第五十六話 あぶり出された者
カタラと使役された数多の魔物を倒し、宗士郎達は学園の帰路についていた。携帯端末に他の皆が無事な事と避難民の安全が無事確保された事も凛より報告された。
こちらがカタラを倒した事を知らせると、「それならば、一度学園に戻って情報を共有しよう」という事になり、気になる事があった宗士郎は好都合だと考えた。
「う……学園までが遠い。クオリアがほぼない今、闘氣法で強化しても身体が言う事を聞いてくれないのが痛い」
「それはそうだよ、あんなに異能を酷使したんだから」
カタラの最後の足掻きで大量召喚された魔物を刀剣召喚による刀剣を大量創生よって、魔物を倒した反動で、宗士郎のクオリアはほぼすっからかんであった。
異能力者である宗士郎達は体内の感覚臓器から生成されるエネルギーであるクオリアを用いて、異能を行使する。エネルギーがなくなれば、電気をエネルギーとして必要する機械と似たように倦怠感が発生し動かなくなるのだ。
現在、それと同じ状況に陥っている宗士郎は柚子葉に肩を貸してもらい、重たい身体を引きずるように歩いていた。兄として情けないと思いつつも、肩を貸してくれる柚子葉に甘えるほかないのがなんとも心苦しい。
「………………」
「お兄ちゃん。あのカイザルって魔神の言ってた事が気になるの?」
「ああ」
カタラの主で日本のお偉いさん方が名付けた『異界』の魔界なるものから来たというカイザル。そのカイザルが去り際に残した――
『汝らの知人には気を配る事だな』
――という言葉。
敵である宗士郎達に何故わざわざ教えたのかわからなかったが、カイザルの圧倒的圧力や言動から察するに、宗士郎達を……人間を敵とすら認識していないからこそ、文字通り「余興」として教えたと推測できる。
「知人……か~。普通に考えれば、家族とか友達も入るけど…………裏切り者って事、なの?」
「おそらくな。もし、その知人がカタラと面識があるとするなら、確かめる方法はある。本当に知り合いだった時の心の準備だけはしといてくれ」
「裏切り者がいるって信じたくないけど、鳴神の子だもん。覚悟はできてるよ…………」
宗士郎は柚子葉に方法を教えたのち、携帯端末のメールで心の底から信頼できる人にだけに、「裏切り者がいる可能性」と調査方法を秘密裏に伝えておくのだった。
「お、宗士郎! 柚子葉ちゃーん! カタラ倒したんだって? 流石だな!」
「おう。そっちも大変だったみたいだな。お疲れ様」
歩いて戻る事、二十分。
学園に戻った宗士郎達を出迎えてくれたのは響だった。纏っていた『戦闘服』がボロボロになっている事から激しい戦闘を繰り広げたという事がすぐにわかった。宗士郎は互いの拳を突き合わせて、労いの言葉をかける。
「皆は?」
「外に出てた他の皆はなら、今は学園に備蓄されてる食糧を食べながら休憩してるぞ。ただ、榎本は魔物に目を手酷くやられたみたいで医務室に」
「響君は大丈夫なの? 酷い顔だよ?」
遠目からはわからなかったが、響の顔も中々酷い有様だ。心配した柚子葉が響の顔を覗き込む。
「まぁ、俺は頑丈だし? それに楓さんの方が疲れてるはずだぞ。主に俺の不注意の所為だけど」
「そうか…………って、今なんて言った? え? 何してるんだよ、ええ?」
「顔近え!? んでもって怖えよ!? 俺がヘマやった所為で、楓さんが俺が立ち上がるまで、異能を酷使しちまったんだよ! …………すまん!」
宗士郎が柚子葉に肩を貸してもらいながらも、顔を凄ませる。本当に悪いと思っていたのか顔を凄い勢いで下げて謝罪してきた。
響達の身に思いもよらぬ事態が起きていたのだろう。
宗士郎に首ったけな楓が響の為に頑張る程に…………
「…………ありがとな」
「へ?」
「多分響が居なかったら勝てない相手だったんだろ。だから楓さんを連れて帰ってきてくれてありがとな」
「響君がいつも必死に頑張ってる事は知ってますから。二人が無事でよかったです」
それらを考慮して礼を言うと、響が呆ける。続けて柚子葉が無事を喜ぶと、響は後ろを向いて目元を手で覆った。
「……っ、これくらい普通だ! 行くぞ! みんなが待ってる!」
「はは、了解だ」
再び向き直った響が空元気を振りまき、宗士郎達は先導されるまま学園内に入っていった。
