第五十五話 鳴神流の真髄
――学園北・住宅跡地。
「主様がお見えになっただけで、恐れ慄いている鳴神様にぃ! この強化したアダマンタートルを倒す事はできませんよォ!!!」
カタラの主――カイザルが現れた時、宗士郎は屈していた。そんな宗士郎が魔界で最高硬度の身体を誇るアダマンタートルに勝とうなどと片腹痛いという事らしい。怒りを力に変えるが如く、カタラがアダマンタートルに身体強化の魔法をかける。
「柚子葉、雑魚は頼んだ。カタラは俺がご所望らしい」
「うん。背中は任せて、お兄ちゃん」
「おや、おやおやぁ? 二人がかりでなくて大丈夫なのですかぁ?」
口元に手を当ててクスクスとカタラは笑う。
「あなたに心配されなくても、兄さんは勝ちますよ。だって……兄さんは鳴神流の正当なる継承者なんだから」
「……? それが何だというのですかぁ?」
「後でわかります。それを身を以って知ればいいよ」
宗士郎が負けるなどと全く思わない態度にカタラは小首を傾げる。柚子葉は継承者ではなく、宗士郎がそうだという。その意味は戦いの中でおのずと実感する事になるだろう。
「まあいいです。私が主様の代わりに貴方がたをぉ~始末する事に変わりはないのですからぁ!」
カタラが翼竜に乗りながら、魔物に指示を出した。それに応え、元々いた魔物に加え、魔物召喚で新たに召喚された魔物がけたたましい雄叫びを上げ、柚子葉に向かって地を蹴り走る。
「……謳雷ッ!」
柚子葉が帯電させていた電気を放電させ、地面を砕き、微弱な電流を永続して走らせる。電流が走っている部分に複数のゴブリンが足を踏み入れた。
「飛んで火にいる夏の虫って感じだね。最も焼死するんじゃなくて、感電死……なんだけどね!」
微弱な電流の結界に足を踏み入れたゴブリンに、高電圧の一撃を流し込んだ。
柚子葉が身体から垂れ流す電流は指先の一端にまである神経のように、一定の感度が存在する。人が物を触って熱を感じ取るように、柚子葉もまた魔物の反応を感じ取り、ほぼ反射に近い形でのカウンター攻撃を可能にするのが、謳雷だ。
雷に匹敵する高電圧の電流によって、対象が奏でる苦痛の叫びから取って、この技名という訳なのだが、中々どうして趣味が悪い技である。命名はゲーム脳をこじらせている響だ。この技を考えた柚子葉も命名した響も結構残酷だ。
目の前で感電し、死を迎えていくゴブリンを見て、柚子葉の口角がほんの少しだけ吊り上げる。
「柚子葉! 悪い癖だぞ。俺も人の事を言えないんだがな」
「あっ、しまった! お淑やかにおしとやかに……」
未だアダマンタートルとの戦闘に入ってなかった宗士郎からお咎めが入る。余談ではあるが、鳴神家の血統は代々戦闘中に笑みを浮かべるという言い伝えがある。戦闘中に浮かべる笑みの不気味さ故か、相対した相手は狂気に落ち入るという宗士郎達の父親である蒼仁の見解だが、魔物も例外ではないらしい。
カタラに使役されているのにもかかわらず、不意に零した柚子葉の笑みが魔物に恐怖を与えたらしく、電流の結界の前で後退った。
「待たせたな。さあ、始めようか」
「いえいえ~私とこのアダマンタートルに殺されるのが少し遅くなっただけですからぁ」
柚子葉は問題ないと思った宗士郎が再びカタラに向き直る。
「お前相手に鳴神流の真髄を見せてやるのもしゃ……くっ!?」
「おしゃべりが過ぎますよぉ? アダマンタートル!」
「………………!!!」
柚子葉の方を見ていた隙にカタラの魔法による拘束を受ける。命じられたアダマンタートルはその荘厳なる巨体で大地を踏み鳴らし、その巨体に似つかわしくない速さで宗士郎に急迫。絶体絶命のピンチ――その瞬間でも
「フッ……」
宗士郎は静かに笑みを浮かべた。
ドゴォォォオオオオオンッッッ!!!
