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異能学園の斬滅者 ~創刀の剣士は平穏を守らんとす~(旧クオリアン・チルドレン)  作者: お芋ぷりん
第一章 学園編

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第三十九話 魔物闘技場

 




 宗士郎と毒島の決闘は北菱に止められはしたが、結果は火を見るよりも明らかだったので、宗士郎の勝利となった。その結果を聞いて、二つの意味でギャラリーが騒然としたのは言うまでもない。


 北菱に案内されるまま、宗士郎達はあまり広いとは言えない賭博場をゆっくり歩くのだが……


「みなもちゃん、大丈夫か……?」

「う、うぷ……っ、へーき……ありが、うぷ……」


 みなもが先程の人間の四肢が斬り飛ばされる強烈な光景を思い出し、再び吐き気を催していた。


 無理もない。


 スプラッタをテレビ越しで見るのと、直で見るのとでは天と地ほどの差がある。ましてや、遠くから見るならいざ知らず、目の前で友達が人の手足を斬り落とすのだ。


 宗士郎自身が〝人を斬る〟という行為に快楽を覚える人間でなかったのが、唯一の救いだ。


 響が背中をさするが、一度催した吐き気は一向に収まる気配がない。みなもは大丈夫と言いつつ、目の前で起きた惨状を思い出していた。


「な、鳴神君はいつも……ああなの?」

「ああって……なるほど、そういうことか。宗士郎はいつもあんな感じだ。でも勘違いしないでほしいんだけど、宗士郎は人を斬るのに躊躇いがないわけじゃないんだ」


 響がみなも介抱しながら答える。


「そうなの?」

「むしろ、ない方が人としておかしいって。あいつは大切なものの為なら、どこまでも非情になれるんだ」

「大切な……楓さんのこと?」

「楓さんだけじゃない。柚子葉ちゃんや蒼仁さん等家族、友達、仲間…………大切なものの為なら、どこまでも自分を犠牲にできる程に優しい奴なんだよ、あいつは」

「………………」


 みなもは考えていた。何故、宗士郎はそこまでに冷たく、躊躇いなく人を斬れるのかを……


「――あんな絶滅危惧種の為に士郎があそこまでする必要はなかったのよ?」

「楓さんをモノ扱いした上、傷をつけたんだ。あれくらいじゃ、足りないくらいだ…………」


 北菱の三メートル後ろで、宗士郎と楓が歩きながら話している。


「でも私の為に怒ってくれてありがとう」

「ありがとうって……俺は当たり前の事をしただけだよ」

「それが嬉しいのっ。お礼に私の胸を好きなだけ……も、揉みしだいていいわよ?」

「良いんだ? じゃあ遠慮なく…………」

「!? そんな、本気にされても……こ、困る…………」

「そんなに恥ずかしいなら言わなければいいのに…………」


 二人が談笑している。


 みなもからは、宗士郎が穏やかな顔をしているように見える。毒島の手足を斬り飛ばしていた時の宗士郎は、みなもに畏怖のイメージを植え付けていた。


 だが、穏やかに楓と話している宗士郎を見て、恐ろしいまでに非情な一面の裏側には、宗士郎が誰かを大切に思う優しさの一面もあるとわかったようだ。


 毒島にあそこまでしたの理由を理解しながらも、みなもの頭の片隅には宗士郎に対する恐怖が芽生えていた。


「私は、まだわかりそうにないなあ…………てへへ」

「無理もないさ。昔から一緒にいる俺でも、まだわからない所があるからな。でも宗士郎の事は嫌いにならないでやってくれ」


 みなもは力なく笑う。それを見て、響が宗士郎へのフォローをかかさない。


