第六十話 内なる想い
宗士郎が雛璃と宮内のいるフロアに足を踏み入れた頃、残されたメンバーはみなもの神敵拒絶の光を放つ光壁に乗って、ゆっくりと下降していた。
「士郎ったら、いの一番に飛び出しちゃって……」
「それほど、今回の件で怒りをもってたんだろうな~。友達が変な力を手に入れ、誰かに利用されている事が」
「だからって、一人で行く事ないよ……もう。兄さんにとっても、私にとっても雛璃ちゃんと宮内君は大事な友達なんだから」
下降しながら、楓が溜息をつく。仕方ないだろうと響が真面目なトーンでフォローするが、柚子葉にしてみれば、昨日の宗士郎の決断はなんだったのだと呆れすらしている程だ。
ほんの少しだけ怒りのボルテージが上がっている女子二人を宥めながら、みなもは芹香に渡された『戦闘服』の着用を薦める。
「ま、まあ…………二人ともそこまでにしとこう? それよりも『戦闘服』を着ないと! 榎本君みたいにはならないにしても、ダメージをある程度防げるんだから!」
「まだ、引っ張るかぁ? まぁ、着ておいた方が怪我はしにくいだろうよぉ。特にお前達は着ておいてそんはねぇ」
魔物の熱戦で左目を失い、今は黒い眼帯を付けて、隻眼となっている亮も同じく蘭子、幸子、和人に着用を薦めた。
「うん! って…………どうやってつけるの、これ?
「あ、まだ教えてなかった。え~とね――」
蘭子の素朴な疑問に、みなもが今更ながらに着用方法を教えてなかった事に気付き、「着たいと念じるだけ」と簡単に説明する。
その説明を聞き、三人が同時に目を瞑り、心の中で念じると『戦闘服』を封じた指輪が淡く光出し、瞬時に三人の服装を早変わりさせる。身に纏うのは所々蒼く彩られた黒を基調とした軍服。『戦闘服』を身に纏った三人は揃って感嘆の声を上げた。
「じゃあ私達も」
続いて楓達も身に纏った。
「これで準備は万端だね。あ、光が見えてきたよ!」
「全員、気を抜かないようにね…………」
周囲が真っ黒に埋め尽くされている空間の中、次第に光が漏れている部屋に差し掛かる。そして、遂にその部屋に辿り着き、そこで眼にしたものは全員の想像通りのものだった。
「流石に芸がないな……っ、威力は以前よりも増してるようだけど、な!」
「――空気弾…………っがぁ!?」
楓達の前に繰り広げられていたのは、宗士郎が宮内の攻撃を掻い潜り、一太刀浴びせている光景だった。
「あ、皆さん。お揃いで。柚子葉ちゃん、昨日ぶりだね?」
「雛璃ちゃん!」
「お兄さんは宮内君に夢中みたいだし、柚子葉ちゃん達と遊ぶ事にするね」
楓達の到着に気付いた雛璃が手を振って出迎える。案の定、後輩の二人の耳に感覚結晶の付いたイヤリングを付けていた。そのまま暇だとばかりに笑い、楓達の元へ一歩、また一歩と足を踏み出す。
「随分と舐められたもんじゃねぇか。知ってるぜぇ、お前の異能、女神の涙は回復しかできねぇ。ここにいる戦力外通告を受けている三人でも余裕で倒せるぜぇ」
「そう思うのならどうぞご自由に。ただ、その余裕の表情が焦ったものに変わる事は決まっていますが」
亮が勇み足に話を進め、感覚武装を装備した蘭子、幸子、和人ですら倒せると豪語する。ちゃっかり戦力として見られてない事を落ち込みながらも、三人はそれぞれ手にした武器を起動させ、震える手で構える。
「うわぁああああ!!!」
「皆、待って――!?」
雛璃の余裕の笑みにイラついたのか、和人を先頭にして三人が雛璃に向かって走る。しかし、咄嗟に昨日の謎の現象を思い出した柚子葉が三人を止めるが、時すでに遅し……和人の所持する剣型の感覚武装――光線剣が雛璃の胸元に吸い込まれらんとするが…………
「……あ、れ…………」
和人の身体が急激に失速し、和人の右手からまるで脳から発する信号が急に途絶え、動かなくなったように光線剣が滑り落ちる。そのまま力が抜けるように和人の身体は地面に転がった。
「なん、だぁ……? おい和人! どうしたぁ!」
「わか、らないっ、急に力が…………」
すんでのところで踏みとどまり、異変に気付いた蘭子と幸子は謎の現象に見舞われる事はなかったが、和人は昨日起きた現象と全く同じ状態となっていた。
「頭がゆるいですね。昨日の事を少しでも気に留めていたなら、私が得た力――死の源泉の影響を受けずに済んだのに」
