第三十話 みなもVS亮
「いくよ、榎本君!」
「こっちのセリフだ、いくぞ桜庭ぁ!」
第一試合、最初に攻撃したのは亮だった。炎上籠手を解放し、手始めに火弾を二発放った。
「神敵拒絶ッ!」
みなもはそれらを難なく神敵拒絶の光盾を防ぐと、亮を中心としてコンパスで円を描くように走り出す。それと同時に亮の目の前で光盾を出現させ、叩きつけようとする。
「なっ!? ぐぅ!?」
突然の攻撃に驚いた亮は両腕をクロスさせる事で、鳩尾へと攻撃を寸前の所でシャットアウトした。そして異能の火力を上げる事で光盾を破壊する事に成功する。
「やるな、桜庭……あ?」
先程まで走り回っていたみなもが視界から消える。爆炎を纏った腕をクロスした瞬間、腕が死角となってしまい、見失ってしまったのだ。
障壁の外にいるクラスメイト達はどこにいるかわかっているが、中の情報を教えるのは御法度になっている。これは『学内戦』のルールに基づいた物で、あくまでも『一対一』を突き詰めているので、誰かが教えたりすると、その人は罰則を喰らうのだ。
「どこだ、どこにいる……」
亮が周りを見渡すが、見当たらない。周りを探しても見つからないのは当然だった。
なぜなら、みなもは空中に浮いていた――否、立っていたからだ。
(まだ気付いていないみたいだね……)
みなもは神敵拒絶で作り出した光盾を足場に螺旋階段を上るように空中に昇っていた。
(最初からだったから、どう攻めるとか何も考えてなかったよ〜。でも、今のでわかったかも――榎本君の弱点が……)
みなもは考えを巡らせ、攻め方を決めた。
立ったまま光盾を下へとゆっくり下げる。音もなく近く様は獲物を狙う狩人のようだ。みなもは亮の背後へと無音で降り立つ。
空気の揺らぎや降りる最中に風ができたりして気付きそうなものだが、亮の異能の特性上、炎上している腕が察知する事を妨げているのだ。
「――ああ、もうしゃらくせえ……!」
(……え?)
みなもは攻撃を仕掛けようとしていたが、亮が突然左手を掲げると、ある技のトリガーを口にする。
「煉獄連雨ッ!!!」
口にすると同時に火山の噴火の如く発射された炎弾が無差別に辺りを焼き尽くしていく。その光景はまさに火炎地獄とも称すべきものだった。
「くぅ……ぅあああっ!?」
無差別に降り注ぐ炎弾を防ぐ為、光盾ではなくバリアのような障壁を身体全体を覆うように展開する。炎弾の尽くが地面を焼き、みなものバリアをも隕石の様に砕きにくる。
そのまま何度か被弾して障壁にヒビが入ってしまい、遂には音を立てて砕かれてしまった。降り注ぐ炎弾が追い討ちをかける様にみなもに着弾し、バリアジャケットを大きくけずられてしまう。
「あうっ!? くっ、あはっ!?」
みなもの身体はボールの様に跳ね飛び、ゴロゴロと転がっていく。身体を打ち付けた衝撃で、その部分が痛み、熱を持つようになった。
「見つけたぞ、桜庭ぁ」
音を立てて転がって為、みなもの位置が完全にバレてしまった。亮は両腕の火力を上げてゆっくりと近く。
当初の予定とは違ったが、みなもにある機会を巡ってきていた……
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障壁の外で戦いを見守っていた響はみなもが吹っ飛んだのを見て心配していた。
「桜庭さん、最初から異能を連発した上に榎本の炎弾をくらってたから、やばいんじゃないのか? 体内にあるクオリアもバリアジャケットの数値も今のでかなり減った気がするんだけど……」
「さあな、今までの戦いを見てクオリアの量は平均の250よりは上だと思うが……」
一般的なクオリアの量の平均は250であり、エルード戦や亮の戦いから推測してみると、大体300〜400の間くらいだと宗士郎は当たりをつけた。