「いつか…………鳴神君の事を理解できる日がくるといいな」

「できるって。俺でも少し、理解できたんだからな!」


 響の励ましは絡まった糸を解く様に、みなもの吐き気を緩めたのだった。





「ところで…………いつになったら、メインイベントとやらが見れるんだ?」


 北菱に誘導されるまま歩いて、数分。


 賭博場をぐるりと三周程、歩き回ったくらいに宗士郎が北菱に尋ねた。


「君達がそれぞれ話していたみたいだったから、気を遣ったんだけど……もういいのか?」

「お気遣いどうも。時間稼ぎはもういいのか?」


 先程から天幕が掛かっている場所を見る。


「なんだバレていたか。流石は鳴神家次期当主様」

「御託はいい。さっさと始めてくれないか」

「仰せのままに」


 この北菱 正一という男。年齢は三十路を超えた辺りだろうが、態度が飄々としていて掴みどころのない奴だった。


 いくら核心に迫る質問をしても、ひらひらと蝶が舞うように上手く躱されるような気がしてならない程に、宗士郎は北菱という男を掴めないでいた。


 北菱はおもむろに無線を取り出し、どこかに連絡を取る。一分もしないうちに無線を切り終え、両手を広げ、宗士郎達に向かって告げる。


「――ようこそ、私憩いの賭博場(遊び場)へ…………」


 北菱がそういった瞬間、天幕が掛かっていた場所が露わとなった。


「あれは…………」

「リング……? でも…………」


 天幕の下には、プロレスやボクシングなどの格闘技で使われる試合場が鎮座していた。しかし、ただの試合場ではない。サイズは通常の五倍の上に、ロープの代わりに金属の格子が立てつけられていた。客観的に見ると、何かを閉じ込める檻にしか見えなかった。


 手にいつの間にか握られていたマイクに口を寄せ、賭博場にいるすべての人に北菱が話し始める。


「賭博場にいらした皆様、長らくお待たせしました。本日のメインイベント、魔物闘技場でございます! 貪欲に賭け、熱狂し、享楽に酔いしれてくれると嬉しい!」


 ギャラリーが〝魔物〟という単語を聞いた瞬間、一瞬どよめいたが、すぐに歓声が割れんばかりの響き渡った。


「本日の対戦カードはどちらも危険度Aの魔物――〝怪力無双! ドレッドコング〟と〝剛腕無骨! ミノタウロス〟でございます! 入場時にお渡しした端末にドレッドコングかミノタウロスのどちらかが勝つかを賭け、見事正解した方々には賭け金の二十倍を差し上げます。どちらに賭け、どれほど賭けるのかは己次第…………さあ、始めよう!」


 ワァアアアアアアアアアアアア!!!


 ギャラリーの全員の目が血走り、狂ったように叫ぶ。彼等は賭け事の魅力に目を奪われた狂乱の徒のように見えた。


「さて、鳴神 宗士郎。そして、そのお友達の方々。君達も遠慮なく賭けてくれ」

「遠慮させてもらう。こんな場所の金を万が一にでも懐に入れたくないし、そもそも資金がなくてだな。借りる予定もないから安心してくれ」


 ないなら、貸すが? と言われる前に釘を刺しておく宗士郎。最初からこの賭博場とその関係者を取り締まる予定だったので、貸すと言われても困る。


「チップならお近付きの印に大量配布させてもらうが?」

「いらないわ。とっとと始めてくれるかしら?」

「賭博場に何をしにきたのだ、君達は…………。まあいい、始めよう」


 北菱が無料で金をはずんでくれるというのだが、それを楓が一蹴した。北菱から見れば、賭博場にわざわざ足を運んだのに何もしないまま帰るつもりなのか、と疑問を持つのは不思議ではない。


