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第13話 愛の告白は唐突である

 雨が降ろうと槍が降ろうと決して中止にしないもの。それが体育の授業である。いや、さすがに槍が降ったらどうなるかは知らんけど。


 昼食を終えた俺たちは体育の授業を迎えた。体育館を2つに分けて、男女それぞれバレーボールをするらしい。

 開け放った戸の向こうでは雨足が先ほどより強まっている様子が見えて、たくさんの湿気と雨の匂いがここまで届く。


 ふと横を見ると、ユウリは端っこのほうに座っていた。


「見学か。身体が弱いのかな」


 それにしてはなぜ体操服に着替えているのだろう。

 最初のうちこそ興味津々で周囲を眺めていたけれど、やがて所在なさげに小さな身体をさらに小さくしていた。


 うーん、誘いの言葉をかけていいのか分からないな。あの見学もオズガルド家がそう決めているのかもしれないし。そう思っていると背後から近づく者がいた。


「群青、あいつって本当に男なのか? あとで着替えのときにお前が確かめろよ。そういうのが得意だって女子から聞いたぞ」


 しないから。覗きや盗撮なんてしたことないから。

 わっと泣きそうな顔で振り返ると、そこには同じクラスのむさ苦しい男がいた。んもー、今日はめっちゃ絡まれる。もしかして厄日かな。


「お、どこのクラスにもいそうなモブ……じゃない、藻武。どうしたんだ、急に話しかけてきて。プログラム上の謎イベントが始まったのか? あんまり興味ないから、NPCみたいにその辺の同じ場所をウロウロしてろよ。そういうのが得意だって女子から聞いたぞ」


 そう口にしたが藻武は言われた意味が分からず、しばらくぽかんとする。それからだんだんと不機嫌そうな顔つきに変わってゆく。


「……お、お前さ、東京者だったくせに生意気なんだよ。今日という今日は叩きのめすからな。この白球で勝負しろ」

「AIのくせに人間に挑むとはいい度胸だ。負けたらさらに地味な髪型にして、背景に溶け込ませてやるから覚えとけよ」

「その言葉、群青こそちゃんと覚えておけ! 楽しみだよ、お前を丸刈りにできる瞬間がよお!」


 売り言葉に買い言葉である。

 アホらしいと思いはするけど、男子たるもの悪口を言った相手は土下座するまで許してはいけないのだ。間違いない。


 などという本当に下らないことがきっかけで、高校生ならだれでも一度は体験する「丸刈りデスマッチ」は幕を開けた。え、したことないって? なんで?


 バンバンバンッ、とボールをどれだけ憎んでいるのかは知らないが、 藻武は床にバウンドさせてから助走する。そして跳躍するや空中で背中を逸らして――あ、やべ、こいつ経験者だ――ドダンッとコートの端っこに叩きつけてきた。


「見たか、ゴラアッ!」

「どうしたの、あいつ。すごくやる気になってんだけど。気持ち悪くない?」

「群青が焚きつけたせいだろ! 俺たちまで変な勝負に巻き込むなよ!」

「ああ、一緒に丸刈りにされるなんて青春っぽくって楽しみだな。あとで記念撮影しようぜ」

「おいいいっ、頼むから本気で巻き込まないでくれよっっ!! 誰か、俺と替わってくれっ!! お願いだっ!!」


 泣こうがわめこうが勝負はもう始まっているんだ。逃げるのは丸刈りにされたあとだぜ、ボーイ。なぜならば俺たちの担任だったゴリラ先生は体育教師にチェンジしたらしく、あそこで愉快そうに眺めているからだ。バリカン片手にな。


 おげえ、と悲鳴を上げるチームメイトは滑稽だったよ。うんうん、こうやって苦しみを分かちあってこそ友達だよな。


「ど、どうにかしろよ群青! お前が言い出したことだぞ!」

「あんまりうろたえるなよ。そんな顔をしていると相手に舐められるぞ」


 男子たるもの恐れや不安を顔に出したらいけないんだぜ。俺のばあちゃんが言っていたんだから間違いない。


 さて、バレーボールというのはとにかくルール改定の多い種目だ。

 やれラリー制だ、サーブがネットにかかるのはアウトだセーフだ。意味の分からないリベロ導入。真ん中の線を踏むのはアウトじゃなくってセーフにするね。とかとかとか、細かな変更がありすぎて学校の授業ではどれを採用していいのか分からない領域にまで達してしまった。


 しかしいくらルールが変わろうと、共通して言えるのは「一人ではうまくなれない」という点だろう。これはサッカーでも野球でも同じで、そもそも一人ではゲームが一切できないのだ。

 なので基本的にはバレー部員には敵わない。相手にするだけ無駄だ。たぶんみんなはそう考えると思う。


 しかし果たしてこれを見ても同じことが言えるだろうか。


 シュンッと斜めの回転を与えながら、ボールを空中に放り投げる。それから俺はジャンプなどせず両脚で踏ん張り、ほぼ真上に向かって打ち上げた。回転はさらに強まり、シュッという音だけを残して消えてゆく。


 お、お、おー、という声が辺りから聞こえてくる。

 なかなか落ちてこないボールを見て驚いたのだろう。たとえ一人きりであろうとも臨海公園という場所さえあれば修行に打ち込むことも可能なのだよ。そう、サーブだけならね!


