第三十二話 宗士郎VS元春
「やっと俺達の試合か。凛さんの手前、手加減しにくいな」
響と幸子の一戦が終わった後、宗士郎はふと呟く。
――異能力者と非異能力者。
異能なしの模擬戦ならば、子供の喧嘩程にしか見えない稚拙なものだっただろう。異能ありきの模擬戦ならば、先程のみなもや響のように手に汗握る戦闘が見られるはずだ。
だが宗士郎は異能力者で、元春は非能力者だ。異能の有無だけでなく、戦闘能力を鑑みても、元春が宗士郎に勝てる要素など微塵もないのだ。
以前、元春が『異能があれば、みんなと一緒に戦えるのにな~』とぼやいていた事があった。その時の希望とは少々形が違うが、元春も楽しみにしているはずだ。
以前の元春であれば、の話だが……
「鳴神、勝てるなんて思ってないけど、全力で行くからな!」
「ああ。使うのは光線剣か、なら俺も刀剣召喚で創生した刀で戦う事にするか」
宗士郎は元春を下に見ているわけではない。むしろ異能に目覚めてなくても他の部分で努力している所は尊敬に値するところだ。実際、魔物関係の知識は潤沢である。刀一本で、というのは「打ち合う」と宣言しているようなものなのだ。
『良く斬れる刀を創生する』、刀剣召喚は良くも悪くも、普通の物のは使えない。真剣で打ち合えば相手の剣をたやすく両断し、生身の人間に使えば、バターを熱したナイフで切るよりも切った感覚がない程に良く斬れる。
その点、芹香が開発した光線剣なら斬り結ぶ事も可能だろう。
刀身はクオリアで構成された物だ。一方、刀剣召喚の刀もクオリアで具現化させたものと言って差し支えないだろう。
国の研究では『エネルギーであるクオリア同士は互いにぶつかり拮抗しあう』と報告が上がっている。この報告が虚偽でなければ、打ち合う事は可能ということになる。
「非異能力者である佐々木君のバリアジャケット数値は感覚武装である光線剣の感覚結晶から構成されます。内蔵されているものはサイズが小さいので、数値は平均より下の200となります。その事を留意しておいてください」
凛の説明によれば、クオリア数値は平均よりも下――強攻撃を数発くらえば一瞬にしてノックアウトだ。宗士郎はもちろん、元春も説明から読み取る。
(数回、斬っただけで終了か。元春の真意を探るためにも、なるべく引き延ばさないとな)
元春との模擬戦を楽しみにしていたわけだが、『人為的な反天』の事件が終息してから様子がおかしくなった元春は、はたして事件の当事者であり、いじめの張本人でもある亮の事を本当に心の底から許したのだろうか?
最初の模擬戦が始まる態度を見る限り、なにかしらの『悪感情』を持っている事だろう。それを模擬戦の中で確かめる。
その為に宗士郎は模擬戦前に、先生である凛に一つ頼み事をした。
「――さて、第三試合! 両者前へ!」
頼み事をした後、すぐに試合を始めてもらうようにしてもらった。宗士郎と元春がCOQの中心で間をとって対峙する。
「…………」
凛がそっとこちらに視線をやる。が、すぐに視線を戻し、右手を上へと上げた。視線の意味はおそらく、今から俺がする事に関係しているだろう。要は少し心配しているのだ。「辛くはないのですか?」や「私が代わりに……」と俺をいたわっての事のはずだ。
(仮に間違っていたとしたら、俺は友達を信じきれなかった事になるのか。それは少し、キツいなあ)
今から俺がする事は傷を抉る事に他ならない。だが、守る優先順位が家族、幼なじみ、友達の順の宗士郎の価値観からすると友達よりも家族や幼なじみを優先する。平和を脅かすものはなんであろうと排除する。それが友達を裏切る行為であってもだ。
「模擬戦第三試合――」
凛が開始の言葉を続ける。
俺は悠然と立ち、次の言葉を待つ。その言葉が紡がれた瞬間、俺は――
「始めッ!」
――最低な奴になっているだろう……
「い、いくぞ! 鳴神! うぉおおおあああああ!!!」
光線剣のスイッチを入れ、構成されたクオリアの刀身が紅く輝く。元春は開始直後に宗士郎に突貫をかけてきた。
ほんの少し息を吐き、俺は異能の名を口にする。
「――刀剣召喚」
『雨音』に似た刃紋を持つ刀を創生する。自らが持つには普段、扱っている形状の得物が一番だ。俺は虚空から刀を引き抜き、右手で持ち構える。猛然と斬りかかってくる元春の攻撃を刀の腹で受け止める。
「くっ、ぅあああああ!!!」
「………………」
光線剣の切れ味が凄いのは以前の芹香の説明からわかる。もちろん、模擬戦前に感覚武装の扱いを教えてもらった元春もだ。光線剣で斬り結んでも、クオリアの刃は折れない。打ち合う事ができると思った元春はまるでしなやかな鞭を振るうかのように、怒涛の勢いで攻め立ててくる。それを宗士郎は難なく受け止め、時には受け流すだけで自分から攻撃しようとはしない。