 訝しげに思いながらも、北菱は無線で指示を送って始めようとする。


「さあ、ショーの幕開けだ! 存分に殺り合うのだ! 魔物達よ!」


 北菱が叫ぶと同時にリングの床が開き、下から上へとドレッドコングとミノタウロスが雄たけびを上げながら、登場する。


 ドレッドコングが拳を、ミノタウロスが斧を握って相手を殺そうと猛攻を繰り広げ始めた。


「わわっ!?」

「マジで、ドレッドコングとミノタウロスかよ!?」


 みなもと響がそれぞれ驚きを示すが、宗士郎と楓も顔には出さないが少し驚いていた。


 危険度Aの魔物――強力な異能を持つ子供が数人で仕留める事ができるレベル、もしくは強力な異能の子供一人、補助に数人で倒せるレベルである。


 その魔物達を鎖などで拘束のなしで、連れてきているのだ。流石にどうやって、ここまで連れてきたのか疑問が湧いてくる。


「北菱さん。この魔物達、いったいどうやって連れてきたんだ?」

「それは内緒……と言いたい所だけど、先程の決闘で気分もいいし教えてあげよう」


 渋るかと思っていた宗士郎は北菱の安直さに驚きを隠せない。


「とある人に仕入れを一任している。いつも決まった時間に危険度A〜Cの魔物を持ってきてくれるんだ」

「そいつは、異能力者なのか?」

「さあ? 少なくとも私は異能力者と思いたくないな。一人で危険度Aの魔物を何匹を捕獲する奴のことなんてな」

「…………」


 北菱の言うことを信じるのなら、かなり強力な異能の持ち主という事になる。しかしそれほど強いのなら、話を聞かないはずがないのだが、今の所は聞いた事がない。


 実力を隠しているのか、弱い異能で巧みに捕獲しているのか…………想像の域を出ない。


 だがもし、隠しているわけでもなく、巧みに捕獲しているのでなければ、それは一体何者なのだろうか? そう考えている内に楓に声をかけられる。


「今考えても、答えは出ないわ。とりあえず様子見をしましょう」

「……そうする事にする」


 目の前で今まさに激闘を繰り広げる魔物達。ドレッドコングの拳とミノタウロスの斧がぶつかり合う度、リングに備え付けられている鉄の格子がギシギシと揺れに揺れる。


 そう、まるで今にも壊れそうな…………


「――全員、リングから離れろ!? 巻き込まれるぞ!」


 何か勘付いた宗士郎がそう叫ぶと同時に鉄格子が魔物によって、吹き飛ばされる。そのままリングの外に降りて、二つの魔物が暴れ出した。


 盛り上がっていたギャラリー全員が悲鳴を上げ、賭博場の出入り口へと遁走していくと、すかさず宗士郎がリングの形をした檻について、北菱に追求する。


「おい! 檻の耐久性はどうなってるんだよ!?」

「ああ、うん。今までの度重なるぶつかり合いに加え、鉄格子にガタが来ていたようだ! いやあ、あれ三百万はしたんだよ?」

「そんな事は聞いてない! どうするつもりなんだ!?」


 北菱が顎に手を当て――


「すまない、打つ手なしだ! ハハハ!」

「はぁ!? バカかお前は!?」


 戯けたように笑う北菱に宗士郎は歳の差も関係なく、ブチ切れた。北菱に感じたおかしな雰囲気は見る影もない。仕方なく、対処法を考え、瞬時に答えを出す。


「桜庭! 神敵拒絶(アイギス)でドレッドコング、ミノタウロスを少しでもいいから拘束しろ! ついでに賭博場の出入り口も塞げ!!!」

「う、うん! わかった……って、えええ!? 賭博場の方もやるの!? どうやって逃げるつもりなの!?」


 指示を出されたみなもが一旦納得しかけて、動揺し始める。唯一の逃げ道である出入り口を塞げと宗士郎が言うのだ。動揺するのも無理はない。


 だが……


「みなも! 士郎の言う通りにしなさい! 判断は迅速に!」

「は、はいぃ!!!」


 楓に怒鳴られ、みなもが慌てて魔物を拘束、そして逃げ場も塞いだ。


「響! あいつらの動きを拘束できる程の鳥餅爆弾を作れるか!?」

「無理だ! ここじゃあ狭すぎて、威力拡張ができない!」

「仕方ない、俺が斬る! 響は援護! 可能なら屠っていい!」

「了解だ!」


 響の異能――爆弾付与(マインストール)は作り出した爆弾と響の距離が離れる程に威力を増す。だが、賭博場は地下に位置している。狭い上に威力を拡張できたとしても、せいぜい魔物の足を拘束する程度だ。


