第六十三話 冷酷、残忍
「(っと、元の世界に戻ったか。まあ当然……)」
元の世界に戻った宗士郎が最初に思ったのは、自分と柚子葉、楓以外の仲間達が「さっきの人は? 神様?」、「どこに行った?」などの疑問が当然出るだろうという事だった。
皆が疑問に思う事で時間が過ぎてしまうのを避けたかった宗士郎は振り向いて、疑問を解消してやろうと思ったのだが……
「………………」
「………………」
仲間達は無言だった。
ロボットのように、こちらから話しかけない限りは返事を返さない様子で。だが、宗士郎の視線に気付いたのか、響が怯えるような目で尋ねる。
「そ、宗士郎。もう……その、いいのか? さっきから殺気を垂れ流しで恐かったんだけど……?」
「あ、ああ……不快な思いをさせて悪かった」
何故か、女医の祥子先生……もとい神族のラヴィアスとの記憶がぷっつりと抜け落ちているようだ。時間的に言えば、ラヴィアスと邂逅する前のような態度だった。
「(おいやったぞ! 殺気が消えた!)」
「(おいよぉ、どんなマジック使ったんだぁ?)」
「(そうだよ! あっさり戻ってきた癖に、なんで殺気がなくなってるの!?)」
宗士郎が毒舌で追い払った後のように、響は後ろに下がって、みなも達に報告し喜んでいた。
どういう事だ? と自分達の方が疑問に思った宗士郎は自分より早く『神域』から戻ってきた柚子葉と楓とも顔を見合わせるが、二人とも謎だと言わんばかりの反応を返す。
そうして疑問に思ってからすぐの頃だろうか。
その声は唐突に聞こえてきた。
『はいは〜い! アリスティアちゃんだよ♪ 実は他の皆の記憶をラヴィアスと出会う前の時間まで弄ったんだ〜♪ ああ、でもあしからず、障害とか残ったりしないから! それと放置してきた子供達二人の内、私の所に来た子はこちらで預かってるよ〜! もう片方の男の子は医務室の方に治療して置いてきたから〜♪』
「っ、アリス――――」
聞こえてきたのは先程、会って話してきた神族のアリスティアの陽気な声。
元春のタイムリミットも雛璃達と同様に迫っている為、どうにかしてあげたかったが、その場に残していくしかなかった。聞こえてきた声の通り、神族であるアリスティアが回収してくれたのならば、安心だろう。
宗士郎は思わず、アリスティアの名前を呼ぼうとするが、
『それと〜! これ留守番電話だから♪ ピー! 女神サービスに接続しますぅ♪ なので、余計な返事や質問は当然できませ〜ん! ピーの発信音の後に愛のメッセージを残しなさい! ピーーーーーー、プツ!』
「………………」
女神サービスってなんだよ!?
と言いたくなるが、それ以上に神としての威厳などそこら辺に捨ててきた様な言い草にツッコミを通り越して、呆れすら湧いてくる。
柚子葉と楓も聞こえていたようで、宗士郎と同様に『無』の顔を浮かべていた。
そもそも神の世界に電話などあるのだろうか。いやまあ、ドラ◯もんの静香ちゃんを知っているくらいなのだから、電話もあるのだろう。ただし、神PhoneとかGodroidみたいな神専用の代物が。
だが、説明する為の余計な時間は消えた訳だから良しとしよう。結果的に、余計なやり取りは増えてしまったわけだが。
「皆、先を急ぐぞ。もう、雛璃ちゃんのような犠牲者は出させない為にも」
闘氣法・『索氣』による生命探知で、そろそろ人間二人がいる部屋までもう少しだとわかっている。おそらくは静流と元春だろうが、カイザルがいる可能性も捨て切れない。
逸る気持ちを抑えながらも宗士郎達は通路を突き進んでいった。
「気配が二つ……カイザルのあの不気味な圧力はないが、用心してくれ」
宗士郎達の目の前にあるのは、ロックが掛かっている機械仕掛けのドア。特定の番号とカードキーが必要なものだが、それらがない以上は壊して入るしかない。
宗士郎の言葉に背後にいる仲間達は揃って首を縦に振った。
「…………フッ!」
それを見てから、宗士郎は刀剣召喚で刀を創り出し、一呼吸置いてから振り抜いた。
剣閃が迸り、堅牢なドアは易々と斬り裂かれると、鈍重な動きで部屋の奥に倒れた。
「……来たか。影で俺を嘲笑ってた陰険ウジ虫野郎共……」
「元春!」
倒れたドアの向こうで、応対したのは元春だった。その言葉からも察せられるように、元春の憎悪の視線は異能力者である宗士郎達に向けられている。
