第四十六話 合同特訓 後編
「もうっ! 遅いよ! 遅すぎて汗乾いちゃうくらい遅い!」
「ごめんごめん、つい話し込んでしまった」
修練場の外で話した後、宗士郎達は中に戻ってきていた。重い内容の話であった為か、休憩と言いつつ三十分以上も話し込んでいたので、戻ってきた宗士郎達はみなもに文句を言われてしまった。
この合同特訓は通常授業を返上するつもりで組まれたもので、各自休憩を取りつつ、午前の時間をすべて合同特訓となっている。なので、多少遅れたくらいでは特訓に支障をきたさないのだが、今回の特訓が行われた理由を知っているみなもからすれば、少しでも時間が惜しいという事なのだろう。
「……遅くなってごめんなさい、みなも。だってっ……士郎に激しく求められたから…………!」
「えええっ!? 鳴神君が…………っ!」
「ちょっと何言ってるの楓さん!?」
自分の異能が引き起こした過去について話していたはずだったのに、楓は平然と嘘を吐き、身体をクネクネと艶かしく動かす。その発言を聞き、昨日の一件で宗士郎を少しは意識したみなもが激しく動揺する。
求めたのは間違いではない。楓が持つ異能の本来の力が必要だと考えたから、あの話をしたはずだったのだが、何故楓はこんな事を言っているのだろうと宗士郎は焦りに焦る。
そしてその焦りに、みなもは更なる焦りをもたらす発言をする。
「鳴神君の……あれがっ、楓さんの…………~~~っ!? 子作りなんて、学生の間はしちゃいけないんだよ!?」
「してないって! 何、変な勘違いしてんだ!? 変な感じに言わないでよ楓さん!」
「冗談よ、冗談。ところでみなもは何をどう勘違いしたのかしら~? 子作りなんて、私は一言も言ってないのだけれど?」
「それはっ…………!?」
「ふふ、私と士郎がしちゃう所でも想像しちゃったのかしら?」
「~~~ッ!? もうっ、楓さん! からかわないで下さい!」
みなもは宗士郎と楓がいたす所を想像して顔を赤くすると、大声でとんでもない爆弾を投下。みなもが発した爆弾発言に、傍で成り行きを見守っていた蘭子や幸子はもちろんの事、周囲にいた特訓中の他生徒達までもが首をグリンっと宗士郎達に向ける。
幸いともいうべきか、一番煽りそうな響と喜びそうな柚子葉はそれぞれ特訓や感覚拡張を教示していたので、全く気付く様子はない。
奇異と好奇心が混ざった目で見守られる中、楓がみなもを勘違いをネタに煽る。指摘され、みなもが動揺した所に、再び楓が想像したであろう事をみなもの耳元で囁くと、みなもはポヒュンッと湯気が出るように赤面し怒った。
「もう……冗談というのがわからないのかしら。可愛い子ね~」
「ああもう! 頭を撫でないでください!」
「………………」
いつものように優しく、たまにからかう楓。先程、異能の件で話した時のような悲しそうな楓はどこにもいない。このような調子なら、楓が覚悟する時はいずれ来るだろうと宗士郎は安堵した。
そろそろこの寸劇も終わりにして、特訓の続きをしなければならない。そう思うと、宗士郎は手を叩いて二人に話しかける。
「はいはい。手遅れになる前にじゃれあいも終わりにして、特訓始めるぞ」
「そうね、時間がどんどん過ぎていくものね」
「もっと強くなりたいから早く始めよう!」
楓とみなもが気を引き締め直す。二人は特訓の理由を再認識し、今回の特訓の重要性を理解しているからこそ、一刻も早く再開したいと思っているのだろう。その為に宗士郎は自分にできるだけの事はするつもりだ。
「それじゃあ、特訓に入るんだが……桜庭。前にお前がやった『五芒聖光』を覚えているか?」
「うん、覚えているよ。前に失敗した奴だけど、どうかしたの?」
「あの時、『詠唱』してただろ? あれを形にしてみた」
「え!? 成功したの!」
「ああ、これから見せる」
「ちょっと、何の話? 付いて行けないんだけど?」
亮が反天した時の攻撃をみなもが詠唱して技で防いだ事があった。その経験をもとにみなもがこの間、もう一度試してみたが失敗していて、宗士郎は失敗の原因を考え、その答えに至ったのだ。
その出来事を伝聞でしか知らない楓は説明を求めた。
「まあ、見てたらわかるって。そもそも『詠唱』ってのは、ゲームとかで魔法を構築する時にするものだ。構築する魔法をイメージしやすく、また強力にする為のな。前回は感覚拡張ができない奴の為に『詠唱』をする事で、技をイメージしやすくするって感じで考えていたが、前提が間違っていた」
「どういう事?」
「感覚拡張をする為に『詠唱』するんじゃなくて、『詠唱』する事が感覚拡張を可能にする為の鍵だったんだ」
感覚拡張というのはイメージ次第で、ある程度自由に技の形を変質させる物だ。今まで感覚拡張ができなかった人の大半は「イメージできない」という理由だった。それならば、みなもが前にした『詠唱』が役に立つのでは? と宗士郎は考えた。
『詠唱でイメージを言葉にする事で、イメージをしやすく、また強固にする』
これ自体が感覚拡張をする上で、宗士郎達が脳内で簡略化し、短縮している作業なのだ。
通常、感覚拡張をする時の工程は、
1.異能を発現させる
2.脳内で技をイメージ
3.形を変化させる
だが、『詠唱』用いた場合は、
1.異能を発現させる
2.詠唱で技をイメージ
3.形を変化させる
こういう事になる。つまり、感覚拡張をできない人は宗士郎達が『脳内』でイメージしている事を『詠唱』で言葉に出してイメージする事で成功させる事ができるという構図になる。