アダマンタートルの巨体は宗士郎へと激突し、勢い余ったアダマンタートルの身体は大地を削りながら止まった。これ以上ないタイミングでアダマンタートルで轢き潰し、宗士郎を確信したカタラは柚子葉にこれ以上ない程の愉悦の表情を浮かべる。
「あなたのお兄さぁん、鳴神様……でしたっけぇ~? お亡くなりになりましたけどぉ?」
「………………」
「あら? あらあらぁ? あまりの悲しさで声も出せないですかぁ!? アハハハハ!」
カタラの事実宣告に柚子葉は声を出さない。黙って目の前の敵に集中している。それを勘違いしてか、高らかに笑うカタラに柚子葉は一言………………
「後ろをよく見てみなよ。そのお亡くなりになった兄さんですけど?」
「ハハハ! 強がりを! そんなハッタリが通用する訳が…………!」
「――呼ばれて飛び出て……鳴神 宗士郎だ」
「なっ――あっぐぅうう!!?」
柚子葉の忠告で後ろに振り向いたカタラがまるで伝統芸のような宗士郎の出現に驚愕し、いつの間にか背後にいた宗士郎の剣撃により、左腕が宙を舞った。カタラは苦悶の表情のまま、少しだけ残った左腕に魔法による止血を試みる。
「な、何故…………っ!」
「お前に縛られる前に投げた俺の刀を使って、刀と俺の相対位置を交換した。疑似空間転移って訳だ」
以前和心が言っていた事で、魔素は人間には認識できない。魔法や魔力などの元、魔素を認識できないという事はつまり、相手の魔法干渉も認識できないという事だ。だが、刀剣を創生する異能を持つ宗士郎には一切関係なかった。
これから起こる魔法を感知できないという事前情報に元に、宗士郎はカタラが話しながら何か企んでいる事を予想し、縛られる前に予防策をうっていた。ただそれだけの事だ。
異能で生み出した刀は感覚拡張の上位互換――感覚昇華による圧倒的イメージ力による変質を以って、刀と自分の位置を入れ替える。そのような人間離れした高等技術により、アダマンタートルの突進を回避し、カタラの背後に回り込めた訳だ。
「それともう一つ。ちゃんと受け身を取れよ? でないと……骨折はするかもなぁ?」
「何を…………っ!?」
宗士郎がカタラ――乗っている翼竜に目をやったと同時に、翼竜の肉体が真っ二つに両断され、カタラが空に放り出される。
「あぐっ!?」
アダマンタートルの甲羅に落ち、跳ねるように地面へと落ちたカタラは半強制的に肺の中の空気を吐き出す。
「ぐ、ぅぅ…………主様から賜った翼竜が……!」
「それは申し訳ない事をしたな。さて、魔界で最高の硬度を誇るアダマンタートル。斬らせてもらうぞ」
口惜しく唇を噛むカタラを無視し、宗士郎はアダマンタートルに切っ先を向ける。すると、主を護ろうとしたのかアダマンタートルが甲羅に全身を隠し、甲羅から複数の刃を出して回転攻撃を仕掛けてきた。
「………………!!!」
「使役されているだけなのに、その忠誠心。見上げたものだな…………っと!」
再び刀をアダマンタートルの後方へと投擲し、相対位置を交換して回避する。度重なる使用は慣れない挙動に身体が耐えられず、吐き気を催すが、後数回は使用可能だ。
「――うわっと!?」
「柚子葉、そっちの調子はどうだ?」
「あの亀に邪魔されなかったら終わってたよ」
アダマンタートルの回転攻撃が宗士郎の後方にいた柚子葉の方まで迫ってきていたので、柚子葉は陣風迅雷による高速移動で上空へと退避。空中で宗士郎と話せる程度には魔物を屠ってきたらしい。
「なら終わらせて来い、柚子葉!」
「うん!」
空中で身体を捻り、回転力を加えて柚子葉を魔物の巣窟へと投げ飛ばす。一直線に飛ぶ柚子葉は左右の手に雷球を作りだし、それを掛け合わせて圧縮。さらに大きくなった雷球を地面へと向けた。
「雷槌ッ!」
普段よりも数段強く圧縮した高エネルギーの雷撃を魔物群がる大地へと文字通り叩きつける!