「そろそろ来る頃だと思っていましたよ、鳴神くん。ここに来た、という事は二人は倒されたという事ですね……っごふ!?」
同じく宗士郎達を出迎えた静流が雛璃が死んだのを知ってか知らずか、笑みで顔を歪めながら話しかけてきたので、宗士郎は闘氣法で爆発的に身体能力を向上させ、瞬時に突撃し〝斬る〟のではなく〝殴打〟した。
自分が無視された事や元春の主である静流が一瞬の内に叩きのめされた事によって、元春は同時に焦りと怒りを覚えた。
「――いけしゃあしゃあとまあ、言ってくれるな……。選択したのは雛璃ちゃんだったが、死ぬように仕向けたのはお前だろ?」
「……ッゲホッゲホ!? ……や、やはり彼女は死んだのですね。私の慈悲に抗う事をしなければ、死ぬこともなかったでしょうに」
「慈悲、だと……?」
どうやら雛璃が死亡した事を推測していたらしい。
無理矢理、反天した力を使わせた影響で身体がズタボロになるのも予想できた事だと、そう言いたいらしい。
「だってそうでしょう? 悩み苦しんでいた彼女に救いの手を差し伸べたのは、貴方でもなければ彼女の親友でもない。私の与えた力が〝慈悲〟でなければ何だというのです?」
「牧原……静流ッ――!?」
確かに悩んでいた当時の雛璃を救ったのは静流なのかもしれない。
だが宗士郎には、自分の都合の良いように洗脳し、挙げ句の果てには雛璃の死期を早めた事が慈悲などという言葉で正当化されるのは我慢できなかった。
その感情を証明するかのように、宗士郎の身体は突き動かされるように静流の顔面を拳で捉えたかと思ったが、その拳は当たる前に空を切った。
「やはり未熟ですねえ。いくら学園最強であろうと、激情した貴方を避けるのは容易い」
「……何!?」
静流は嘲笑うかのように、瞬時に消え、宗士郎の死角へと回り込んでいた。
怒りに身を任せた動き程、避けやすいものはない。
確かにそれもあるかもしれない。だが、宗士郎は先程の一撃は本気で放ったものだった。いくら怒りが自分を支配していたとしても、闘氣法による身体強化に加えて、明らかに戦闘経験のない静流が避けられる程、やわな一撃ではない。
ギリギリ捉えた宗士郎の眼には、静流が消えたように見えたのだ。何も力を持っていない静流にこんな芸当ができる訳がない。
「(たしか、前に現れた時もいつの間にか目の前にいた。牧原がもし、研究の過程で非異能力者に好きな異能を植え付ける事ができるようになっていたのだとしたら……奴は今、非力な存在じゃない。俺達と同じ、異能力を持った子供達だ」
以前のように、突如出現するような動きが奴の異能によるものだとするなら、宗士郎自身よりも密集している仲間達の方が危険だ。
そう考えた宗士郎はいつでも反撃に転じられるように、刀を構え、自らと静流の位置に常に気を配りながら仲間の元へと戻った。
宗士郎の緊張を高め、警戒を張り巡らせる動きを見て、静流はそれすらも意味がないと言い、視線をズラす。
「警戒していますね? だけど、それは意味がないですよ。警戒範囲外から動きは読めないでしょうし、それに……」
「牧原先生、復讐の邪魔をしないでください…………」
「佐々木君が復讐に燃えていますから、邪魔をすると飛び火しそうです」
静流の視線の先には、洗脳により静流を主人と認めている元春が憎悪に駆られ、目を血走らせていた。邪魔をすれば、例え静流であっても殺す。そう言いたげな殺意のこもった眼差しだ。
「それで、お前は授業参観に行く親のように、そこでジッと見ているつもりなのか?」
「まさか。大体私は教師ですし、今の佐々木君が勝つのは目に見えている。私は奥に引っ込んで、私自身の仕上げに参りますよ」
「させると思うのかッ……!?」
元春の復讐を見届けるつもりはなく、そして宗士郎達が敗北する光景が既に見えているように、静流はほくそ笑む。
奥の部屋に続く入口と同じドアに向かって、歩き出そうとする静流に宗士郎は『概閃斬』の見えない斬撃を飛ばすが、それも分かっているかのように避けられ、この場から姿を消した。
「させる、させないに関係なく、鳴神君の攻撃は私には届かない。とはいえ、誰かしら追ってくると対応が面倒なので、既に手は打たせて貰っていますが」
「? …………っ!?」
プルルルルルルッ!
