第三十七話 思い込みの激しい絶滅危惧種
「じゃあ楓さん、聞き込みを続けましょうか」
「ええ、そうね」
そう言って、楓は宗士郎の腕に腕を絡ませてくる。既に響とみなもは聞き込みに回っていて、宗士郎達も一歩遅れてのスタートという訳だ。
魔物を使っての賭け事がまだ行われていない今、会場の隅でいつまでも突っ立っているのも不自然だ。
楓の歩調に合わせて、いくつにも配置されている豪勢な料理と飲み物の数々が乗っているテーブルの周りを遊覧するように回る。
「士郎、見知った人を見つけたわ。そっちに行くわよ」
「わかった」
楓の足が恰幅の良い中年の男性の元に向く。
「――おお! 貴方は楓お嬢様ではないですか?
お久しゅうございます!」
「ええ、お久しぶりです綿貫さん。去年の私の誕生日パーティ以来ですね」
楓の存在に気付いたのか男性の方から楓に話しかけてきた。どうやら綿貫という名字らしい。楓の誕生日パーティに呼ばれるくらいなのだから、宗吉ともビジネスの場で何度か会っているのだろう。
「そちらの彼は? 見たところ市井の者のようですが……」
「……………」
「か、楓さん?」
(不味い……!? 楓さんから溢れんばかりの怒りのオーラが!?)
綿貫という中年の男性は宗士郎を軽く見たのか、汚らわしい物を見るような眼でこちらを見てくる。それが楓の癇に触ったようだ。
「こちらは私の婚約者です。それが何か……?」
「ひゅわっ!?」
楓の怒気に当てられた綿貫は身体の穴という穴から脂汗を湯水のように垂れ流す。
「士郎、自己紹介してあげて」
「え、えっと……鳴神 宗士郎です。一応鳴神流を修めています」
「……それだけ?」
「えっ?」
何か変な事を言っただろうか? 名前も言ったし、一応流派も言ったはず……
「わ・た・し・の……?」
「えっ、あっ、そうか。俺――いえ、僕は楓さんと清くお付き合いさせてもらっています。っ、婚約者のっ、鳴神 宗士郎です」
うわ、言わされた感が凄い。将来的にはそうなる予定でも、圧に押されて言ったとなれば、上辺だけの関係に見られる。なんとかしなければ!?
「僕とこちらの楓さんはっ、将来を誓い合った仲です!」
「そう! それでいいのよ士郎!」
(うわぁ、何この羞恥プレイ)
聞き込みしていた響達の他にも、周りの参加者の人達がクスクスと笑いながらこちらを見ている。
この名乗りは楓の婚約者が既にいるという事実を衆目に晒すという意図もあるのだろう。楓自身は公言できた事で物凄く嬉しそうな顔をしている。
(確実に外堀を埋められている。楓さんめ、この数ヵ月の間に籍を入れようというのか!?)