 安全に魔物を狩る事ができなくなってしまった今、事態を収拾すべく、迅速に事を進める必要がある。


 宗士郎は刀剣召喚(ソード・オーダー)で刀を創生し、未だ神敵拒絶(アイギス)で拘束され続けるドレッドコングとミノタウロスの前に立った。


「楓さん、北菱の事を見張っていてください。逃げられないとは思いますが、そうなってしまうと癪なので」

「わかった、私もサポートに回るわ」

「別に逃げ道もないから、逃げるわけがないだろうに。それに……ここにいた方がよっぽど安全だと思うからな」


 北菱が楓とみなもの側に近くと、楓が時間逆進(リワインド)の準備を、みなもは神敵拒絶(アイギス)で拘束している結界の維持に集中する。


「やはり、君達は異能力達クオリアン・チルドレンだったんだね。興味深い……実に興味深い!」

「ご名答、その通りよ。大人しく守られなさい、貴方の玩具に殺されたくなければね」

「わかってるよ。お願いするよ」


 北菱は宗士郎達が異能力者だと気付いていたようだ。宗士郎が毒島の身体を斬り飛ばしていた時点で、隠し通せる訳もなかったが……


「鳴神君っ、もう抑えるの限っ界!?」


 指示を出し、話している間にも、ドレッドコングとミノタウロスはみなもの拘束から逃れようとしている。どうやら、そろそろ拘束するのも限界のようだ。


「よし。俺達が走り出したら、異能を解除して守りに専念しろ!」

「わかった!」

「行くぞ響!」

「おうよ!」


 響に叫ぶと共にドレッドコング等に向かって、宗士郎は疾走し始めた。後ろを追尾するように響も走り出す。


 その瞬間、みなもが神敵拒絶(アイギス)の拘束を解除した。



「ゴガァアアアアアアアッ!!!」

「グモォオオオオオオオッ!!!」


 二匹の魔物がそれぞれ雄叫びを上げ、自らを拘束していたみなもを本能的に理解し、挽肉にしようと突撃してきた。


「お前の相手はっ、俺だ!」


 宗士郎はみなもと魔物を繋ぐ一線上に入り、裂帛の気合いと共にミノタウロスが振りかざしていた斧目掛けて、刀身を振り落とした。


「はぁああああッ!!!」

「グモモモモッ!」


 刃が交わると、ミノタウロスの斧が音も無くずり落ちる。武器を失ったミノタウロスは斧の代わりに拳を握って、宗士郎の顔面を吹き飛ばそうとするが…………


鳴神(めいしん)(りゅう)――閃断(せんだん)ッ!」


 一刀目でミノタウロスの拳を斬り上げて両断し、最後に手首を捻って顔面から真下まで一直線に斬り落とした。


「グモッ!? オオォ…………」


 ミノタウロスが宗士郎の剣技にて、絶命する。


 残ったドレッドコングは後ろに飛んで退き、両手でテーブルを握って砕き、宗士郎達にそれぞれ投擲してくる。


「ふっ!」

「危なっ!?」

神敵拒絶(アイギス)!」

時間逆進(リワインド)


 潰されたテーブルの残骸を宗士郎は斬り捨て、響は危なげに避ける。みなもは障壁を張って防ぎ、楓は時間を巻き戻して回避した。


「そう簡単には倒せないよな、なんとかミノタウロスは処理したが……」


 宗士郎が顔を微かに歪ませて呟く。


 ドレッドコングはミノタウロスと違って、動きが早く頭が賢い。先程の自ら一匹になった時、瞬時に宗士郎達から離れて遠距離攻撃に転じたのだ。


『魔物故に思考能力がない』――国の研究者の中にはそんな意見もあるが、ドレッドコングに関しては別だった。


「宗士郎、どうする?」

「……決まってるだろ。響の援護に合わせて、俺が斬る」

「なるほど! いつも通りだな!」


 圧倒的自信を醸し出す宗士郎に響が陽気に笑うと、宗士郎は再び刀を構えて、ドレッドコングに向き直るのだった。





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