「……やっぱり、昨日のあれは雛璃ちゃんだったんだね」
「うん、そうだよ。私が得たこの力のおかげで、元の異能は使えなくなったけど、生命力を奪うこの力は最高だと思ってる」
昨日――裏切り者の炙り出した日。あの時の急に全員の身体が力を失ったように倒れこんだのは、雛璃が反天して得た以前の異能とは正反対の力の影響だった。おそらく生命力を段階的に、もしくは急激に奪う事で人間の活力を削いだものと考えられるだろう。
感動の再会には程遠い歓迎に柚子葉は唇を噛んだ。
「その気になれば、ここにいる全員の命を三秒もあれば奪う事だってできるの。だから大人しく、お兄さんと宮内君の戦いを見守る事にしよう?」
「……恐ろしい異能ね。確かに今は行動を起こさない方が得策ね。柚子葉、間違っても動くんじゃないわよ」
「くっ、今はそうするしかないんだね……」
敵対しているはずなのに積極的に攻撃してこない雛璃を疑問に思いつつ、楓が今は動かない方が良いと口にする。そして、親友の歪な力を前にして、怒りと悲しみを堪えるように握られていた柚子葉の拳に気付き、そっと楓は柚子葉の肩を持つ。
「(どうやら、全員降りてきたみたいだな。理由はともあれ、宮内君も雛璃ちゃんも俺に執着してるから、滅多な事がない限り俺以外を襲わない……)」
「――余所見をするなんて、随分と余裕ですね! そんなに僕は弱いですかッ!」
「ッ、風刃か! たしかに強くなった……だが、脆く弱いッ!」
一旦、距離を離した宗士郎が楓達を見やると、気を抜いていると勘違いした宮内が以前『合同特訓』で共に考え、作った技を披露する。
クオリアの性質上、クオリアで形成された風の刃は感覚武装同様、刀剣召喚で創生した刀と斬り結ぶ事が可能だ。
そのクオリアの性質を知ってか、知らずか宮内は風の刃を維持、放出して時には近距離、遠距離と距離を変えながら戦うが、宗士郎はその尽くを叩き斬った。
「な――!?」
「そんな仮初の力で〝強くなった〟って、本気で思ってるのか?」
「ぼ、僕は強くなったんです!? 憧れの貴方に認められる為に! だからここで、宗士郎さんを倒して、今の僕を認めてもらいますっ!」
宮内の必死な顔が宗士郎の瞳に映る。その表情は「宗士郎に認めてもらいたい」というよりも、「自分は強くなったと信じたい」という側面が見え隠れしているようにも見える。
以前の力に、自分の何が不満だったのかは知らないが、反天した力に振り回されているようでは到底強くなったなどと、周囲はおろか自分さえもそうは思わないだろう。
「そんな力に頼るようじゃ、俺は宮内君を一生認めない。反天する前の自分の何が気に入らなかったのかは知らないが、代償のある力なんてものにすがるお前を俺は斬る――その不要な力と呪縛を!」
刀身に「洗脳を消滅させる」イメージを乗せて、宮内に袈裟斬る。最初に地下施設で会った時よりも集中力が明らかに低下している今なら、避ける事はできなくとも重症を負わせる事は可能。
刀身が宮内の肩を捉えた、そう思った瞬間、
「…………ッ」
宮内の顔が笑みで歪むのがわかった。
「……疾風の鎧」
「ッ」
合同特訓の際、強くなりたいと願った宮内と共に考案した技で斬撃の軌道を逸らされる。
「自分で教えた技にしてやられる気分はどうですか!? これで僕の勝ちです!」
勝利を確信した宮内の風刃が宗士郎の身体を捉える。
「勝った――――ッ!?」
「はぁ、やっぱり認める事はできないな」
完全に入ったと思われた宮内の渾身の一撃は何故か空しく空を切る。切られた宗士郎の身体は陽炎のように霞んで消える。
鳴神流奥義・『夢幻』。
闘氣法で自らの存在を闘氣により投影する事で、瞬時に身代わりを構成できるこの技で攻撃を回避し、反撃の構えを取る。
「〝力を内ではなく外に求めるな〟。それがお前の憧れの先輩からのアドバイスだッ!」
「ぅぐああああ!!?」
そのまま宮内の身体を斬り抜ける。斬られた宮内は激痛の叫びを木霊させ、床へと倒れこんだ。
「……少なくとも、強くなろうと努力していたその姿勢は反天する前から認めていたんだよ」
「……ぅ、ぐ…………なんだ、結局僕は……一人で悩んで、不必要な力に頼って自滅しただけだったのか…………ぅぅっ」
