第六十六話 白鬼羅刹
「…………っ!」
何かが焼け焦げたような臭い、脳を攪拌されたような頭痛。嗅覚と痛覚に走る刺激により呻き、宗士郎は目を覚ました。
眉をしかめると目の前に広がっていたのは、元春の黒紅色のオーラ――クオリアの光で削られたであろう床と、そこに倒れている元春だった。
「やったか……」
どうやら無事に戻って来れたようだ。一か八かの賭けだったが、精神が崩壊するなどというバッドエンドを迎えなくて済んだと宗士郎は安堵する。
意図的に意識をリンクさせる、という初めての試み事をした影響か、周りにいる響達も疲労の色が見えた。宗士郎はフラフラする身体に鞭打って立ち上がると、微かに黒紅色のオーラを纏う元春の元へよろよろ歩くと身体を抱き起こす。
「おい。おい、起きろ! 元春!」
「宗士郎、元春は?」
「まだ起きてこない。こうなったら、口に刀を突っ込んで――――」
「やめろぉ、バカァ! そんな事をして佐々木が死んだらぁどうすんだ!」
「大丈夫だ、亮。上下の歯を刀の腹で叩くだけだ」
「全然大丈夫じゃねぇ!?」
響と亮で一通りの寸劇を繰り広げた後、未だに起きてこない元春に多少の不安を覚える。
「あ、鳴神君……やったんだね」
「ああ、お疲れ様だ」
すると、一番疲労が濃く出ていた蘭子に和人、その次に疲労の酷い幸子が青ざめた表情で宗士郎達の元へ足を運ぶ。
異能を持たない蘭子と和人は宗士郎達に比べて、異能の源であるクオリアの存在を身近に感じた事がない故、クオリアの奔流に酔ったのだろう。
「だ、大丈夫……?」
「うん……陣内君もへーき?」
「僕はだいじょっ……ぅぶじゃない。けど、宗士郎君の方が僕よりも疲れているはずだよ」
「? ……なんのことだ? 俺なら牧原を一分で倒せるくらいには力は残っているぞ」
皆して、元春の周りを囲むように腰を下ろし、互いを労り合う。宗士郎から見ても明らかに疲弊している筈の和人は自分よりも周りを心配している。だが、強気で振る舞っている事が分かりきっているので、反対に和人は幸子に心配される始末。
これでは元春の安否をきちっと確かめる前に、宗士郎や響、亮以外の全員が疲労でぶっ倒れる。
そう考え、体内で闘氣を練り上げる。
慣れない事をした上にエネルギーであるクオリアがゴッソリと抜けて、身体が悲鳴を上げている宗士郎は仲間達にそれを悟られる前に腰にさしている愛刀を叩きながら、密かに練り上げた闘氣を活力に変換して仲間達に分配した。
「ところで、まだ元春は起きないのか?」
「脈はあるみたいから、死んでないと思うけど。まだ起きないなー」
肉体のダメージが酷いのか、未だに元春が起きる気配はない。響が肩を揺すったり、耳元で声をかけたりもするが、それでも状況は変わらない。
脳や心臓などに、機能停止に追い込む程の攻撃。また、損傷させるような攻撃をした覚えは宗士郎にはないが、反天した影響による肉体破壊が深刻なまでに進行していた、という事なら、ちょっとやそっとで起きないのも頷ける。
「ここはやっぱり……」
「やっぱり?」
「王子様のキスならぬ、お姫様のキスで起こすしか……チラッ」
「…………えっ! 私!?」
突拍子がなさ過ぎる響の言葉に、蘭子が遅れて反応し、頬を染める。お姫様というのが、自分だとは思わなかったのだろう。
実際問題、蘭子は〝お姫様〟というよりは、〝店の看板娘〟……元気印のポジションが合っている。
状況にそぐわぬ響の発言に宗士郎は静かに怒る。
「おい、響。ふざけた事抜かすなら斬り捨てるぞ」
「ちょ、ちょっと!? ふざけてないって! 至って真面目! 田村ちゃんは元春の事、好きなんだよね?」
「えええ!? ……もしかして二条院先輩家のお風呂場での聞かれてた?」
響はふんすっとサムズアップして、
「いや、知らない! でも知ってる!」
「今まで学園生活で顔に出てたの!?」
蘭子が動転し、宗士郎達の反応を見る。もちろん、宗士郎は初耳であるし、他の反応も同様だ。響以外が首を横に振った。
「一挙手一投足、表情の変化から元春へと今までの行動で完全に理解した。ギャルゲーに乙女ゲー、果てはエ◯ゲーに至るまで、あらゆる仕草を観察し続けた俺に死角なしー!」