「鳴神君、メールで無事だって言ってたけど大丈夫かなぁ」
「士郎が負ける訳がないから大丈夫……って言いたい所だけど、今回は正直心配ね。怪我してないといいけど」
学園にある食堂で避難してきた人と同じものを食べながら、みなもが声を漏らす。そんなみなもに、楓が頬杖を突きながら返事する。
「そういえばカタ――んむっ!?」
「みなも~お口がお留守よぉ……!」
楓がみなもの口に学園の備蓄だった乾パンをありったけぶち込み口を封じた。
「むぐむぐ……っぷは! いきなり何するんですか!?」
「士郎の言ってた事、もう忘れたの? 確かめられなくなったら貴女の所為よっ……!」
「いひゃい、いひゃい!?」
顔を寄せて、みなもの両頬を引っ張る楓。
メールで宗士郎に指示された事を危うくばらしてしまう所だったのだ。楓の怒りも生まれて当然である。
「全く、普通はもっと警戒すると思うんだけど。貴女の口は相当軽いのねえ。だとしたら、ちゃんとチャックを閉めないとっ……!」
「いひゃひゃひゃ!? 口、変形しひゃうぅ! わかひまひたからっ、この手をはにゃして~!?」
唇をぐにぐにと変形させられ、みなもの目尻に涙が滲む。
お仕置きを終えた楓はみなもの口から手を離すと、携帯端末でメーラーを開き、みなもへ「これ以上余計な事を喋ったらこの場で引ん剝く」といった内容の脅しメールを送った。
本文を見たみなもは喋った後の末路を想像して身震いし、無言のまま指で丸を作った。
「でも、本当に裏切――ゴホンッ、悪い人なんているのかなぁ……いたとしても、なんでそんな過ちを……」
「さあね。心の闇を利用されたか……何らかの目的の為に仕方なくなのか……どちらにしても、心が弱い事には変わりないけど」
コップの水を全て飲み干し、楓が席を立つ。
「なんにしても、みなもにはダメージ少なそうね」
「鳴神君達以外ほとんど面識ないですからね~私。でももし、私達に敵対する人がいたら、鳴神君はどうするつもりなんだろう……?」
「それは当然――」
みなもの自問に楓が一旦言葉を切り、
「――戦う、しかないでしょうね……」
悲しげに目を細めた。
みなもは歩き出した楓の隣に並び、宗士郎が指定した空き教室へと足を向けるのだった。
「………………」
宗士郎は他の皆に指示した場所で一人にしてもらい、軽食を取った後、瞑想をしていた。響と柚子葉には悪いが、考えをまとめる時間と瞑想によるクオリアの自己回復をする時間が欲しかったので、二人には席を外してもらった。
既に瞑想してから三十分を経っており、考えをまとめ終え、クオリアも異能を十分に行使できるまで回復した。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…………」
宗士郎は携帯端末でメールを送り、疑わしい人物を含めてこの場に集め、魔女狩りを始める事にした。
数分後………………
「皆、集まってくれてありがとう。まずは、防衛お疲れ様」
集まった人達に労い、宗士郎は笑顔を浮かべた。
今回、空き教室に呼んだのは十二人。
外で戦闘を繰り広げた柚子葉、楓、響、みなも、亮。
学園の防衛と避難民の世話にあたっていた凛、蘭子、幸子、和人、雛璃、宮内、芹香だ。
学園長である宗吉と和心、それに鳴神家の門下生達には、空き教室に来る前に感覚昇華による斬析で容疑は晴らしてある。
後はこの中の誰が裏切り者か確かめるだけだ。
「疲れてるところ悪いとも思ったが、皆も今回の首謀者が気になってると思ってな。面倒だから集めさせてもらった」
「一斉メールで報告すりゃ済むのに、なんでそんな面倒なことをするかねぇ」
「黙って聞いてなさい響」
至極もっともな指摘した響の腹部に、楓がにこやかに拳を突き刺す。
「先日学園で騒ぎを起こし、今日の『学内戦』でも横やりを入れてきた奴の親玉が首謀者だった。奴等の目的については今は割愛するが、異界の者とだけ教えておこう」
この中に裏切り者がいる事はありえないと思ったが、確かめるまではその可能性を捨てない。
「外に出現した魔物は一匹残らず駆除し、死人は出ていない。まぁ、重症を負った奴はいるが」
「…………迂闊だったぜぇ」
そうやって、宗士郎は亮を見やる。亮の左目には治療され、眼帯が付けられていた。魔物との戦闘で左目を失ったという。