宮内の流した涙が心の底から出ずるものだと確信する。
反天の条件は『負の感情――欲を最大限にまで高める事』だ。今この瞬間、宮内の負の感情は宗士郎の刀で斬り伏せられた。
欲が霧散した事により、平常状態の感情になった為か、宮内が付けていた感覚結晶のイヤリングが音を立てて砕け散る。
宗士郎は洗脳が解かれた事を理解し、刀を虚空へと消した。
「反天した力に頼った自分を反省しろ。いっぱい反省して、後悔したらまた前を向け。その時は俺がまた強くなれるように特訓してやるからさ」
反天の反動なのか、涙を流して気絶したので、その言葉を最後まで聞いたかは把握できないが、悪感情を取り除けたようなので良しとする。
「兄さん! 宮内君は!?」
「柚子葉か。大丈夫だ、生きてるよ。今は気絶してるだけだ」
「良かった…………」
柚子葉が宗士郎の元へ駆け寄り、宮内の安否を尋ねる。宗士郎自身、激怒していたのは確かだが、手加減できない程ではない。
「あ~あ。宮内君、倒されちゃったか~。まあ、反天した甲斐はあったよね。認められてた事がわかったんだから。……正直羨ましいよ」
「雛璃ちゃん…………」
呆れるように嘆息する雛璃。羨望の眼差しを向けているものの、その眼は酷く冷めたものだ。そんな眼を向ける雛璃を哀しく思いつつ、雛璃を睨み付ける。
「後は雛璃ちゃん。牧原に利用され、命を削っている事は俺には看過できない。……雛璃ちゃんと妹の為にも元に戻す」
「私の為に、ですか…………なら、私の気持ちにも気付いてくれたっていいじゃないですかっ!?」
「……なんだって?」
先程から冷たい雰囲気を感じさせる雛璃の態度が一変、心の内を晒し、感情を剥き出しにしてきた。
「っ、話がしたいです。お兄さんと柚子葉ちゃん……それと、お兄さんを好きな二条院先輩と」
「……私?」
「………………」
「それ以外は今は邪魔です。大人しく、魔物の相手でもしておいてください」
雛璃が手元に取り出した何らかのスイッチを押すと、天井の壁が開き、無数の魔物が飛び降りてくる。魔物と相対した亮が両腕に炎を纏うが、雛璃に気を削がれる。
「魔物かぁ。今更、こんなもので俺達を止められるとでも!?」
「思いませんよ、榎本先輩。話の邪魔をしないで欲しいだけです。三人共、こっちに来てください。異能も解きますから」
「………………」
雛璃の言葉を聞いて、楓と柚子葉が宗士郎の意思を確かめる。コクンと頷くと、理解してくれたのか二人に張り詰めていた緊張が弛緩する。
そのまま宗士郎達は雛璃の近くまで歩を進める。
「おい、宗士郎!?」
「心配ない。ちょっと話すだけだ。それまで待っていてくれ」
響が丸腰で敵の懐まで行くなんて理解できない、といった表情で宗士郎を止めるが、反天してもなお向け続ける雛璃の真剣な表情を無視する程、人が悪いわけでもない。
「ありがとうございます、お兄さん。……死の源泉」
「っ!?」
「大丈夫です。奪った生命力を糧として、防音の壁を作っただけですから。これでゆっくり話せますね?」
雛璃の近辺まで足を運ぶと、雛璃が異能を使って黒色の結界を作った。防音が本当なら、たしかに誰にも邪魔されずに話す事ができるだろう。
「で、さっきのはどういう……」
「「はぁあああああ…………」」
「え、何?」
妹と幼馴染が揃って深い、深~い溜息を吐く。
「その様子だとお兄さんにはやっぱり気付いてもらえてないんですね……はぁ」
「多分、響でも気付くわよ。身近な存在だからこそ、気付かないというか。この鈍感」
雛璃が吐露した言葉に楓が同情するが、宗士郎は何の話なのか一切理解できていない。
「雛璃ちゃん、私の兄さんながら鈍感でごめんね?」
「さっきから鈍感っ鈍感って、何の話だよ!?」
「桃上さん。私に遠慮しないで気持ちを告白してあげて。この鈍感は直接言われないと、気付かないタイプだから」
「遠慮してるつもりはなかったんですが、そうですね。……すぅ…………はぁあああ…………」
妹と幼馴染のジト目が宗士郎にグサグサと槍のように突き刺さる。楓の諦めと呆れが混じった提案に、雛璃が元よりそのつもりだという風に宗士郎の前に立ち、深呼吸。
雛璃の顔が微妙に赤らめていたのは宗士郎の気の所為ではないだろう。
「お兄さん! 私は……私はっ、お兄さんの事が好きなんです! 私をお嫁さんにしてくださいッ!」