「なんで攻めない! 俺が弱いからか!? っ!」
攻撃を弾くと同時に背後へとバックステップし、距離を離す。
「正直、驚いた。まさか本当に斬れないとは……自信あったんだけどな」
「俺だって驚いたさ。でもわかった! これがあれば、俺だって戦えるんだ! みんなと一緒に!」
「ははっ、そうだな。仲間が増えると頼もしいな……」
「……鳴神っ」
「――なんて、言うとでも思ったか?」
「えっ……?」
次は俺も一緒に戦う! と元春は言おうとしたのだろうが、寸前の所で俺は言葉を遮った。
「実力云々の話じゃない。俺もお前と肩を並べたかったが、不安要素のあるお前を連れていけない」
「は、何言って……?」
「なあ、なんで元春は今まで散々苛めてきた榎本を許せたんだ?」
徐々に核心に迫るために、俺は声のトーンを低くし、問いかけるように切っ先を元春に向けた。
「そ、それはっ、本当に気にしてないからでっ……」
「本当にそうか? そんな奴殺してやりたい程に憎むと思うけどな。直接暴力は振るわれなくても、〝落ちこぼれ〟と揶揄され、精神的に追い詰められるのは相当心労がかさむと思うんだが」
「俺はっ、本当に気にしてないっ」
「嘘をつくなよ、落ちこぼれ?」
「っ!?」
俺は元春が最も気にしてるであろう言葉を突き付ける。元春は動揺し、金縛りにでもあったように身を固めたのを見逃さず、無拍子で一瞬のうちに距離を詰めて袈裟懸けに斬ろうとすると、元春は光線剣を横に持って防御の構えを取る。
「――おぶっ!?」
俺は咄嗟に動きを中断し、踏み込んでいた脚とは逆の脚で元春の下腹部がめり込むほどに強く突き上げる。中の空気を強制的に吐き出さされた元春は蹴り上げられた衝撃で、地面を転がった。
「っ……おぼぇ!? っげほっごほっ!? その刀しか使わないんっ、じゃっ……」
「使わないなんて一言も言ってないし、警戒しておくべきだろ」
「そんなっげほっげほ!?」
「話を戻すが、本当に榎本を憎んでないのか? さっきの言葉で身体が固まるってことはお前自身、思う所があって、まだ脱却できてないんだろ?」
〝落ちこぼれ〟という単語で身体が竦み、硬直したということは元春が亮を恨んでいる可能性がまだあるということだ。元春の深層意識を知るべく、俺はさらに畳みかける。
「さっき凛さんに頼んで、COQ内の音を遮断してもらった。心の奥底でドス黒いもんを飼ってるなら、いっそ吐き出してしまえ。本当に許せなくて、榎本を手にかけたいと思うならすればいい。……お前にその度胸があるならな」
先程のお願いとはこの事だ。
心に巣くっている闇を知るためには本人が話しやすい場を揃える必要があった。COQ内の出来事は視認できるし、音を拾う事もできる。そういう設定になっているからだ。今頃は「剣戟の音が聞こえない」だの、「何を話しているのか」だの心配している事だろう。
猿でもわかるような蔑んだ声で挑発する。心にもない事を言っている自覚はあるし、最低な事を言っている自覚もあるが、少しはそう考えている部分もある。
正直、元春の気持ちが晴れるなら、亮自らが言っていたように好きにすればいい。それで少しでも気持ちが晴れるのならば、だが……
「――許せるわけ、ないじゃないか……」
元春が低い声で、ヘドロをまき散らすように口にする。
「俺がどれだけの苦痛を味わったと思う!? 俺や和人が蔑みの言葉をかけられている時、他のクラスメイト見ているだけだったじゃないかっ! 鳴神や沢渡達は相談に乗ってくれたり、優しくしてくれた……。でも俺の心にできた傷はそう簡単に癒えるものじゃない!!! 榎本の気持ちはわかった、でもっ! 殺したい! 今までの時間を返せ! お前も俺と同じ苦しみを味わえばいいんだ! って、考えちまうんだよぉ!」
「っく……!」
型などへったくれもない乱雑な動きで、がむしゃらに剣を振るう元春。剣と刀がぶつかり合う度、元春の気持ちを代弁するかのように甲高い音が悲鳴を上げる。
「わからないかこの気持ち!? わからないだろうなあ! 異能を持っていてっ、誰かを守る力もあってっ、皆から慕われているお前なんかにっ!!!」
「ああ、わからねえよ。俺はお前じゃないからな」
ギリギリと鍔迫り合いをしながら答える。
「異能が? 最初は制御できなくて、俺なんかには宝の持ち腐れだと思ったよ。俗に言う〝役立たず〟って奴だ」
「鳴神が……!?」
「俺はそれが嫌で、血反吐を吐きながらも必死に修業した。今度は大切なものがこの手から零れ落ちないために、一滴の命を救い上げるために……。お前は努力しなかったのか……?」
「そんなのっ、異能を持っていなければ何の意味も――」