「はぅわ!? 一瞬意識が!?」
「わかりましたか綿貫さん? 彼はっ、私の婚約者なのですよ」
「ひゃい!? 心得ております!」
綿貫が騎士のような見事な敬礼をズビシッ! と決める。この人に申し訳ない事をしたようだ。
「えっと、綿貫さん? お話を伺ってもよろしいですか?」
「はいぃ! 宗士郎殿! この綿貫! どんな事にも説明する所存であります!」
「どこの軍人だ!?」
楓の怒りは綿貫という男性を軍人もどきにしたようだ。正直、可哀想という言葉しか浮かばない。
「実はですね……」
楓さんに今回の件について、話しても良いのか確認してから、綿貫に説明する。
「そうでしたか。そういったご事情があるのならば、私も協力させていただきます」
綿貫に聞いた話はこうだ。
まず、オーナーの名前は北菱 正一というらしい。以前、ビジネスの場で名刺を交換したらしく、そこに書かれた住所を追って、綿貫の住宅に招待状が届いたようだ。
招待状にはただこう書かれていたようだ。
『我が賭博場にて、世にも珍しい見世物が行われる。無論、ポーカーなどの賭けもやっているので、是非来て欲しい』
〝世にも珍しい見世物〟とはおそらく、魔物を使った賭け事の事だろう。日時も指定されていて、会員制でもないので、興味惹かれた者だけが賭博場に顔を出せる。最も、興味惹かれた者にまともな奴はいないだろうが……
「私が知っているのはこれぐらいですな。一度顔を合わせたくらいですので、素性についてはあまり……」
「ありがとう綿貫さん。それで、魔物の流通ルートについて、何かご存知かしら?」
「そちらは全く知りませぬ。ただ、仕入れる時にとある御仁から魔物を譲ってもらっている、とだけしか」
「とある御仁? どんな人かわかります?」
現状、魔物を討伐、捕獲できるのは強力な異能の持ち主ぐらいである。そして、異能に目覚めているのは子供しかいない。これらの条件に当てはまる人物はそう少なくないはず。
「……すまない」
やはりそう簡単にはいかないようだ。宗士郎は綿貫に頭を下げる。
「いえ、情報を提供してくれただけでも助かりました。ありがとうございます、綿貫さん」
「とんでもございません! 私にできる事をしただけですので! もし、お礼を頂けるのでしたら、結婚式には呼んでくださると大変嬉しく思います!」
「当分先の話なので、今の所その機会はないですね」
とても残念がる綿貫。
だって仕方がないだろう。日本に未曾有の危機が訪れるかもしれないのに、おちおち結婚などしていられない、と宗士郎は考えているからだ。
「では私はこの辺で。楓お嬢様、宗士郎殿! またいずれ」
こちらにお辞儀をして、人の波に戻る綿貫。あの人のおかげで、ほんの少しだが、情報を手に入れる事ができた。
「こんな所に来るくらいだから極悪人かと思ったけど、普通に良い人だったね」
「私の知り合いには良い人の方が多いのよ?」
つまり、少なからずいるといった意味と受け取ってもいいだろう。世の中は悪い人の方が多いと聞くが、楓の周りではそんなことはないらしい。
「さてと、聞き込みの続きを頑張りましょうか」
「うん、そうだね――」
そうして腕を組んで、歩き出そうとした時……
「ちょっと待てぇぁあああああああああああッ!!!」
突然、会場内に静止の雄たけびが聞えた。
「なんだぁ?」
「楓っ! お前は俺と将来を誓い合った仲じゃないかっ! それをこんな弱そうな男といるなんて、許さないぞ! ああん?」
楓を名指しにし、金、銀の装飾を凝らした趣味の悪いスーツを身に纏った両耳にピアスをした金髪の青年が怒りを露わにして、ズンズンと擬音が聞えるような足取りでこちらに向かってくる。
「やっぱり、いると思った…………」
「楓さん、良い人じゃない方の知り合い?」
「ええ、その上思い込みが激しい奴よ」
「何をコソコソ話してるんだ、ああん!?」
楓に顔を近づけて、話を聞いていると、金髪の青年がキレる。
「こっちに来い楓ッ!」
「お断りよ」
