第四十八話 災厄の種、芽吹きし時
「――はぁッ!!!」
「ぐぁあああっ!?」
宗士郎の鋭い一撃が対戦者のバリアジャケットを刈り取った。
「バリアジャケット全損により、勝者! 鳴神 宗士郎!」
審判である凛の一声により、勝負は決した。対戦者の男子に「ありがとうございました」と礼を言うと、悔しそうに礼を返される。現在は四戦目で、既に多くの生徒が敗退していた。宗士郎は危なげなく順調に勝利を捥ぎ取り、そのほとんどの試合を宗士郎の異能から抜き放たれる一刀によりバリアジャケットを全損させていた。
宗士郎は勝った足で、控え室には戻らずに観客席へと向かう。観戦している和心を探す為だ。観客席で大声で応援している為か、特に苦労もせずに和心を発見できた。
「――そこです! みなも様~ッ!!! 相手のナニを潰して、ぷらいどをズタズタにするのでございますぅ!」
普段の巫女服ではなく、以前に宗士郎に買ってもらった衣服を身に纏って応援する和心。小さい子供が大声で応援している所為なのか、可愛い見た目に反して言動が凶悪な所為なのか、周りにいた生徒達は少し引き気味だ。
「和心、流石に言う事が過激すぎるぞ?」
「あ、鳴神様ぁ! 相手がみなも様の事を〝ボケ茄子〟と馬鹿にするものですから、つい……」
「ま、まあ……そう言われるのも無理ないかもしれないぞ。何せ、あの髪の色だからな」
藤色に彩られたみなもの綺麗な髪が動く度に揺れる。自ら染めた訳ではなく、みなもが異能を授かった神様に髪の色を変化させてもらったのだから、地毛と大差ないだろう。かくいう宗士郎も髪の一部が白髪になっているので、他人から見たその反応は仕方ないと過去の経験で理解している。
みなもも宗士郎と同じく勝ち進んでおり、現在は四戦目の試合だ。どうやら相手の地形操作の異能に苦戦を強いられているようだ。
とはいえ、みなものバリアジャケット数値はまだまだ余裕があるようで、どちらかと言えば相手の数値の方が下回っているようだが。
「心配しなくてもいい。というよりは、これくらいの相手に楽勝で勝ってもらわないと困る」
「やはり、魔物の大群の所為ですか?」
「ああ」
みなもが戦っている相手は今のみなもよりは明らかに格下だ。だが、戦闘の経験が少ないみなもには、模擬戦で経験を多く積んでいる男子生徒相手は荷が重いのだろう。宗士郎と出会った当初よりも、異能の扱いに関しては学園にいる並の実力者よりも上のはずなので、ここは是非とも勝ってもらいたいものだ。
「柚子葉達も順調に勝ち進んでるみたいだな。今はもう一つの場所で試合中か、観戦中だな…………」
携帯端末を起動し、学年別対戦表を表示する。
修練場には訓練する場が二つ設けられていて、普段授業で使われる場所が今現在、宗士郎がいる場所である。もう片方は個人的に修練を積みたい人が申請して使える場所であり、そちらに柚子葉達はいるようだ。
試合結果を見ると、楓、響、柚子葉は宗士郎と同じく四戦全勝。残りのバリアジャケット数値の記録も記載されているので、そちらも確認すると、三人共バリアジャケット全損にさせての勝利を収めている。
他にも、クラスメイトの亮や幸子、柚子葉の同級生の宮内は勝ち進んでいるようだが、蘭子と和人は一回戦目で異能力者と当たって敗退していた。雛璃は身体が弱く、他者を回復させる異能な為、そもそも学内戦に出場していない。
「このまま何事もなく、終わればいいんだけどな…………」
学内戦開始から既に二時間は経過しているが、未だに街が魔物の大群に襲われているという情報はない。本当にこのまま学内戦を続けていれば、カタラが手を下す事はなくなるのかわからないが、宗士郎が今朝見た夢、和心が感じた嫌な気配を考慮すれば、このままで終わるはずがない。
「あっ! みなも様が勝ちましたよ~っ! ざまぁみやがれッ! でございますぅ!」
「和心、口悪すぎ!?」
和心がみなもに手を振ると、みなももそれに気付いたようで、笑顔で手を振り返してきた。なんとか相手の異能を掻い潜って、勝利できたようだ。