「すまない、田村。度し難い変態を今ここで斬る……」
「うわぁー!? わぁー!? 刀身を覗かせるなっ! 殺気をばら撒くんじゃあない!?」
「……響君が、そんなぁ……そういうのが好きなの……?」
シュビシュバッ! と手を動かし、まるでエロの伝道師だと言わんばかりに熱弁する響に、宗士郎は愛刀の鞘から抜き放とうとする。慌てて焦る響を他所に、幸子はガッカリしたような、恥ずかしながらも期待するような表情で何かを想像していた。
敵の本拠地でワー! ワー! と騒ぎ続ける宗士郎達に亮と和人は肩を竦める。すると、その喧騒が聞こえたのか、眠りこけていた元春の身体がピクリと動いた。
「お、おい! 元春が起きるぞぉ!」
「えええっ!? 元春っ」
「………………っぁ」
呻くような声を漏らし、元春の重い目蓋が少しずつ開いていく。騒いでいる宗士郎達も亮の声で騒ぐのをやめ、元春の挙動を観察する。
「ぁぁっ……こ、こは…………?」
「元春ぅ!」
「ぅぐっ、かずと……? それに、皆まで……」
感極まった和人が目を覚ました元春に熱い抱擁交わす。反天でズタボロだった身体が軋み、鈍痛が発生した元春はその確かな痛みと周囲の友達の姿に、ようやく呪縛から解き放たれたのだと認識する。
すると、元春の視界に亮が入る。
「……佐々木ぃ」
「榎本……わかってる。お前が落ちこぼれだと揶揄して、俺が道を踏み外したけど、道を踏み外したのは俺が落ちこぼれだと、弱い自分が思っていたからなんだ。だから、気にしなくていい……」
「……今まで、本当にすまなかったぁ!」
頭を下げ、震えながら詫びる亮の姿は偽りでは決してない。あの時、あの場にいた傲慢不遜の亮は既に存在しないのだから。
「だから、もういいって……あの言葉、俺もそうなりたいと思う」
「あの言葉……?」
「友達になってやり直したいって言葉だよ、俺達はこれから始まるんだ。今までが序章だっただけで」
「お前ぇ、聞いてたのかぁ……だがぁ、聞いた経緯はどうあれ、これからが始まりなんだなぁ」
元春と亮の間に確かな繋がりが生まれ、その繋がりを確かめ合うように二人は拳を軽く打ち付けた。
「鳴神、それに皆も。迷惑を、心配をかけてごめん。俺をあの闇から救ってくれて、ありが……っぐあ!?」
「佐々木ぃ!?」
仰向けに寝転がっていた身体を起こそうとすると、突如、淡く纏っていた黒紅色のオーラが放電するように元春の身体を痛め付け始める。
まるで夢の時間は終わりだと言わんばかりに、黒紅色のオーラ――異能の根源であるクオリアが、線香花火が終わるように儚く霧散し、宙へと舞っていく。
その直後、反天した上に暴走を引き起こした元春は体内から壊れるように、身体のありとあらゆる場所から血飛沫を上がった。
突然、元春から飛び散った血潮に周囲が慌てふためき、顔が真っ青になる。
「元春ッ、……!」
その惨状を見るや否や、宗士郎は元春の身体が限界をとっくに迎えていた事に気付く。その早く回転した思考回路のまま、闘氣法で元春に闘氣を循環させ、以前のように応急処置を行う。
「くそっ、止まらない!?」
「――当たり前でしょう、鳴神君」
ふと鼓膜を揺らしたのはあの声。全ての元凶である牧原 静流の冷めたような無の声音。コツコツと床を鳴らし、無慈悲な現状を理解させるようにこちら歩いてきていた。
「牧原ァ!」
「怖い怖い。殺意剥き出しで武器に手を添えるなんて、まるで血に飢えた獣ですね」
「それで結構だっ! さっきのはどういう事だ!」
息荒く、腰の愛刀の柄を握り、殺意で射抜かんとする眼光で静流を見やる。
「人知を超えた神の力の一端。反天により引き出された本来の力ですよ? 元が非異能力者だった佐々木君に扱える訳ないでしょう」
「――ごはっ!? ゲホッゲホッ!?」
元春が夥しい量の血を口から吐き出しており、静流の話が真実だという事を物語っていた。
「それに、佐々木君の異能は不完全。暴走していたのはその所為でしょうね。佐々木君がこのようになってしまい、誠に残念です。ですが、私に必要な異能を完成させる為のデータが手に入ったので、佐々木君の犠牲は無駄ではなかった……」
「……なにッ――!?」