まともに受けた魔物はあまりの威力に焦げる事さえ許されず、溶岩のように溶かされ、それすらも消し飛ばされた。
「私の……強化した魔物がっ…………」
ここまで一歩的にやられるとは思ってなかった様子のカタラは会った当初から浮かべていた余裕の顔を保て亡くなった。
「相変わらず凄い迫力だな……雷槌は。今度は俺の出番だな!」
空中でいた宗士郎は重力による自由落下に身を任せて、そのまま急降下。闘氣法で生命エネルギーを練り上げ、身体能力を強化し、アダマンタートルの防御に耐えられるように硬化させ、その勢いで…………!
「ぜぁあッ!!!」
…………一閃。
勢いの乗った一太刀でアダマンタートルの甲殻を斬る。だが…………
「チッ、思った通り堅いな」
「………………?」
「あ、あは……アハハハハッ!? やはり鳴神様にはアダマンタートルは斬れませんかぁ! あれを両断できるのは我が主、カイザル様以外にありえません!」
不利な状況にあったカタラがアダマンタートルを斬れなかった宗士郎を蔑む。
地面に着地した宗士郎は手に持った刀を見やった。クオリアで構成された『良く斬れる刀』は刃こぼれというにはおこがましい程無残に砕け散っていた。刀を振るった腕がじんじんと痛み、血が物凄い勢いで流れているのが感覚でわかる。
「さあ、どうしますか! 学園最強の剣士様ぁ!? 私を先に殺しても、アダマンタートルは自らの意思を以って貴方を屠りますよぉ!」
「――ギャアギャアうるせえぞ、カタラ」
「――ッ!?」
カタラを眼で制して、開いた口を閉じさせる。
「さっき、鳴神流の真髄を見せるって、言ったよな。今この場で見せてやる」
「っ、見せてもらいましょうかぁ! その真髄とやらを! 行きなさい! アダマンタートルッ!?」
迫力に気圧されたカタラは宗士郎がアダマンタートルを斬れない事を再度思い出し、余裕の笑みを無理やり浮かべ、アダマンタートルに抹殺を命じる。その命に従い、アダマンタートルはその最高硬度の甲羅に身を隠し、先と同じ形突撃してくる。
「ふぅ………………」
静かに息を吐き、居合の構えを取る。
言葉は要らない。
神業のような絶技も必要ない。
ただ必要なのは……たった一つの理。
「………………ッ!!!」
――――『一刀を以って全てを断つ』。
たったそれだけだ。
「ッ!!!」
「………………!!?」
静かに放たれた斬撃は動きを視認するよりも速く、敵を斬り裂いた音よりも速く、全てを置き去りにし、宗士郎はアダマンタートルの後ろへと斬り抜けた。
「…………は?」
カタラの間の抜けた声が漏れる。
その理由は一目瞭然。
魔界で最高の硬度を持ったアダマンタートルの身体が、カタラの主であるカイザルにしか両断できない危険度Sの魔物の身体が血の一滴も零さずに斬られていたからだ。
「そ、そんな…………主様にしか破れない常識の壁を…………!?」
「常識だと? 常識は、ただ己を縛り付ける枷でしかない…………可能性を縛る枷でしかな」
一刀によって絶命させたアダマンタートルを他所に、宗士郎は刀を虚空へと消し、カタラの元へと歩く。
「『一刀を以って全てを断つ』。一太刀で万物を斬るという意味の他に、如何なるものでも必ず斬るという意味が込められた鳴神流の真髄にして……最奥の理」
「ヒッ…………!?」
「――鳴神の刀に迷いなし」
愛刀である『雨音』を抜き放って、切っ先をカタラの正面へと振り下ろして止める。あり得ない事を目の当たりにしたカタラは殺される事を理解し、自らの股間部分を濡らした。
「すぐに恐怖から解き放ってやる……ん?」
「…………ない……えない…………ありえないっ! 我が主様しか両断できないアダマンタートルを人の身でなどとぉ! 認めない、あってはならない…………っ!」