どうやら狐人族の和心…………何かを観戦する時は熱くなり、普段の丁寧な口調は崩れて口汚くなるようだ。それでも語尾に「ございます」を付けるのは和心なりの優しさといった所だろうか。
「はぁ……俺も次の試合があるから行くな。和心、応援もいいけど言葉には気を付けろよ?」
「は、はい……自重しますです」
和心が苦笑気味のへらっとした笑みを浮かべる。自覚はあったようで何より。
宗士郎はそのまま観客席を離れて、先程試合をした場所へと向かった。
戦いの場には、既に対戦者が立っていた。
「よぉ、鳴神ぃ。次の相手はお前かぁ……容赦しねえぞ」
「こっちもそのつもりだ、榎本。お前を……斬る…………」
五回戦目の相手は亮だった。先に着いて気持ちを高ぶらせていたのだろう……亮の身体中から熱気が迸っており、臨戦態勢に入っていた。もとより、容赦しないのはこちらも同じ事なので、宗士郎も気合を高めていく。
「それでは、第五回戦! 対戦者は前へ!」
審判である凛の一声により、宗士郎と亮が前へと歩み出る。
「これより、鳴神 宗士郎と榎本 亮の試合を始めます。第五回戦――――始めッ!」
「――ぉあああッ!!!」
「――オラぁあああああッ!!!」
開始と同時に刀剣召喚で虚空から刀を創生し、裂帛の気合と共に斬りかかった。相対する亮も炎上籠手を発現させ、燃え盛る両腕を振るって突撃してくる。
二人の剣撃と拳撃が重なる瞬間――
ドカァアアアアアアアアアンッッッ!!!
突如、怒号のような爆発音が響き渡った。同時に修練場自体が痙攣するかのように震撼し、宗士郎達は動きをビタッ! と止めた。
「っ!?」
「なんだ!?」
「魔物……いえ、これは…………!?」
亮と凛の動揺した声が聞える。それだけではない。他の試合中の生徒、観客席にいた全ての生徒が激しく動揺し、悲鳴を上げた。そのまま混乱して修練場から逃げようとする。
「凛さん! このまま外に出したら駄目だ!!!」
「修練場にいる全ての生徒達に告ぐ! 慌てる必要はありません! 落ち着いて状況を把握してください! 今すぐにここにいる私達で様子を見てきます! ここで他の先生の指示に従って待機していてください!」
外に出る危険性を考えた宗士郎が凛に注意した。その意図を瞬時に理解した凛は胸元に付けていたマイクのチャンネルを合わせ、修練場全体に聞えるように生徒達に呼び掛けた。
「宗士郎君、榎本君。外に付いて来てくれますか?」
「事後承諾じゃないですか、全く。行きますよ」
「わかってらぁ、急ごうぜ」
「感謝しますっ」
凛が宗士郎達の理解を得られると、全速力で修練場の外へと駆ける。
外に向かってる途中、宗士郎は不安に駆られていた。修練場外に何かが起きたからではない。もしや、魔物の大群が攻めてきたのでは? と考えた為だ。頭の片隅に魔物の事があった所為か、今回の爆発音が聞こえた時に、魔物と爆発音の関係を疑ったのである。
当然ともいうべきか、修練場の外に爆発が起きるような場所はなく、魔物が火薬を使う知能や爆発を誘発する器官を有する魔物がいるなどと、聞いた事がない。
考えを巡らせてる内に修練場の出入り口が見えてくる。蹴破らん勢いで出入口の扉を開け放つと、そこにいたのは――
「――『桜庭 みなも』っていう女はいねぇのかーッ!? いるのはわかってんだぞコラ!」
「――俺達の仲間をあんな風にしといて、ただで済むと思ってんのかゴラァアアアッ!?」
黒づくめの男達が擲弾発射器、小銃片手に怒鳴り散らしていた。出入口の五メートル横は擲弾発射器を使って砕かれたと思われる修練場の壁が瓦礫となって散らばっていた。
何よりも驚いたのは、黒づくめの男達が口を揃えてみなもの名前を口にしていた事だった。どうやら奴らの目的はみなもらしい。怒り心頭とはまさにこのこと。今にも二射目を撃ちそうな勢いだ。
そんな彼らの行動を止めようとしたのか、凛が怒声で問いかける。
「貴方達、いったい何者ですか! 答えなさい!」