静流の纏う空気が一変した。
床がガタガタと震撼し、静流の身体が爆発するように隆起していく。四肢は丸太のように太くなり、胸板から腹筋までの肉はボディービルダー顔負けの堅さと力強さを彷彿とさせる。
細身だった身体は既に人間の身体とはかけ離れている程肥大化し、髪は白く染まり、血管が黒紅色に浮き上がっていた。まるで、魔物のようだ。
「フゥ〜、初めてなりましたが、中々いいものですね。そして――」
これで終わりではないらしく、両拳を握り、破ッ! と気合を入れると黒紅色のオーラを身に纏い、迸らせた。
「あれは……!?」
「これが佐々木君の異能の完成形。完全制御した力――奇跡の奔流です」
「伝説の超サイ◯人かよ……っ!?」
静流がその名を口にすると、纏うオーラが爆発的に増幅し、空気を伝ってビリビリと圧倒的な圧力を与えてくる。
不意に響が戦闘民族の中に現れる伝説の戦士を形容するが、まさにその通りと云うべきか。
纏うオーラを除けば、悪鬼羅刹と相違ない。
「計画を邪魔する者は誰であろうと嬲り殺す。――さあ、始めようかッ!」
「!?」
静流の言葉に宗士郎は疲弊しているのを無視するように、刀剣召喚で獲物を創生。一挙手一投足に気を配るが――
「なっ、消え……っうぐあーーッ!?」
注意深く観察していた筈の静流の身体が消え去り、宗士郎の警戒網の外から強烈な一撃が飛んでくる。防御もままならない程に速く、鋭い一撃になす術なく宗士郎の肉体は壁に激突した。
壁に激しく打ち付けられた衝撃で、呼吸が出来なくなり、呼吸困難に陥る。
「(速っ、過ぎる……あれが、異能だと? 普通の異能を遥かに超えているッ)」
「学園最強もやはりこの程度ですか。カイザルさんには劣りますが、まだ力の半分も出していませんよ?」
凄まじい攻撃だったというのに、今のが力の一端だという静流の潜在力はどれほど果てしないものなのか。
響や亮はおろか、ほかのメンバーも棒立ちするしかない程に衝撃的だった。
「だがッ、負ける訳にはいかないッ。お前を倒して、ふざけた計画を阻止するまではなッ!」
そう、負ける訳にはいかないのだ。
計画もそうだが、宮内や雛璃、そして元春をも手にかけ、利用した静流を許せるはずがないのだ。
宗士郎は闘氣法で、ダメージの負った身体を闘氣でコーティングし、ギプスのように固定する。そして、静流の動きを追えるよう、全力の身体強化を施し、知覚能力、動体視力、敏捷力を限界ギリギリまで引き上げる。
当然、普段しもしない倍率の強化なので、身体が悲鳴を上げる。宗士郎は歯を食いしばって痛みを忘却し、突貫し斬りかかる。
斬撃、横撃、右袈裟と鋭い攻撃。攻撃する暇を与えず、さらに掬いあげるように下から上に。
当然、元春の時同様、宗士郎の攻撃はクオリアの性質上弾かれるだろうが、構わずに打ち込み続ける。
「フッ! はぁッ! ぜぇあああッ!」
「フフフッ、中々に鋭い。特別凄い異能でもなく、ただ良く斬れる武器を作れるだけ。少し強い武士というだけですから、対処しやすいですねえ」
「チィッ!?」
だが、その凄まじい連撃も静流はギリギリ躱せるという所で回避し、余裕のある口調で宗士郎を貶す。
「これならば、そこにいる沢渡君や榎本くんの方がまだ怖い――っ!?」
「今だッ!」
宗士郎の斬撃を尽く避けていた静流だったが、不意に足がもつれるようにバランスを崩す。好機とみた宗士郎は静流の首へ吸い込まれるように俊烈な一刀を打ち込んだ――はずだった。
「ワザと作った隙に攻撃してくるとは……クク、いささか安直ではないですかッ!」
瞬時に静流の身体が眼前より消え、首を捉えた筈の切っ先は空を切り、横合からのオーラを纏った静流の刺突が横っ腹を捉えた。
「――あああッ!!!」
「おっと、今度は反応できましたか。本気の一撃だったのですが、まさか塞がれるとは」
「……目の前から姿を消した奴のする事といえば死角からの一撃。となれば、横か背後って相場が決まってる」
咄嗟に斬り抜けた刀身を無理矢理、力で方向を変え、間に割り込ませたお陰で、静流の刺突を間一髪の所で致命傷は避けられた。
だが、今の攻撃。明らかに速すぎた。