突然、宗士郎の携帯端末から静流の声と呼応する様に着信音が鳴り響く。この場にいない静流と元春の動きに注意しながら、電話に出た。
『――宗士郎君!? 大変です! 急に修練場とその周りに魔物が出現しました!』
「なん、だって……?」
端末越しに聞こえてきたのはいつもとは打って変わって、焦りを微塵も隠しはしない凛の声だった。凛は和心と芹香と共に警備に当たっていた筈だが、この焦り様。警戒網を潜り抜けて魔物が出現したとしか言い様がない。
「数は!?」
『百、いや二百はいる筈です! 対応できる数ではあるのですが、避難者が暴動を起こし、このままでは巻き込む可能性もあるんです!?』
「暴動だって……!? なんでそんな事に……」
『修練場のモニターに、突然牧原先生が映り、避難して魔物の恐怖で苦しんでいるのに、宗士郎君達が別荘で優雅に過ごしていた、と言いふらされました。避難によるストレスで我慢の限界だったのでしょう』
魔物が急に現れる。
その言葉に宗士郎はカタラの魔法を思い出すが、死んでいる者が扱える筈もない。おそらく、何らかの装置か、カイザル直々に魔物を召喚したのだろう。
ただでさえ、突然現れた魔物に対応しなければいけないのに、避難者の不満が爆発、暴動に繋がった事により、事態はより一層深刻であると否が応でも理解させられる。
「牧原ッ、余計な事を!?」
『現在は同じく学園にいた生徒達を説得して、鎮圧に向かっています。ですが、暴動に混乱が重なり、事態の収拾がつかなくなっています!』
宗士郎はこの場にいない静流に舌打ちしつつ、改善策を提案する。
「自衛隊は!? こういう時の存在だろ!」
『連絡はしました。ですが、通信妨害を掛けられているのか、全く反応がなかった。このままでは、自滅する運命です!』
以前、芹香が感覚武装を開発した際、凛が自衛隊にそれを流して配備した事があった。火力に問題があった以前の自衛隊はそれにより、戦力アップに繋がった筈なのである。
なので、応援を要請しようかと思ったのだが、それも駄目だった。
「っ、柚子葉と桜庭、楓さんをそっちに向かわせる! 持ち堪えてくれ!」
宗士郎は返事も聞かずに、通話を一方的に打ち切ると柚子葉達を見やる。
「頼めるか?」
「でも、兄さん……私はっ、あいつを!」
雛璃をあんな風にした静流を許せない、絶対に許せないと柚子葉の声音が、眼がそう訴えかけている。だが、憎しみを持つなど、妹には不純物でしかない。
一時でもその感情に満たされれば、余計な心配を生むだけだと理解していた宗士郎は柚子葉の肩を抱いて、囁いた。
「雛璃ちゃんの仇打ちなら、俺に任せろ。お前のその大事な友達への気持ち、俺に預からせてくれ」
「……うん、わかったっ。あの人への怒りの太刀、お兄ちゃんに預けるよ。必ず、倒してね……!」
「ああ」
柚子葉の額にコツンと自分の額をぶつけ、柚子葉と離れる。楓にも同じ事をしようと考えたが、既に預けているとばかりに肩を竦めた。
「鳴神君っ、なんで私も?」
「やば、忘れてた。上に戻るにはお前の異能が一番最適なんだよ。それに、元春を元に戻すのは、関係の深かった俺達が最適だからな」
素で忘れていたみなもから、忘れないでよと声を掛けられる。
関係の深いといったが、それは〝どれだけ感情を揺さぶられるか〟という観点で言えば話だ。
ほぼ関係のない三人がいたところで、戦力増強には繋がるが、今回に限っては元春の洗脳、植え付けられた異能を解くのに必要がないのだ。
「お前は上にいるはずの、自分の両親を守ってやれ。自分の守りたい物を見失うな」
「私の、守りたい者…………わかったよ! 行きますよ、楓さん! 柚子葉ちゃん!」
「うん!」
「ええ!」
宗士郎には宗士郎の、みなもにはみなもの守りたい物がある。今もなお、魔物の恐怖に怯えているかもしれない人はここでは守れない。だから、宗士郎はみなもの背中を押してやった。
みなもに続いて、楓達も来た道を引き返していった。
「なあ、宗士郎。上手いこと、三人をここから遠ざけたな?」
「なんの話だ?」
「お前が惚けるならそれでいい。どこまでも付き合ってやるぜ、親友っ」
響に肩を組まれ、ヒソヒソと核心を突かれる。
