閑話その2 彼女の選択
「おら、ロングソード20本追加!」
「はいさー、そこに突っ込んどいて。あ、素材も忘れないでよ」
「分かっているよ!ここ入れとくぞ!」
ここはいつも誰かが怒鳴っているな。
これがこのチームを率いるリーダーがこの場所を表した台詞である。
生産職チーム「クラフトマンズ・ワーク」のチームルームの一室。製作に使う様々な施設を無理やり一室に詰め込んだこの部屋。通称工房である。
チームランクが上がり専用の部屋が使えるようになった時に真っ先に造ったのが部屋だ。
その部屋の隅の方で持ち込まれた長剣を打ち直す一人の少女。
名をキア、かつてセンを騙す形で他プレイヤーに売ったことのある人物だ。
その結果ミニッツの手によってヤクミチへと引き渡され生産職全体の信用を下げたとして無理やりチームに所属させられた過去を持つ。
キアが行っている作業は持ち込まれる武器の耐久度を回復するという作業でチーム内でも人気の無い仕事である。
その理由は生産職に就くプレイヤー、とりわけこのチームに所属するメンバーは基本的に自分の作る武器や防具を世に広める、または周囲を驚かせるような独自のアイデアを盛り込んだ装備を作りたいという欲求があるからだ。職人と言うよりクリエイター気質が強い。
その為、何を好き好んで他人の作った武器を直すだけの仕事をするのかとの不満も出るのだ。
クラフトマンズ・ワークは通常時は持ち回り制になっているその人気のない作業をチーム内規約に反したチームメイトが集中して受け持つ罰とした。通称「千本打ち」である。
そして現在の罰を受けているのはキアと言うわけだ。
「よう、精が出るな」
ひたすら持ち込まれた武器を打ち直しているキアの許にチームの副リーダーであるヤクミチが訪れた。
「何ですか、副リーダーともあろうお方が私のような下っ端にどのような用事があるのでしょうか」
「そう、ふてくされるなよ。そもそもそうなっているのは生産職の信頼を落としたお前の自業自得だろうが」
「・・・ぐぅ」
実は言うとそうでは無かったりする。
確かにキアはセンを騙すと言う形で生産職の信頼を落としはしたが実はその話自体はどこにも広まっていない。
当事者であるキアはもちろん、騎兵士のマルロもそして被害者になるセンもその件について口を噤んでいる。
せいぜいミニッツがヤクミチに相談した程度だ。
では何故広まったかと言うと・・・。
犯人はヤクミチである。
チームに半ば無理やり所属させた後に事情説明と称して主だった生産プレイヤーたちの許にキアを連れて謝罪に回ったのだ。
その時に他のプレイヤーたちは事情を知ることに成る。
後は黙っていてもうわさが広まるといった具合だ。
ちなみにキア自身はその事実に気付いていない。
ひどいマッチポンプである。
「それでホントに何の用ですか。そろそろ作業に戻りたいんですけど」
「ふふ、その必要はないぞ」
「?」
「今ので千本打ち達成。晴れて無罪放免だ」
「え、マジで?でもまだ千本終わってなかったはずだよ」
「ああ、それはお前さんが打ち直した剣の評判が良かったからだ。だからまあ多少免除ってところだな」
「・・・え?」
打ち直した剣は最初は違和感が出るらしく打ち直し直後は慣らしとして弱い魔物と戦うのが常識になっている。
だがキアが打ち直した剣はその違和感が無いらしく好評なのだ。
「お疲れさん。よかったな、俺も手伝ったかいが有ったってもんだ」
自分で罪を被せたようなものだし、手伝いもしていないかなり恩着せがましい。
「それでこれからどうするんだ?」
「え?これから」
「そう、これから」
商都は街の中央に勇士の像がありその東西南北に大通りが存在している。
当初は南側の大通りにしか存在していなかった露店通りも順調に人が増え現在南側と東側の二つの通りに出来上がっている。
その南側の露店通りをボーッとしながら歩き回るりながら考える、ヤクミチから提示されたのは単純な2択。
チームに残るか出るか。
元々キアがチームに所属していたのは罰の要素が強いので罰が終わったのなら残る必要はない。
だか残れるなら残ったほうがメリットは大きい。
何故ならクラフトマンズ・ワークは数多ある生産チームの中でも上位に位置しており、それら生産チーム全体の盟主に近い立場にある。
そこのメンバーであれば一目置かれる存在になるだろうし、実際打ち直した剣の性能の良さと言う実績もある。入りたいと言ってもそう簡単に入れるようなチームではないのだ。
だがキアは迷っていた。
その理由はヤクミチから言われた台詞。
――それはお前さんが打ち直した剣の評判が良かったからだ。
言われた瞬間、何か解らない感情がキアの中で生まれた。
その感情が解らないうちには返事が出来ないとして今は保留にしてもらっている。
露店通りを見て回りながらずっと考えている。その時ある露店が目に入った。
なんてことの無いやりとりだ。
露店で買った武器を早速装備してこれから狩りに出ようかと相談しているパーティー。
ここでならいくらでも目にすることが出来る光景だ。だがその光景に何故か目が奪われた。
そしてその正体に気付く。
嬉しかったんだ。
そして羨ましいんだ。
キアが作る武器はネタ武器と呼ばれ攻撃力は殆どない。
そうなれば当然狩りで使われるようなことは無い。
だから自分が作った武器を狩りで使われることへの羨望。
そして打ち直しとは言え自分が携わった武器が狩りで使われていた喜び。
それがキアの中に生まれた感情だった。
そして思い至るのが、自分の武器を武器として使ってくれている人。
センの存在だ。
彼女が作った武器の中で一番最初に狩りに使った人物。
彼女が大人しく罰を受けていたのは生産職の信頼を貶めたからと言う理由では無く。センに対しての後ろめたさからだ。
その罰も終わりキアの中で後ろめたさも無くなった。
ならば――。
「ヤクミチ、私は決めたよ」
「ほう、それでどうする」
「私はこのチ-ムを抜けて入りたいところがある」
「・・・そうか、お前さんの腕は惜しいが決めたんならしょうがない」
「それじゃ、行くね」
「おい、もうかよ。・・・ま、どこに行くかは何となく分かるけどな」
チームを抜けるキアの姿に迷いはなかった。
「あ、そういえば姐さんにあいさつしてないや、まあ後でもいいか」
あまり後にしてはいけないような用件を後回しにしてギルドのカウンターに向かう。
まずはチーム脱退申請、当然チームの掛け持ちは出来ないので一度抜ける必要がある。
脱退後24時間は次のチームへの加入申請は出来ないのでその間は無所属扱いだ。
「さてと、確かお兄さんのチーム名は・・・」
別のカウンターにあるチーム一覧表を確認しようと目を向けるとそこには先客が居た。
ローブを目深く被り顔は良くわからない。辛うじて女性だと思われる人物だ。
その人物の醸し出す危ない雰囲気を察してか周りのプレイヤーも遠巻きに距離を置いている。
(うわぁ、近づきたくないなぁ)
どのみち申請出来るのは明日だし良いかな。そう考え離れようとしたがたまたまその人物が開いているページが目に入った。
MillionColor
キアが入ろうとしているセンのチームのページだ。
「・・・見つけた」
件の人物がチームリーダー名の部分、センの名前を指でなぞりながら。
「待っててね」
そうつぶやいたのを聞いたキアはクラフトマンズ・ワークを抜けセンのチームに加入する選択を後悔し始めていた。