「あぁん? ここのセンコーか、丁度いい所に来た。『桜庭 みなも』はどこにいる?」
「答えなさい! 何者ですかッ!」
「全く、話の通じねぇセンコーだ…………そんなんだと、嫌われる……ぞっ!」
小銃を持った男が凛に対し、引き金を引いた。大方、凛に聞かなくとも、他の奴に無理やり聞けばいいと判断したのだろう。甲高い発砲音と共に、凛の身体に数十発の鉛玉の雨が飛来する。
宗士郎は闘氣法により身体能力と動体視力を数倍まで高め、同時に異能で創生した刀で、刹那の内に全ての弾丸を叩き斬った。寸分の狂いもなく両断された銃弾は凛と亮の横を縫うようにして、修練場の壁へと突き刺さった。
「っ!? てめえ、異能力者か……っ! 憂さ晴らしに丁度いい! 『桜庭 みなも』が来るまで、お前達で楽しんでやるぜぇ! ヒャーハッハッハッハッハッハ!!!」
まるでどこかのギャングのようなセリフを吐きながら、男達は先程とは比較にならない程の銃弾の雨を降らせてきた。流石に一人では捌ききれないと考えた宗士郎は二人を抱きかかえて横っ飛びに回避しようとした瞬間――
「炎狼の咆哮ッ!!!」
――気合一発。
狼ともいうべき爆炎がその銃弾の尽くを飲み込み、溶かしつくした。爆炎はそのまま黒づくめの達が乗ってきたとされる装甲車に着弾し、熱が回った内部から破裂するように爆散した。爆炎が放たれた真横からは亮が右手を突き出す形で立っていた。
「あぁ? 憂さ晴らしだって……? 事情は知らんが、桜庭は俺のライバルで獲物だ。手を出すってんなら、今この場でお前らを焼き尽くす」
宗士郎の神速の斬撃、亮の高威力の炎撃。その二つを目の当たりにした黒づくめの男達は戦慄した。
こちらは小銃数丁に加え、擲弾発射機を一丁持っている。武器を持たない相手、ましてやただの子供だ。押し負けるはずもなく、蹂躙するはずだった。
だが、結果はどうだ。
一人の男に銃弾の全てを斬り裂かれ、もう一人の男には右手から出した爆炎によって、銃弾と装甲車が焼き尽くされているではないか。
攫う相手が異能力を使う子供だという事は事前に知っていた。ただでさえ人間を超越した力を持っているとしても、圧倒的火力の前では無意味だと男達は考えていた。だが、出てきた相手はその想像をはるかに超えていた。
「やるな、榎本。助かった」
「これで反天した時の借りは返したぜ、鳴神ぃ」
「ありがとうございます。宗士郎君、榎本君。火を見て言う事ではないのですが、頭が冷えました」
宗士郎は素直に礼を言った。先程の攻撃を防ぎきれないとわかっていたからだ。それをわかっていた亮も気にするなという様子で口角を釣り上げた。
再び、宗士郎達は黒づくめの男達の方を見やる。先程とは打って変わって、戦意を喪失させているまではいかなくとも、宗士郎達相手に後退る様子が見受けられた。そのまま何者か、みなもに何の用なのかと、冷静になった凛が問い詰めようとした時、
奴らのお望みの人物が向こうからやってきた。
「――あ、鳴神君! 爆発音が聞えたから様子を見に来たけど、どういう状況……なの?」
みなもが宗士郎を見つけると、そのままこちらに走り寄ってくる。そして、周りの現状を見て息を飲んだ。説明するべく、宗士郎がみなもに小声で囁いた。
「桜庭を探しているらしいぞ。なんでも、仲間がやられたとか」
「私……? あの人達、もしかして…………」
「ん? あの髪、あの残念そうな顔…………間違いない! 『桜庭 みなも』だ!!!」
どうやら見覚えがあるらしい。宗士郎自身は見た事がないが、誰なのかを聞く前に、みなもに気付いた黒づくめの男にさえぎられた。みなも的に不服なイメージが何故か伝わっていたようだ。
「何かしたのか、残念娘」
「残念娘いうな。私というよりは、鳴神君が手を下していた気がするんだけどね」
「は? どういう事だ?」
「私達、初めて会った時に襲われたでしょ? 多分、あの時の人達の仲間だよ。聞いてみたら?」
話が理解できず、仕方なく宗士郎はみなもの言う通り尋ねてみる事にした。
