第1話スキル授与式⑥よろしく
「まずは、にゃんこの敵クソ野郎、ことセージくんの兄からね。
殺意のありなし、責任能力のありなしで、けっこう裁判長引いたんだけど、結局実刑くらったわ。
殺意の証拠になったのは、上の階のにゃんこ好き男性が、通報した後スマホをセルフィー棒に付けてセージくん家のベランダを撮影してた動画。
映像はブレブレだったけど、音声はばっちり撮れてたから、殺意あったって証明できたの。
さすが、にゃんこ好きよね!
しかも服役中に重度の動物アレルギーを発症して、動物だけじゃなく毛が服についた人間が3m以内に近づいただけで、くしゃみ・鼻水・咳が止まらないようになったの。
無理に近づこうとしたら呼吸困難になって倒れるほどだから、もう二度とにゃんこに悪さできないわ。
ざ・ま・ぁ!」
「にゃっ(それなら安心ね)」
嬉しそうな女神様と、嬉しそうなミーナさんを見て、困る。
女神様の話は、あいかわらず難しくてよくわからないけど、ぼくも『ざまぁ』って言ったほうがいいのかな……。
「で、母親のほうね。
警察にもご近所にもマスコミにも『優ちゃんは悪くない。怒らせるようなことした次男が悪い』って主張したせいで、周囲からドン引きされた。
務め先のスーパーをクビになって、マンションも出ていくよう言われたけど無視して住み続けて、セージくんの保険金で暮らしてた。
裁判中も服役中も週イチペースで長男の面会に通って、『私はずっと優ちゃんの味方よ。出てくるの待ってるから。また一緒に暮らそうね』って言い続けてた。
どうも、二人きりで暮らせるっていうのが嬉しかったみたいね。
それを察した長男がキレて、『全部てめえのせいだクソババァ。野垂れ死にしたとしても、てめえとなんか暮らさねえよ。二度と顔見せんな』って言って、それ以降面会拒否したの。
母親はそれでも会いにいったけど、五回目の面会拒否で発狂して、『あんたたちが邪魔してるせいだ!』とか叫んで、刑務官につかみかかって大暴れして、取りおさえられたの。
その後はもう完全に錯乱しちゃって、『優ちゃんに会わせろ』って暴れ続けるから、結局病院行き。
今も隔離病棟で、ベッドに縛りつけられたまま『優ちゃんに会わせろ』って言ってるわ。
二度と会えないけどね!
ざ・ま・ぁ!」
「にゃう(息子に会えないのが、一番効果的な罰だったのねえ)」
「ねー!」
きゃっきゃとはしゃぐ女神様と話してたミーナさんが、ぼくを見上げて首をかしげる。
「にゃ(セーちゃんどうしたの?)」
「…………お母さんは、どうしてそんなにお兄ちゃんが好きなのかなあって思って……」
ぼくを嫌いなのは、しょうがないけど、どうしてそんなにお兄ちゃんが好きなんだろう。
「にゃう(そういえば不思議ね。女神様、知ってるかしら)」
「あー、ざっくり言うと、母親は、長男のほんとの父親が大好きだったのよ。
生まれた時点で顔が似てるって気づいて、父親の名前を息子につけて、かわいがるぐらいにね。
しかも父親そっくりに育ってきたから、途中からだんだん混同しだして、長男が高校生になった頃から恋人扱いで溺愛してたの。
だから、拒否されて発狂したみたいね」
「え……」
お兄ちゃんが、恋人……?
恋人って、結婚する前の相手じゃなかったっけ……?
お母さんはお父さんと結婚してたのに、お兄ちゃんのほんとのお父さんが恋人だった……?
混乱してると、ミーナさんがまた背伸びして、頬をスリスリしてくれる。
「にゃ(頭がおかしくなった人のことを気にしても意味ないわ)」
「……ミーナさん」
「にゃにゃ(セーちゃんには私がいるわ。それに、優しい家族もいる。前の家族のことは、もう考えなくていいわよ)」
ミーナさんの背中をさりげなく撫でながら、女神様がうんうんうなずく。
「そうよー、ミーナさんのお願いで、絶対キミが幸せになる環境を数年かけて吟味して、ここなら間違いないって町と家族を選んで送り出したんだから。
生まれてから今まで、ずうっと幸せだったでしょ?
前は幸せとは言えない環境だったけど、今はミーナさんも家族もご近所さんも、キミを愛してる。
ほら、聞こえるでしょ」
「……え?」
女神様が、ミーナさんを撫でる手はそのままで、もう片方の手で扉を指さす。
「神官様、ちょっと長すぎませんか」
「そうですね、ですが、本人が出てくるまで開けてはいけないし、声をかけたりして邪魔をしてもいけないんです。
女神様への祈りを妨げることは、誰であろうと許されません」
「それはわかってますけど、でも心配で」
「ねえディル兄、セージ兄どうして出てこないの?」
「どうしてだろうね、心配だね、でももう少し待とう」
「そうだな、一緒に待とう。
おまえもおちつきなさい、セージの邪魔をしちゃいけないよ」
「……そうね、わかったわ。
申し訳ありません、神官様」
「いえ、お気持ちはわかりますので」
心配そうな家族と、神官様の声。
ぼくを、待っててくれてる。
そう思っただけで、心の奥がふわっとあったかくなった。
たよりになる父さん、優しい母さん、かっこいい兄ちゃん、かわいい妹。
ぼくの大事な家族。
「…………うん。
ぼく、今、幸せだよ」
自信を持ってそう言えることが、うれしい。
「だよね!
私、いい仕事した!」
なぜかぐっと握り拳を作って言う女神様に、ミーナさんがうなずく。
「にゃ(ほんとね、ありがとう女神様)」
「どーいたしましてー!
ミーナさんのためなら、なんだってしちゃうよー!」
「にゃ(じゃあ、そろそろおしゃべりは終わりにしましょ。セーちゃんの家族を安心させてあげなきゃ)」
「えっ!?」
女神様がものすごくショックを受けた顔をしてから、しょんぼりうなずく。
「わかった……」
でもすぐにキラっと目を輝かせて、ぼくを見た。
「キミのギフト、解説を見れば基本的な使い方はわかると思うけど、何か疑問があったら呼んでね。
詳しく教えるから!
いつでも、何回でもいいから! ね!」
「……うん、わかった……」
女神様を呼ぶなんて失礼な気がするけど、たぶんミーナさんに会いたいからだろうから、呼ばないほうが失礼、なんだろうなぁ。
「もちろんミーナさんも!
気軽に呼んでね! いつでもすぐ来るから!」
「にゃ(ええ、ありがとう女神様。またね)」
「うん、まったねー!」
手を振りながら、女神様の姿がすうっと消えていく。
「にゃ(さ、セーちゃん、出ましょ)」
「うん……」
膝に乗ってたミーナさんが降りたから、立ちあがると、今度は肩にひょいっと乗ってくる。
いつもの重さと、いつものあったかさ。
ミーナさんは、ぼくの記憶がなくて、普通におしゃべりできなくても、『いつも』って思えるぐらい、ずうっとそばにいてくれたんだ。
それが嬉しくて、なんだか泣きたくなった。
でも我慢して、そっとミーナさんに頬をすりよせる。
「ミーナさん」
「にゃ(なあに?)」
「今までありがとう、これからもよろしくね」
「にゃ(ええ、こちらこそよろしくね)」
次話は5/22更新予定です。
→5/22追記 体調不良のため更新延期します。申し訳ありません。




