第二十七話 真面目に授業?
宗士郎の父である蒼仁が近畿へと旅立った日から一日が過ぎた。翠玲学園学内戦まで残り四日。
今は二時限目の授業を受けている最中だ。
翠玲学園は異能に目覚めた子供達と非異能力者を集めた学園だ。だが、魔物という脅威があるにもかかわらず、戦闘訓練だけでなく学期末のテストに向けて、普通の勉強もする必要がある。
『学内戦』が戦闘訓練の成果を見せる場なら、『学期末テスト』は数学・国語・社会などの普通の教科に加えて、ここ十年で培った魔物に対する知識や心得などの『魔物史』、異界の門の向こう側――異界に関する知識、異種族の事などの『異界史』の勉強の成果を見せる場である。
特に『魔物史』と『異界史』は年々、否――数ヶ月単位で新しく発見する事が多く、それすらもテストの範囲に入ってしまうので、要注意科目である。
ちなみに英語は学ぶ必要性がなくなった為、科目から除外されている。
「――魔物の危険度はS〜Eに分けられており、過去数度にわたり危険度Sの魔物が出現し、大勢の死者が出ました。その度に異能を持った若い先生と学内戦上位者の集団で討伐しています。ですが、過去に一度だけ討伐できなかった危険度Sの魔物がいます。――桜庭さん、わかりますか?」
担任の牧原先生に問われるみなも。みなもは立って、答える。
「えと、ディザスター・ドラゴンです。災厄を撒き散らす存在として、『禍殃の竜』と呼ばれています」
「正解です。正式名称は少し長いのでD.Dと略しますね。D.Dは『禍殃の竜』の呼び名に相応しい漆黒の姿をしています。鱗は硬く強靭、大気を震撼させ一度で建物を吹き飛ばす程の咆哮、畏怖を覚える程の竜の口から発射される全てを焼き尽くす闇炎。十年前の地震とは別に、D.Dによって大勢の人が亡くなりました――」
数年かけて、ようやく復興できた街並みが今から三年前に突如現れたD.Dによって、全てが無に帰した。
幸いともいうべきか、D.Dが現れたのは翠玲学園から遠く離れた海だったので、街にいた人間は無事だったが、その海を中心に栄えていた港町に住む人間が一人残らず、跡形もなく消し飛んだ。
日本政府はこれを外敵として認め、自衛隊と強力な異能を持つクオリアン・チルドレンを招集し、これの対処に努めた。討伐に出向いたのは先生である凛の世代の人間達と当時、全異能力者の中で突出した戦闘能力を持っていた宗士郎と攻撃能力に秀でた柚子葉、響、そして事象を改変できる楓だった。
大空を飛翔していたD.Dに攻撃を加えるには、まずは落とす必要があった。
凛が異能で作り出した吹雪で動きを鈍らせ、響が爆弾にした大量の石飛礫をヘリにより上空から落とし爆発させて、地に墜とす。D.Dが墜ちた際にできた僅かな隙を縫って、異能によって創生した刀で宗士郎が片翼を斬り落とす。
その後はひたすら全異能力者の集中砲火で命を刈り取る。闇炎を吐こうすれば、楓が時間を巻き戻す。これがD.D討伐における作戦内容だった。
しかし墜とした後、集中砲火するはずだったが、斬り落とされた翼が一瞬の内に元通りになり、ガラ空きだった宗士郎の横っ腹を尻尾で薙ぎ払われ、瀕死の状態になってしまった。
それからはまさに地獄絵図としか形容しようがなかった。
戦線が混乱し、クオリアン・チルドレンの何名かは焼き殺され、叩き潰された。
宗士郎は最後の力を振り絞って創り出した刀を朦朧とする意識だけで、D.Dの竜眼の片方へと突き刺し、それを避雷針として柚子葉の雷撃を浴びせる事に成功した。流石に竜眼から流れた雷撃が痛手を喰らわせられたのか、D.Dは異界の門を通って、逃げ去っていったのだ。
牧原先生が当時の事を思い出すようにみなもに説明する。まだ翠玲学園のある地域から離れた所に住んでいたみなもは現場から遠かった事や、本人に魔物との戦闘経験がなかった事が影響して招集すらされなかったので、当時の状況は伝聞でしか知る術がなかった。
「桜庭さんは知らなかったでしょうが、D.D討伐の際に討伐メンバーの中に鳴神君と沢渡君がいたんですよ? D.Dに痛手を負わせるも、逃げられてしまい、宗士郎君は重傷を負ってしまいましたが……」
「えっ、嘘、大丈夫だったの!? 鳴神君!?」
「今ここにいるわけだから、大丈夫だ。雛璃ちゃん――柚子葉の友達の異能で完治はしたんだが、いかんせんダメージが深かったのか二週間近くは眠ったままだったな」
