そういうお前は勉強しなくてもいいのかよ」
「凡人よりは頭がいいんでなぁ。授業を聞くだけで覚えられる」
「そう言ってカンニングする気なんだろぉーっ!」
――ぺらり…………
「あ」
「ん、何だこれ」
亮の頭の良さが信じられず、ズビシッ! と仰々しく指を突き付けた響。その拍子に響の内ポケットから一枚の紙が宙を舞い、宗士郎の手元に。
「これって所謂…………」
「カンニングペーパーじゃねえか」
「確かに情けない……いや、潔いのかな?」
「そ、そそそれは!? 返せ宗士郎ッ!?」
勉強すると見せかけ響は諦めの象徴――カンニングの画策をしていた!
周囲に笑われながらも、諦めず宗士郎からカンニングペーパーを横取りしようとするが、
「――ああああああッ!?」
「残念だが、それはできない相談だ。全く、つまらないものを斬ってしまったな」
響の眼前でカンニングペーパーが見るも無残な姿に。
宗士郎が瞬時に創生した刀で細切れに斬られ、救いの一手が響の足元に積もった。
「なんてことをっ、俺の血と汗と涙の結晶がぁ…………くっ」
「まあまあ。まだ一週間もあるんだし、頑張れば赤点回避できるよ! なんなら私が教えるし」
「くそぅ、俺の切り札がっ…………宗士郎! お前に天罰が下るぞ!!!」
「下りない下りない」
――キーンコーンカーンコーン!
――ガコッ。
そして、授業開始を告げるチャイム。続けざまに、スピーカーからマイクのがオンになる音が鳴った。
『――2―Aの鳴神 宗士郎君。2―Aの鳴神 宗士郎君。授業を担当していた牧原先生が退職なされたので、この時間の授業は貴方が担当するように』
「は?」
静流が起こした事件で宗士郎が彼を倒した為、退職扱いとなっている事はまだわかる。
「(だが、何故に俺)」
もうすぐ授業が始まるとの事で皆がそれぞれ自分の席に戻る中、宗士郎だけが現状が理解できず立ち尽くしていた。そんな中、その疑問はすぐに晴らされる事となる。
『――宗士郎くぅん、前髪チョンパされた恨みは恐いよ? よって、頑張って以上!』
「なっ……」
声の主は学園長である二条院 宗吉。怨嗟の籠った声音で無慈悲に言い渡される現実は抗いようのない命令に。
「なぁああにぃいいいいいいいッ!!?」
響の言っていた天罰は宗吉の髪の恨みを依り代に、『臨時教師』の形として執行されるのだった。
魔物や戦闘から切り離された日常の一コマ。何故か、臨時教師を任される事になった宗士郎は慣れない仕事に勤めるのだった。
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