「ない……だって? なにか思い違いをしてないか、元春。異能を持ってなくても、誰かを助けることはできる。学園長である宗吉さんは俺達が安心して暮らせるように日々、奮闘しているし、うちのクラスの田村だって、異能が発現していなくても、持ち前の元気で誰かを支えている。元春……お前だって、いつか皆の役に立つ為に、魔物の生態系やそれに関する知識を蓄えてたんじゃないのか?」
俺は知っていた。
下校時間だというのに先生に許可をもらって、毎晩知識を蓄えていたことを。いつかきっと役に立つと研究ノートを何冊も積み上げていたことも。
「強くなりたいなら、俺が、俺達が手を貸す。だがもし、お前が力を外に求めるのなら、お前が自分を信じきれなかった外道に成り下がるという事を忘れるな」
言いたい事は全て言った。
元春の情に訴えかけ、ひとまずは本音を引き出す事に成功したようだ。だが、力を内に、仲間に求めるのではなく、外に求めるのならば、既に亮が言っていた『あの人』とやらが元春に接触している事になる。
そいつに接触していて、仮に「今よりも強い力を授けよう」と甘い悪魔の囁きで誘われていたとするならば、不気味な笑みを浮かべていたのにも納得がいく。力を手に入れて、「無能じゃない、落ちこぼれじゃない」と亮を見下していた事になるからだ。
力を手に入れたとして、使わない理由はまだ手に入れてないか、そうする事ができないの二択だ。まだそういった展開になっていなければ、いらぬ心配で済むだろう。
俺は元春の反応を注意深く観察する。
「…………鳴神は、俺を、裏切らないよな?」
「ああ、約束する」
「……ふぅ。なら、俺も榎本を認める努力をする。自分を好きになれるようにも……」
言動から察するに、どうやら杞憂だったようだ。つい先程まで顔に滲み出ていた元春の闇は薄れているように見えた。
穏やかな顔で元春はゆっくりと立ち上がり、光線剣を構える。模擬戦はまだ終わっていないのだ。仕切り直しだと言わんばかりに元春は笑う。
「じゃあ、模擬戦を続けるか。そろそろ決着をつけないと後がつっかかえるからな」
「ああ、行くぞ! 鳴神!」
俺は両手で柄を軽く握り、技の構えをとる。立ち直った元春へと餞別だ。鳴神流の奥義の一つをくれてやる。
元春の汗が頬を伝い、地面に落ちた瞬間、宗士郎と元春は弾かれたように肉薄する。
「おぉあああああ!!!」
「せぁあっ!!!」
元春が上段から金槌を叩き下ろすかのように光線剣を振りかぶった。
俺は闘氣法で身体能力を強化させ、身体の強度と筋力を大幅に向上させる。そして、光線剣の腹へと寸分の狂いもなく上下から――二方向同時に強化した身体から繰り出される神速の二連撃がクオリアの刀身を噛み砕き、屠った。
クオリア刀身が砕かれ、光となった事によって、元春の顔が驚愕の一色に塗りつぶされる。
「なっ――!?」
「鳴神流奥義――」
武器を失った亮にバリアジャケットを刈り取る一撃を見舞う。
「――剣龍之顎門ッ!!!」
「ぅっ、ぐっわぁあああああああああッ!?」
半分程残ったバリアジャケットが一瞬の内に0となる。軽減していてもなお、強い痛みが身体を駆け抜け、元春の意識は倒れるのと同時に薄れていった。
「佐々木君のバリアジャケット全損により、勝者! 鳴神君!」
勝敗が決した事で、凛が勝者である宗士郎の名前を呼びあげる。
「はぁ………………」
少し息の上がった呼吸を落ち着かせる為に、息を吐いて深呼吸する。息が整ったのを見計らい、刀剣召喚で創生した刀を虚空へと消し、響達の元へ歩を進める。
案の定、「何も聞こえなかった」だの、「何を話していた」だの聞かれたが、俺は何でもないと答えることにした。模擬戦の中で吐き出した元春の本音。中々根深いものだったが、最終的には良い結果にはなったと思う。これからは仲の良い友人として、元春と亮が接するかはわからないが時間が解決してくれるだろう。
戦闘が終了した後も模擬戦は滞りなく進み、三限目の授業はチャイムが鳴ると同時に終わりを告げた。芹香が「良いデータが取れたっすー!」と喜々として凛に報告していたので、感覚武装の試験運用は上々の結果といえる。
模擬戦の後、更衣室で着替えていた所に亮が話しかけてきて、模擬戦でのやり取りについて根掘り葉掘り聞かれまくった。
どうやら何をしていたか察しはついていたようで、元春の心の叫びを話してやると「……そうかぁ」と静かに答え、口角がほんの少しだけ吊り上がっていた。自分で聞けなかった事を残念そうにしながらも、「ようやく本音が聞けて良かった」と嬉しそうにしていた。
そのまま事は何事もなく収まったかのように見えた…………
話していた宗士郎達を物陰から様子を窺っていた者が甘言に耳を傾けてしまうまでは――――