攻撃を見てから動いたのではなく、まるで反射したように斬撃が来た瞬間に目の前から姿を消した。
真意を確かめるべく、静流の死角から一振りの刀を創生し、意思で操り、背中を突きを打ち込む。
その刹那、静流の身体が残像を残して消え、一瞬にして回り込んだ静流の一撃が刀を砕いていた。
「危ないですねえ。まるで卑怯者だ」
「なんとでも言え。俺は勝って誰かを守る為なら手段は選ばない。お前の力は攻撃が当たる寸前に、自動的に回避、防御し、反撃する〝オートカウンター〟だな」
「! 良くわかりましたね。私のもう一つの異能―― 幻影舞踏を」
「まさか、二つ異能を持ってるとは思わなかったけどな」
そう、静流の一連の〝消える〟動きは自動防御かつ自動反撃によるものだった。
流石に元春の異能と別に、もう一つの力があるとは気付かなかったが、僥倖の内だ。だからといって、簡単に防げるものではないが、自動故に反撃される場所はわかっている。
宗士郎以外に一人を除いて、この場で回避できるものはいないだろう。だからこそ、宗士郎が戦わなければいけない。
幸い、攻撃した本体を狙うカウンターなので、逆に戦術の幅が広がった。
「今まで反天した生徒の異能を強化し、私の身体に埋め込んだものだったのですが、こうも易々と見破られるとは……」
「種がわかれば、恐くはない……っ!?」
「宗士郎!?」
突然、ガクリと宗士郎が膝をつく。見れば、宗士郎の手も足も痙攣するように震えている。
先の宮内と雛璃との戦闘、そして元春との戦闘で宗士郎のクオリアは既に三分の一を下回っていた。当然、枯渇寸前の身体は悲鳴を上げ、頭痛などは起きないにしても、膝が笑う程には身体が動かなくなりつつあった。
それに加え、静流との激しい攻防を経て、肉体の損傷も酷い。
「もう活動限界なのかよッ……っ!」
「ふははははッ! 重畳、まさに重畳ですね! 一番、強い貴方が倒れれば、他の仲間達の戦意を削ぐ事に繋がるでしょう! その命、もらい受けましょうッ」
唇を噛み切り、無理矢理己を奮い立たせる。
元春の身体がズタボロになっている事を考えれば、早く医者に連れて行き、手術するべきだが、それを見逃す静流ではあるまい。
「――亮ッ!」
「あぁっ! 響ッ!」
「おや……? 貴方達如きが私を止められるとでも?」
「無理かどうか知らん! だけど、このまま親友を黙って見殺しにできる程、幼馴染みやってねえよ!」
「アイツはぁ、俺を救ってくれたぁ。俺にもう一度、チャンスをくれたんだぁ。その恩に報いるッ!」
響と亮がそれぞれの異能を発現させ、宗士郎を庇うように仁王立ちする。
「響ッ、合わせろぉッ!」
「応! クラスターちゃんッ、計十五個! 行けえ!」
身体に装備していたクラスター爆弾を全て、静流の周囲へと投擲し爆発。万遍なく衝撃が撒き散らされ、静流を襲う。
「喰らいやがれッ! 黒炎弾ッ!!!」
その隙に亮が静流の真上に飛び、高エネルギーの漆黒の炎弾を連発する。下は当然の如く、火の海となり確実に入ったと亮は確信する。
だが、
「――な、に……がはッ……!?」
宗士郎が目を疑う。
攻撃していた響と亮の二人はいつの間にか攻撃を受けており、それぞれ壁へと激突していた。
そして、鈍い痛みに自らの腹部を見れば、腹部から生えているのは、鮮血に染まった丸太のような太い腕。
「っ、がふっ!?」
「終わりですね、鳴神君。君の負けだ」
突き刺さった太い腕を引き抜かれ、ドス黒い血が噴水のように口と腹部から湧き出る。
「鳴神君!?」
「宗士郎君ッ!?」
「鳴、神……ッ」
「……ぁぁッ」
突然起った悲劇に、残った仲間達の悲痛な叫びが木霊する。
「っ、ぁぁ……――」
鈍痛と大量の出血により、意識は徐々に掠れてゆき、宗士郎は地面へ倒れ、眠るように目を閉じた。
友を闇の狭間から救い出す事に成功した宗士郎達。
だが、次に待ち受けていたのは強力な力を所持した牧原 静流だった。
圧倒的な戦力差、宗士郎の疲労。
宗士郎を救うべく、立ち上がった響と亮はあっさりと往なされ、宗士郎は致命傷を負ったのだった。
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