「………………」
雛璃の勇気を振り絞った気持ちの奔流が宗士郎を捉える。
その刹那、数瞬時が凍結した。
否、宗士郎の意識だけが加速し、周囲が止まったように認識できる。
「(…………は? え、告白? にしても彼女じゃなくて、お嫁さん? ぶっ飛びすぎじゃないか…………? というか、告白って事は俺の事が〝好き〟って事で………………)」
「士郎? お~い」
「は!?」
思わず考え込む程に衝撃的だった。
告白された事もそうだが、何よりも雛璃が自分の事が好きだという事に宗士郎は驚きを隠せなかった。
「あの…………お兄さん。そこで黙られちゃうと、恥ずかしいです………………」
「あ、いやごめん! つい、呆けてしまって。えっと、雛璃ちゃんが俺の事を好き?」
「……はい……好き、です」
「………………」
先程の冷えた眼差しはどこへいったのだろうか。
好きと言われてから宗士郎には、雛璃の目がハートで埋め尽くされているように見える。これは夢か、幻か…………という感じである。
「(俺にとって雛璃ちゃんは可愛い後輩で、柚子場の友達で、俺にとっての第二の妹といっても過言ではない存在。それが俺の事が好き……だって?)」
「お兄ちゃん、いい加減現実に戻ってきて」
「ぃづ!?」
脳が様々な思考で埋め尽くされた宗士郎に柚子葉が電撃を浴びせて、現実へと引き戻す。
「私、柚子葉ちゃんや二条院先輩が羨ましかった。いつもお兄さんの近くで過ごせて、お兄さんの優しさに触れる事ができて…………。倒れがちな私の身体じゃ、頻繁にお兄さんに会いに行くなんて無理だから」
「…………雛璃ちゃん」
「用事がない日はいつもお見舞いに来てくれて、鍛錬とかもあるはずなのにお喋りに付き合ってくれた。『合同特訓』の時、上級生の人達の治療ができなくてがっかりしてたけど、本当は私の為に怒ってくれて嬉しかったんです。柚子葉ちゃんに初めて紹介してもらってから、お兄さんの事は好きだったけど、その日からもっと好きになったんです」
小さくも力強い声音で自らの溜まった気持ちを垂れ流していく雛璃。気持ちを語る雛璃の横顔は告白する前よりも赤くなりつつも、本当に嬉しそうな表情だった。
「……雛璃ちゃんが俺の事が好きなのはわかった。そう思ってもらえるなんて、本当に嬉しい」
「……っ、じゃあ…………!」
「でも待ってくれ、返事はする。だけどその前に一つ教えてくれ。何でそこから、反天する事に繋がるんだ?」
宗士郎はずっと疑問だった。
雛璃のこれまでの日常生活における自分への態度が。
だが、それ以上に自分の事が好きなだけなら何故、カタラやカイザル、静流の仲間となり、自分から望んで反天したのかが理解できなかった。いくら宗士郎が鈍感だからといって、目の前で頬を赤らめて告白されれば流石に気が付くのにだ。
障害はあるだろうが、想いを伝えるだけならば、『好き』の一言を言えば済む話だったのだ。
「そうだよ! なんで雛璃ちゃんがこんな事を! 今日中に死ぬかもしれないんだよ!?」
「そうね。嫁である私がいる士郎が貴方の想いに応えるかは置いておいて、自壊する力は必要なかったはずよ」
柚子葉と楓もそこまでする必要はなかったはずだ、と援護射撃をしてくれる。ちゃっかり自分を嫁認定している楓はこの際、放っておく。
だが、その二人の言葉の何処に不満があったのか、雛璃は拳を握りしめ、震える声で口にした。
「お兄さんが鈍感なので、わからないのも無理はないですけど…………同性の二人が気付かないのは流石に頭を疑うよ」
「え…………雛璃、ちゃん?」
「私がこうなってまで力を求めたのは…………」
先程とは一変し、雛璃の顔が地下施設で出会った時の顔に戻る。そして、すぐに狂気を孕んだ顔色でこう言った。
「――――お兄さんの寵愛を独占する二人が狂おしいほどに許せなかったからだよ」
溢れ出した少女の想い。
長年温めたその気持ちはようやく宗士郎へと届いた。
好きな人が向ける表情、声、優しさ…………それを独占したい。
だが、それは誰もが一度は思う事であり、行き過ぎた感情は次第に狂気すら孕む。
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