楓は伸ばされた手を軽く払って、応対する。
「あの、他の人もいるからもう少し静かにしませんか?」
宗士郎は楓の事を呼び捨てにした挙句に乱暴に手を引こうとした金髪の青年に怒りを覚えたが、努めて笑顔で提案する。
「ああん!? テメーはすっこんでろ!!! 楓は俺のモノなんだから、気安く喋りかけてんじゃねよ!!!」
「あ゛?」
今信じられないものを聞いた気がする。宗士郎の怒気がマグマのように煮えたぎってくる。
「身体が貧弱すぎて聞えなかったかあ? 楓は俺のモノだって言ったんだよ!!!」
「はぁ…………」
「おおん!? ビビっちまって声もでないか、おおん!?」
(ダメだ抑えろ。響達にボロをだすなって、言ったばかりだろ。いくら楓さんの事を言われたからといって、手を出して目立つわけにもいかない)
宗士郎が自分の言った事と今の状況に葛藤していると、楓が優しく語りかけてくれる。
「士郎、いいわ。私のために怒ってくれてありがとう。今日は聞き込みだけして、目立たずに帰るつもりだったけど、流石の私もこのバカの思い込みにはイライラしていたのよ…………。だから、抑えなくもいいのよ?」
楓が腕を組んで、心底呆れていた。別に放っておけば良かったのだが、奴は言ってはいけない事を言った。怒る理由には十分すぎる。楓は宗士郎の事を止めはしなかった。
(〝出る杭は打たれる〟という言葉があるように、楓さんの事をモノ扱いする悪い芽は摘み取ってやるか…………)
「さっきから〝ああん!?〟が多いみたいだが、もしかして頭が悪いのか?」
「ああん!? 喧嘩売ってんのか!!!」
「ほらまた。服装にその口調…………。絶滅危惧種にでもあったのかと思ったぞ」
「テメッ!!?」
楓がひとしきりに口を押えて爆笑していた。まさにその通り、いい気味だとでも考えていそうだ。
そして、ギャラリーも段々と集まってきた。事を荒立てるつもりはなくとも、金髪の青年が叫んだ時点で十分すぎる程に注目を集めてしまっていた。面白くなってきたので、宗士郎は一つ提案する事にした。
「なあ一つ賭けをしないか?」
「ああん!? 賭けだとぉ? そんなものに乗るわけが…………」
「アンタが勝ったなら、楓さんは名実ともにお前のモノだ。慰み者にでも、メイドにでもするがいい」
「……いいぜその賭け、乗った!」
「だが、アンタが負けた場合…………アンタのありとあらゆる面子や名声をズタボロにしてやる。二度と楓さんに顔を合わせたくはないと思うほどにな」
「やれるもんならやってみなぁ!」
金髪の青年が勝つ気満々の様子でこちらの提案に応じた。
「勝負の内容はアンタが決めていい。どんな条件を出されても、負ける気はしないが」
「大きく出たな!!! 後悔するんじゃねえぞ! 俺は格闘技全般が得意だから、そうだな…………単純に、『戦って勝った方が勝ち』ってことにしてやるよ。もちろん、なんでもありのデスマッチだがな!!!」
「〝勝った〟とはどういう事を指すのか教えてもらえるか」
金髪の青年は口角をこれ以上ないくらい釣り上げてから、口にする。
「〝参った〟と負けを認めて床に頭を擦り付けるか、意識がぶっとんだらって事でどうだ? ああん!?」
「ああんああん、うるさいんだよ。喘いでるんじゃねえよ、この愚図が」
「テ、テメェッ!!!」
程よく相手を貶して怒りを買い、一触即発の空気を作り出す宗士郎。こんなもので宗士郎の怒りは収まらなかったが、楓が手を振って笑っていたので、良しとすることにした。
(さあ、場も温まったし、どうせならもっと騒ぎを大きくしてオーナーの北菱とやらをおびき出してみるか)
宗士郎は楓に目配せすると、意図がわかったのかクスリと笑って、声高々に叫ぶ。
「さあ賭博場にいる皆様、お立合い! ガラの悪い絶滅危惧種とあの有名な鳴神流の継承者! 鳴神 宗士郎の決闘が行われますよ~!」
おお~!! と周りのギャラリーがどよめく。鳴神流を知らない人はこの街に住んでいない人以外はあり得ないが、反応からするに結構知られているようだ。