「だから――『武器よ。その身に烈火を宿せ――煉獄刀』」
宗士郎がそれを証明する為に、『詠唱』を行うと、今しがた刀剣召喚で創生した刀が言葉通り、烈火を宿した。
「え、嘘……?」
「士郎………………」
二人が驚きを示す。だが………………
「今更、厨二病に目覚めたの? 正直イタイわよ」
「ちっが~~~~うっ!!?」
楓にイタイ子を見るような目で見られる結果となった。
「言動はイタイけど、真剣に感覚拡張の新しい方法を考えただけなんだって!」
「厨二病患者は真剣に設定とか考えているから厨二病なのよ。だからこそ、卒業した後恥ずかしい目に会うのよ」
「謝って!? 全国の目覚めてる奴らに謝って!?」
実際、こんな仰々しい言葉を並べたてる必要はない。イメージさえできれば、どんな言葉でも構わないのだ。イメージが強ければ強い程、完成する技は強くなるのだから。
宗士郎と楓が馬鹿馬鹿しいやり取りをしている間、みなもは黙りこくってままだった。そして、おもむろに右手を突き出し、言葉を紡ぎ始める。
「『神聖なる光よ。その慈愛に満ちた光で障害を包み込め――五芒聖光』」
詠唱が終わると、右手の前に神々しい光の膜が出現した。膜の内側にはブラックホールのような奥行きがわからない空間が広がっている。
みなもは以前の詠唱とは違った言葉で技をイメージしやすくし、構成したのであろう。詠唱する時間が実戦ではないに等しく、まるで使い物にはならないが、みなもの試みにより『詠唱』による感覚拡張が確立されたと考えるべきだ。
「なるほど、こうする事でイメージしやすくしてるんだね。私も感覚拡張できたよ!」
「ほら! こういう事だよ。これで感覚拡張できない生徒達は一気にできるようになるはずだ」
「へえ~なるほどねえ。私はする必要もないから使わないけど」
あっさりと感覚拡張を成功させたみなもが歓喜する。宗士郎が説明した事を噛み砕き、己の糧にしたみなもは特訓次第でまだまだ化ける可能性がある事を宗士郎に知らしめた。
「とりあえず、これで桜庭も成功したな。後は反復練習でコツをつかんで、ゆくゆくは詠唱なしで感覚拡張ができるようにはなってもらう」
「ぅぅ、わかったよ。頑張る」
みなもは賢い。
宗士郎が言葉で説明して成功させるより前に、『詠唱』による感覚拡張を一度成功させ、また失敗していた。違う形とはいえ、一度失敗した事は記憶に残るものであり、引きずる可能性があった。
だからこそ、宮内や雛璃のように言葉による説明ではなく、一度は『詠唱』による成功を収めてほしかったのだ。
ただ単にそれだけの理由で『詠唱』による感覚拡張の形を確立させたわけでもないが……今その理由を話すべきでもない。カタラがいつ、どこでこの会話を聞いているのかもわからないのだから……
「それで? 士郎が話したいのはこれだけじゃないんでしょ?」
「うん、もう一つ……教えておきたい事がある。こっちはおそらく、桜庭も楓さんもできないと思うけど、一応知っていてほしい…………」
「どういう事、鳴神君?」
宗士郎は刀剣召喚で刀を創生してから、みなもに切っ先を向ける。
そして、無拍子でみなもの身体を斬った。
「――え…………?」
「士郎!?」
宗士郎に斬られた事を数瞬遅れて、自覚したみなもが呆けた顔をする。楓もみなもと同じく呆けた後、すぐ宗士郎にキッと視線を向けた。
だが宗士郎はそんな視線をお構いなしで、眼を瞑ってみなもを斬った刀に意識を傾けていく。
深く、深く………………水底に深く沈むように、
やがて、眼を開けると、静かに呟いた。
「斬析完了……」
「アナライズ……?」
「解析って事? …………どういう事か説明してくれるんでしょうね?」
「ああ、もちろん。桜庭、いきなり斬ってすまない。傷はないはずだから」
「へっ? あ、本当だ……少し痛みを感じたのに」
宗士郎に言われ、斬られた部分を見ると、確かにみなもの身体は傷一つなかった。宗士郎がみなもを傷つける気もなく、斬った理由にも直結するからだ。
「それじゃあ、まず不躾な質問をするけど――――桜庭、うちに来てから少し太ったろ?」
「………………」
「………………」
宗士郎が実に不躾で、女性には決して、指摘してはいけない部類の質問――というよりは確認をする。それにより、楓とみなもの眼が腐ったゴミクズを見るような眼に変貌していく。
「聞えなかったか? 最近、太っ――」
「――いやぁああああああッッッ!?」
「っ!?」
反応がなかった為、もう一度聞こうとすると、耳をつんざくようなみなもの絶叫が響き渡った。
――刹那、
瞬時に命の危険を感じた宗士郎は本能的に顔を引いて回避。ヒリっとした感覚が頬を襲ったと思えば、眼では捉えきれない程の高速ビンタが宗士郎の頬をかすめていた。
「なんで避けるの!? 避けたら殺せないじゃないっ」
「避けないと死ぬと思ったから、避けたんだ!?」
みなもが狂気的な眼で、フーッ! フーッ! と宗士郎を睨みつけながら、怒り狂う。まるで夫の浮気相手を殺して私も死ぬ! と言わんばかりの荒れようだ。
「……士郎」
そんな中、楓が宗士郎の肩をポンと叩く。まさか庇ってくれるのか!? と宗士郎が喜んだのも束の間…………
「おとなしく死になさい……っ」
「嘘だろぉおおおおお!?」
無慈悲にもその手は差し伸べられずに、みなもによる刑は執行された。
パンッッッ!!!!!