『学内戦』当日の朝に見た夢がどうしてもチラつき、あの結果にならないようにと遠ざけたのだが、三人にはバレずとも、やはり響にはバレていたようだ。
夢の通りなら、この場にいる全員が同じ運命を辿るはずなのだが、元春を元に戻すには自分だけでは足りない。そう直感で感じていた宗士郎は他の全員も遠ざけたい気持ちを抑え、三人だけ行かせたのだ。
「え、気持ち悪。離せ」
「酷いなぁ、オイ!?」
「…………ぃ」
とりあえず、肩を組んできた響をペイっと剥がし、元春へと向き直る。すると、ワナワナと元春が震えていた。
「おいッ!!! いつまで俺を無視する気だ!? ふざけてんじゃねえーーーーッ!!!!!」
「っ!?」
この部屋に入って早々、元春には触れず、静流へと突撃し、今の今まで会話に上手く絡めていけなかった元春が激昂し、全身から圧倒的圧力と共に黒紅色のオーラを無差別に放出する。
宗士郎は咄嗟に闘氣法で身体を硬化させ、その上で刀の腹を使ってガードしたが、異能を持った響と亮、幸子はそれぞれの異能の力で防いでいるが、蘭子と和人は無防備だった。
「チッ! 刀剣召喚ッ、斬刀要塞ッ!」
仕方なく、目の前の黒紅色のオーラを弾き返し、二人の元へ滑り込む。そして、無数の刀剣を召喚し、堅城を築くように位置させる。
念の為、宗士郎自身が盾となり、攻撃を斬り飛ばし続けた。
「はあっ、はぁ……これくらいで死んでくれるなよ。まだ、復讐の半分も終わっていないんだからな」
十秒程度で攻撃は止み、息を整えた元春が宗士郎達に声を投げかけた。
「あいつ、和人達がいるってのにお構いなしか……皆、無事か?」
「あぁ……!」
「なんとかな!」
「私も、なんとか……!」
無事を確認するとそれぞれ返事が返ってくる。響と亮は異能で弾き、幸子は幸運体質で全ての攻撃を掻い潜ったようだ。
かろうじて防ぎ切ったが、元春はまだまだ力を抑えている様子だ。対してこちらは防ぐのに精一杯だった為、クオリアを大幅に消費してしまった。
特にこの中ではクオリア量が多い宗士郎が一番激しく浪費していた。
「鳴神、君……あ、ありがとう」
「僕達の為に、ごめん……」
「気にするな。連れて来たのは俺達だからな。あいつを元に戻すまで、傷はつけさせないさ」
先程の攻撃で怯えるしかできなかった蘭子と和人が申し訳なさそうにする。
元春の親友である和人をも巻き込んだ攻撃。
攻撃に見境がない上に本人は巻き込んだ事も気にした様子はない。
「おい元春ッ!? お前、和人や女子がいるのに平気で撃ちやがって……! なんとも思わないのかよ!?」
「どうでもいい。俺の復讐を邪魔する奴は誰だろうとこの力で葬る。それが親や親友だとしてもなっ」
「元春……っ」
その事実に響が声を荒げ、感情で元春に訴えかけるが、まるで路傍の石のように気にしてもいなかった。
むしろ、復讐の障害になるものなら、相手がどんな存在でも気にしない。そんな冷酷さが滲み出るような声だった。
「ふん、酷ぇ有様だな、佐々木」
「なんだと……?」
そんな元春に物申したのは、元春と最も溝がある亮だった。
「以前の俺以上のクズだぜぇ、お前。そこまでクズに成り下がったお前を見たら、両親は当然悲しむだろうなぁ」
「お前と俺を比べるんじゃねえっ! 俺はこの力を得て、お前達よりも上に立ったんだ! 非異能力者を見下していたお前がっ、俺を語るんじゃねえよ!」
実験動物だった亮と現在、同じ存在の元春。
今の立場は違えど、反天した自分の所業と元春の行動を比べた亮が呆れたように笑う。
「……情けねえなぁ」
「全くだな。お前が今やっている事はお前が嫌だった〝他人を見下す〟行為なんだぞ。自覚がないなら……」
宗士郎はビッ! と刀の切っ先を元春へと構え、
「――その腐りに腐り切った性根を俺達で斬り裂いて、元に戻してやるッ」
以前の、人の心を思い出させる為に、宗士郎達は元春に対峙した。
その心は冷たく、他人を寄せ付けない。
その心は自分を凍らせ、以前の関係をも凍らせる。
親友を、友達を痛めつけても、何も思わなくなった元春を救う為、宗士郎達は感情の刃を武器とし、立ち向かう。
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