「だな、俺も宗士郎が起きなくてかなり心配したが、柚子葉ちゃんと楓さんが一番取り乱してたな!」
瀕死の状態になった宗士郎を思い出してか、牧原先生が宗士郎に視線を送る。
みなもに心配されるが、宗士郎は唇を噛み締め、辛さ、悔しさ、悲しさが入り混じった表情を浮かべる。その時の事は既に良い思い出のように変わっていた呑気な響は一人で笑っていた。
宗士郎を大事に思う柚子葉と楓は、完治したのに全く起きる気配のない宗士郎を見て、悲しみに暮れていた。宗士郎が起きた時には、泣かれたり、怒られたりもしたものだ。
D.Dによる危機は去ったものの、死者が出ててしまい、D.Dを討伐する事は叶わなかった。
現在の学園、日本政府の目標はD.Dを討伐できる程のクオリアン・チルドレンを育成する事にある。
その為に授業で自分に教えられる事が知識だけの牧原先生は自らの不甲斐なさを嘆くように吐露する。
「異能を持っていない私は授業で教える事しか出来ないのがとても悔しい、です……自分よりも年下の子供達を戦地に送る為に日々、魔物の特徴や習性を研究し、貴方達に教える事しか出来ないのが、本当に……っ、悔しいのです。私も異能を持っていれば……っ」
「牧原先生! 泣かないで!」
「先生の授業は私達の助けになってます!」
蘭子や幸子、他のクラスメイト達が慰める。
「そう、ですか……助けになってますか。それは良かった、先生も自信が湧いてきました。ふふ、お見苦しい所をお見せしましたね」
「そんな事ないぜ、先生! 俺みたいなバカがまだ生きてるのは先生のお陰なんだからさ!」
響がバカなりのフォローするが、宗士郎によって茶化されてしまう。
「バカって認めたか。まあ確かにお前が生きてるのもサポートする人が居てこそ、だからな」
「何おうっ!? 宗士郎こそ、強い相手には笑わずにはいられない戦闘狂の癖によっ!」
「ほう、やるか? 喧嘩なら買うぞ。ま、俺の圧勝だろうがな!」
ガタッ! と席を立ち、対峙する。
いいぞいいぞ〜! やれ〜やれ〜っ! とクラスメイトが事態を加熱させる。だが、その空気に異を唱える者がいた。
「授業中なんだから喧嘩しちゃダメだよーっ!」
突如、横から聞こえてきた声と共に光盾が宗士郎と響の二人へと迫り、
「ほぐぁ!?」
見事に響だけが光盾に吹き飛ばされ、壁に激突する。ちゃっかり宗士郎だけは光盾を斬り捨てていた。
「教室で異能を使うなよ、桜庭。見ろ、響が岩盤に叩きつけられた誇り高き戦闘民族の王子様みたいになってるだろうが」
「謝って!? 誇り高き王子をネタに使わないで!?」
「いや、だってさ……振り向いた瞬間、叩きつけられてただろ? まんま王子じゃねえか」
「言い訳無用! 鳴神君、今は授業中だし先生の邪魔をしないの!」
「大丈夫だ、ほら」
説教している最中に宗士郎は教卓に視線を向ける。わざわざ説教を止めたのだから、何かあるのだろうとみなもは視線を向ける。がしかし、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ? 牧原先生は?」
「牧原先生なら、『もうこんな空気には耐えられません! みんな自習っ!』って言って、教室からでていった、よ?」
すかさず幸子が補足してくれる。どうやらみなもの自己紹介の時同様、混沌と化しそうな教室にはいたくなかった牧原先生は遁走したようだった。
「な? 大丈夫だろ?」
「何が『な? 大丈夫だろ?』なのっ!? 牧原先生がいないんじゃ、授業にならないでしょ!?」
「そこも大丈夫だ、ほら」
再び宗士郎が教卓――いや教卓の上にある壁時計に視線を向ける。みなもが視線を向けた瞬間――
キーンコーンカーンコーン!
あまりにも呆気なくなったそのチャイムはこの場の空気を冷却すると共に、授業の終わりを告げた。
「へっ? えっ、ちょっ、えっ!?」
「授業終了。つまり、休み時間だ。これで思う存分、やり合えるぞ」
「え〜〜〜〜〜〜っ!?」
みなもは自分が手を出さなければ残りの少ない時間、授業が続いたのでは? と後悔し、教室中にみなもの絶叫が木霊したのだった。
なお、三時限目の修練場での授業が始まっても、響は教室に放置されたままであった。