「――ちょっとちょっと楓さん!? 何してるんですか!?」
「――そうだぜ、何をしてるんだ楓さん!? 俺達の苦労が水の泡なんだけど!?」
どよめくギャラリーの波を掻き分けて、楓の元に来たのは同じく聞き込みをしていた響とみなもだった。
「言葉通りよ。決闘をするのよ」
「はあ!? 聞いてないって!?」
「だって言ってないもの。それに苦労が水の泡……と言ったけれど、時間の問題でしょう? 私、まだるっこしいのは嫌いなの」
「頑張ってもいつかボロを出すって思われてる!? 楓さん、流石に酷すぎる!」
「みなも……人には向き不向きがあるのよ。今回の聞き込み、みなもには致命的にダメだったという事よ」
「酷い!?」
寸劇を繰り広げる楓達に宗士郎は笑いを堪える。だが、そろそろ決闘を始めてあげないと、絶滅危惧種さんが本当に「ああん!?」としか言わない絶滅危惧種になってしまう。宗士郎は再び、楓に目配せする。
「どちらが勝つか、お好きな方にお賭けを! 決闘の立会人はこの私――二条院家一人娘の二条院 楓が引き受けます! 見事、賭けに勝った方は二条院家の名の下に賭けた額の倍の額を進呈する事をここに約束します! 存分に賭け、楽しんでくださいませ!」
再びギャラリー達がおお~! と歓声を上げる。二条院家の名は伊達ではない。これだけ騒げば、オーナーの北菱も止めるなり、自ら参加するなりして、姿を現すしかないだろう。
「えええ~っ!? 楓さん! そんな約束しちゃっていいんですか!?」
「お金の当てがあるのかよ楓さん!?」
とここで、楓の発言に激しく反応した二人がいた。思惑通りにとはいかなかったが、当然の疑問といえよう。
「大丈夫よ、みなも。仮に士郎が勝ったり負けたりしても、払う気はさらさらないもの。この違法カジノに出入りした人達はこの後全て逮捕してもらうから、安心して」
「逮捕って……そんな権限、楓さんにあるんですか?」
「警察の上層部にパパと関係の深い人がいるから、その人に人手を連れてきてもらう手筈になってるのよ。そもそもこの依頼の差出人はその警察の人よ?」
そう。最初からそういう計画だったのだ。ボロを出す確率が非常に、限りなく高い二人にはその全容を伝えてなかったのだ。当初の予定とは違うが、ここまで目立ってしまった以上、宗士郎と楓はいける所まで行くつもりだった。
「なん……だとっ…………!? 最初からそのつもりだったのかよ! おまわりさんこの人です~!? この闇深き下衆い女を捕まえてください!」
「ふん!」
「げばぁ!?」
最初からそういう計画なら教えてくれても良かったのでは? と少しイラっときた響は腹いせに楓の事をつるし上げようとするが、残酷にもその行動は響が吹っ飛んで無意味に終わる。
「さて、試合う前にアンタの名前を聞いておこうか。いつまでも絶滅危惧種だと嫌だろ? 賭けるときに絶滅危惧種と連呼されることになるからな」
「言ってくれるじゃなえか……! 俺が勝った後、楓の全ては俺のモノだし、お前も後で殺すが冥土の土産に教えておいてやるよ。俺の名は! 毒島工業社長の息子! 毒島 羚児だ!!!」
「そうか、どうでもいい情報をどうもありがとう。えっと……毒島 レンジさん?」
流石に不便だと思った宗士郎がせめてもの情けとして名前を聞くと、騒いでるギャラリーに聞こえる程の大声でご丁寧にも教えてくれた。
せっかく教えてもらった名前をワザと間違えてやると、「ああん!?」と再び絶滅危惧種のような反応をしてくれたので、宗士郎の腹筋は絶賛崩壊中だ。
「さあ、始めようか。ルール無用のデスマッチを」
「鳴神流だか、名刺流だか知らねえが、後悔するなよ……?」
来ていたスーツを脱ぎ捨て、試合う用意ができた二人を見て、楓が開始の宣言を述べる。
「二人とも用意はできたわね? では開始!!!」
楓の声を始まりのゴングとし、決闘の幕がギャラリーの歓声とともに上がった。