ブツブツと口走りだしたかと思えば、狂乱したように叫び出す。そして、どこに動く気力があったのか、何らかの魔法を使って瞬時に宗士郎から距離を取り、詠唱を始める。
「其は血肉を喰らう亡者…………求めるは総やかなる軍勢…………我が元に集え! 魔軍勢召喚ッ!!!」
最後の足掻きであろう仰々しい詠唱を終えた後、そこかしこに幾万もの魔法陣が浮かび上がり、最初にいた魔物の数よりも明らかに多い魔物が召喚された。
「私の全魔力を注ぎ込んで召喚した軍勢ですよぉ! 流石にこの数を処理しきれますかぁ!?」
「やっぱり、こういう感じになったか。新しい技を編み出しておいて正解だった」
「兄さん?」
魔物の大軍勢を前に顔を引き攣らせた柚子葉が宗士郎の顔を心配げに覗き込むが、今だけは黙って『雨音』を地面へと突き刺した。闘氣法の『索氣』を使って、現れた魔物の位置を残さず把握し、詠唱を始める。
「――目醒めよ、剣の理。我が力の奔流を道しるべに現界し、その尽くの敵を蹂躙せよ…………! 剣醒流葬衝ッッッ!!!!!」
宗士郎の刀剣召喚によって、大気圏に創生した魔物と同じ数の刀剣が、その意思に従い、流星のように降り注ぐ。降り注ぐ刀剣は魔物の位置に寸分違う事なく着弾し、強力なイメージによって込められた隕石のような衝撃を以って、召喚された全ての魔物を蹂躙した。
「ぁ、ぁぁ…………そ、そんな……一瞬で…………」
強がっていた表情は硝子が割れるように砕け落ち、カタラは再び殺される事を理解し崩れ落ちた。
「あくまでも葬ったのは、今召喚された分だけだ。俺の仲間の所にまだいるんだろ? 召喚してみろよ」
「もうっ…………いません……!」
「そうか、これで打ち止めだな」
カタラに余力があると思った宗士郎は響達の場所に召喚されたであろう魔物を呼んだらどうだ? と聞くが、どうやら皆がやってくれたらしい。カタラは心の底から悔しそうな表情を浮かべ、声を漏らす。
「で、だ…………カイザルの目的とあの言葉の真意を教えろ」
「知っていても主様を裏切るような真似はしません……っ」
「だよな。本当に尊敬しているんだな。俺には拷問なんて真似はできないから…………」
知りたかった事を聞こうとしたが、やはりカタラは口を割らなかった。だから…………
「ひと思いにあの世に送ってやる」
「…………私は我が主様であるカイザル=ディザストル様の崇高なる僕。私を殺した事を主様に知られる事になるでしょうねぇ。主様に屈していた鳴神様に、果たして打ち勝つ事ができるでしょうかねぇ?」
宗士郎は静かに笑って、
「――カイザルが俺達の平穏を掻き乱し、本当の意味で敵として立ちはだかるなら…………俺はそれが魔神であろうと斬り伏せるだけだ」
「アハハハハッ! 流石は私が二番目に尊敬できるお方ぁ! 次にお会いできるのなら、お仕えしてみるのも一興かもしれませんねぇ?」
「従者は必要としていない。……じゃあな」
『雨音』でカタラの心臓を突き刺す。痛みを感じないように宗士郎の力でひと思いに…………
「主様ぁ…………お慕い、していましたぁ………………」
心臓を突き刺され、カタラは死にゆく前に涙を流して逝った。
「お兄ちゃん……」
「……帰るぞ、皆の元に…………」
宗士郎は『雨音』の刀身を引き抜き、背を向ける。
「……うん!」
荒廃と化した戦場と一人の忠誠心高き女性をその場に残して、二人は皆が待っているであろう学園へと歩を進めるのだった。
魔界で最強硬度を誇る魔物を鳴神流の真髄を見せつけ、斬り伏せる事に成功。
カタラの最後の足掻きも正面からねじ伏せた宗士郎は一思いにカタラの命を断ち、学園へと戻っていく。
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