過去最高のクオリアの数値は470であり、みなもの数値が約400くらいだとするならば、宗士郎と同じ数値であり、トップクラスのより少し下のレベルという事になる。
「桜庭さんの入学当初の数値は380程ですよ。今は390程にまで上昇していますが……」
すると近くに来ていた凛がみなものクオリアの数値を教えてくれる。手に持った端末にはみなもと亮のクオリアの量とバリアジャケットの数値が表示されている。
「限界を超えて異能を行使する事で、クオリアの量をほんの少しずつ上昇させる事ができるんでしたね。今まで、二回の修羅場を超えてきたから当然といえば当然ですが」
「そんなに多いのか!? 俺よりも数値、上じゃん!」
「その人が持つクオリアの量に応じてバリアジャケットが構成される訳ですから、多いといえば多いですね。しかし、先程の炎弾をまともに喰らい、身体的ダメージも喰らったとなると、桜庭さんは相当ピンチですね」
限界を超えて異能を使う事で、微量ながらクオリアの量は増大していく。宗士郎も最初は平均並みの量だったが、数々の戦いを乗り越えて数値は上昇している。響が現在、340程度でみなもと差が大きく開いている。
亮の数値は350とみなもよりは下だが、先程の攻撃でクオリアの量など関係なくなる程に形勢が逆転してしまった。
「先程のでバリアジャケットの数値が130程になってしまったので、数発攻撃をもらってしまうと桜庭さんの負けですね」
「な、なあ宗士郎? 桜庭さんは勝てると思うか……?」
「今、桜庭が狙ってる事が成功すればあるいはって感じだな」
「……狙ってる事?」
宗士郎は動かないみなもの狙いに気付いていた。
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「さっきは驚いたが、これでお仕舞いにしてやるよぉ」
亮はみなもの正面まで立っていた。痛みで動けないみなもに向けて、両手の掌底をと合わせて開く。炎上している両腕のと火力が迸るように増し、両手にエネルギーが収束していく。エネルギーは〝火〟とは形容できないほどにその大きさを増していき、バスケットボール程の大きさにまで膨張していた。
「覚悟はいいかぁ、桜庭ぁ?」
「動けない相手を、前にして、随分とっ……余裕なんだね……。転がった瞬間にその技を放てば、榎本君の勝ち、なのに…………」
「? 確かにその通りだが、それじゃあつまらねえだろぉ? 諦めて降参すれば撃たないでやるよぉ」
亮の提案にみなもは、にへらっと笑って……
「そうだね、諦める事するよ……」
「そうか、なら――」
降参しろ、と言おうとした瞬間、
「――降参するのをね!」
「なに!?」
神敵拒絶で作った光盾で、身体を弾かれたように押し出し、一瞬にして亮に肉薄する。驚いた亮は慌てて、両手に収束していたエネルギーをみなもに向けて放つが……
「神敵拒絶っ!」
亮の背後に逃げ場を無くす為の障壁を展開する。それと同時に左手にバックラーのような光盾を出現させ、放出された爆炎のエネルギーを左手で方向を変えて往なし、右手を亮の腹部に当て、ほぼゼロ距離で光盾を叩きつけた。
「があ――……っ!?」
光盾と障壁の二つでプレスされたように衝撃を余さず腹部に入った。いくらバリアジャケットで痛みが軽減されるとはいえ、至近距離で叩きつけられたのだ。軽症で済むには程遠い威力。倒れないはずがない。
マ操り人形の糸が切れたように崩れ落ちる亮。
気絶したと思ったみなもは異能を解除し、構えを解いた。
「榎本君は技後の隙が大きすぎるよ。さっき転がった時に撃っていたら、勝てたのに……」
倒れている亮に向かって話しかける。聞こえてないだろうが、言いたくなってしまったので吐き出してしまう。
「さてと、模擬戦終了だね! 早くCOQ解けないかな〜」