「それで、どういう事かな?」
「そ、それはですね…………」
現在、宗士郎は乙女に聞いてはいけない事を聞いたという事の罰として、みなもの前で土下座中だ。流石に失礼過ぎたのもわかっていたので、敬語で話している。未だに頬がヒリヒリしている。
近くで見ていた蘭子と幸子はいつの間にか違う場所で特訓していた。宗士郎達の邪魔をしてはいけないと感じたのだろう。
「さっきのは説明する為に必要な確認だったんです、はい。桜庭の身体を斬って解析したその証拠の為に」
「へえ~それで?」
「怒らないで正直に答えてほしいのですが、本当に太ってますよね? 柚子葉の手料理を毎日食べてるから」
「ぅぅっ、そ……その通りです」
モジモジと恥ずかしそうに答えるみなも。立場が逆転したようだ。このまま普通に会話を続ける。
「さっきのは感覚拡張のさらに上の技術――『感覚昇華』を用いたものなんだ。その異能には不可能な事を圧倒的なイメージ力で具現化し可能にする。〝斬って解析〟なんて、不可能だと思うだろ?」
「確かにそうね、あまり……いえ、全く結びつかないわ」
「解析してわかったのは、『桜庭がうちに来てから、3キロ太った』という事。合ってるよな、桜庭」
「うん…………今朝、体重を測ったら確かに増えてた。恥ずかしいよぉ」
「本当に……申し訳ないと思ってる」
宗士郎が感覚昇華を編み出したのは、ほんの一年前だ。この技術は異能の本質と全く関係ないような現象を強力なイメージ力で補完して初めてできるものだ。
並外れた集中力と想像力を持ち合わせないと、この技術は成功できない為に宗士郎は二人に「できない」と言ったのだ。宗士郎もこの技術を完成させて、安定して使えるようになるまで半年はかかったのだから。
「これを伝授して、扱えるようになるまで時間がかかる。だけど知っていてほしかったんだ。一番、できる可能性がある二人だから」
「そうだったのね」
「私はできないと思うなぁ、えへへ」
「だけど、いつか役に立つ日がくる。そう信じてる。だから頭の片隅にでも入れておいてくれ」
宗士郎は伝えたい事を伝えきったので、立ち上がる。今はできなくとも、この日の光景を思い出して戦いの中で可能にするという事もありえなくはない。
人というのは命の危険を感じた時が最も成長するものだからだ。
「よし、説明の方が長くなったけど、このまま残りの時間も特訓だ!」
「ええ!」
「そうだね!」
宗士郎達は残りの時間、感覚拡張を踏まえての実戦練習を行っていった。そのまま今日の合同特訓は何の問題もなく、消化されていき、この日の学園の授業は終わりを告げた。家に帰ると、何故か今日の出来事が柚子葉にバレていて一時間も説教され、宗士郎はほろりと泣いた。
学園長室で『応援で、特訓を盛り上げます!』と言っていた和心が修練場にいないのに、後から気付いた宗士郎は家で訳を聞いた所、「私にできる事をしていただけですよ! 鳴神様!」と返され、理由はわからずじまいだった。気が付かなかったのは、和心に妖狐故の力があるのだろうと納得した。
学内戦まで残り一日。
その日は英気を養う為に学園は休みであり、宗士郎達はそれぞれ自分にあった方法で羽を伸ばして英気を養っていった。
そして、様々な陰謀と不安が渦巻く中、
ついに、学内戦当日を迎えたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
投稿を初めて、早三ヶ月。今年最後の投稿となりました。最初の頃はあんまりでしたが、日に日にアクセス数が少しずつ伸びていき、少しでも読んでくださる人が増えていったのは嬉しく思います。
来年も読者の皆様に読んでいただける作品を作れるよう、粉骨砕身の気持ちで頑張ります!
それでは、皆様! 良いお年を!