「お前ら、もしかして一週間程ぐらい前に桜庭を狙ってきた奴らの仲間か?」
「…………なんで知っているかは知らないが、その通りだ」
宗士郎の質問に驚きつつも、黒づくめの代表格の男が前へと進んで答えた。
「やべえよ……奴ら、俺が始末したのをどういう訳か桜庭がやったって勘違いしてるぞ」
「仕方ないんじゃないかな? 私だけを狙って襲ってきたし、お仲間さんは亡くなっていたから詳細を聞けなかったのかも。死人に口なしって奴だよ」
置いてけぼりを喰らっている黒づくめの男達と凛達を放っておいて、事情を知っている宗士郎達が小声で話し込む。
あの時は車がガードレールに衝突していたはずで、ドライブレコーダーも壊れていたに違いない。壊れていなかったとしても宗吉に頼んでおいたので、車を回収する事もできなかったはずだ。
話し込む宗士郎達に痺れを切らした凛達が訳を聞いてくる。
「えと……」
「つまり…………?」
「ぶっちゃけると、逆恨み。さっさと処理するに限る」
「なるほど。修練場をこんなにした輩は一人として返しません」
「オマエら、さっきから何ぶつくさ言ってん――!?」
ぶっちゃけ過ぎる宗士郎の意見を聞くと、凛が詳しい事情も聴かずに黒づくめの男達に向き直った。宗士郎達が内緒話している事に腹がたったリーダー格の男は擲弾発射器の砲塔をこちらに向けるが、その瞬間――
「凍花染ッ」
「「「「――」」」」
男達が武器を構える前に、凛の十八番の技――『凍花染』を放った。続きを喋る事もできず、リーダー格の男とその仲間達は、いつの間にか漂ってきた氷の花弁に触れ、瞬時に凍結していた。
「よし、それじゃ戻りますか。学内戦もまだ残っている事だし」
「事情は後で聞きますからね…………宗士郎君?」
「っぐ、誤魔化す事はできなかったか」
もう終わったとばかりに、そそくさと踵を返そうとするとか、言葉の矢が宗士郎を串刺しにする。どうやら後でたっぷりねっとりと絞られる事になりそうだ。
「でも、鳴神の言う通りだぜぇ。学内戦の続きがしたいぜ」
「だよね。まだ始まったばかりのような感じだし、早く続きがしたくなるよね」
「……はぁ。わかりました、すぐに戻って学内戦を始められるよう、学園長と話し合ってきます。後はこの人達をどうにかしなければいけませんね」
宗士郎、そして亮やみなもの言葉の圧に負けた凛は仕方ないと嘆息すると、宗吉に襲撃者の云々を話しながら、宗士郎達を先導して修練場へと戻っていった。
「さっさと、試合を始めたいな。なあ、榎本」
「ああ、さっきは寸止めだったからな。存分にやりあいたいぜ……ん?」
凛とみなもと別れた宗士郎と亮は騒ぎが落ち着いた修練場内へと戻ってきていた。
そして気付く。沈静化している空気とは裏腹に、一部の空気だけが息苦しさを覚えるような圧力がかかっている事に。
「――おやぁ、来てしまったのですか? 残念ながら時間切れです」
不意に修練場のフィールドの中心から明るさと冷たさを兼ね備えたような不気味な声が響き渡った。
「誰だ……っ、お前? 時間切れってどういう事だ?」
先程の黒づくめの男達の一件があった所為だろうか…………不安の種が芽吹かなかったおかげで、その可能性を頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
無意識に震えていた宗士郎の質問に答え合わせをするかのように中心にいた漆黒の外套に身を隠していた白髪褐色女が口を開く。
「無事始める事ができた『学内戦』とやらが、中断となってしまったので、当初の言伝通り――魔物を解き放ってしまいますねぇ……!」
「なっ――!? お前……まさかっ!? 北菱に魔物を卸し、学園を襲った張本人――」
白髪の女の並べたてる言葉、容姿に合点がいった宗士郎に背筋が凍りつくような不気味な笑みと共に答えた。
「ご明察……私はぁ……カタラでございますぅ。以後お見知りおきを……学園最強の剣士様ぁ?」