「喰らえ、スポーツができて女子にモテたいという一心で編み出した俺の天井サーブを!」

「「悲しすぎるけど気持ちが分かって辛い」」


 ドバダンッ! という形容しづらい音が響き、これ以上ない回転をかけたボールが明後日の方向に飛んで行く。それを見て、わっと俺の仲間たちが歓声を上げた。

 おーおー、急にやる気になっちゃって。まったく頼もしい連中だぜ。


「藻武、てめえもうすぐ丸刈りだからなあっ!」

「ギャーハハハ! あいつ目が泳いでんぞ!」


 おーおー、こいつらは本当に現金で、どうしようもない下賤な連中だぜ。


 さて、先ほど言ったようにバレーというのはチームを組まないと上手くなりづらい。当然のこと藻武以外の全員が足を引っ張る存在なので、実はそこまで力の差が出づらかったりする。トスなんていくら待っても来るわけないし。

 ま、これが個人技の光るバスケだったら話は別だったけどな。


 そもそも思ったところにボールを飛ばせない連中ぞろいだ。当然のこと試合は途中からグダってきて、しかし両チームとも丸刈りがかかっているから決して手を抜けない。技術も体力も品性も爽やかさもまったくないけれど、気迫だけが異様に高いスポーツと化した。


 オオオ、という音が聞こえそうなほどコートには男たちの気迫が満ちている。うーん、ピリッとしたこの空気、たまんねーな。


 振り返る連中は「やれ、群青」「男を見せろ」という目をしており、自然と肩に力が入る。しかし無駄な力などではない。

 やろうぜ。やってやろうぜ。俺たちのような底辺だって、泣いている相手を丸刈りにできるって証明してやろうぜ、と思うんだ。正直なところクッソ楽しくなってきた。


「群青君!」


 しかしそのとき後ろから声をかけられて、ボールを片手に振り返る。すると見学中なのに鉢巻きをつけているユウリが助けて欲しそうに俺を見ていた。


 指先を向ける先は体育館の外であり、ふと周囲を見回すと――雨ケ崎の姿が見えない。


 んー、んー、と唸りながら俺はしばし悩む。

 ラスト一球だしすぐ終わる状況ではあるものの、しかし先ほど視界の端でちらりと見た光景は、雨ケ崎がだれかに呼び出されて体育館を後にする姿であり……。


「んんーーっ、しゃーない! 南無さんっ!」


 ドパアッ、と勢いよく真下からボールを叩いて、結果も見ずに俺は駆けだす。コートから出るのは反則かもしれないけれど、いまはたぶんそんなことを言っている余裕はない。


「群青、どこに行くんだよ! ゲームは!?」

「すまん、あとは任せた。負けても俺と藻武だけの約束だし、気にしないでくれ」


 天井サーブの行方を見届けたかったけど、しかし嫌な予感に背を押されて俺はすぐ裏のドアから外に出る。

 ユウリが後を追ってきたけど、みるみるうちに離れてゆく。そのとき足をもつれさせながら彼にしては大きな声を響かせた。


「群青君! さっき雨ケ崎さんが知らない人に呼び出されて、そこに上級生の男の人もいた!」

「ありがとう、ユウリ。そこで待っていてくれ!」


 あー、もー、今日は本当に厄日だ。

 色んな連中に絡まれるし、もうすぐ丸刈りにされるかもしれない。わっと背後で沸く歓声がどちらの勝利によるものかを本当は知りたかった。


「でも、この感じは前も味わったことがあるしなぁ。あいつもホイホイとついていく癖をどうにかして欲しいよ」


 こうやっていつも心配するのは、幼馴染に危機感が乏しいせいだと思う。

 毒舌で相手が引いてくれればいい。だけど男性が腕力で訴えた場合、なにもできない立場になってしまうと気づいて欲しい。


 だから俺にしては珍しくむっすりと不機嫌そうな表情で廊下を走る。向かうべきところも分かっている。全部分かっているけど、やっぱり胸のモヤモヤだけは晴れない。まるでこの梅雨空のように。


 近道を選ぶため、屋根のない泥道を俺は走り始めた。


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[良い点] 更新早すぎません? [気になる点] 一応「ラリー製」を「ラリー制」に誤字報告しましたが、わざとなら無視してくれて構いません… [一言] これからも頑張ってください。
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