「親玉の配下――今回大量の魔物を召喚した敵は俺が始末した。そいつの名前は……」
「――カダラですね。先日はしてやられましたが、倒してくれて感謝します」
凛が補足し、感謝の意を示す。
今の発言で眉をひそめた者がいた――が、宗士郎は気付かないフリをして話を続けた。
「カダラ自身はビックリするほど弱かったが、魔法による強化や召喚された魔物はかなりやばかった……な、柚子葉?」
「うん。でもお兄ちゃんの本気で倒せたんだから、〝終わり良ければ総て良し〟だよ」
日常会話をするようにカダラと直接戦った宗士郎と柚子葉は武勇伝のように語った。
「凄い凄いっ! まさか、そんな敵を倒してしまうなんて……流石はお兄さんですね!」
「そうでもないさ」
「あ、でも――」
褒め言葉に宗士郎が謙遜した矢先、賞賛を浴びせてきたその者は遂に罠に掛かった。
「その魔物を使役していた敵って、確かカタラって名前じゃなかったですか?」
「ああ、その通りだ。だが……」
次の言葉を投げ掛ける前に、宗士郎は一呼吸置いた。
裏切り者が存在するという考え自体、ただの憶測でしかない。こちらの心を乱そうとするカイザルの妄言だと高をくくっていた。
しかし、現に彼は餌に食い付いてしまった。
その事実にどうしようもなく胸が痛み、宗士郎は悲壮な面持ちを浮かべて追及した。
「どうして……その名前を知ってるんだ――宮内君?」
「えっ……」
その名を呼ばれた柚子葉の同級生が目元を痙攣させる。
宗士郎が信頼できる仲間に出した指示はたった一つだったのだ。
〝会話中はカタラの名前を『カダラ』と呼称しろ〟という簡単な事だけだ。
こうもあっさりボロを出すとは、さしもの宗士郎も想像だにしなかった。
同様に、彼と友人であった柚子葉も驚きと悲しみで口元を両手で押さえている。
「そ、それは……カタラが現れた時に僕も観客席にいたからですよ」
「嘘だな。あの時、宮内君はいなかった。魔物の存在を探った時に、観客席全てに視線をやったからな」
「うっ……」
本当の事を言い当てられ、宮内は口ごもる。この時点で、かなり疑わしいものだ。
「あ、そういえば! 神代先生が他の先生に話していたのを見た気が……!」
「私が話したのは学園長とあの人を通じて知った宗士郎君だけです」
「っ……」
苦し紛れに吐いた嘘も凛に看破され、再度口を閉じる宮内。
「この件は学園長に許可をもらい箝口令を敷いています。直接聞いた生徒には深層氷結による部分記憶凍結を行いましたから、知る人は万に一つも存在しない筈……」
「で、でも僕は!」
「……宮内君は、いったい何を見たのでしょうか?」
今にも凍て付きそうな視線を宮内の目に注ぐ凛。
その我慢比べに耐え切れず、宮内はそっと目を逸らした。
「裏切り者は、宮内君だったんだな……」
その反応と宗士郎の言葉が、決定打となったのだろう。
「え、裏切り者って、そんな嘘でしょ……」
「一緒に頑張って防衛してたのに何で……」
「あちゃ~宮っちが敵と繋がってるとは……はは、信じられないっす。何でっすか……?」
疑惑が確信へと変わった蘭子や幸子、同級生の芹香までが悲しそうに顔を歪ませた。
そんな生徒達の表情を見かねて、凛が一度切りの譲歩を提案する。
「まだ間に合います。敵の情報を公開し投降してくれれば、処分は軽く済ませますので……」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! さっきから、確たる証拠もないのに僕を責めてっ……! 何か証拠はあるんですか!? こんなの一方的な決めつけじゃないですか!」
凛が辛そうに提案した譲歩も甲斐なく、宮内は癇癪を起したように新たな証拠を要求した。
確かに、宮内の言う事ももっともだ。
一つ目の追及は観客席を見た宗士郎がハッタリと勢いで乗り切った可能性がある訳だ。しかし事実なのだ。宮内からすれば、嘘だと思うのも仕方ないのかもしれない。
二つ目も凛が敵の内通者で、『生徒である宮内を裏切り者として祭り上げる』という壮大な陰謀があったならば、多少強引にでも話は通る。だが、凛にも斬析で確認して白だとわかっているのだ。
「仕方ない。宮内君にはまだ教えてなかったが、俺は斬った相手を解析できる技がある。本当に違うなら、ここで今お前を斬らせてくれ」