みなもは背を向ける。勝ったのだから試合終了と考えているようだ。
「? 神代先生、まだ解かないのかな? なんで――」
解かないんだろ、と言おうとした瞬間、
「――やっぱりお前は残念な奴だよ、桜庭ぁ」
「え――」
背後から聞こえた、聞こえないはずの声とともに爆炎に呑まれ、みなもは意識を失った。
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「……ぃ――……」
みなもを呼ぶ声が聞こえる。
「……んぅ〜」
「――起きろ! この残念娘がっ!?」
「きゃっ!?」
怒声とともにきた頭部への衝撃によって、意識が浮上する。
「痛いよぉ、何するの〜?」
「残念娘に対する教育」
目を開けた先にいたのは呆れた顔を宗士郎だった。何気に失礼な事を言っているが、起きたばかりのみなもにはわからなかったようだ。
「全く、狙いは良かったのに最後の最後に油断しやがって。前に説明したろ? 勝敗が決するとCOQは自動的に強制終了するって」
「………………あ――」
どうやら思い出したらしい。やばい忘れてた、というようなうっかりさんの顔をしていた。
「全く、覚えておこう。〝桜庭は調子に乗るほど残念娘〟と」
「なんて不名誉な称号!?」
「だってそうだろ。気付かれずに背後に立てたのにすぐに攻撃しなかったり……」
「ぐふっ!?」
「ちゃんと説明したのにそれすら忘れるし……」
「かふっ!?」
「油断して構えを解いた上に、異能も解除するし……」
「……す、すびばぜん……お腹いっぱいです」
宗士郎の言葉を発する度、槍のようにみなもに突き刺さる。言葉の槍がみなもの心をえぐり、その度に刺されたような反応していた。
「絶対に気を抜くなとは言わない。戦いが終わった後はむしろ気を抜いてもいい。だけど、ここが戦場で魔物が蔓延っていたとしたら、さっきの油断だけで命を落としかねない。お前が助けたいと思う家族や他の人を助けられなくなる」
「っ……」
「……剣の道だけじゃなく、すべての武道に通ずる事なんだが、〝残心〟――1つの動作が終わっても、緊張を持続させる事が大事だ」
「……残心?」
「最後まで気を抜くなって事だ。何があるかわからない状況では特に、な?」
宗士郎に説教を垂れられて、みなもは心に重く響いたらしい。顔面蒼白状態である。言い過ぎたと思い、思わず柚子葉の頭を撫でるように撫でてしまったが杞憂だったようだ。逆に心の奥深くに戒めとして、刻み込んだようだ。理解したとわかる顔をしている。
説教が終わった二人のもとに、みなもの対戦者だった亮が歩いてくる。
「終わったかぁ? 鳴神ぃ」
「ああ、終わったよ。言いたい事があるなら手短にな。凛さんが次の模擬戦を待ってくれてるんだし」
「お前は手短でもなかったろうがぁ。ったく、おい桜庭」
「うん、何……?」
「お前の〝技の後の隙が大きい〟っていう指摘、間違ってなかったんだぜ? 実際、最後のあの技は溜めが必要だったからなぁ」
「やっぱりそうだったんだね、すぐにわかったよ」
「でも鳴神の言う通り、最後にお前は油断した。だから俺が密かに設置していた罠に気付かずにやられたわけだ」
「うぐっ……でも今度は負けないからね! 次は私が勝つよっ!」
「ははっ! そうだなぁ、次も勝つけどなぁ?」
二人の間にライバル関係が生まれたらしい。二人ともいい顔をしている。次の模擬戦が始まるので、亮は自分の立ち位置に戻るようだ。
「――桜庭ぁ」
歩き始めてすぐに足を止める。振り向かずに亮は言葉を続ける。
「最後の一撃、効いたぜ。次も楽しみにしてる」
返事も聞かずに言葉を残して、戻っていく。みなもの心は亮の一言で、言い知れぬ喜びに満ちていた。
人生初の模擬戦。
それはみなもに大事な教訓と好敵手を得た、素晴らしい一戦だった。