「そんなのできる訳……!」
「試させてくれ。それで容疑は晴れる」
〝感覚昇華〟――不可能を圧倒的なイメージ力で補完し、力を変質させる技を知らない宮内に、宗士郎は絶対的な自信と気迫を叩きつけた。
宮内は押し黙り、ぐっと奥歯を噛み締めた後――
「く、くっそぉおおおおおおおーーーーっ!?」
異能で風を生み出し逃走を図った。
「逃がさないよ、宮内君」
「大人しく捕まってください」
しかしその寸前で、柚子葉の『雷斬』と凛の生み出した氷の短剣が宮内の動きを封じ込んだ。
「僕は、僕はっ……!」
声を絞り出すように言葉を続けようする宮内。
「……宮内君、さあ――」
後悔、あるいは葛藤しているようにも見えたのか、教師である凛が寄り添うように言葉を続けようとして、
「――はぁ、もっとうまく立ち回れなかったんですか、宮内君? ま、お兄さんが相手なら仕方ないと思うけど……」
雛鳥が泣くような、か弱く高い声が宮内を糾弾した。
そして意外にも、その声は柚子葉の隣から聞こえた。
「…………ひ、雛璃……ちゃん?」
柚子葉が震える声で確かめるように親友の顔を覗き見た。
雛璃が口元を歪めたのを見て、柚子葉は脱力したように放心した。よもや、親友が裏切り者だとは夢にも思わなかったのだろう。
「お兄さん。私も敵と通じてたんですよ。これは想定済みでしたか?」
「信じたくはなかったけど…………ある程度は、な」
雛璃が柚子葉の目を無視して宗士郎に問い掛けると、宗士郎は苦々しい顔で頷いた。
雛璃は人懐っこい笑顔を浮かべる。
「…………流石お兄さんですね。柚子葉ちゃんの視線が辛いので、宮内君を連れて敵さんの所へ戻ろうかと思います」
涙目の柚子葉が向ける疑惑の視線から顔を背け、寂しげな表情を浮かべる。初めから覚悟の上だったようだ。
「貴方もですか…………逃げられると思いますか?」
「神代先生。逃げるつもりはないですよ。だって――」
雛璃が微笑んだ直後、
「ぅぐっ……!?」
「何だ、これ……?」
雛璃と宮内を除いた、この場の全員が力が抜けていく感覚に見舞われ、地べたへと倒れ伏していく。
「――先生達が追ってこられない状況でこの場を離れるのは、もはや〝逃げ〟ではないですから」
淡々と蔑みを孕んだ声で告げ、雛璃は踵を返した。
病弱ながらも元気に振舞っていた以前の雛璃からは想像もできない冷徹さである。まるで、本当に人が変わったかのようだ。
「行こう」
そのまま宮内に声をかけ、教室の外へと歩き出し――途端、その歩みは扉付近で突然止まった。
「ア、神敵拒絶……!」
「あれ……凄い精神力ですね、驚きました」
逃がしてならないと考えたみなもが気力を振り絞り、教室内を球状の異能障壁で閉じ込めた。
「な、なあ桃上! どうする!?」
逃げられると思った矢先、みなもによる妨害を受けた宮内が露骨に動揺し雛璃に判断を仰ぐ。
「ふ~ん、これは困ったなあ。新しい力を得た私達もこれはこじ開けられないし……それに」
当の雛璃は余裕の表情で宗士郎を見た。
他の者達と同様の不思議な現象に見舞われながらも、宗士郎だけは眼に力が宿っていた。
「……宮内君っ、雛璃ちゃん……! やめろっ……これ以上俺を悲しませないでくれっ……!」
「やっぱり、お兄さんはお兄さんですね。近くにいる柚子葉ちゃんや二条院先輩が羨ましいな…………」
宗士郎の近くに倒れている二人にも目をやり、雛璃が悩む素振りを見せた瞬間――
ドガァアアアアアアアアアンッッッ!!!!!
突然の爆砕音の後、障壁が爆風と共に破られた。
誰もが突然起きた爆発に仰天しながらも、教室の外から現れた人物に驚きを隠せないでいた。皆を代表するように、その者に最も近しく親しかった和人がその名を口にした。
「も、元春……?」
「何にぃ……!?」
爆発した教室の瓦礫の向こう側から歩いてきたのは、今まで和人が一番心配していた相手であり、あの日を境に忽然と姿を消した――佐々木 元春だった。
信じたくなかった現実。
それでも訪れた裏切り。
あの日、姿を消した元春。
何を思って、現在の場所を離れたのか……
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